長編番外編 おそろしい巻物
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「……ぅ…。」
目が覚めると見たことのある天井。
ここは…。
はっきりしない意識のまま、人の気配を感じて視線を動かした。
反射的に体を起こそうとした瞬間。
「…たまみさん…?」
私のすぐ近くで、壁に寄りかかるようにしてたまみさんが座ったまま眠っている。
周りを見渡すと、ここは忍術学園の保健室だった。
窓からは少し日が射し込んできてきている。
しかしそれが朝日なのか夕陽なのか分からなかった。
私は…何故ここに…?
記憶が曖昧だが、確か私はタソガレドキに潜入していたはずでは…。
一体どれくらい眠っていたのだろう。
隣で眠るたまみさんの顔をじっと見つめた。
彼女の横には水をはった桶があり、自分の額には濡れた手拭いが置かれていた。
もしかして…私を看病してくれていたのだろうか。
揺れる長いまつげ。
白く柔らかそうな頬。
無防備に…微かに開かれている唇。
可愛いな…。
なんて警戒心のない…。
そのときふと、自分の左手が温かいことに気づいた。
「!」
たまみさんが…私の手を握っている。
彼女の小さな手が、私の手をぎゅっと握りしめていた。
自分でも驚くほど胸に衝撃が走った。
ずっと、手を繋いだままでいたのだろうか…。
子どもでもないのに…いや、子どもではないから…その温もりから甘い嬉しさが胸に広がった。
「…たまみさん…」
繋がれた手をじっと見つめた。
温かい…。
すやすやと寝息を立てる可愛い寝顔。
それは触れると消えてしまいそうで…手を出すのも憚られる程に愛しかった。
…ずっと見ていたい…。
どれくらいそうしていたのだろう。
部屋が徐々に明るさを増し、鳥のさえずりが聞こえてきた。
そうか、これは夕焼けではなく朝焼けだったのだな。
…ん?
ということは、たまみさんは夜通し私の看病をしてくれていたのか。
つまり、ある意味、二人きりで夜を過ごしていたということか…!?
だとすると…なんと勿体無いことをしたのだろう…せっかくの機会なのに眠っていただなんて!
いや、眠っていたから看病してくれていたわけだが…。
自分の体には特に具合の悪そうなところもなく、私は呑気にもそんなことを考えてしまった。
すると、眠る彼女の体が傾き始めた。
前のめりに倒れかけた身体を慌てて抱きとめると、たまみさんの目がゆっくり開かれた。
「…ん……りきち、さん?」
たまみさんがハッと目を覚まして私の腕をつかんだ。
私の額に手を当てて、安心したように微笑む。
「よかった、熱は下がりましたね…!具合はどうですか?!」
「たまみさんのおかげですっかりよくなったみたいです…ありがとうございます。」
「利吉さん、昨日の夕方忍術学園の門の前で倒れてたんですよ。すごい熱でびっくりしました…。」
「そうでしたか…その辺の記憶が全くないのですが、お手間をおかけしました。」
「お手間とかそんなのじゃなくて…。」
私だけを映している彼女の瞳は悲しげに揺れていた。
その目は私を真っ直ぐに見つめ、彼女は切実な声で私の手を両手でそっと包んだ。
「どうか、無理しないでください…。」
「…たまみさん…」
「私…、私、利吉さんのことが心配で…」
真剣な表情。
潤んだ瞳。
固く結ばれた口元。
私の身を本当に案じてくれているのが伝わってきた。
勘違いしてはいけない、たまみさんは優しいから他意はなく心配してくれているだけだ…。
そう分かってはいたが…、私は彼女のその細い腕をひいて抱きしめた。
「り…きち、さん…!?」
「たまみさんにそこまで心配してもらえるなんて…ましてや一晩中付き添ってもらえるなんて…たまには倒れるのも悪くないですね。」
「なっ、何を言って…!」
