第116話 こころ満たすもの
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夜中、土井先生の声が聞こえた気がして目が覚めた。
気のせいかとぼんやり障子を眺めていると、誰かが音もなく廊下を横切るのが月明かりに透けて見えた。
それは一瞬。
影もぼんやりとしていてはっきり分からなかった。
けれど
直感的に、土井先生だと思った。
………何かあったのかな…。
何故だかとても気になった。
私はそっと障子を開け、廊下に顔を出し覗いてみた。
「さっ…む……っ!」
ぴゅうっと冷たい風が吹き前髪が乱れた。
こんな寒い夜更けにどこへ行ったのだろう…。
ただ厠に行っただけかもしれないけど、何だか気になる…。
侵入者の気配や物音を感じたとか何かあったのかしれない。
念のため…戻ってくるのを待とうかな。
あまり遅くなるなら山田先生にもお伝えした方がいいかもしれない…。
廊下は寒いから部屋の中で…いや、でももし廊下の反対側から職員室に帰ってきたら分からないし…。
私はそっと職員室の障子を開けてみた。
隙間から覗くと、やはり土井先生がいない。
…よし、どうせ気になって眠れないだろうしここで待とう。
逡巡したあげく私は布団に身を包み廊下で待つことにした。
あまりの寒さに何度も部屋に戻ろうかと思ったけれど、あともう少し我慢すれば会えるかもしれないと…途中からやや意地になった。
そうして、私は極寒の廊下に一人座り込み彼の帰りを待ったのだった。
「!…たまみ?」
どれくらい経ったのだろう。
土井先生の驚く声が暗闇の向こうから響いた。
彼が無事に戻ってきたことに安堵し、すぐに応えようとしたけれど咄嗟に声が出なかった。
寒すぎて顔と体が固まっていて、私は首をぎこちなく横に向け手を振った。
彼が慌てて駆け寄ってきたので私も立ち上がろうとする。
しかし、足が痺れていてよろめいてしまった。
「具合が悪いのか!?」
「あ、足が…痺れました……!」
「ええっ!?」
当惑する土井先生。
うん、そりゃそうだよね…。
自分の状況を冷静に顧みて、何をやってるんだろう私…と思ってしまった。
すると土井先生はひょいと布団ごと私を抱えあげて部屋のなかに入った。
「こんなに冷えて…!風邪をひいたらどうするんだ!」
「あはは、すみません…」
私は曖昧に笑ってごまかした。
土井先生が夜中に部屋を出たのが気になって…と説明しかけたけれど、そのまま言葉を飲み込む。
彼の言葉と雰囲気が…微妙にいつもと違う気がしたから。
なぜ部屋を出たのか…理由が気になったけれど、何となく…ただ何となく、それが話したくないことのように思えたのだ。
何でそう感じたのか、自分でもよく分からない。
でも、月を見ていてふと思ったのだ。
私が目覚めたとき彼の声が聞こえた気がしたのは…その直後に部屋を出たのは……。
もしかすると、何か夢でも見たのではないかと。
それはきっと、練り物とか赤点とかそういうものではなくて。
深夜に部屋を出なくては気持ちを切り替えることができないような夢…。
彼がそこまで深く抱えるものとは。
もしそんなものがあるのだとすれば……それはきっと、いつか私に話してくれた過去のことではないかと思った。
それはあまり立ち入ってほしくない、触れられたくないところなのではないかと……月明かりに透けた影が、微かに語っている気がした。
「どうして廊下に座ってたんだ?」
「なんとなく…」
「?」
「……なんとなく、月を見たかったんです……」
あなたが心配だったから。
言葉の裏に隠した気持ち。
けれどきっと、彼は私を心配させたくないのではないかと思って…。
私は月のせいにした。
「…もしかして……」
不意に大きな温かい手のひらが私の冷たい頬に触れた。
「もしかして、私が何か言ってたかい…?起こしてしまった…?」
「…いいえ、何となく目が覚めて…月が見たかったんです。」
私はそれ以上の追及を遮るようにぎゅっと抱きついた。
「でも思ったより寒かったので…一緒に寝て、温めてくれますか?」
半分本心。
もう半分は、土井先生を…半助さんを、このまま一人にしたくなかった。
「…だめ、ですか?」
「…………まったく…しょうがないな…。」
躊躇いつつもいつもよりすんなり受け入れてくれた。
じっと見つめると、緊張していた彼の表情がふっと柔らかくなった。
そこには、いつもの優しい目があって。
…ああ、やっぱり寒いなか耐えて…彼を一人にしなくてよかった。
私は微笑み、冷たくなった自分の手を握りしめた。
「…半助さん、あったかい……」
隣に寝てくれる彼の胸に顔を擦り寄せる。
私の至福のひととき。
…そうだ、半助さんにも……
「…ね、半助さん」
「ん…?」
「私も…温めてあげます。」
今度は逆に、私が彼の頭をぎゅうっと抱きしめて額に口づけた。
「だいすき…」
精一杯の気持ちを込めて。
この愛する気持ちが、彼の心を少しでも満たしてくれるようにと願いながら。
冷たく傷んだ髪を優しくすき、その頭をゆっくり撫でた。
「私もだ…」
彼は私の胸に顔を埋め、私の背に腕を回してぎゅうっと抱きついた。
その様子が、何となく幼子のようで…。
「…寒くないですか?」
「うん……」
その姿が愛おしくてしょうがなかった。
