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第二章「理解」

「お、俺も参加しろと?」

政務室で王としての今日の仕事もそろそろ終わりそうだったネイルに、ベアードはある誘いをした。
ちょうどカミーラが席を外して、いいタイミングだったからだ。

「ああ、昨日、出来なかった教会の大修繕完成祝いの祭りを
今日やるから、ネイルも参加しろよ!」
「何でだよ?俺は全然関わってないだろうが。」
「何言ってやがる、あの教会の所有者は、じゃあ誰だ?」
「まぁ、今は王である、俺ってことか?」
「なら、王として、俺とか民に感謝の言葉をかけてくれるくらい
してくれてもいいんじゃないのか?ん?違うか?」
「お前、それが目的か・・・」

ベアードの目的に気づいて、ネイルは怪訝そうな顔をする。
人が集まるとこに行くのも苦手なネイルにとっては、ベアードに
感謝すること自体は嫌ではないのだが、大勢の前でと言うのが嫌だった。
しかし、ベアードは言う。

「あの大修繕は、俺だけじゃなく、民も関わっている。
ネイル、お前は普段、民に関わらなさすぎだ。
少しは、社会勉強だと思って、参加しろ。
王だからこそ、大事なところで感謝出来ないのであれば、民は
所詮その程度の王なのだと、失望することになるんだぞ?」
「お前にしては、痛い所ついてくるな。」
「ネイルが、大勢の人が居る場所が苦手なのは、俺も理解してる。
だから、祝いの祭りが終わるまで居ろとは言わん。
最初の挨拶の時に、お礼を軽く述べてくれるだけでいい。
それだけの事で民は喜ぶのだから。」
「うーん・・・」
「それに・・・」
「それに?」

ベアードがニヤニヤしながら、ネイルを見る。

「ラリイ王女にも、ちゃんとお礼言ってないんだろ?」
「は?言ったが?」

半切れするネイルにベアードは、やれやれと言った顔をする。

「それは、王としてだろ?俺が言ってるのは、ネイル個人としてだ。」
「なんだ、それ?一緒だろ?」
「いや、違うぞ。」

ベアードはいつになく真面目にネイルに答える。

「なぁ、ネイル。お前が小さい頃から王になる為に
日々どれだけ努力してるか、俺は知ってる。カミーラも。
王だからこそ、個人の感情を捨てなきゃならんことも・・・
でも、本当に自分の感情を全部捨てちまったら、それはもう
ネイル、お前は感情のない、ただの暴君でしかない。」
「大袈裟じゃないか、流石に。」
「いや、大袈裟じゃないぞ、日々の積み重ねが、後に取り返しの
つかない惨事を生むんだからな。」
「今日の祝いの祭りに参加するしないで、随分、物騒な話するな。」
「俺はな、ネイル。
取り返しのつかない後悔だけはして欲しくないから、
こんな真面目な話しするんだよ。
あーもうやめだ、やめ。俺の柄じゃない。」

ベアードはそう言って、いつもの陽気な男に戻った。
そして、ネイルの背中を叩く。

「ラリイ王女にちゃんと自分の気持ちで感謝を言えってことだ。
だから、今日の祝いの祭りは参加決定な!」
「はぁ、こうまでお前が言うなら、俺に拒否権ないんだろ?」

呆れるネイルにベアードはいつもの笑顔でにかっと笑ってみせる。
そして、政務室を出ていく。

「あいつに、お礼って何言えばいいんだよ・・・」

ネイルはベアードに言われたことで悩むことになった。
祝いの祭りは、後3時間もしないうちに始まる。
それなのに、ネイルには気の利いた感謝の言葉が全然出て来ない。
ラリイが他種族の女じゃなければ、まだ気軽に出てたかもしれないのに。

「普通に短く、ありがとうって言えばいいか・・・」

ネイルは難しく考えるのを止めて、そう結論付けた。
そして、ベアードのさっき言いたいことがわかったような気がする。

「最近、俺は自分の気持ちで何か物事を捉えてないんだな。」

ネイルは最近の日々を思い出す。
時々、何とも言えない程にイライラするのだ。
原因もわからない、何が問題なのかもわからない。
自分では抑えきれなくなりそうな程に「怒り」を感じる。
だが、その怒りをもし、今後感じることがなくなったら?

「それこそ、ベアードの言う、感情のない暴君に俺はなるんだろうな・・・」

ネイルは一人政務室でそう呟いた。
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