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幸せな悪夢

 ――夢を、見た。

『おめでとうございます、昴流くん、北都ちゃん』
『星史郎さん……?』
『なにぼんやりしてるのよ昴流。今日は私たちの誕生日でしょ?』
『北都ちゃん……、そう、だね。日付の感覚がなくなってたから分からなかったよ』
『仕事熱心な昴流くんらしいですね。さ、パーティにしましょう』
『私が腕を振るってとっておきのケーキを焼いたのよ~♪』
『自分の誕生日に自分でケーキを焼くのはなんだか違う気がするけど……』
『いいの。たしかに今日は私の誕生日だけど昴流の誕生日でもあるんだから。そこに座って待ってて』

 立ち去ろうとする背中に、ふと、強烈な恐怖が襲う。

『待って、北都ちゃん』
『ん? なあに昴流』

 振り返って小首を傾げる、大切な双子の姉。さっきの恐怖はつかみどころのないまま一瞬で通り過ぎて、自分でもなぜ呼び止めたのか分からなくなってしまった。

『……なんでもない』
『そお? 変な昴流。それじゃ、ケーキ取ってくるわね~』

 今度は違和感なくその背中を見送る。と、後ろから肩を叩かれた。

『昴流くん。これは僕からの誕生日プレゼントです』
『あ、ありがとうございます!』

 大きめの箱。受け取ると勝手にしゅるりとリボンが解けてふたが開き――大量の桜の花びらが視界を覆った。

 暗転。

 思わず固くつぶっていた目を開ける。体中に巻き付いているこれは、桜の枝?
 ざああ、と音を立てて狂ったように舞い飛ぶ桜の花びらの向こう。血に濡れた白装束。返り血を浴びた黒いスーツ。

『北都ちゃん……!』

「星史郎さ……っ!」
 がばりとベッドから起き上がる。荒く呼吸を繰り返しながら、混乱する頭を整理する。
 違う。今はもう、あの幸せだった頃の自分ではない。北都ちゃんは殺された。――星史郎さんに。
 カレンダーに目をやって、年、月、日、ゆっくりと確認していって、呆然とする。
「誕、生日……」
 なんの偶然か。それとも、忘れていたようで無意識に覚えていたからなのか。
 ベッドから立ち上がり、カレンダーの日付をなぞる。
「……誕生日、おめでとう」
 誰に言うともなく、呟く。まだ夢の感触が残る両手を見下ろした。
「皮肉だな……。星史郎さんにプレゼントをもらう夢、だなんて」
 必死に、消そうとした。心の中から、彼のことを。でも、消えなかった。消えずに、今もこうやって時折、幸せな悪夢を見せる。

『おめでとうございます、昴流くん』

 夢で聞いた声が、頭の中で反響する。目を閉じて、甘く苦いその余韻にしばし、ひたった。
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