終章 -Last note-
名前変換 Who save his life is...
主人公について記憶喪失からスタートするので、
Lに突然呼ばれる名前です。
平凡な人物
これといった特技はない
Lと同じく甘いものが好き
本名は番外編等で登場する予定です
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
暗い。
ずっと、暗いままだ。
暗いのは目隠しのせいか、それとも部屋自体に電灯がないのか。
どれくらい時間が経っただろう。
道化のように狂い笑うのにもそろそろ疲れてきた。
唇が、指先が、つま先が、冷たい金具や床に触れるたびに震えだす。
「寒いんだね、ここ。」
ずっと動いていないせいか、寒い。きっと室温調節はしっかりなされているはずなのに、体温は、生きていられるぎりぎりの温度を保つので精一杯なようだ。
『………。』
声を掛けたのに、返事はない。マイクが入っていないのだろう。
“……今は誰もいないよ。”
「……。」
レムの声だった。慈しむような、命の重みに満ちた低い声。けれど、答えられない。
「ねぇ、誰か見てるの?それとも、あとからビデオでゆっくり見ようとしてるの?あの死神さんと話したりしたら、見えるのかな?」
レム、誰も見ていなくても、カメラは回っている。録画した映像に死神は記録されなくても、今誰かが戻ってきたら私に話しかけるレムの姿は見えちゃうんだよ。
“……全く。お前は嘘つきだな。人間も死神も嫌いと言っていたのに、こうして身を盾にして守ろうとするほどにな。”
「嘘なんかなんにもついてないのに。」
“……。”
キリがない、と思ったのだろう。レムはそれ以上、私の演技については触れずに息を吸った。見えないからか、音に敏感になっているのを感じる。死神も呼吸をするんだ。
“お前は夜神月の名前を書こうとした。……本当に書こうとしたのか?ライトを殺そうとしたのか?”
私は頭を振った。
返事を受けて、レムはふんと鼻で笑った。
“そうか。……それが聞きたかっただけだ。私はこれでもお前を信じて火口を脅した。『お前はここまでだ。所有権を捨てるか、私のノートにお前を書くか、どちらか選べ』と。”
去り際に軽蔑するように目を薄める姿が容易に想像できた。
そろそろ壁を抜けて去った頃かな、と思ったらすっと寒気がして、耳元にそよ風が吹いた。
”あぁ、言い忘れていたが。ミサもお前を信じてじっと堪えているよ。……泣かせたのは、許せないがな。”
Guardian -Last note-
◆光
【10月28日、火口は記憶を失い、夕陽はデスノートに「夜神」と書き、拘束された】
何かの間違いか、事故だと思った。
夕陽が転げ落ち、狂ったように笑う間、ヘリの外を見ることはできなかった。
ただ、視界に映っていたのは、一人置いていかれ、取り残されたように空席となった助手席を見つめる竜崎だけだった。
彼もまた、キラ容疑者である僕と手錠の鎖で繋がっていたせいで、その場に行くことができなかった。駆け寄ることは叶わず、ただ遠くから夕陽が拘束され連行されていく様子を、大切なものが何者かによって失われていく過程を指を咥え見ていることしかできなかった。
見ているだけで、見守ることはできなかった。
自分も、竜崎も、無力だった。
夕陽が自分の指を噛み切った瞬間の、痛みに歪む表情と、彼女の膝の上に開かれたノートに記された大量の名前のうえに滴る赤い雫は、数秒先に待つ最悪の未来を予想させた。
最悪の未来は、すぐに現実となり、それは同時に悪夢でもあった。
自分の名前を書こうとしたなど__夕陽が自分を殺そうとしたなど、悪夢でしかなかった。
竜崎は淡々と夕陽を監禁する準備を進めた。
殺人未遂をしたものを拘束するのは当然のことであるが、近しいところにいた人間を躊躇なく拘束監禁するなど血が凍ったようだと、心のないことをすると、再び捜査本部に合流した相沢さんや伊出さんは言った。しかし、それは竜崎を貶めるためのものではないことは誰もが分かっていた。
彼らは二人を見ていられなかったのだ。同時に、「早く証拠の照合を進め、未遂の夕陽ではなく真のキラを逮捕するべきだ」と主張していた。
だが、竜崎の中で事件が終わっていないことは明白だった。
僕はキラではない__それを差し置いても、夜神月は逮捕されていない。
火口、あるいは証拠の挙がっていたミサを含め、キラは逮捕されていない。
ただ、人を殺すノート__デスノートを一冊、確保しただけだ。
『ノートを返して!キラの名前書かせて。』
複数のスピーカーから流れるのは、一晩経って、いくらか彼女らしさを取り戻した様子の夕陽の声だった。
昨晩はひどかった。何度も竜崎を呼んでは、突飛な笑い声をあげてばかりいた。しかし、彼女は疲れてしまったのか次第に狂ったような声はあげなくなり、すっかり大人しくなってしまった。
「駄目です。」
竜崎も昨晩の有様と比べると、かなり立ち直ったようだ。
現在は夕陽の戯言にも顔色一つ変えずコーヒーを飲んでいた。スプーンの隣には溶け切らなかったのか、角砂糖が5個、不安定に積み重なっている。
『うーん、言い方が駄目なのかなぁ……。』
