終章 -Last note-
名前変換 Who save his life is...
主人公について記憶喪失からスタートするので、
Lに突然呼ばれる名前です。
平凡な人物
これといった特技はない
Lと同じく甘いものが好き
本名は番外編等で登場する予定です
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__10月25日 夕陽、自室
『竜崎 模木さんからです』
「はい」
『すいません。弥に女子医大病院で騙され見失いました!』
パソコンのモニターから、さらにモニター越しの音声が流れる。
“ケケケケッ面白っ”
お菓子の箱を銀のカートに積み込む私の後ろで、ベッドの上、寝転がらずに宙で寛ぐ死神が笑う。私と違って、この場面を知らないリュークは楽しそうだ。リュークはただの傍観者だけれど、全部が初見だ。
“あぁ夕陽、これが物語になるのもわかるぜ。展開の速さにリンゴ3個はいけそうだ。”
「白米みたいに言わない。そんなにあげたことないでしょ?」
”ん?待てよ……人間は白米とおかず食べるんだよな。じゃあリンゴおかずで白米もリンゴなら4個食っていいってことか?クク…”
「……いいえ、デザートもつけて5個でどうでしょう!」
”さすが夕陽!オレ、前菜って言葉も知ってるぜ!"
「リンゴを6個だと……馬鹿な!最初の倍じゃないか!法外にも程がある!」
”クケケケケカカカケケ!”
ノリよく付き合うも、なんだかリュークがリンゴ芸人にしか見えなくなってきた。死神界にはいつかリンゴジョークなんてジャンルが生まれるかもしれない。
リュークはご機嫌に高笑いをひとしきりすると、すとん、とそのテンションを平常なところに戻した。
"まぁでも今日はリンゴないんだよな。オレは上から見ることにするぜ……”
ケケケと笑いながら黒い羽根が広がり、ガラス扉を開けることなくその身体が夜空に飛び立っていった。リンゴないのに、何をしに来たんだろう。居座ることのできる連続日数はルールがあるらしいけれど、ちょこちょこ来る分には何も言われないとかなんとか……。
私は頬杖をついて、視線の先を窓からモニターへと移す。ばたばた慌ただしくする捜査本部内の様子をしばらく眺め、コーヒーが淹れ終わった音がしたのでカートを押して部屋を後にした。
◆Guardian -Last note-
装填
「お疲れさまです。」
「ミサさんがいなくなりました、夕陽、心当たりは?」
本部内は既に静まり返っていた。推測するにも意味がない状況、竜崎はすでにさっき差し入れたようかんと楊枝で不思議なオブジェを組み立てていた。
「うん、部屋から見てた。心当たりはもちろん無いよ。」
__はい、行先はもちろん火口とのドライブデートです。
ようかんのオブジェから興味をなくし、今度はコンビニのお菓子の箱を開封する竜崎の横で、気が気じゃなさそうだったのは月君だった。足を組んだり椅子にもたれかかったり、まるで竜崎がするように、無意識に親指を口元に運んだりもした。
「夕陽には内緒で話しているかとも思ったが……。」
「いやいや、月君。さすがにないって。」
あはは。
その疑いが独り言で良かった、とつくづく思う。
「まぁ第二のキラに戻るようなことはないと思いますが……監視に疲れての脱走でしょうか。デート?それともお買い物でしょうか?」
「っミサがデートなんかするわけないだろ!」
「アイドルだってデートくらいしますよ。遊びたい盛り、気持ちは分かります。」
竜崎はきのこの形のチョコレートを口に放り込んだ。さっきはたけのこ型だった。
竜崎ってそこそこの頻度で「気持ちは分かります」って言うよね。気持ちが分かると言ったり、月君が前に監視カメラの中でやってたこと……グラビア写真読んだりとか、部屋に誰か入ったか分かる仕掛けをしたりとか、そういうのを「私もよくやりました」とか「普通です」っていったり……。
__今度、くわしく聞いてみよう。
「竜崎……。今はアイドルだとかそういう話をしているんじゃない。」
「では「僕以外とデートするわけない」という意味の方ですか?」
「………。」
むきになる月君は、しかし、睨みつけた先の竜崎が手元のお菓子に集中しているのを受けて、ゆっくりと椅子に座りなおした。
私はコーヒーのお代わりを二人の前に置いた。
「もしかして、デートと言っても昨日言ってた「早速プライベートな誘いがかかってきた」ってやつじゃないかな?ミサ、面接の後すごくやる気だったし、松田さんみたいにスパイ活動中なのかも。」
「ミサを松田さんのように死なせるわけにはいかないし、本当に殺されるかもしれない。」
「ライト君、僕は一応生きてるんだけどなぁ……はは…。」
ばっさりとした物言いに控えめに突っ込む松田さんを、月君がちらりと見た。しかし言葉は返さず、再び苛つきを露わにした。
「……ミサの馬鹿……携帯にも出ない。」
竜崎が松田さんに対して言った台詞を、今度は月君が言う番だった。もっとも、その感情は大分違う物のようだったけれど。
「ミサ、大丈夫かなぁ。」
私もだんだん心もとなくなってきた。
物語通りに進んでくれれば、ミサはばっちり成功して帰ってくるはずだけれど、もし何かの間違いがあったら……という心配はやっぱり私をはらはらさせる。
__……。
手持無沙汰だったので竜崎の真後ろに立った。
丸い背中に黒髪が俯いていて、当の本人は、まるで事件のことなど何も考えていないように、デスクの上にお菓子を並べている。
たけのこ、きのこ、たけのこ、たけのこ、……。
どういう意味だろう。というか意味あるのかな。モールス信号とか?