「このまま、貴女の心のなかを私だけでうめてしまいたい…。」
抱きしめる腕に力をこめる。
すると…
「そんなの…もう…」
「え?」
背中に、彼女の腕がそっと回された。
ぴたりと寄り添ってくる身体。
薄い夜着越しに伝わる柔らかい感触。
仄かに香る甘い匂い。
温かい体温。
「…っ!」
身体中に、甘い痺れが走った。
目の前の光景が、柔らかい感触が信じられず、息を飲む。
「…もっと…学園に来てください…。」
「!」
私の胸に埋めた顔は俯いていてその表情は分からない。
しかしその声はか細く…甘えを含んだ色を滲ませていた。
「もっと…会いに来てください……。」
「…!」
彼女がゆっくりと私を見上げる。
その瞳は切なそうに揺れていた。
「気づくと…いつも利吉さんのことばかり考えてしまって…どこにいるのかなとか…何をしてるのかなとか…怪我してないかなとか…ちゃんと食べてるのかなとか……」
「………」
「私…待つことしかできなくて…。何か、利吉さんのためにできることがあればいいのにって、いつももどかしくて……」
「…たまみさん」
泣き出してしまいそうな彼女を止めた。
絡まる視線。
時が…、止まったように感じた。
「…私を、待っていてくれたのですか…?」
「…………」
たまみさんは頬を染め、目をそらして頷いた。
その反応が信じられなくて、鼓動が早くなる。
まさか…、そんな。
「…本当に?」
顎に指をかけ、俯く顔をこちらに向けさせた。
恥じらうように頬を染めるその表情。
期待に、胸が熱くなる…。
「…私も、たまみさんに会えるのをどれだけ楽しみにしているか…。貴女の存在が、どれだけ仕事の励みになっているか…。」
「利吉さん…」
そっと柔らかい頬に触れる。
その瞳が微かに揺れた。
しかしそれは、いつものような困った表情ではなくて。
…常に心にかけていたブレーキが…音もなく一瞬で壊れていく。
彼女の瞳に吸い込まれるように距離が近づいた。
「たまみさん……」
確かめるように、小さくその名を呼ぶと。
彼女はそっと目を閉じた。
止まる呼吸。
そのまま、その艶やかな唇に唇が重なりかけた。
そのとき。
ガラッ
「利吉くん、もう起きていますか?」
校医の新野先生が薬草を手に持ち入ってきた。
ついたての向こうから聞こえた声に、たまみさんが慌てて体を離した。
な、なんというタイミングで…!!!
「……はい、起きています。」
非常に不機嫌そうな声になってしまった。
たまみさんは真っ赤な顔をして桶と手拭いを持って立ち上がった。
「わ、私、何か食べるもの作ってきますね…!」
そそくさと保健室を出ていく彼女の背を、私は無言で眺めた。
新野先生は我々の様子に気付いて微妙な顔をしたが、何も言わずに診察と薬の調合をしてくれた。
いつの間にか朝日はすっかり高くのぼりきっていて、外は明るくなっている。
頂いた薬を飲み横になると、身体が思ったより疲れているのかすぐに眠気に襲われた。
先程の彼女の表情、言葉、感触…。
それはこの上なく衝撃的で…感動すら覚えるほど嬉しかった。
私はそれらを噛みしめるように反芻しながら、まどろみのなか眠りに落ちた。
暫くして障子の開けられる音で目が覚めた。
「あ…寝てたんですね、起こしてすみません。」
たまみさんがお粥をお盆に乗せて持ってきてくれた。
梅干しの添えられた玉子粥が美味しそうに香る。
「ちゃんと栄養とって早く元気になってくださいね。」
そう微笑む彼女の顔が一瞬曇った。
どうしたのかと見つめると、たまみさんはためらいがちに呟いた。
「…でも、元気になったらまたすぐにここを出ちゃうんですよね…?それならもう少し、ゆっくり元気になってもらうのでもいいかも…。」
「…!!」
頬を染め、チラリとこちらを見ながらそんな可愛らしいことを言ってくれるたまみさん。
なんだこれは…!!
な、何かの罠か…!?
