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第5章「私は、彼女の知り合いです」

私は、ある女性と子供の頃に知り合いました。
彼女は、とても綺麗な女性で、美人系な類の女性でした。
私は子供だったので、当時は彼女の正確な年齢は知りませんでしたが、
後に家族から聞いた情報では、彼女は30代前半の既婚者だったようです。
どうして、あの時6歳くらいの子供の私が、そんな彼女と知り合いに
なったのかと言うと、夏の暑い日の公園で知り合ったのが、きっかけでした。

「ねぇ?僕?お姉さんの家で、冷たいオレンジジュース飲まない?」
「え?いいの?でも、僕はお姉さんの事、何にも知らないよ?」

子供の頃の私は、最初はそう言って、その彼女の誘いを断ったと思う。
しかし、彼女は爽やかな笑顔で私に微笑み、私の目線に合わせるようにしゃがむと、
私の顔を覗き込み、子供の私でさえ、ドキリとしてしまうような、
今度は妖艶な笑みを浮かべて、話を続けた。

「お姉さんの名前は、夏美(なつみ)って言うの。
君は、R寺の冬道(ふゆみち)住職のお孫さんの冬秋君よね?」
「お姉さん、僕のおじいちゃん知ってるの?」
「うん♪お姉さんはね、冬秋君のおじいさんと知り合いなんだよ♪
ちょっと前にもお世話になっててね。だから、今日はこうして、
冬秋君に会えたから、ジュースでも奢ってあげたいなーと思って♪」

と、明るい声で私に言った。私は彼女の口から、寺の名前と祖父の名前が出た事で、
すっかり安心し、彼女の誘いに乗って、彼女の家に行った。
子供心に、私は彼女が何か悪い事をしそうには全く思わなったのだ。
私を誘拐したり、危害を与えるようなことは絶対にしないと、何故だか確信している。
もちろん、彼女は本当に私に危害を加えることはなかった。
彼女は、私に凄く親切で優しかった。そして会うたびに、
私に飲み物やお菓子を食べさせてくれた。

「今日はメロンクリームソーダにしてあげたよ♪」
「わーい♪夏美お姉ちゃん、ありがとう♪」

私は、無邪気に喜び、彼女が毎度誘ってくれる度に、彼女の家にお世話になった。
この時の記憶は曖昧だが、私が彼女とお茶飲み友達のような関係になって、
3ヶ月くらいが過ぎた頃、私はある事に気付いた。
彼女は、私と何かを飲む時は、絶対にアイスコーヒーだった。
別にそんなに珍しいでもないかもしれないのだが、子供の頃の私は、
それが不思議な事に思えてしまう。
だから、つい彼女に聞いてしまった。どうして、毎回アイスコーヒーなの?かと。

「お姉さんがアイスコーヒーばっかり飲むのは、冬秋君には珍しい?」
「うーん。珍しいと言うか、夏美お姉ちゃんも僕と同じメロンクリームソーダとか
飲めばいいのにって、思ってさ。」
「うふふ。冬秋君は可愛いね♪ほら!ほっぺにアイスついてる♪」

美人な年上のお姉さんにからかわれ、私は、恥ずかしながらも時々、恋心を
感じさせられたのは無理もないと思う。
しかし、今になって当時を振り返れば、彼女は既婚者でもあるはずなのに、
男性の影と言うものが見えなかった。
私が彼女の家にあんなに頻繁にお世話になったのに、彼女の夫に会う事もなかったのだ。

「お姉さんが、アイスコーヒーを飲まなくなったら、その時は、
もう冬秋君には2度と会えなくなる時かな・・・」
「え?」
「あ、ううん。何でもないよ♪そうだ!今日は、美味しいクッキーもあるんだよ♪
今、出してあげるからね♪」

彼女は小さい声で、今思うと意味深な事を言っていたが、
私が聞こえずに聞き返すと、他の話題に切り返して、誤魔化した。
その意味深な言葉を言った時の彼女の悲し気な顔を、私は今でも忘れられないでいる。
彼女と出会い、10月頃になり、あの彼女が、アイスコーヒーでなく、
ホットコーヒーを飲むのを見て、私は何故だか、驚きつつも、喜んだのを覚えている。

「わ!夏美お姉ちゃんが、別の飲み物を飲んでる!」
「ふふ。冬秋君には、そんなに興味あることなの?」
「うん!だって、僕は夏美お姉ちゃんには、色々な飲み物を
飲んで欲しいって、何故だか思ってたから!」
「あら♪冬秋君ったら♪本当、可愛いんだから♪
私は、そんな優しい冬秋君とお友達になれて、嬉しいよ♪」
「僕もだよ!夏美お姉ちゃんとは、これからもずっと友達だよ!」