首を傾げながら、なんとなく竜崎の背もたれを回すと、ぐるんと軽い手ごたえで世界一の名探偵が回った。
「あ。」
三角座りは、必然的に、私と向き合う形になった。
「……何するんですか。」
回ってきた竜崎がきょとん、と黒い目を持ち上げた。両手でコーヒーを持っていたが、幸い空っぽだった。
「び、びっくりした。」
「私の方がびっくりしてます。」
「えへへ、回る椅子とは知ってたけれど、まさか上に座ってる竜崎まで回るなんて思いもしなかったというか。その発想はなかったかなーって。」
そこはかとなく正直に、なんの冗談も挟まずに言うと、竜崎はことのほかじろりと私を睨んだ。きのこたけのこ並べを邪魔されて怒ってる?
「………………夕陽、馬鹿ですか?」
__ばっさりだ!
反論したい気持ちの一方で、どうせなら「〇〇の馬鹿」というテンプレートで言ってくれた方がよかったなぁ、なんて正気の沙汰じゃない思考が頭をよぎる。結果、言葉に詰まる。
「ぐぬぬ……。」
「ぐぬぬ?知らない日本語ですがどういう意味ですか?」
「………。」
「黙るということは、意味も知らずに使ってたんですか夕陽?」
「い、意味はないの!」
__竜崎の馬鹿!
竜崎はにやりと笑い、戯れは終わった、とばかりに、デスクへくるんと回転した。
「おい竜崎、いい加減にしろ。」
私と竜崎のくだらない会話にさえ意識をよこさなかった月君が振り向く。
さすがにふざけすぎちゃったかな。自覚はある。
「絡まってるぞ。」
何のこと?絡まってる?
月君は何かに引っ張られるように体を斜めに傾けている。しかめられた眉間、迷惑そうなその視線の先を追うと……手錠の鎖が椅子に絡まっていた。くるくる回った竜崎が巻き取ってしまったらしい。回したのは私だった。
「あ、ごめんね月君、今すぐ竜崎回して直すね。」
「………。」
さっきとは反対方向にイスを回す。
膝を抱え、拗ねた子供か置物のようにくるくる回転する竜崎だった。安楽椅子探偵じゃなくて回転椅子探偵。でも回転椅子探偵に何の意味があるんだろう?「椅子の回転は止められても、私の頭の回転を止めることはできません」とか、「こうして回っていないと推理力40パーセント減です。」とか……?
