「月が綺麗ですね」
昴流の『仕事』の帰り道、車を運転していた星史郎が寄り道を提案したのは、夜も深まってきた時間帯のことだった。
街の片隅にある、廃屋となったビルの屋上。眼下に星の海のように灯りが広がり、それと対照的に深い色の夜闇が空を覆っている。
屋上の端にある手すりにもたれながら二人で夜景を見つめることしばし、星史郎がふと顔を上げた。
「――月が、綺麗ですね」
その言葉にひかれて、昴流も顔を上げる。濃紺の夜空の少し低めのところに、ぽっかりと穴を開けたように大きく円い月が浮かんでいた。
「本当ですね」
心から月に見惚れているらしい様子がいかにも昴流らしく、星史郎はくすりと笑いをこぼす。景色に背を向けるように振り返って手すりにもたれ、昴流の顔を見つめた。
「ねえ、昴流くん。知っていますか? かの夏目漱石は、『I love you』という言葉を『月が綺麗ですね』と訳したのだそうです」
「そうなんですか」
横を向いた昴流にぐっと顔を近づけて、星史郎は囁くように言う。
「月が……綺麗ですね?」
さすがにその意味を察して、昴流の顔が赤く染まる。
「せ、星史郎さん」
「なんです?」
「それは、あの……」
「照れる昴流くんもお可愛らしいですね」
「か、からかわないでください!」
「僕はいつだって本気ですよ?」
いつの間にか腰に手がまわされて、逃れられなくなっている。妖しく微笑む星史郎に、昴流は視線を吸い寄せられて――
「ああ、そうだ。北都ちゃんにお団子を買って帰りましょうか。今夜はお月見ですしね」
けろっとそれまでの空気を塗り替えてしまった星史郎の言葉に、昴流はがっくりと体の力を抜く。少し恥ずかしげに帽子の位置を直して、
「そ、そうですね! それじゃ、お店を探しましょう」
平然を装いながら階段へ向けて駆け出した。
それを見つめる星史郎の顔には影が落ちて、その表情は窺い知れない。口角だけがゆっくりと上がって、羽織っている黒い上着の裾が夜風にはためいた。
街の片隅にある、廃屋となったビルの屋上。眼下に星の海のように灯りが広がり、それと対照的に深い色の夜闇が空を覆っている。
屋上の端にある手すりにもたれながら二人で夜景を見つめることしばし、星史郎がふと顔を上げた。
「――月が、綺麗ですね」
その言葉にひかれて、昴流も顔を上げる。濃紺の夜空の少し低めのところに、ぽっかりと穴を開けたように大きく円い月が浮かんでいた。
「本当ですね」
心から月に見惚れているらしい様子がいかにも昴流らしく、星史郎はくすりと笑いをこぼす。景色に背を向けるように振り返って手すりにもたれ、昴流の顔を見つめた。
「ねえ、昴流くん。知っていますか? かの夏目漱石は、『I love you』という言葉を『月が綺麗ですね』と訳したのだそうです」
「そうなんですか」
横を向いた昴流にぐっと顔を近づけて、星史郎は囁くように言う。
「月が……綺麗ですね?」
さすがにその意味を察して、昴流の顔が赤く染まる。
「せ、星史郎さん」
「なんです?」
「それは、あの……」
「照れる昴流くんもお可愛らしいですね」
「か、からかわないでください!」
「僕はいつだって本気ですよ?」
いつの間にか腰に手がまわされて、逃れられなくなっている。妖しく微笑む星史郎に、昴流は視線を吸い寄せられて――
「ああ、そうだ。北都ちゃんにお団子を買って帰りましょうか。今夜はお月見ですしね」
けろっとそれまでの空気を塗り替えてしまった星史郎の言葉に、昴流はがっくりと体の力を抜く。少し恥ずかしげに帽子の位置を直して、
「そ、そうですね! それじゃ、お店を探しましょう」
平然を装いながら階段へ向けて駆け出した。
それを見つめる星史郎の顔には影が落ちて、その表情は窺い知れない。口角だけがゆっくりと上がって、羽織っている黒い上着の裾が夜風にはためいた。
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