終章 -Last note-
名前変換 Who save his life is...
主人公について記憶喪失からスタートするので、
Lに突然呼ばれる名前です。
平凡な人物
これといった特技はない
Lと同じく甘いものが好き
本名は番外編等で登場する予定です
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夕陽。
彼女は不思議な存在というよりも、不審者であり侵入者だった。人前に出ることのない、厳重なセキュリティが命綱ともいえるLという存在に対しての脅威でもあった。
ここで何をしている?
どうやって入った?
今でもよく覚えている。彼女に出会ったのは、フローリングと一台のパソコンのほかには何もない一室だった。遠くに見える海に反射する西日が眩しく、遮光カーテンを閉め切ったところだった。自然光で足りていた室内が、予想外に早く暗くなっていくので、私が戻ったときには部屋はほとんど真っ暗だった。
その部屋は公な捜査とは関係なく、ワタリすら普段は出入りを許していない、どの探偵の名義とも紐づかない自室だった。「その事件に関与する」と決める前段階での、私個人としてのパソコンを置くための一室であり、もう一つ、ワイミーズハウスとの通信を保ち、L=Lawlietという人間の生存を少数の関係者に知らせることが主な機能となっている場所でもあった。
不要な電灯をすべて消し、遮光カーテンから漏れる光もない部屋の中で、モニター__白い背景にレタリックのアルファベット“L”が浮かぶ、待機画面__が白い光でフローリングを照らしているはずだった。
そこにあったのは、見も知らない一人の少女の顔だった。
ここで何をしている?
どうやって入った?
それが第一声だった。
その体を抑えるのは造作もなかった。目に入った瞬間に「少女だ」と考えがよぎってしまうほどに、彼女は一瞥の印象からまるで無力に思えた。そして実際に組み敷いたところで、何の訓練も受けていないことが分かった。
「あの、私、何もしていませんっ!」
「…………。」
彼女の言葉は日本語だった。Lの言語は大抵の場合、英語で事足りる。現地の言葉でローカルに指示を下ろすこともなくはないが、基本的には変声機と英語を組み合わせることで、無駄な情報を出さずに済む。
彼女の顔つきと、現在の東京という状況に合わせて試しに選んだ言語だったが……。
何もしていません、か。
丁寧語まで使って、自分が「何かしている」と疑われることを庇う発言だ。それは状況として噛み合わないのではないか?
「本当に、何もしていません。気が付いたら、そこに倒れていただけで……っ」
決して広くはない部屋だ。そこ、と言った彼女の指示そうとする先には靴が投げ出されている。
彼女の服装はポケット等の一切ないワンピース、ホテルである以上、土足は不思議ではないが、あれは侵入に適した靴とは言えない。しかも靴底には履きならしたような汚れがあるのにもかかわらず、彼女が「そこに倒れていて…」と主張するその一帯には一切の足跡や埃の類は見られなかった。
「お願いです……離してください」
「………。」
武器の携帯は無し。組み敷かれて抵抗する力もない。疑いを晴らそうとする言動。
不可解だが、ひとまずは解放しても問題ないだろう。
「ですが私は女性だからと手段は選びません。今から少しでも怪しい動きをしたら…分かりますね?」
力を緩めれば、彼女が苦しげに大きく呼吸をする。そして何故か、真っ先に振り返った。腕を解く前、自由になって数歩踏み出すよりも先に、彼女は私の顔を見ようとした。
「………!」
声にならない変化があった。
おそらく彼女の位置からは部屋に入った私の容貌は逆光で確認できなかったのだろう。背中から組み敷かれ、ここで初めて、数センチの距離で彼女と目を合わせた。
彼女の瞳は、私の顔を見て__安堵する様に緩んだ。虹彩が拡大したともいえる。安心、好意、興味と結びついたその生理現象が確認されたことは明らかに異常だった。そして、その異常な反応は、彼女の次の発言で裏付けられた。
「警察を呼ぶの……?」
ワタリに連絡を取ろうとすると、彼女は怯えたように言った。
「………警察では対処しきれません。」
初めから警察など呼ぶつもりはなかった。Lの懐に飛び込んだ者を、外部に出せるわけがない。
だが、今の一言で、彼女に対して組み上げかけた推測は一切が白紙に帰した。
見知らぬ一室に、気が付いたら倒れていたと主張する少女は、真っ先に拉致や誘拐を疑うものではないのか?