「何か釈然としません……が、夕陽がくだらないことを考えているのは分かります。これあげますから大人しく座って待っていてください。」
白い袖が、すっと左に一枚の皿を押す。
____……よりによって、それ?
「あはは……ありがとう、竜崎……。」
私の席に置かれたのは、ようかんと楊枝で作られたオブジェだった。
空っぽで他愛ない時間を過ごしたのち、どこからともなくピピピ、と無機質な着信音が鳴った。皆が自然に振り返ると、入り口付近に立っていた模木さんが電話に出ていた。
ほぼ同時に、モニターへはワタリさんから通信が入る。
『__竜崎。弥さんが入館したようです。』
その通信の声と入れ替わるように大モニターにミサが映し出された。
「……っ!ミサ!」
「ミサさん、やけににやけてますね。」
ロックが開くなり駆け込んでくる姿は、まさにゴールテープを切った瞬間のよう。「やったー」と両手を宙に投げ出して、満面の笑みだった。
「……ミサ、無事そうでよかった。にこにこだし。」
「夕陽も割とあんな感じですよ。」
「……まぁそうだな。」
__もう慣れっこなので、私は二人の言動にはいちいち反応しないのです。
モニター内のミサは、あっという間にエレベーターから廊下へと移動した。自動ドア越しに、どたどたと暴れるヒールの足音が聞こえてきた。
「来ますね。」
自動ドアが静かに開いた。
「ライトー!火口がキラだよー!!」
ミサは開口一番に月君に駆け寄り、笑顔のまま私に「いえーい!」とハイタッチを求めてきた。
一応、「一体なんなんだろう?」と戸惑うそぶりを挟みながらも、私達はばっちり視線を交わした。
__作戦成功だよ夕陽ちゃん!
___グッジョブミサ!愛してる!
「これ聞いて!こっそり録音したの。携帯って超便利。」
私達の前に掲げられた携帯電話は、火口とミサのやり取りを再生し始めた。
『__俺はキラだから、ミサちゃんに信用してもらう為に今から犯罪者裁きを止める。』
ミサが火口を信じさせようとしたやり取りはカットされているものの、必要最低限の部分、即ち火口自身が「自分はキラだ」と明言している音声はばっちり録音されていた。
『そして俺がキラだとわかってもらえたら__ミサちゃん、結婚だ。』
「…………!」
「………………!?」
捜査本部に衝撃が走るのが分かった。
「___という訳で、火口がキラです!」
数カ月間、全く掴むことのできなかったキラの証拠をいとも簡単に弥海砂という人間が一人で掴んでしまったのだ。リュークがいたら高笑いしていたところだろう。
捜査員たちはその場で呆然とし、竜崎は何かしらのお菓子に伸ばした手を硬直させ、目を見開いた。凍り付いたようだった。
「こ……これで犯罪者裁きが止まったら火口って事に……。局長が一番気にしていた裁きが止まる。すごいよミサミサ」
「うむ」
瞳を輝かせつつも意外に冷静な松田さんと夜神さんを置いて、戸惑いが顕著だったのは月君と竜崎の二人だった。
竜崎は、ようやく硬直が解けたようでティーカップに手を伸ばすも、その目は必要以上に見開いたまま、無言だった。それは鋭く誰かを射抜くような目ではなく、死神の存在に悲鳴を上げた日のように、「受入れ難い」と語っていた。
ミサの携帯に視線を張り付けたままの月君は、ミサがにっこりと笑うまで微動だにしなかったが、竜崎よりは幾分冷静に、分析的に指先を顎に当てていた。
「すごい!ミサ!立派な捜査員だね!」
私は月君や竜崎の戸惑いを見ていられない気持ちも相まって、ミサに声を掛けた。分かっていたこととはいえ、さすがの行動力には関心せざるを得ない。目が合い、すかさずミサが飛びかかってきた。
「夕陽ちゃん!ミサ本っっ当に頑張ったんだよ!」
飛びかかってきたまま抱き着いてくる形だったので、私は後ろによろけながらもよしよし。と背中をさすってみた。これで合ってる……?
「いや、しかし……」
どたどたとフロアを踏み鳴らす私とミサの横で、月君が思慮深く腕を組む。ミサは私から離れると、大きな目をきょとん、と月君に向けた。
「ミサ、どうやって火口にこれを言わせたんだ?そもそも、どうやって信じさせた?」
「えーっと……」
ミサの視線が泳ぐ。それでも思い出そうとしているからです、というように「ごめん、ちょっとまって!たしか……」と両手を前に伸ばした。細やかな演技だった。
「……「私も人を殺せる」って言って、「先にキラの証拠を見せてくれた人が男だったら結婚する」っていったの。そしたら話がどんどんエスカレートして、火口がこういったの」
俺と結婚しよう、という粗雑な音声がもう一度再生される。月君が顔をしかめ、やっとペースを取り戻した竜崎がモニターから振り返った。