守ってあげたい……
癒してあげたい………
そんな想いを胸に、私は半助さんを抱きしめたまま眠りについた。
気のせいかとぼんやり障子を眺めていると、誰かが音もなく廊下を横切るのが月明かりに透けて見えた。
それは一瞬。
影もぼんやりとしていてはっきり分からなかった。
けれど
直感的に、土井先生だと思った。
………何かあったのかな…。
何故だかとても気になった。
私はそっと障子を開け、廊下に顔を出し覗いてみた。
「さっ…む……っ!」
ぴゅうっと冷たい風が吹き前髪が乱れた。
こんな寒い夜更けにどこへ行ったのだろう…。
ただ厠に行っただけかもしれないけど、何だか気になる…。
侵入者の気配や物音を感じたとか何かあったのかしれない。
念のため…戻ってくるのを待とうかな。
あまり遅くなるなら山田先生にもお伝えした方がいいかもしれない…。
廊下は寒いから部屋の中で…いや、でももし廊下の反対側から職員室に帰ってきたら分からないし…。
私はそっと職員室の障子を開けてみた。
隙間から覗くと、やはり土井先生がいない。
…よし、どうせ気になって眠れないだろうしここで待とう。
逡巡したあげく私は布団に身を包み廊下で待つことにした。
あまりの寒さに何度も部屋に戻ろうかと思ったけれど、あともう少し我慢すれば会えるかもしれないと…途中からやや意地になった。
そうして、私は極寒の廊下に一人座り込み彼の帰りを待ったのだった。
「!…たまみ?」
どれくらい経ったのだろう。
土井先生の驚く声が暗闇の向こうから響いた。
彼が無事に戻ってきたことに安堵し、すぐに応えようとしたけれど咄嗟に声が出なかった。
寒すぎて顔と体が固まっていて、私は首をぎこちなく横に向け手を振った。
彼が慌てて駆け寄ってきたので私も立ち上がろうとする。
しかし、足が痺れていてよろめいてしまった。
「具合が悪いのか!?」
「あ、足が…痺れました……!」
「ええっ!?」
当惑する土井先生。
うん、そりゃそうだよね…。
自分の状況を冷静に顧みて、何をやってるんだろう私…と思ってしまった。
すると土井先生はひょいと布団ごと私を抱えあげて部屋のなかに入った。
「こんなに冷えて…!風邪をひいたらどうするんだ!」
「あはは、すみません…」
私は曖昧に笑ってごまかした。
土井先生が夜中に部屋を出たのが気になって…と説明しかけたけれど、そのまま言葉を飲み込む。
彼の言葉と雰囲気が…微妙にいつもと違う気がしたから。
なぜ部屋を出たのか…理由が気になったけれど、何となく…ただ何となく、それが話したくないことのように思えたのだ。
何でそう感じたのか、自分でもよく分からない。
でも、月を見ていてふと思ったのだ。
私が目覚めたとき彼の声が聞こえた気がしたのは…その直後に部屋を出たのは……。
もしかすると、何か夢でも見たのではないかと。
それはきっと、練り物とか赤点とかそういうものではなくて。
深夜に部屋を出なくては気持ちを切り替えることができないような夢…。
彼がそこまで深く抱えるものとは。
もしそんなものがあるのだとすれば……それはきっと、いつか私に話してくれた過去のことではないかと思った。
それはあまり立ち入ってほしくない、触れられたくないところなのではないかと……月明かりに透けた影が、微かに語っている気がした。
「どうして廊下に座ってたんだ?」
「なんとなく…」
「?」
「……なんとなく、月を見たかったんです……」
あなたが心配だったから。
言葉の裏に隠した気持ち。
けれどきっと、彼は私を心配させたくないのではないかと思って…。
私は月のせいにした。
「…もしかして……」
不意に大きな温かい手のひらが私の冷たい頬に触れた。
「もしかして、私が何か言ってたかい…?起こしてしまった…?」
「…いいえ、何となく目が覚めて…月が見たかったんです。」
私はそれ以上の追及を遮るようにぎゅっと抱きついた。
「でも思ったより寒かったので…一緒に寝て、温めてくれますか?」
半分本心。
もう半分は、土井先生を…半助さんを、このまま一人にしたくなかった。
「…だめ、ですか?」
「…………まったく…しょうがないな…。」
躊躇いつつもいつもよりすんなり受け入れてくれた。
じっと見つめると、緊張していた彼の表情がふっと柔らかくなった。
そこには、いつもの優しい目があって。
…ああ、やっぱり寒いなか耐えて…彼を一人にしなくてよかった。
私は微笑み、冷たくなった自分の手を握りしめた。
「…半助さん、あったかい……」
隣に寝てくれる彼の胸に顔を擦り寄せる。
私の至福のひととき。
…そうだ、半助さんにも……
「…ね、半助さん」
「ん…?」
「私も…温めてあげます。」
今度は逆に、私が彼の頭をぎゅうっと抱きしめて額に口づけた。
「だいすき…」
精一杯の気持ちを込めて。
この愛する気持ちが、彼の心を少しでも満たしてくれるようにと願いながら。
冷たく傷んだ髪を優しくすき、その頭をゆっくり撫でた。
「私もだ…」
彼は私の胸に顔を埋め、私の背に腕を回してぎゅうっと抱きついた。
その様子が、何となく幼子のようで…。
「…寒くないですか?」
「うん……」
その姿が愛おしくてしょうがなかった。
守ってあげたい……
癒してあげたい………
そんな想いを胸に、私は半助さんを抱きしめたまま眠りについた。