第118話 微笑みの理由
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「まったく、授業中に何を考えていたんだか…」
授業終了後、私は一人で職員室に戻るとため息をついた。
きり丸のやつ、また銭儲けのことでも考えていたのだろうか…いや、それにしては目が小銭になっていなかったな…。
まぁ何にせよ、とにかく授業にはもっと集中してもらわなくては。
まだ新学期だからか、は組の生徒全体の気が緩んでいる気がした。
「………思い出し笑い、か……」
ふと頭に浮かんだたまみの笑顔。
春休みに家にいた間も、学園内でもどこでも、彼女は最近よくボーッとしては突然嬉しそうに微笑んだりしていた。
いや、それは微笑むというよりはどちらかというとニヤニヤ…、と言った方が相応しい笑みで。
堪えようとして堪えきれず、隠そうとして隠しきれていない、嬉しそうに悶える姿。
……私にはその理由が分かっていた。
「たまみ…」
彼女が時折眺めていたのは、私が贈った簪。
「いやぁ、ここまで喜んでもらえるとは…嬉しいというか照れるというか…。」
あの日から今日まで、たまみは時々あのときのことを思い出しては…私との婚約を喜んで嬉しそうに微笑んでいる。
そしてそんな姿を私に見つかるとエヘヘと照れながら笑うのだ。
くうぅぅぅ…ッ
あぁ~もう本当に、可愛いすぎる…っ!!
家の中では前よりもっと甘えてくるようになったし、もちろん毎晩これ以上ないくらい甘く激しく愛でて過ごして…。
いかん、思い出したら抱きしめたくなってきた。
いや、だって、可愛いがすぎるだろう…!
心の声が漏れそうになるのをグッと堪えて拳を握りしめた。
目を閉じて口をヘの字に曲げ、笑いそうになるのを堪える。
「半助、なにをニヤニヤ突っ立っている。」
「ぃやっ、山田先生ッ!?ッい、いつからそこに!?」
飛び上がりそうに驚き振り向くと、職員室の入り口に山田先生が呆れ顔で腕を組み立っていた。
「いつからって、今来たところだが…。」
「あー、ははは…いえ、これは、その~、何でもありません…。」
一人言を聞かれたわけではなさそうでホッと胸を撫で下ろす。
しかし変な顔をしているところを見られた…!
私は目線をさ迷わせながら机の前に正座した。
「ところで半助、私に何か言うべきことはないか。」
「言うべきこと…ですか?」
「うむ。」
山田先生がじーっとこちらを見てきた。
何だろう、何か業務連絡でもあっただろうか。
報告すべき問題も特に発生していないが…。
考え込んでいると、山田先生は気まずそうに咳払いをした。
「いやなに、風のうわさで聞いたのだが……」
「はい?」
「半助がたまみくんと結婚するのではないか、と。」
「ええっ!?」
「二人とも何やら浮かれた様子だし、たまみくんが大事そうにしている簪には半助の着物と同じ色の飾りが付いてると女性陣が話していてな……先生方も生徒達ももっぱらその噂でもちきりだぞ。」
「う、浮かれた様子…!?」
たまみは分かるが、私まで顔に出ていたのか…!?