「ではこれで犯罪者が死ななくなったら、ミサさん人を殺せなければまずいですね。殺せるんですか?」
「こ、殺せるわけないじゃん。しかも火口の目的はミサとの結婚だし、ミサは大丈夫だよ。まぁ、キラでも火口のことなんか好きにならないけれどね!」
竜崎はあくまでも慎重に探りを入れていた。それとも「現在のキラとの接触」という行動から考えられる種々の可能性を怪しんでいるのだろか。
「いや、ミサは第二のキラじゃなければ殺されるだけだ。今すぐ火口を押えるべきだ。」
「ミサさんの危機回避のためですか?」
「そうだ。」
「ライト……。」
ミサが息を飲んで俯く。小さな声は、私にしか聞こえず、少し、赤くなっていた。
それ自体はとても微笑ましく思える光景だったけれど、私は竜崎の様子に息を殺した。彼はやはりどこか剣呑で、現状に納得いかない様子で鋭く前方を睨みつけていた。
「火口を押えるにしても、踏み切るのは実際に殺しが止まってからです。それまではウエディに依頼して火口の監視をします。夕陽、ウエディへの連絡をお願いします。」
__。
『……分かったわ。全く。全部に付ければいいのね。』
「はい、どうかおねがいしますウエディさん。」
インカムを外し、通信を切る。
ウエディへの指示を終えて私が席を立つころには、捜査本部では火口確保にあたっての作戦が練られ始めていた。
「____はい、夜神くんのその案、採用。」
私の知っている通り、作戦はテレビ放送を利用したものへと固まりつつあった。
現在の争点は____誰が出演するか。
まずはアイバーや私の名が挙がったけれど、それらは竜崎によって却下されたということだった。
「死んでもいいような役を演じられる人物は……。」
月君のその台詞に、ほぼ全員が同じ人物へと目を向けた。
「松田さんしかいない。」
「松田か。」
「マッツー!」
「マッツー!」
途中参加の私も恐れ多くも便乗した。
もちろん、松田さんだった。
「松井マネージャーが会議を盗み聞きしていたという話なら、皆、信じるだろう。」
「……。」
その場の全員の視線を受けたじろぐように見えつつも、松田さんは拳をぐっと固く握っていた。
「松田さん。やるかどうかはあなた自身が決めてください。猶予は2〜3日ほどあります。駄目ならほかの策を考えます。」
その穏やかな物言いとは対極に、鋭く試すような視線が松田さんを貫く。しかし、身体はモニターへと向いていて、あくまで横目だった。
松田さんは意地を張ったように口をへの字に曲げ、拳をぐっとより強く握った。竜崎に「こっちを見てほしい」と言ってるように見えた。
「2~3日なんていりませんよ。」
一歩、竜崎の元へ踏み出す。勇気ある一歩だった。
「やらせてください。」
……。
……。
「__夕陽、夜神くん、南空さん、よろしいですか。」
沸き立った作戦会議も一段落し、捜査員たちも散り散りになったころ、平坦かつ、よく通る声で竜崎が切り出した。
「?」
こつこつ、と慎重そうにナオミさんは歩み寄り、私は椅子に座ったまま身体を向ける。月君も同じようにした。
__なんの話だろう?
「そろそろ殺しの道具の話をしましょう。」
「……!?」
月君ががたっと音を立てて立ち上がった。鬼気迫る表情だった。勢いで椅子が転がっていく。
立ち上がった月君に合わせるように、竜崎もポケットに手を入れたまま椅子から飛び降りた。猫背がさらに折り曲がり、その顔がぐっと月君の鼻先に接近する。
「夜神くん、」
竜崎の口角がふいに引き上げられる。月君も構えるように口元を歪め、それを見返す。
「実は私、ずっと前から殺しの道具はノートのようなものだと踏んでいるんです。」
「……ノート?」
月君は怪訝そうに眉をひそめた。ずっと「極秘」として明かされていなかった情報をこのタイミングで明かされて、戸惑いがない訳がない。ナオミさんも、竜崎の出方を慎重に観察しているようだった。
____夜神月の腕時計から発見されたのは、小さな紙片。
____メモ帳やノートのような大元があると推理されるそれは、状況からして、殺しの道具であると断定された。
しかし、「道具がある」前提で来たものの、夜神月には情報を明かしてこなかった。
竜崎はさらに詰め寄った。
冗談ともブラフともとれる、切っ尖を向けた。
「………単刀直入に聞きます。“デスノート”という言葉に覚えはありませんか?」
____月君は答えない。
知ってる、知っていないではなく、竜崎の態度に対峙するように拳を握る。
「どうしました、夜神くん。」
「………ない。」
黒い瞳の下で、釣り上げられた口の端がゆらりと開いた。