予想外すぎた言葉に固まってしまった。
咄嗟に返す言葉が思い浮かばず黙っていると、
彼女はお粥の入ったお椀と匙をゆっくり差し出した。
「お口に合うといいんですけど…熱いので気をつけてくださいね。」
お椀を受け取りかけて、私は手を止めた。
…そうだ、こんな機会は滅多にない。
不思議そうにこちらを見る彼女に微笑みかけた。
「…たまみさん。」
「はい?」
「…食べさせてくれますか。」
「え…?」
「まだ少し身体が重たくて…。」
適当にそんなことを言ってみると、たまみさんは驚きつつも「甘えん坊さんですねぇ」と嬉しそうに微笑んだ。
一匙すくい、ふぅふぅと冷まして私の口の前に匙を差し出した。
少し口を開けるとそっとお粥が口に運ばれた。
優しい味付けの玉子粥が、口内でほんのり甘く広がった。
「美味しいですか?」
「はい、こんなに美味しいお粥…初めて食べました。」
心の底からそう思った。
食事をこんなに楽しく美味しく感じたことなど本当に初めてだ。
たまみさんは嬉しそうに微笑み、もう一口すくって冷ましてくれた。
結局、そのまま全部食べさせて貰い私は至極満足した気持ちで横になった。
「食べてすぐに横になると消化によくないですよ?」
たまみさんが心配そうに言った。
そしてそれは私の狙い通り、期待していた言葉で…私は口角を上げた。
「じゃあ、膝枕してくれますか?」
「え?」
たまみさんは驚いてポカンとしていた。
「そうしたら少しだけ体を起こせますし。」
「…起きてるのがしんどいのですか?」
「はい、まだ本調子じゃないみたいで…。」
「………し、しょうがないですねぇ、今日だけですよ?誰か来たらすぐ降りてもらいますよ?」
たまみさんは周りをキョロキョロと見てから、頬を染め観念したように私に膝を差し出した。
緊張しているのかへの字に結ばれた口が面白い。
思わずクスッと笑うと、たまみさんが「やっぱりやめておこうかな」と立ち上がりかけたので慌ててその膝に頭を乗せた。
柔らかい太ももの感触。
ドキドキするような、それでいてどこか安心するような心地好さ。
膝枕とはこんなにいいものだったのか…。
「…さっきたまみさん、自分にできることはないかと仰ってくれましたよね。」
「はい、…何か、ありますか…?」
「それなら…私がここに来たときに『おかえり』と言ってもらえますか?」
「おかえり、ですか?」
「はい。…たまみさんにそう言って貰えるなら…そんな風に私を待ってくれているのなら、…ちゃんとあなたの元に戻ってくると誓います。」
すると、たまみさんは穏やかな目をしてゆっくりと…だがはっきりと言った。
「…おかえりなさい、利吉さん。」
それは、まるで誓いの言葉のようで。
「…ただいま、…たまみ。」
彼女は嬉しそうに微笑んだ。
その慈しむような眼差しに惹き付けられる。
私は膝の上に頭を乗せたまま、彼女の首にゆっくりと手を伸ばした。
後頭部に手を回す。
彼女の頭をゆっくり下に引き寄せて。
さらりと流れた髪が私の頬に触れた。
そして唇を重ねようとした瞬間…
目が覚めると見たことのある天井。
ここは…。
はっきりしない意識のまま、人の気配を感じて視線を動かした。
反射的に体を起こそうとした瞬間。
「…たまみさん…?」
私のすぐ近くで、壁に寄りかかるようにしてたまみさんが座ったまま眠っている。
周りを見渡すと、ここは忍術学園の保健室だった。
窓からは少し日が射し込んできてきている。
しかしそれが朝日なのか夕陽なのか分からなかった。
私は…何故ここに…?
記憶が曖昧だが、確か私はタソガレドキに潜入していたはずでは…。
一体どれくらい眠っていたのだろう。
隣で眠るたまみさんの顔をじっと見つめた。
彼女の横には水をはった桶があり、自分の額には濡れた手拭いが置かれていた。
もしかして…私を看病してくれていたのだろうか。
揺れる長いまつげ。
白く柔らかそうな頬。
無防備に…微かに開かれている唇。
可愛いな…。
なんて警戒心のない…。
そのときふと、自分の左手が温かいことに気づいた。
「!」
たまみさんが…私の手を握っている。
彼女の小さな手が、私の手をぎゅっと握りしめていた。
自分でも驚くほど胸に衝撃が走った。
ずっと、手を繋いだままでいたのだろうか…。
子どもでもないのに…いや、子どもではないから…その温もりから甘い嬉しさが胸に広がった。
「…たまみさん…」
繋がれた手をじっと見つめた。
温かい…。
すやすやと寝息を立てる可愛い寝顔。
それは触れると消えてしまいそうで…手を出すのも憚られる程に愛しかった。
…ずっと見ていたい…。
どれくらいそうしていたのだろう。
部屋が徐々に明るさを増し、鳥のさえずりが聞こえてきた。
そうか、これは夕焼けではなく朝焼けだったのだな。
…ん?
ということは、たまみさんは夜通し私の看病をしてくれていたのか。
つまり、ある意味、二人きりで夜を過ごしていたということか…!?
だとすると…なんと勿体無いことをしたのだろう…せっかくの機会なのに眠っていただなんて!