いや、たった今、山田先生に見られたところだが。
「私に何の報告もないとは水くさいじゃないか。」
「あー!いえ、違うんです!!実はその、まだ結婚するのではなくて…!」
「なんだ、違うのか?」
「ええ、まぁ、違うというか、その……まだ、婚約だけでして…」
「婚約?」
「はい。きちんと結婚するのは、例の巻物を片付けてからと思いまして…。」
山田先生の顔がスッと真剣なものになった。
私の真意を探るように目を細める。
「あれか。片付ける、とはどういう意味だ?」
「……彼女がタソガレドキに狙われることがなくなるように。そして…もとの世界とこことで、心揺れることのないようにしたいと思っています。」
「具体的には?」
「…あの巻物をタソガレドキから奪い、誰も手にできないところに埋めてしまおうかと。」
「ほう。」
「燃やそうかとも考えましたが、巻物を傷つけることで万が一にもたまみに良からぬ影響が出たら恐いので…。」
「そうだな、何が起こるか予想がつかんな。」
「はい、しかし今のままだとまたタソガレドキに狙われることがあるかもしれません。それに、巻物のせいで何かのはずみでいつ元の世界に戻るかもしれないとか…、そういう心配をなくしたいんです。」
私なりに逡巡を重ねて出した答え。
山田先生は暫し目を伏せ言葉を止めた。
それはそうだ、相手はタソガレドキで狙いはその城のど真ん中。
おいそれと立ち入れる場所ではない。
「……かなりの危険を伴っても、か?」
「はい。」
「前回はタソガレドキがたまみくんを誘拐したから学園全体で助けに向かうことができたが、今回は事情が事情だけにそうはいかんぞ。」
「学園には迷惑をかけないようにするつもりです。」
「………………。」
山田先生はまたそこで口を閉ざし何かを考えているようだった。
暫しの沈黙の後、鋭い目がまた私に向けられた。
「それで、実際どうするつもりだ。一筋縄ではいかんぞ。」
「タソガレドキが戦で城内が手薄のときとか、状況を見て潜入しようかと。」
「ふむ…」
「なので、今はまだ『婚約』というかたちにしたんです…。きちんと関係を結ぶのは、私がタソガレドキから戻ってから……。それで、山田先生達に報告するのは、その、もう少し話がすすんでからにしようかと…。」
「そうか…学園長先生には話したのか。」
「いいえ、まだこれから話そうかと…」
「たまみくんもそれでいいと言っているんだな?」
「彼女には……話していません。」
「なに?」
「不安な気持ちにさせたくないんです。避けては通れぬことだと思いますし、説明するのはそのときになってからでいいかと…。」
確かに、私単身で乗り込み無事に戻れる保証はない。
しかし他の誰かを連れていくわけにもいかない。
タソガレドキが忍術学園に攻撃してきたわけではないのだし、これは私の…たまみと私の問題だ。
下手に手を出してタソガレドキが忍術学園に攻撃をしかけてくる口実にされてもいけない。
「その巻物は本当にタソガレドキ城にあるのか?そもそもたまみくんが見たと言っていた巻物は偶然似ていただけかもしれんし、不思議な力は持たないただの巻物かもしれん。……危険を犯して乗り込む価値があるのか。」
「確かに不確定要素が多すぎますが、彼女を安心させてあげたいんです。」
「危険に対して不確実なことが多すぎる。」
「…山田先生、もしこれが奥方のことなら、どうしますか。」
山田先生はまた少し口を閉ざした。
しかしやがて深いため息をつくと組んでいた腕をほどいた。
「半助、これだけは約束しなさい。」
「はい。」
「……行くときは必ず私に声をかけるように。」
「…ありがとうございます。」
正座のまま頭を下げると、山田先生は「礼などするな。」と手を振った。
「……うちの家内も、早く孫の顔が見たいと言っていてな。」
「…は!?」
突然何の脈絡だ。
驚いていると、山田先生はニヤリと笑った。
「巻物の奪取。無事に終わらせて、うちのやつに赤子を抱かせてやってくれ。」
「…山田先生……」
そういうことか…。
何だか色々なプレッシャーをかけられている気がするが…、しかし家族のようにあたたかく思ってくれていることを嬉しく感じた。
苦笑しながら頭をかくと、山田先生が職員室の入り口にスッと目線を投げた。
「利吉、そろそろ入ってきたらどうだ。」
声をかけると、障子がスッと開かれて利吉くんが廊下に居た。
私も彼の気配には気づいていたが、何故すぐに入ってこなかったのか。
すると利吉くんは私の目線に答えるように静かに言った。
「お話し中のようでしたので、入室を控えました。」
「そんなところで聞いていたら同じだろう。」
「気になる内容でしたので、つい。」
「それで、お前も協力してくれるな?」
「もとよりそのつもりです。」
利吉くんは静かに答え、キッと私を睨みつけた。
「ですが土井先生、それはつまり、巻物が見つからなければたまみさんとずっと結婚しないということですか。」
「えっ!?いや、そういうことでは…」
「ならばいっそ、私がこっそり隠してしまえば…」
「利吉くん!?」
「冗談ですよ、冗談。たまみさんが悲しむことはしません。」
いや、ちょっと目が本気だったぞ。
じと目で利吉くんを見ていると、山田先生が私と利吉くんの肩をポンと叩いた。
「二人とも、一人で先走るんじゃないぞ。…それで、利吉。何か用件があったんじゃないのか。」
「はい、実は丁度タソガレドキがまた戦の準備を始めているようでして…一応お伝えしておこうかと。」
「「!」」
きたか…。
ついに、このときがきたのか…?!
