第56話 花椀
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真夜中。
いつものように、土井先生が日記を渡す為に忍んで部屋に来てくれていた。
少しでも長く一緒に居たくてお茶を出す。
土井先生がそれを飲みながらゆっくり話してくれるこの一時が、私にとって幸せな時間だった。
「農繁期?」
「ああ。春と秋、田植えと稲刈りの時期になると農家は忙しいから、忍術学園も一週間休みになるんだ。」
土井先生の腕にもたれ掛かり、手を重ねながら話す。
「田畑のある生徒は実家に戻って農作業の手伝いをするし、そうじゃない生徒も家に戻って休暇を過ごしたりするんだよ。」
「半助さんもお家に帰るんですか?」
学園の中であっても、この時間だけはお互いに名前で呼び合っていた。
「いや、仕事がまだあるから学園に残るよ。たまみもここにいるだろう?」
「はい。じゃあお休みの間も一緒に居られるんですね。」
私は嬉しくて微笑んだ。
「山田先生も学園に残るよ。」
「少しは奥様に会いに帰られたらいいのにですね?」
ちらりと土井先生を伺い見ると、彼は慌てて手を振った。
「わ、私は妻を放って仕事ばかりしたりはしないぞ。ちゃんと休みには帰る。」
「今でも仕事に追われて家に戻らないのに…本当ですか?」
「本当だ。ほら、今もこうして毎晩…少しだけどたまみに会いに来てるじゃないか…。」
土井先生の大きな手が頬に触れて、そっと唇が重ねられた。
それだけで、胸が甘く満たされていく。
今がずっと続けばいいのに…。
いつも隣の部屋に戻る土井先生を見送りながら、この薄い壁のなんと厚いことかと思わずにはいられなかった。
休みに入り、忍術学園は静かになった。
私は山田先生と土井先生の残務をお手伝いする。
あまり大したことは出来ないけれど、少しでも役にたつことができたらと身の回りの細々としたことも片付けていく。
食堂のおばちゃんも家に戻っているので、学園に残っている教師や生徒のご飯は私がまとめて作ったりもした。
ひとつ、気がかりだったのはきり丸くん。
彼は、土井先生が学園に残るからと、ここでバイトをして過ごしていた。
ただ、同級生達が家族のもとに帰り一人になる瞬間、彼の目には孤独が映っていた。
私は時間ができたらきり丸くんのバイトを手伝うようにした。
きり丸くんは器用で色んなバイトを軽々とこなしていく。
私はそれらを少しずつ教えて貰いながら手伝った。
休みが三日目になったとき、山田先生と土井先生の仕事で手伝えることはやりつくしてしまった。
私がきり丸くんの内職のバイトを一緒にしていると、きり丸くんが突然聞いた。
「たまみさん。」
「んー?」
「仕事終わったんなら、俺と土井先生んち行きませんか?」
「えっ」
「あっちにいる方がバイトもやりやすいし、たまには家の掃除もしとく方がいいし。」
「でも、土井先生がいないのに勝手にあがったら…。」
「大丈夫ですよ。」
きり丸くんはニカッと笑った。
「うーん…。」
ここにいたら土井先生の近くには居られるけれど、お手伝い出来ることはもうやりつくしてしまった。
長く家をあけると大家さんにまた売り払われてしまいそうになるかもしれないし、土井先生のお家を掃除したりしている方が、ここに残るよりお役にたつのかもしれない。
「土井先生にも聞いてみるね。」
私はきり丸くんにそう答えた。
夕方、職員室で土井先生にその事を話してみた。
「土井先生がお留守なのに勝手にあがるのはどうかと思ったんですけど、ここに居るよりお役にたてるならと思いまして…。」
土井先生は驚いて渋い表情をした。
「別に役に立とうとかそんなことは気にしなくていいですよ。しかも二人で行くなんて…」
心配そうな表情。
隣で筆を動かしながら聞いていた山田先生が、硯に筆を置いて土井先生を見た。
「土井先生、仕事はあとどれ位残っているんだ?」
「あとは学園長への報告書をまとめたり細かい仕事だけですけど…。」
「それじゃあ残りは置いといて、土井先生も一緒に帰ったらどうだね。」
「えっ、しかし…。」
「わしはまだ他にすることがあるから残るが、家賃も払いに行ってないんじゃないか?」
「そ、そういえば…。」
「二人だけで帰すのが心配なのだろう?一緒に行ってやんなさいよ。」
山田先生が腕を組んでそう言うと、土井先生は暫く迷ってから頷いた。
「わかりました…。では、明日の朝に出発します。たまみさん、きり丸にもそう伝えておいてくれますか。」
「土井先生、すみません…!あの、お仕事の段取りが変わっちゃうなら無理にとは…」
「いえ、いいんです。確かに家賃もまだですし、きり丸もたまには外で過ごす方がいいでしょう。」
そう言って土井先生は微笑んでくれた。
その後すぐ、きり丸くんにこのことを伝えると、彼はニッと笑って楽しそうに言った。
「ね、だから大丈夫だって言ったでしょ?」
「…もしかして、こうなるの分かってた?」
「土井先生は心配症だからそう言うと思ってました。」
嬉しそうに笑って見せるきり丸くんに、私はさすがだなぁと感心した。
そして、私はある重大なことに気づいた。
これはつまり、土井先生のお家に、きり丸くんだけじゃなくて、土井先生とも泊まるってこと!?