だとすれば、自分がどこにいるかを知るために、部屋を調査していた可能性はある。パソコンを覗き込んでいたのも納得できる。組み敷かれて、身の危険から「何もしていません」と言い訳をするのもつながる話だ。
しかし、私の顔を見て、明らかに安堵が見られたのは何故だ? 警察を呼ぶことを恐れた理由は?
「私のこと、知ってますか?」
彼女はなぜか自分のことを私に聞いてきた。後から知るのは、記憶喪失の中で、唯一知っていた人物がLだったということ。
__「これからも、よろしくお願いします」
監視下に置くと言ったはずなのに、そう、嬉しそうに笑った彼女は、一体誰なのか。
私を知っていた理由は?過去や未来が見える理由は?記憶が戻ったとき、何が明かされるのか?
__いや、謎を羅列していくのはやめよう。キリがない。
夕陽と呼んだその少女の謎は、何一つ解けていないのだ。
◆Guardian -Last note-
Prologue: 剥落
『竜崎、竜崎!ねー竜崎!』
今、隣にはいない少女が明るい声で呼びかけてくる。
彼女は隣ではなく、正面に__モニターの中にいた。
弥海砂がそうだったように、拘束具に囲まれ、カメラとマイクでのみ外界と繋がっている。目隠しをされ、口も固定され……いや、されたのではない。私が__Lが、「かつて”夕陽”と呼んだ少女」を拘束、監禁したのだ。
マイクのスイッチを入れた。
「今度は何ですか?」
夕陽、とその名を呼ぶ気にはなれなかった。
『いい考えがあるんだ、ふふっ。』
部屋中に聞こえるように設置された複数のスピーカーから彼女の声が響き、部屋を震わせた。
「いい考え?」
聞き返すと、彼女は笑った。
夕陽はいつでもそうだった。どんな感情でも笑顔に乗せるのが正しいと信じるように、笑ってばかりだった。例え心が笑っていないように見えても、そこには意味があるように思えた。思いやり、悲しみ、空元気。すべてが私を、夜神月や弥海砂、捜査員にいたるまで、等しく照らしていた。
『あははは!簡単なことだよ!』
だが、今、彼女がしている笑顔は、まるで別人のようだ。ありていに言えば、狂気じみている。しかし笑顔の偽装は容易なものだ。笑顔だけではなく、発言全てが、夕陽のものとは言い難いのだ。
「………何が簡単だと言うんですか。」
『いいよ、じゃあ説明してあげる。』
のんびりと、えーとね、と幼児退行したような声をあげた。
『火口は捕まった。もう一個のノートは見つからない。探そうにも夜神月の記憶がないんだもんね?』
「………。」
『……だったら早くそこにあるノートにキラの名前を二人、三人と書いて、燃やしちゃえば解決じゃない!手を汚したくないなら私が代わりに書く!それが罪なら私も死ねばいい!それだけのことでしょ?……もう、本当、簡単すぎて笑っちゃうよね、あはは!』
__………………。
またその話か。
聞くに堪えない。
彼女の何度目か分からないその主張に、私はマイクのスイッチを切って、通信を遮断した。
夕陽が何者か、という疑問に、もっと早く向き合うべきだったのかもしれない。キラ事件の傍ら、先延ばしにしていたことは否定できない。いや、個人的な感情を排せなかった私の失敗であることは自明だ。
