第128話 春
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「……ッ!!」
ずーん…
生徒達の試験結果を目の前に私は机に突っ伏していた。
またしても視力検査のような点数…。
なぜだ、なぜなんだ…!!
もはやお約束とでも言わんばかりな…!!
「大丈夫ですか…?」
涙目の私にたまみがコトリとお茶を出してくれた。
「んー…あれですね…なんというか、多様性に富んだ自由な回答が多いですねぇ。」
「術名を問う一問一答の答えに多様性は必要なぁい!」
「あはは、そうですねぇ、と、とりあえず落ち着いて…」
たまみはそう言うと、机の引き出しから紙の束を取り出してそっと私の前に置いた。
「…これは?」
「実は、試験が終わってからみんなに自由課題を書いてもらったんです。試験とは関係ないですけど、『この一年間で頑張ったことや楽しかったこと、学んだことや思い出』を書いてくださいって。」
渡された紙は結構な枚数だった。
パラパラとめくってみると、そこにはたくさんの文字で一人何枚にもわたる想いが…思い出がびっしりとつづられていた。
「枚数の指定はしなかったんですけど、みんなすごく一生懸命に書いてきてくれて…。ゆっくり読んであげてください。」
そう言うとたまみは「ちょっと食堂に行ってきますね」と部屋を出ていった。
「…こんなに、たくさん………」
それは誤字も多く文章もまとまりがなく文字も丁寧とは言い難かった。
しかしそこには、
級友と共に過ごし互いに助け合って乗り越えた思い出、裏山や秘密基地で皆と遊んで楽しかった思い出、委員会活動で上級生に教えてもらったこと、興味をもって一生懸命に取り組んだこと、親元を離れて学園のなかで自分達で頑張ったこと、苦労や失敗、それでも諦めず工夫してはまた試み学んだこと、等々…。
11人分の思い出が、努力や、優しい想いが、拙い言葉のなかに何の飾り気もなくびっしりと込められていた。
「………………。」
先刻までとは違う涙で文字が滲んだ。
いつも自分でも言っていたことだ。
試験の結果だけが全てではない、と。
そうだ、教科の授業内容だけではない。
もっと色んなところで、生徒達は日々多くのことを学んできたのだ…。
教科担当の教師としては試験が芳しくないのは辛いところではあるが、それがすなわち生徒の評価とはならない…。
「………………。」
私はその課題の用紙を何度も読み返した。
一生懸命につづられたその気持ちを噛みしめるように何度も何度も…。
「…これは大切にとっておいて、卒業するときに本人に返してあげよう。」
私はそれを大切な書類を保管しているところにしまっておくことにした。
いつか、このよい子達が卒業するとき…これを読んだらどんな気持ちになるだろうか。
…今から楽しみだ。
「胃の痛みは治りましたか?」
たまみが戻ってきて、私の横にそっと座った。
「うん。…みんな頑張っているとは思っていたけど、こうして文章にするとそれがとてもよく分かるね。」
「ほんとに。みんな、いい子ですね。」
にこりと微笑む彼女の頭を撫でて、私はその瞳をじっと見つめた。
「…きみは良き補佐であり…一年は組の良きお母さんだね。」
「えっ…」
「いい課題を出してくれてありがとう。」
「えへへ、そう言ってもらえると…嬉しいです…。」
嬉しそうに照れて目をそらす彼女がとても愛しく可愛らしいと思った。
ぎゅっと抱きしめて手を重ねた。
「…ん?…手、随分冷たいな…。」
真冬でもないのに、指先がかなり冷たくて驚いた。
両手ではさんで温めると、彼女はその手を見つめて不思議そうに言った。
「お水に手をつけると気持ちよくて、ちょっと浸してたんです。」
「水に?」
「はい。…夏でもないのに、水が心地いいとか不思議ですよね。」
「まさか熱があるんじゃ…風邪かい?」
「風邪ではないと思います。…でも……」
そこでたまみが言葉をとめた。
気になる言い方…なにかあったのかと即座に不安がよぎった。
肩を掴んで真っ直ぐに彼女を見つめる。
「…どこか具合が悪いのか?」
「いえ、ただ……遅いなぁって。」
「なにが?」
「………んー……ほら、いつもならもうとっくに…」
「???」
何のことか分からず首を傾げると、たまみは周囲をきょろきょろと見渡してから私の肩に手を乗せ耳元で小さく囁いた。
「……もしかしたら…………」
「もしかしたら?」
「…赤ちゃん、できたのかも……」
「えっ!!!!!?」
一瞬、聞き間違いかと思って固まった。
「ほ……ほんとに…!??」
「まだ分からないですけど…」
嬉しそうに微笑むたまみ。
瞬きも忘れ驚き固まっていた私は、その笑顔にじわじわとその意味を実感した。
私が……私が、父親に…!?
信じられなくて、でも嬉しくて、彼女のお腹にそっと触れてみた。
ここに…新たな命が……!?