いや、眠っていたから看病してくれていたわけだが…。
自分の体には特に具合の悪そうなところもなく、私は呑気にもそんなことを考えてしまった。
すると、眠る彼女の体が傾き始めた。
前のめりに倒れかけた身体を慌てて抱きとめると、たまみさんの目がゆっくり開かれた。
「…ん……りきち、さん?」
たまみさんがハッと目を覚まして私の腕をつかんだ。
私の額に手を当てて、安心したように微笑む。
「よかった、熱は下がりましたね…!具合はどうですか?!」
「たまみさんのおかげですっかりよくなったみたいです…ありがとうございます。」
「利吉さん、昨日の夕方忍術学園の門の前で倒れてたんですよ。すごい熱でびっくりしました…。」
「そうでしたか…その辺の記憶が全くないのですが、お手間をおかけしました。」
「お手間とかそんなのじゃなくて…。」
私だけを映している彼女の瞳は悲しげに揺れていた。
その目は私を真っ直ぐに見つめ、彼女は切実な声で私の手を両手でそっと包んだ。
「どうか、無理しないでください…。」
「…たまみさん…」
「私…、私、利吉さんのことが心配で…」
真剣な表情。
潤んだ瞳。
固く結ばれた口元。
私の身を本当に案じてくれているのが伝わってきた。
勘違いしてはいけない、たまみさんは優しいから他意はなく心配してくれているだけだ…。
そう分かってはいたが…、私は彼女のその細い腕をひいて抱きしめた。
「り…きち、さん…!?」
「たまみさんにそこまで心配してもらえるなんて…ましてや一晩中付き添ってもらえるなんて…たまには倒れるのも悪くないですね。」
「なっ、何を言って…!」
「このまま、貴女の心のなかを私だけでうめてしまいたい…。」
抱きしめる腕に力をこめる。
すると…
「そんなの…もう…」
「え?」
背中に、彼女の腕がそっと回された。
ぴたりと寄り添ってくる身体。
薄い夜着越しに伝わる柔らかい感触。
仄かに香る甘い匂い。
温かい体温。
「…っ!」
身体中に、甘い痺れが走った。
目の前の光景が、柔らかい感触が信じられず、息を飲む。
「…もっと…学園に来てください…。」
「!」
私の胸に埋めた顔は俯いていてその表情は分からない。
しかしその声はか細く…甘えを含んだ色を滲ませていた。
「もっと…会いに来てください……。」
「…!」
彼女がゆっくりと私を見上げる。
その瞳は切なそうに揺れていた。
「気づくと…いつも利吉さんのことばかり考えてしまって…どこにいるのかなとか…何をしてるのかなとか…怪我してないかなとか…ちゃんと食べてるのかなとか……」
「………」
「私…待つことしかできなくて…。何か、利吉さんのためにできることがあればいいのにって、いつももどかしくて……」
「…たまみさん」
泣き出してしまいそうな彼女を止めた。
絡まる視線。
時が…、止まったように感じた。
「…私を、待っていてくれたのですか…?」
「…………」
たまみさんは頬を染め、目をそらして頷いた。
その反応が信じられなくて、鼓動が早くなる。
まさか…、そんな。
「…本当に?」
顎に指をかけ、俯く顔をこちらに向けさせた。
恥じらうように頬を染めるその表情。
期待に、胸が熱くなる…。
「…私も、たまみさんに会えるのをどれだけ楽しみにしているか…。貴女の存在が、どれだけ仕事の励みになっているか…。」
「利吉さん…」
そっと柔らかい頬に触れる。
その瞳が微かに揺れた。
しかしそれは、いつものような困った表情ではなくて。
…常に心にかけていたブレーキが…音もなく一瞬で壊れていく。
彼女の瞳に吸い込まれるように距離が近づいた。
「たまみさん……」
確かめるように、小さくその名を呼ぶと。
彼女はそっと目を閉じた。
止まる呼吸。
そのまま、その艶やかな唇に唇が重なりかけた。
そのとき。
ガラッ
「利吉くん、もう起きていますか?」
校医の新野先生が薬草を手に持ち入ってきた。
ついたての向こうから聞こえた声に、たまみさんが慌てて体を離した。
な、なんというタイミングで…!!!