「そう言うと思ってました。というのも、デスノートというのは私が仮に付けた呼称ですから、そもそも実在するかすら分かりません。」
「……っ!」
ジャラ、と
手錠の鎖が床を擦り、勢いよく拳が持ち上げられる。
「____止めなさい!」
月君はナオミさんによって制止され、竜崎は笑みを貼り付けたまま一歩下がった。
「竜崎。散々、極秘と言っておいて、今更僕を試そうとしているのか?__ここにいる僕はシロだと__そういう前提で捜査すると言ったよな?それをここにきて今更__」
ナオミさんの制止をゆっくりと抜け出し、竜崎の襟を掴む。
「何度でもいうが____僕は、キラじゃない!」
見つめ合うのは、怒りを宿しつつも信頼を求める瞳と、ブラックボックスのような大きな瞳。
暫し睨み合い、対峙し____竜崎が、笑うのを止めた。
「夜神くん……ならば、これから私の言う条件をのめるはずです。いえ、譲歩できません。」
彼の前髪は影を差し、その表情を隠す。
「デスノート ……それが実在したら……いえ、"ノートのようなもの"の存在を確認した時点で」
もったいぶるように竜崎は言葉を区切った。
月君は言葉を飲む。何を言われようとも自分の信念は曲げられず____そこに拒否権はない。
彼は竜崎のシャツから手を離した。
竜崎は、両手をポケットに入れる。
振り返り、ナオミさんに視線を向けた。有無を言わさぬ、絶対的な指示を予期させた。
「南空さん。夜神月を拘束してください。そして目を離さないでください。一秒たりとも、一寸の隙も無く、一切の行動と接触を封じてください。……私の手錠は事件が終わるまで外しませんが、それでも際限なく注意を払いたい……危険ですが、引き受けてくれますか。」
__ノートの存在が判明した時点で、夜神月を拘束……!
__竜崎は、ここまで考えていたんだ。
「キラが戻る瞬間があるとすれば、記憶がない以上、捜査上付随する受動的な事象__キラかノートとの接触以外あり得ません。」
__正解だ。物語では、ノートを手にした時点でそこまでは到達できなかった。
__条件さえそろえばLなら……たどり着けるんだ!
「な、ナオミさん……!」
私は驚きのままナオミさんを振り返った。身一つでここまでキラ事件を追ってきた彼女ならば、きっと引き受けてくれるに違いない。
__え?
しかし彼女は、首を振りながら目を閉じた。
何かを否定し、拒むように。自らの昂ぶりを打ち消すように。
「………竜崎。私は今でも夜神月がキラで__レイを殺したのは彼だと考えています。」
「はい。知ってます。」
「………今の私にはFBIのバッジもなければ正義もなく、あるのはただ、夜神月という人間への憎しみだけかもしれません……私で、いいんでしょうか?」
ナオミさんは透き通った瞳で竜崎に語り掛ける。しかし憂いるように俯くと、長い髪にすべて隠れてしまった。
それは凛とした彼女らしくもなく、小さく掠れて、消え入るような声だった。
__憎しみ。ナオミさんは憎しみと言った。
憎しみに突き動かされここまで来た自分に、資格はない、と、そういう意味なのだろうか。
「南空ナオミさん。」
竜崎は、その名を呼んでからゆったりとナオミさんの近くに歩いていくと、今度は顔を覗き見るように腰を折った。俯いていたナオミさんは、驚いて一歩後ろに下がる。
「貴方は優しい方ですね。」
それはふと気付いたことを呟いただけのように、何気ない口振りだった。
ナオミさんは弾けるように俯いていた顔を上げた。
「_______」
なにかを「信じられない」とでも言うように、自分の質問に答えなかった探偵に向かって、目と口を歪に開く。
竜崎はピエロのように涼しく笑みを浮かべるも、はた、と指を咥えて首をかしげる。
「……こんな話、前にもしませんでしたか?」
どうでもいいことですが、とぼんやりと唇を引っ張る。
「竜崎、貴方は……。」
「はい。」
けろりとして答える竜崎に、ナオミさんは狼狽えるように背中を向けてしまう。
何を言おうとしたのだろう?
___「貴方は優しい方ですね」
___正義には、他の何よりも力があって、その力は、「強さ」ではなく「優しさ」である、と。
____竜崎。L。
____なんて回りくどいのだろう。なんて力強いのだろう。
「………もう一度聞きます。南空ナオミさん、引き受けてくださいますか。」
彼女はもう一度目を瞑る。
そのまま静かに一呼吸、ライダースーツが上下にゆっくりと揺れた。
落ち着きを取り戻そうと試みていたのだろうか、それとも何かしらを回想していたのだろうか、再び彼女が目を開くと、いつも通り凛として透き通った瞳に戻っていた。
「はい__命に代えても。」
濁りなく、後悔なく、滞りなく、ナオミさんはLへ信頼を向けた。