まだ先でいい。ずっと先でいい。
願わくばもうしばらく続いてほしいとさえ考えていた、夕陽との日常は、この通り、いとも簡単に崩れた。
__崩れたか、あるいは剥落したのかもしれない。
何かが剥がれ落ちて、現れたのは、モニターの向こうの、知らない少女。
彼女は夕陽ではない。
しかし、夕陽がずっと嘘をついていたとしたら、彼女もまた夕陽ということになる。
「貴方は、誰なんですか……夕陽は……。」
__夕陽
__『何があっても、どこにいても大好きです。』
__この瞬間のために、貴方はLの隣にいたとでも?
何一つ明かしていない少女の謎は。
それはタネを明かしたら二度と見られない手品のように、呪文を明かしたら解かれてしまう魔法のように、知らないままで良い謎なのかもしれない。
__「行かないで、こんなに早く……置いていかないでください」
嘘だったとすればどの夕陽も偽物で、すべてが本心だったとしても、もうここには夕陽はここにはいない。
どちらにせよ「置いていかないで」と泣いた彼女は、先に行ってしまったのだ。
__竜崎、竜崎!
__おい、竜崎!
荒ぶった声が、意識を現実に引き戻す。
モニターから視線を向けようとすると、右頬に強い衝撃があった。
勢いのままに身体は椅子から転げ落ち、カメラが落ちたように視界が90度転回する。後頭部に鈍い痛みを感じて頭を起こすと、噛みしめる様に口元をゆがめた夜神月が見下ろしていた。
「竜崎、いい加減しっかりしろ。」
何を怒っている?手錠の鎖の先、文字通りではないが、火口確保後も隣にいるのは、変わらず夜神月だった。
「痛いです、夜神くん。」
「……彼女の言うことは支離滅裂だ。気持ちは分かるが……お前まで引っ張られるな。松田さんの用意してくれたケーキ、朝から食べてないだろ?」
食欲が沸かず、松田のケーキは置きっぱなしだった。だが、それがどうしたというのだろうか。
「……一回は一回、とは言いません。すべて私の招いた状況ですから。」
頬がじりじりと痛む。殴って叱咤するのは彼の常套手段だ。確かに意識は無意味な回想から現実へと戻ってきた。しかし、蹴り返す気持ちは起きなかった。
「………おい竜崎、本当にお前、変だぞ?」
言われるまでもない。散々棚上げにしていた問題が、今ここで明かされているかもしれないのだ。
「………夕陽は……私の隣にいると嘘を付き……
初めからこうしようとしていたのでしょうか。そうであれば、気が付かなかった私の責任です。」
考えるまでもなく、夕陽の現れた時期と、キラの動き出した時期は近しい。監視下にいたとはいえ、何かしらの関連性を見出して、マークするべきだったと考えるのが当然だ。しかし、どうやってマークするべきだったのか。彼女には何も、足掛かりとなる証拠はなかった。未来を見て、いつか事件を解決しそうなLのもとでノートを待っていたというのだろうか。
「…………。」
夜神月を見上げたまま思考を繋げると、彼は依然として険しい顔をしていた。私の意識が再び夕陽という人物に持っていかれそうだと勘づいたのかもしれない。彼は私の肩を強く揺すった。
「竜崎。火口からノートを確保し、僕が用意したと確実なノートの紙片があって、僕がキラだったというのは確定的なんだろ?それなのにこうして僕が逮捕されていないのは、まだ事件がそれで終わらないと考えているからなんだろう?」
「いいか?これはキラ事件なんだ。」と夜神月は念を押した。
「夕陽の心配をするのは分かるが、他にもやるべきことがあるだろ。」
「や、夜神くんはてっきり、夕陽のことが好きだったんだと思いましたが……。」
「それがどうかしたか。関係ないだろ。」
夜神月……必要以上に近づいてきて、すごい圧だ。それに、返答もどっちつかずだ。
「……そんなことよりも、新たな証拠__ノートと、そこに記されたルール、死神の存在__一気に判断材料の増えた火口確保の地点から状況を整理するべきだ。」
「もう一度ですか。」
「もう一度だ。」
「…………。」
「いや、何度でもだ。」
「…………。」
「夕陽の正体だとか、本当の狙いだとか、ああするべきだったとか、嘆いてるくらいなら、確実な証拠から現状を整理して結論を出すのが先決だろ?ただでさえ父さんに無理言って警察庁長官を誤魔化してるんだ。」
「………。」
監禁中に突然変わった、理屈よりも感情を優先する夜神月。彼はまだここに居る。キラには戻っていない。
「Lに出来るのは、謎を解くことだろ?全貌が分かれば夕陽を助けられるかもしれないじゃないか。僕だって納得できないまま逮捕されるのは御免だ。」
「…………夜神くんの言う通りかもしれません。」
ちらりと見れば、まるで自分だけは味方だと言わんばかりに手を差し伸べてくる。
Lは、かつて近しいところにいた夕陽をも拘束し、夜神月の逮捕を保留している時点で、既に相当な批判を買っている。
自分が逮捕されるかもしれないのに、その正義感は一体どこからきているのか、夜神月。
そういうことなら__遡るべきは、「火口がキラ」と判明したあたりだ。
懸命にヨツバ本社に潜入しようとした夕陽の言動も、弥海砂の変化も気になる。
「分かりました。それではもう一度洗いなおしましょう。日付で言えば10月24日、ヨツバ本社での弥海砂の面接と、その翌日10月25日がターニングポイントのはずです。」
ああ、と夜神月は満足げに顔をあげた。手錠を指し示した。
「……僕もいる。ここまで来て、お前を一人にはしない。謎を解いて、夕陽を解放するんだ。」