「に、新野先生に診てもらおう!!いますぐ!」
「あの、でも、私の勘違いだったら…」
「そのときはまた私が頑張るよ。」
「…えっ?!どういう意味で、ぃや、そういう問題じゃなくて…!」
「とりあえず、今のうちから気をつけた方がいいこともあるかもしれないだろう?何かあってからでは遅いし…一緒にいこう。ほら、立てるかい?ああ、そんな勢いよく立ち上がったら…!ゆっくりでいいから…!」
アタフタする私を見て、たまみが声を出して笑った。
「まだそうと決まってないのに、そこまで慎重にならなくても……」
「だってほら、心配じゃないか。」
「今からそんなだと、後が大変ですよ。」
「そ、それはそうだが…。」
たまみは苦笑しながらお腹に手を当てた。
その嬉しそうな表情に、しかし、ほんの一瞬…その瞳に少しだけ陰りが見えた。
「!」
その瞳は、微かに不安に揺れていた。
…そうだ、不安がないわけない。
ただでさえ初めてのことでどうしてよいか分からないし、これまでの経緯から心配になることもある…。
私はたまみをぎゅっと抱きしめて力強く言いきった。
「大丈夫。たまみも、子どもも、何があっても私が守ってみせるから…。」
それは私の決意とともに誓いでもあった。
どうやって、とか具体的に何がとか、お産にあたって男ができることはないんじゃないかとか色々思ったが、そんなことよりも、ただ、たまみを安心させたかった。
「…ほんとに…?」
「ああ。だからたまみは安心して体を大事にすることだけを考えて。」
「…半助さん……」
彼女のお腹を優しく撫でてみた。
特にかわった様子はないが、赤子が動くと分かると聞いたことがある。
「…もう動いたりするのかな?」
「さあ…まだ早いんじゃないですか?」
お腹に耳を当ててみても、とくになにも聞こえない。
それでも暫く抱きしめたまま耳を澄ましていると、たまみが私の頭を撫でた。
「可愛いお父さんですねぇ。」
「ちょっと気が早かったか?と」
苦笑して立ち上がると、彼女はクスクスと笑っていた。
「……ああ、しかし、そうか…私もついに……!あはは、嬉しすぎて言葉もないよ…!」
「私も、嬉しいです…!」
いまにも泣きそうな顔のたまみを見ると、私もまた胸がいっぱいになって泣きそうだった。
まだはっきり決まったわけでもないのに、それでも何となく確信のようなものがあって、私は彼女をきつくきつく抱きしめた。
…そうだ、私がしっかりしなくては。
私は幸せをかみしめながら、まずは何からしたらよいだろうかと、ふわふわした気持ちで思案をめぐらせた。
ずーん…
生徒達の試験結果を目の前に私は机に突っ伏していた。
またしても視力検査のような点数…。
なぜだ、なぜなんだ…!!
もはやお約束とでも言わんばかりな…!!
「大丈夫ですか…?」
涙目の私にたまみがコトリとお茶を出してくれた。
「んー…あれですね…なんというか、多様性に富んだ自由な回答が多いですねぇ。」
「術名を問う一問一答の答えに多様性は必要なぁい!」
「あはは、そうですねぇ、と、とりあえず落ち着いて…」
たまみはそう言うと、机の引き出しから紙の束を取り出してそっと私の前に置いた。
「…これは?」
「実は、試験が終わってからみんなに自由課題を書いてもらったんです。試験とは関係ないですけど、『この一年間で頑張ったことや楽しかったこと、学んだことや思い出』を書いてくださいって。」
渡された紙は結構な枚数だった。
パラパラとめくってみると、そこにはたくさんの文字で一人何枚にもわたる想いが…思い出がびっしりとつづられていた。
「枚数の指定はしなかったんですけど、みんなすごく一生懸命に書いてきてくれて…。ゆっくり読んであげてください。」
そう言うとたまみは「ちょっと食堂に行ってきますね」と部屋を出ていった。
「…こんなに、たくさん………」
それは誤字も多く文章もまとまりがなく文字も丁寧とは言い難かった。
しかしそこには、
級友と共に過ごし互いに助け合って乗り越えた思い出、裏山や秘密基地で皆と遊んで楽しかった思い出、委員会活動で上級生に教えてもらったこと、興味をもって一生懸命に取り組んだこと、親元を離れて学園のなかで自分達で頑張ったこと、苦労や失敗、それでも諦めず工夫してはまた試み学んだこと、等々…。
11人分の思い出が、努力や、優しい想いが、拙い言葉のなかに何の飾り気もなくびっしりと込められていた。
「………………。」
先刻までとは違う涙で文字が滲んだ。
いつも自分でも言っていたことだ。
試験の結果だけが全てではない、と。
そうだ、教科の授業内容だけではない。
もっと色んなところで、生徒達は日々多くのことを学んできたのだ…。
教科担当の教師としては試験が芳しくないのは辛いところではあるが、それがすなわち生徒の評価とはならない…。
「………………。」
私はその課題の用紙を何度も読み返した。
一生懸命につづられたその気持ちを噛みしめるように何度も何度も…。