大人しいというか、騒がなくなっただけというか。
「ノートをよこせ。キラの名前を書かせろ」という主張そのものは変わらないのが、より一層、異常だった。
『キラを返して!ノートの名前を書かせて!』
……いや、主張も変わったか。
「訳がわかりません。分からないのでやはり駄目です。」
『ノートを書かせて!キラの名前を返して!』
「惜しいですね。まだ意味不明です。」
竜崎は毎度のことながら、本気か冗談かわからない。
ふざけた言動を繰り返す夕陽に、まめなことに毎度マイクのスイッチを切り替えながら丁寧に返答している。
「私はこう見えて推理で忙しいんです。今度くだらないことを言ったら、次は答えません。」
『じゃあ1ページだけでいいから。私のパンケーキ一枚と交換しよう?』
「私は甘いもので釣られたりするような人間ではありません。」
『……え、嘘。』
「嘘です。ですがノートは駄目です。」
それにしてもこいつらは一体、どんな気持ちで会話してるんだ。
状況に慣れて、一周回って楽しんで会話しているようにも聞こえるのは、気のせいだろうか。竜崎はともかく、夕陽はもともと不思議なことをいうやつだ。
ノートが使えないと分かった以上、楽しみと言えば竜崎と話すことしかない、とでも考えているのだろうか?だとしたら、相当、常軌を逸している。
『私はLと世界のためにキラがいない方がいいって思ってるんだよ。Lを守るために私はここに居るんです。』
竜崎のつれない態度に諦めたかのように、夕陽はしんみりと言った。竜崎は、それには返事をしなかった。
__「月君を待ってた」
夕陽と話した記憶を辿ろうとすると、どうしても散りかけの桜が視界を掠めていく。
青いワンピースが、薄桃色の中で浮いていた。
4月の終わりにキャンパスから家路につく途中で、道路の真ん中でぼんやりと宙を眺めていた彼女の印象が、いまでも離れない。
彼女とその後、どのような会話をしたのだったか。思い出せない、けれど、確か、「世界」や「L」、「キラ」と、似たようなことを言っていたはずだ。
「……世界……L……。」
そうだ。
4月のキャンパスと、8月の捜査本部で竜崎とチェスをしたとき。
二度も夕陽は、僕に同じ質問を投げかけてきたのだった。
__「月君は、まさか……Lを殺そうなんて、思わないよね?犯罪者を殺して平和な世界を作ろうとするキラは、そんなこと考えないよね?」
4月に、あの桜の中でひらひらと、首を傾げてこちらを刺す夕陽の瞳は、冷たかった。
笑顔を浮かべているのは、たまたまその表情しか知らないから、とでも言うように、その瞳の奥の冷たさは季節外れの氷のようで、愛する者を殺そうとする人間へ向ける殺意そのものだった。
8月にチェスする僕に向かって同じ質問をした夕陽は、何かを恐れ、「どうかそうであってほしい」と願うような響きを持っていた。あまりに悲痛なその眼差しに、「そんなわけないだろ?」と軽く笑い飛ばすべきだったのかもしれない。
だが、できなかった。真剣に考え、思うままに答えてしまった。
__分からない。キラだったら、そう考えるかもしれない、と。
しかし、こともあろうか、夕陽はその返答に安堵の色を見せた。
「ありがとう、それが聞けて良かった。」と、綺麗に笑ったのだった。
__「……月君なら、キラみたいに犯罪者を殺したりしなくても、きっと世界を変えられる!
だからこの先もし、例えば、「世界のために、自分だけが犠牲になればいい」と、キラに戻るような事があっても……」
たどたどしく、覚束ない言葉選びで、ようやく紡がれたそんな台詞に、思わず呆気に取られた。
僕のことを「キラにならなくても世界を変えられる」、なんて言っているのに、その反面では「キラに戻る」と、竜崎の推理を信じて疑わない物言いに、なぜか悔しく感じたことも覚えている。
夕陽は僕の手を勢いのまま握り、次に何と言ったか。
余計に笑える話だ。
__「私と竜崎が止めるから!」
自分よりも小さく頼りなさげな夕陽の手に、ぐっと力がこもった瞬間だった。
僕がキラに戻るものだと、決めつけている様子には苦笑ものだったが、そんな夕陽の言葉を、忘れたくないと思う。
だからこそ、どんなにモニターに映る夕陽が「キラを殺して事件を終わらせよう」と何度、支離滅裂な発言を繰り返そうとも、今の彼女の言葉には耳を貸す価値がない。
同様にして、自分が殺されかけた事実について、怒りも、悲しみもない。
ただ、夕陽の言葉を忘れたくないと思う。
たとえ現在の夕陽が本当の彼女で、過去の夕陽がもう戻ってこないとしても、きっと何度も思い出してしまうだろう。
__「……私の前で、そんな顔しないでいいから。」
____「やっぱり、月君と話せてよかった。」
__「私のこと、信じてくれる?」
__「いつか死ぬほど笑わせてやるから覚えてろ!」
竜崎には「夕陽のことが好きなんですか」とからかわれるかもしれないが、本音を言ってしまえば、良く知る、夕陽に戻ってきてほしい、もう一度彼女と話したいと思う。
これは自分のキラ容疑とはまた別の話だ。
そして夕陽に戻ってきてほしいと願う気持ちに比べれば、「好きかどうか」なんて、本当に些細な問題だ。