私は山田先生と目をあわせて、利吉くんの状況報告を分析することに集中した。
授業終了後、私は一人で職員室に戻るとため息をついた。
きり丸のやつ、また銭儲けのことでも考えていたのだろうか…いや、それにしては目が小銭になっていなかったな…。
まぁ何にせよ、とにかく授業にはもっと集中してもらわなくては。
まだ新学期だからか、は組の生徒全体の気が緩んでいる気がした。
「………思い出し笑い、か……」
ふと頭に浮かんだたまみの笑顔。
春休みに家にいた間も、学園内でもどこでも、彼女は最近よくボーッとしては突然嬉しそうに微笑んだりしていた。
いや、それは微笑むというよりはどちらかというとニヤニヤ…、と言った方が相応しい笑みで。
堪えようとして堪えきれず、隠そうとして隠しきれていない、嬉しそうに悶える姿。
……私にはその理由が分かっていた。
「たまみ…」
彼女が時折眺めていたのは、私が贈った簪。
「いやぁ、ここまで喜んでもらえるとは…嬉しいというか照れるというか…。」
あの日から今日まで、たまみは時々あのときのことを思い出しては…私との婚約を喜んで嬉しそうに微笑んでいる。
そしてそんな姿を私に見つかるとエヘヘと照れながら笑うのだ。
くうぅぅぅ…ッ
あぁ~もう本当に、可愛いすぎる…っ!!
家の中では前よりもっと甘えてくるようになったし、もちろん毎晩これ以上ないくらい甘く激しく愛でて過ごして…。
いかん、思い出したら抱きしめたくなってきた。
いや、だって、可愛いがすぎるだろう…!
心の声が漏れそうになるのをグッと堪えて拳を握りしめた。
目を閉じて口をヘの字に曲げ、笑いそうになるのを堪える。
「半助、なにをニヤニヤ突っ立っている。」
「ぃやっ、山田先生ッ!?ッい、いつからそこに!?」
飛び上がりそうに驚き振り向くと、職員室の入り口に山田先生が呆れ顔で腕を組み立っていた。
「いつからって、今来たところだが…。」
「あー、ははは…いえ、これは、その~、何でもありません…。」
一人言を聞かれたわけではなさそうでホッと胸を撫で下ろす。
しかし変な顔をしているところを見られた…!
私は目線をさ迷わせながら机の前に正座した。
「ところで半助、私に何か言うべきことはないか。」
「言うべきこと…ですか?」
「うむ。」
山田先生がじーっとこちらを見てきた。
何だろう、何か業務連絡でもあっただろうか。
報告すべき問題も特に発生していないが…。
考え込んでいると、山田先生は気まずそうに咳払いをした。
「いやなに、風のうわさで聞いたのだが……」
「はい?」
「半助がたまみくんと結婚するのではないか、と。」
「ええっ!?」
「二人とも何やら浮かれた様子だし、たまみくんが大事そうにしている簪には半助の着物と同じ色の飾りが付いてると女性陣が話していてな……先生方も生徒達ももっぱらその噂でもちきりだぞ。」
「う、浮かれた様子…!?」
たまみは分かるが、私まで顔に出ていたのか…!?