「…これは大切にとっておいて、卒業するときに本人に返してあげよう。」
私はそれを大切な書類を保管しているところにしまっておくことにした。
いつか、このよい子達が卒業するとき…これを読んだらどんな気持ちになるだろうか。
…今から楽しみだ。
「胃の痛みは治りましたか?」
たまみが戻ってきて、私の横にそっと座った。
「うん。…みんな頑張っているとは思っていたけど、こうして文章にするとそれがとてもよく分かるね。」
「ほんとに。みんな、いい子ですね。」
にこりと微笑む彼女の頭を撫でて、私はその瞳をじっと見つめた。
「…きみは良き補佐であり…一年は組の良きお母さんだね。」
「えっ…」
「いい課題を出してくれてありがとう。」
「えへへ、そう言ってもらえると…嬉しいです…。」
嬉しそうに照れて目をそらす彼女がとても愛しく可愛らしいと思った。
ぎゅっと抱きしめて手を重ねた。
「…ん?…手、随分冷たいな…。」
真冬でもないのに、指先がかなり冷たくて驚いた。
両手ではさんで温めると、彼女はその手を見つめて不思議そうに言った。
「お水に手をつけると気持ちよくて、ちょっと浸してたんです。」
「水に?」
「はい。…夏でもないのに、水が心地いいとか不思議ですよね。」
「まさか熱があるんじゃ…風邪かい?」
「風邪ではないと思います。…でも……」
そこでたまみが言葉をとめた。
気になる言い方…なにかあったのかと即座に不安がよぎった。
肩を掴んで真っ直ぐに彼女を見つめる。
「…どこか具合が悪いのか?」
「いえ、ただ……遅いなぁって。」
「なにが?」
「………んー……ほら、いつもならもうとっくに…」
「???」
何のことか分からず首を傾げると、たまみは周囲をきょろきょろと見渡してから私の肩に手を乗せ耳元で小さく囁いた。
「……もしかしたら…………」
「もしかしたら?」
「…赤ちゃん、できたのかも……」
「えっ!!!!!?」
一瞬、聞き間違いかと思って固まった。
「ほ……ほんとに…!??」
「まだ分からないですけど…」
嬉しそうに微笑むたまみ。
瞬きも忘れ驚き固まっていた私は、その笑顔にじわじわとその意味を実感した。
私が……私が、父親に…!?
信じられなくて、でも嬉しくて、彼女のお腹にそっと触れてみた。
ここに…新たな命が……!?
「に、新野先生に診てもらおう!!いますぐ!」
「あの、でも、私の勘違いだったら…」
「そのときはまた私が頑張るよ。」
「…えっ?!どういう意味で、ぃや、そういう問題じゃなくて…!」
「とりあえず、今のうちから気をつけた方がいいこともあるかもしれないだろう?何かあってからでは遅いし…一緒にいこう。ほら、立てるかい?ああ、そんな勢いよく立ち上がったら…!ゆっくりでいいから…!」
アタフタする私を見て、たまみが声を出して笑った。
「まだそうと決まってないのに、そこまで慎重にならなくても……」
「だってほら、心配じゃないか。」
「今からそんなだと、後が大変ですよ。」
「そ、それはそうだが…。」
たまみは苦笑しながらお腹に手を当てた。
その嬉しそうな表情に、しかし、ほんの一瞬…その瞳に少しだけ陰りが見えた。
「!」
その瞳は、微かに不安に揺れていた。
…そうだ、不安がないわけない。
ただでさえ初めてのことでどうしてよいか分からないし、これまでの経緯から心配になることもある…。
私はたまみをぎゅっと抱きしめて力強く言いきった。
「大丈夫。たまみも、子どもも、何があっても私が守ってみせるから…。」
それは私の決意とともに誓いでもあった。
どうやって、とか具体的に何がとか、お産にあたって男ができることはないんじゃないかとか色々思ったが、そんなことよりも、ただ、たまみを安心させたかった。
「…ほんとに…?」
「ああ。だからたまみは安心して体を大事にすることだけを考えて。」
「…半助さん……」
彼女のお腹を優しく撫でてみた。
特にかわった様子はないが、赤子が動くと分かると聞いたことがある。
「…もう動いたりするのかな?」
「さあ…まだ早いんじゃないですか?」
お腹に耳を当ててみても、とくになにも聞こえない。
それでも暫く抱きしめたまま耳を澄ましていると、たまみが私の頭を撫でた。
「可愛いお父さんですねぇ。」
「ちょっと気が早かったか?と」
苦笑して立ち上がると、彼女はクスクスと笑っていた。
「……ああ、しかし、そうか…私もついに……!あはは、嬉しすぎて言葉もないよ…!」
「私も、嬉しいです…!」
いまにも泣きそうな顔のたまみを見ると、私もまた胸がいっぱいになって泣きそうだった。
まだはっきり決まったわけでもないのに、それでも何となく確信のようなものがあって、私は彼女をきつくきつく抱きしめた。
…そうだ、私がしっかりしなくては。
私は幸せをかみしめながら、まずは何からしたらよいだろうかと、ふわふわした気持ちで思案をめぐらせた。