私は、彼女の言葉に、誇らしげに答えて、いつもの様に彼女と一緒に飲み物を飲んだ。
ところが、その日以降、私は彼女と会う事はなくなった。
ホットコーヒーを彼女が飲んだ日に、私は彼女にある手紙を渡された。

「冬秋君、この手紙をね、冬秋君のおじいちゃんの冬道さんに渡して欲しいの?出来る?」
「うん!そんなことくらい!僕だって出来るよ!」
「うふふ。良かった♪じゃあ、お願いね♪」
「はい!任せて♪必ず渡すね!」

私は彼女のその手紙を素直に受け取り、家に帰り、祖父にすぐ渡した。
祖父は、私から彼女の手紙を受け取ると、いつも厳しそうにしている顔が、
一瞬凍りつき、私を押しのけ、父と母の元に行き、何かを話し、
指示をしている感じになった。
父と母は、一気に慌ただしい感じになり、母は、いきなり私を抱きしめて泣き出す。
私は、一体何が起きたのかわからずに、母に困惑した。

「夏美さんも、何で冬秋を巻き込むようなことを・・・」
「彼女の救いに少しでもなればと思って、冬秋と過ごすのを許したのだが、
それはわしの過ちだったようだ。許せ。」
「いえ、これはお父さんだけの責任じゃありませんよ。」

父と祖父は、こんな会話をしていたのを、私は薄っすらと覚えている。
これは、20歳になって、父から聞かされた話だが、夏美さんは、
俺を家に誘うようになるちょっと前に、自分の夫を殺していたらしい。
その遺体は細かく切断され、お風呂場に小さい冷蔵庫を置き、
大量のドライアイスなどで、冷やして、腐敗を防いでいたようだ。
そして、ホットコーヒーを飲んだ日に、彼女はある決意をしたらしい。

「お前が最後に預かった、あの手紙があっただろう?」
「はい、ありましたね。」
「あの手紙には、彼女が自身の夫を殺したこと、お前を利用して、
近所で自分の殺人がバレていないかなどを探っていたようだ。
子供のお前にも、夫の殺害がバレそうだったら、彼女は、
もっと早くに逃亡しようとしたらしいな。」
「夏美さん・・・そんな人だったんですね。」
「冬秋。お前は自分を責めるな。お前は何も悪くないからな。
父さんも、親父・・・いや、じいさんも、お前の存在が、
夏美さんの救いになってくれればと思って、お前が彼女の家に行くことを許していたんだ。
けど、この事は、当時のお前を傷つけてしまうと思って、
正直には言えなかった。すまない。」
「いえ。そんな状況だったら、父さんが言えないのは無理もなったと思います。
あの時は、母さんも、凄く悲しんで泣いてたし・・・」

俺は、あの手紙を渡し、その後で家族が、俺に変に優しくなったのが不思議でしょうがなかった。
じいさんは、夏美さんに夫との関係で悩みを相談されていたのを知ったのはこの時だ。
どこにでもありそうな話で、夫の浮気に、夏美さんはかなり苦しんでいた。
更に子供も出来なかった夏美さんは、相当思い詰めていたとも言う。
振り返れば、よく夏美さんに、冬秋君は好きな女の子が出来たら、
悲しませたら絶対にダメだからね!と言われた気がする。
あれは、浮気する夫に対して言っていたんだろうな。

「夏美さんは今現在も行方不明だ。じいさんが言うには・・・
もう、この世にいないかもしれないと言ってたが・・・
俺は、彼女が犯罪者になってしまったとしても、生きていて欲しいと思っているよ。」
「それは、俺も同じ気持ちです。父さん。今でも信じられないくらいですから。
あの夏美さんが殺人犯だなんて・・・」

俺は、あの手紙以降、出会えなくなってしまった夏美さんの姿を思い出し、
心が痛くなるほど、切ない気持ちになる。
あの思い出が、自分の中でしっかり整理され片付かない間は、
俺は恋人を作れないと思う。
それから、今でもアイスコーヒーを飲む美人を見ると、
ドキリとすると同時に恐怖も感じる。
いつかまた、夏美さんは俺の前に姿を現すのではないかと。
生きていようと、死んでいたとしても・・・
アイスコーヒーが側にあったら、それを合図にするように。
俺は、少し怖い想像をすることがある。
夏美さんがアイスコーヒーだけを飲んでいた、あの時期。
俺の勝手な考えだが、夏美さんは夫の遺体の側に、アイスコーヒーをお供え?と言うか、
していたのではないかと思う。
だから、ホットコーヒーを飲んだ、あの日は、夏美さんの中で
何かの区切りになったから、
アイスコーヒーを飲むのを止め、姿をくらましたのだと、俺は思った。
それが真実かどうかは、確かめようがないが。
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