「……はい、起きています。」
非常に不機嫌そうな声になってしまった。
たまみさんは真っ赤な顔をして桶と手拭いを持って立ち上がった。
「わ、私、何か食べるもの作ってきますね…!」
そそくさと保健室を出ていく彼女の背を、私は無言で眺めた。
新野先生は我々の様子に気付いて微妙な顔をしたが、何も言わずに診察と薬の調合をしてくれた。
いつの間にか朝日はすっかり高くのぼりきっていて、外は明るくなっている。
頂いた薬を飲み横になると、身体が思ったより疲れているのかすぐに眠気に襲われた。
先程の彼女の表情、言葉、感触…。
それはこの上なく衝撃的で…感動すら覚えるほど嬉しかった。
私はそれらを噛みしめるように反芻しながら、まどろみのなか眠りに落ちた。
暫くして障子の開けられる音で目が覚めた。
「あ…寝てたんですね、起こしてすみません。」
たまみさんがお粥をお盆に乗せて持ってきてくれた。
梅干しの添えられた玉子粥が美味しそうに香る。
「ちゃんと栄養とって早く元気になってくださいね。」
そう微笑む彼女の顔が一瞬曇った。
どうしたのかと見つめると、たまみさんはためらいがちに呟いた。
「…でも、元気になったらまたすぐにここを出ちゃうんですよね…?それならもう少し、ゆっくり元気になってもらうのでもいいかも…。」
「…!!」
頬を染め、チラリとこちらを見ながらそんな可愛らしいことを言ってくれるたまみさん。
なんだこれは…!!
な、何かの罠か…!?
予想外すぎた言葉に固まってしまった。
咄嗟に返す言葉が思い浮かばず黙っていると、
彼女はお粥の入ったお椀と匙をゆっくり差し出した。
「お口に合うといいんですけど…熱いので気をつけてくださいね。」
お椀を受け取りかけて、私は手を止めた。
…そうだ、こんな機会は滅多にない。
不思議そうにこちらを見る彼女に微笑みかけた。
「…たまみさん。」
「はい?」
「…食べさせてくれますか。」
「え…?」
「まだ少し身体が重たくて…。」
適当にそんなことを言ってみると、たまみさんは驚きつつも「甘えん坊さんですねぇ」と嬉しそうに微笑んだ。
一匙すくい、ふぅふぅと冷まして私の口の前に匙を差し出した。
少し口を開けるとそっとお粥が口に運ばれた。
優しい味付けの玉子粥が、口内でほんのり甘く広がった。
「美味しいですか?」
「はい、こんなに美味しいお粥…初めて食べました。」
心の底からそう思った。
食事をこんなに楽しく美味しく感じたことなど本当に初めてだ。
たまみさんは嬉しそうに微笑み、もう一口すくって冷ましてくれた。
結局、そのまま全部食べさせて貰い私は至極満足した気持ちで横になった。
「食べてすぐに横になると消化によくないですよ?」
たまみさんが心配そうに言った。
そしてそれは私の狙い通り、期待していた言葉で…私は口角を上げた。
「じゃあ、膝枕してくれますか?」
「え?」
たまみさんは驚いてポカンとしていた。
「そうしたら少しだけ体を起こせますし。」
「…起きてるのがしんどいのですか?」
「はい、まだ本調子じゃないみたいで…。」
「………し、しょうがないですねぇ、今日だけですよ?誰か来たらすぐ降りてもらいますよ?」
たまみさんは周りをキョロキョロと見てから、頬を染め観念したように私に膝を差し出した。
緊張しているのかへの字に結ばれた口が面白い。
思わずクスッと笑うと、たまみさんが「やっぱりやめておこうかな」と立ち上がりかけたので慌ててその膝に頭を乗せた。
柔らかい太ももの感触。
ドキドキするような、それでいてどこか安心するような心地好さ。
膝枕とはこんなにいいものだったのか…。
「…さっきたまみさん、自分にできることはないかと仰ってくれましたよね。」
「はい、…何か、ありますか…?」
「それなら…私がここに来たときに『おかえり』と言ってもらえますか?」
「おかえり、ですか?」
「はい。…たまみさんにそう言って貰えるなら…そんな風に私を待ってくれているのなら、…ちゃんとあなたの元に戻ってくると誓います。」
すると、たまみさんは穏やかな目をしてゆっくりと…だがはっきりと言った。
「…おかえりなさい、利吉さん。」
それは、まるで誓いの言葉のようで。
「…ただいま、…たまみ。」
彼女は嬉しそうに微笑んだ。
その慈しむような眼差しに惹き付けられる。
私は膝の上に頭を乗せたまま、彼女の首にゆっくりと手を伸ばした。
後頭部に手を回す。
彼女の頭をゆっくり下に引き寄せて。
さらりと流れた髪が私の頬に触れた。
そして唇を重ねようとした瞬間…