事ここに至ってようやく…我ながら遅すぎるけど…それに気づいた私は、その瞬間固まってしまった。
いつものように、土井先生が日記を渡す為に忍んで部屋に来てくれていた。
少しでも長く一緒に居たくてお茶を出す。
土井先生がそれを飲みながらゆっくり話してくれるこの一時が、私にとって幸せな時間だった。
「農繁期?」
「ああ。春と秋、田植えと稲刈りの時期になると農家は忙しいから、忍術学園も一週間休みになるんだ。」
土井先生の腕にもたれ掛かり、手を重ねながら話す。
「田畑のある生徒は実家に戻って農作業の手伝いをするし、そうじゃない生徒も家に戻って休暇を過ごしたりするんだよ。」
「半助さんもお家に帰るんですか?」
学園の中であっても、この時間だけはお互いに名前で呼び合っていた。
「いや、仕事がまだあるから学園に残るよ。たまみもここにいるだろう?」
「はい。じゃあお休みの間も一緒に居られるんですね。」
私は嬉しくて微笑んだ。
「山田先生も学園に残るよ。」
「少しは奥様に会いに帰られたらいいのにですね?」
ちらりと土井先生を伺い見ると、彼は慌てて手を振った。
「わ、私は妻を放って仕事ばかりしたりはしないぞ。ちゃんと休みには帰る。」
「今でも仕事に追われて家に戻らないのに…本当ですか?」
「本当だ。ほら、今もこうして毎晩…少しだけどたまみに会いに来てるじゃないか…。」
土井先生の大きな手が頬に触れて、そっと唇が重ねられた。
それだけで、胸が甘く満たされていく。
今がずっと続けばいいのに…。
いつも隣の部屋に戻る土井先生を見送りながら、この薄い壁のなんと厚いことかと思わずにはいられなかった。
休みに入り、忍術学園は静かになった。
私は山田先生と土井先生の残務をお手伝いする。
あまり大したことは出来ないけれど、少しでも役にたつことができたらと身の回りの細々としたことも片付けていく。
食堂のおばちゃんも家に戻っているので、学園に残っている教師や生徒のご飯は私がまとめて作ったりもした。
ひとつ、気がかりだったのはきり丸くん。
彼は、土井先生が学園に残るからと、ここでバイトをして過ごしていた。
ただ、同級生達が家族のもとに帰り一人になる瞬間、彼の目には孤独が映っていた。
私は時間ができたらきり丸くんのバイトを手伝うようにした。
きり丸くんは器用で色んなバイトを軽々とこなしていく。
私はそれらを少しずつ教えて貰いながら手伝った。
休みが三日目になったとき、山田先生と土井先生の仕事で手伝えることはやりつくしてしまった。
私がきり丸くんの内職のバイトを一緒にしていると、きり丸くんが突然聞いた。
「たまみさん。」
「んー?」
「仕事終わったんなら、俺と土井先生んち行きませんか?」
「えっ」
「あっちにいる方がバイトもやりやすいし、たまには家の掃除もしとく方がいいし。」
「でも、土井先生がいないのに勝手にあがったら…。」
「大丈夫ですよ。」
きり丸くんはニカッと笑った。
「うーん…。」
ここにいたら土井先生の近くには居られるけれど、お手伝い出来ることはもうやりつくしてしまった。
長く家をあけると大家さんにまた売り払われてしまいそうになるかもしれないし、土井先生のお家を掃除したりしている方が、ここに残るよりお役にたつのかもしれない。
「土井先生にも聞いてみるね。」
私はきり丸くんにそう答えた。
夕方、職員室で土井先生にその事を話してみた。
「土井先生がお留守なのに勝手にあがるのはどうかと思ったんですけど、ここに居るよりお役にたてるならと思いまして…。」
土井先生は驚いて渋い表情をした。
「別に役に立とうとかそんなことは気にしなくていいですよ。しかも二人で行くなんて…」
心配そうな表情。
隣で筆を動かしながら聞いていた山田先生が、硯に筆を置いて土井先生を見た。
「土井先生、仕事はあとどれ位残っているんだ?」
「あとは学園長への報告書をまとめたり細かい仕事だけですけど…。」
「それじゃあ残りは置いといて、土井先生も一緒に帰ったらどうだね。」
「えっ、しかし…。」
「わしはまだ他にすることがあるから残るが、家賃も払いに行ってないんじゃないか?」
「そ、そういえば…。」
「二人だけで帰すのが心配なのだろう?一緒に行ってやんなさいよ。」
山田先生が腕を組んでそう言うと、土井先生は暫く迷ってから頷いた。
「わかりました…。では、明日の朝に出発します。たまみさん、きり丸にもそう伝えておいてくれますか。」
「土井先生、すみません…!あの、お仕事の段取りが変わっちゃうなら無理にとは…」
「いえ、いいんです。確かに家賃もまだですし、きり丸もたまには外で過ごす方がいいでしょう。」
そう言って土井先生は微笑んでくれた。
その後すぐ、きり丸くんにこのことを伝えると、彼はニッと笑って楽しそうに言った。
「ね、だから大丈夫だって言ったでしょ?」
「…もしかして、こうなるの分かってた?」
「土井先生は心配症だからそう言うと思ってました。」
嬉しそうに笑って見せるきり丸くんに、私はさすがだなぁと感心した。
そして、私はある重大なことに気づいた。
これはつまり、土井先生のお家に、きり丸くんだけじゃなくて、土井先生とも泊まるってこと!?
事ここに至ってようやく…我ながら遅すぎるけど…それに気づいた私は、その瞬間固まってしまった。