いや、たった今、山田先生に見られたところだが。
「私に何の報告もないとは水くさいじゃないか。」
「あー!いえ、違うんです!!実はその、まだ結婚するのではなくて…!」
「なんだ、違うのか?」
「ええ、まぁ、違うというか、その……まだ、婚約だけでして…」
「婚約?」
「はい。きちんと結婚するのは、例の巻物を片付けてからと思いまして…。」
山田先生の顔がスッと真剣なものになった。
私の真意を探るように目を細める。
「あれか。片付ける、とはどういう意味だ?」
「……彼女がタソガレドキに狙われることがなくなるように。そして…もとの世界とこことで、心揺れることのないようにしたいと思っています。」
「具体的には?」
「…あの巻物をタソガレドキから奪い、誰も手にできないところに埋めてしまおうかと。」
「ほう。」
「燃やそうかとも考えましたが、巻物を傷つけることで万が一にもたまみに良からぬ影響が出たら恐いので…。」
「そうだな、何が起こるか予想がつかんな。」
「はい、しかし今のままだとまたタソガレドキに狙われることがあるかもしれません。それに、巻物のせいで何かのはずみでいつ元の世界に戻るかもしれないとか…、そういう心配をなくしたいんです。」
私なりに逡巡を重ねて出した答え。
山田先生は暫し目を伏せ言葉を止めた。
それはそうだ、相手はタソガレドキで狙いはその城のど真ん中。
おいそれと立ち入れる場所ではない。
「……かなりの危険を伴っても、か?」
「はい。」
「前回はタソガレドキがたまみくんを誘拐したから学園全体で助けに向かうことができたが、今回は事情が事情だけにそうはいかんぞ。」
「学園には迷惑をかけないようにするつもりです。」
「………………。」
山田先生はまたそこで口を閉ざし何かを考えているようだった。
暫しの沈黙の後、鋭い目がまた私に向けられた。
「それで、実際どうするつもりだ。一筋縄ではいかんぞ。」
「タソガレドキが戦で城内が手薄のときとか、状況を見て潜入しようかと。」
「ふむ…」
「なので、今はまだ『婚約』というかたちにしたんです…。きちんと関係を結ぶのは、私がタソガレドキから戻ってから……。それで、山田先生達に報告するのは、その、もう少し話がすすんでからにしようかと…。」
「そうか…学園長先生には話したのか。」
「いいえ、まだこれから話そうかと…」
「たまみくんもそれでいいと言っているんだな?」
「彼女には……話していません。」
「なに?」
「不安な気持ちにさせたくないんです。避けては通れぬことだと思いますし、説明するのはそのときになってからでいいかと…。」
確かに、私単身で乗り込み無事に戻れる保証はない。
しかし他の誰かを連れていくわけにもいかない。
タソガレドキが忍術学園に攻撃してきたわけではないのだし、これは私の…たまみと私の問題だ。
下手に手を出してタソガレドキが忍術学園に攻撃をしかけてくる口実にされてもいけない。
「その巻物は本当にタソガレドキ城にあるのか?そもそもたまみくんが見たと言っていた巻物は偶然似ていただけかもしれんし、不思議な力は持たないただの巻物かもしれん。……危険を犯して乗り込む価値があるのか。」
「確かに不確定要素が多すぎますが、彼女を安心させてあげたいんです。」
「危険に対して不確実なことが多すぎる。」
「…山田先生、もしこれが奥方のことなら、どうしますか。」
山田先生はまた少し口を閉ざした。
しかしやがて深いため息をつくと組んでいた腕をほどいた。
「半助、これだけは約束しなさい。」
「はい。」
「……行くときは必ず私に声をかけるように。」
「…ありがとうございます。」
正座のまま頭を下げると、山田先生は「礼などするな。」と手を振った。
「……うちの家内も、早く孫の顔が見たいと言っていてな。」
「…は!?」
突然何の脈絡だ。
驚いていると、山田先生はニヤリと笑った。
「巻物の奪取。無事に終わらせて、うちのやつに赤子を抱かせてやってくれ。」
「…山田先生……」
そういうことか…。
何だか色々なプレッシャーをかけられている気がするが…、しかし家族のようにあたたかく思ってくれていることを嬉しく感じた。
苦笑しながら頭をかくと、山田先生が職員室の入り口にスッと目線を投げた。
「利吉、そろそろ入ってきたらどうだ。」
声をかけると、障子がスッと開かれて利吉くんが廊下に居た。
私も彼の気配には気づいていたが、何故すぐに入ってこなかったのか。
すると利吉くんは私の目線に答えるように静かに言った。
「お話し中のようでしたので、入室を控えました。」
「そんなところで聞いていたら同じだろう。」
「気になる内容でしたので、つい。」
「それで、お前も協力してくれるな?」
「もとよりそのつもりです。」
利吉くんは静かに答え、キッと私を睨みつけた。
「ですが土井先生、それはつまり、巻物が見つからなければたまみさんとずっと結婚しないということですか。」
「えっ!?いや、そういうことでは…」
「ならばいっそ、私がこっそり隠してしまえば…」
「利吉くん!?」
「冗談ですよ、冗談。たまみさんが悲しむことはしません。」
いや、ちょっと目が本気だったぞ。
じと目で利吉くんを見ていると、山田先生が私と利吉くんの肩をポンと叩いた。
「二人とも、一人で先走るんじゃないぞ。…それで、利吉。何か用件があったんじゃないのか。」
「はい、実は丁度タソガレドキがまた戦の準備を始めているようでして…一応お伝えしておこうかと。」
「「!」」
きたか…。
ついに、このときがきたのか…?!
私は山田先生と目をあわせて、利吉くんの状況報告を分析することに集中した。