第116話 こころ満たすもの
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緑の木々に囲まれた暖かい木漏れ日のなか。
優しい父と母とともに、ただ散歩をしている自分。
大きな手に包まれた、自分の小さな手。
ぼんやりと感じた。
ああ、これは夢なのだ…。
遠い日の記憶。
もう戻ることはない懐かしい時間…
私は何かを伝えようと口を開いた。
だがそれは言葉になることはなく、ただサクサクと草を踏みしめる音が聞こえるだけで……
「…っ!」
不意に目が覚めた。
ここは…そうだ、いつもの職員室だ。
山田先生も普通に眠っている。
自分の動悸が激しく感じられ、胸を掴んだ。
なぜ、こんな夢を…
私は自分の机の上に置かれた文を見た。
ああ、そうだ。
きっとこれのせいで…。
私は机上の文をじっと見つめた。
それは、今日届けられた礼状だった。
以前たまたま戦に巻き込まれた子どもを保護して近くの寺に連れていったのだが、その親が生き残っていて無事に子どもと再会できたらしい。
寺の住職には、何か困ったことがあれば頼ってほしいと私の所在を明かしていた。
だからこうしてここに手紙が届いたのだろう。
そこには、子を保護して守ってくれたことへの礼と無事に村の再建が進んでいることの報告、そして子どもが元気いっぱいに書きなぐった絵が同封されていた。
手紙を見た瞬間、涙がこぼれそうになった。
純粋に嬉しかった。
このような事例はきっと少ない…身よりのない子どもを私は多く見てきた。
だが、この親子は無事に再会できた。
それが自分のことのように嬉しくて…自分が助けたことで救われた家族があることがとても誇らしく嬉しかった。
しかし同時に。
その嬉しさとともに脳裏をよぎった自分の過去の記憶。
忘れることなどできない、あまりにも強烈に刻まれた…大切な家族の命や全てを奪われた悲しみ、恐怖、孤独、飢え、絶望…
だめだ。
私は思考を意識的に止めた。
大きく息を吐き、目を閉じる。
…落ち着け…ただ少し、思い出しただけだ……。
私は忍術学園で教師をするなかで、自然と前に進むことが…いつしか心から笑うことができるようになっていた。
毎日が忙しく、目の前のことを進めるだけで精一杯で、過去を振り返る余裕もなくて。
自分は過去を過去として受け止めることができたのだと…そう思っていた…いや、そう思っている。
記憶として思い出すことはあっても、感情までそこにひきずられないようになったと…。
「…………」
私は自分の手のひらをじっと見つめた。
……夢で見たあの頃とは違う、大きな手。
「…懐かしい、な……」
大丈夫だ。
懐かしい夢を見て、少し感傷的になっただけだ。
父と母の在りし日を…温かい記憶を、その夢を、こんな感情で汚したくはない…。
「……………」
とりあえず、水でも飲みに行こう。
私は山田先生を起こさないように気配を消して静かに部屋を出た。
食堂で水を飲み、ついでに学園内をふらりと見回りして職員室に戻ろうとすると…
「!…たまみ?」
なんと、微かな月明かりの下、廊下にたまみが座っていた。
雪が降ってもおかしくないほど寒いのに、廊下で布団にくるまってじっとしている。
彼女は私に気づくと静かに片手を振った。
なんだ、どうしたんだ?!
何事かと慌てて駆け寄ると、立ち上がろうとした彼女がよろめいて私に倒れかかった。
「具合が悪いのか!?」
「あ、足が…痺れました……!」
「ええっ!?」
どういうことだ。
よく分からないが、触れた布団も髪も冷たく冷えきっている。
足が痺れるほど、この冷たい廊下に座っていたのか!?
私は急いで布団ごと彼女を抱えあげ、部屋のなかに入った。
「こんなに冷えて…!風邪をひいたらどうするんだ!」
「あはは、すみません…」
たまみは曖昧に謝った。
その笑い方は知っている。
何かをごまかそうとするときの癖だ。
「どうして廊下に座ってたんだ?」
これまでにも廊下で月を眺めていることはあったが、今は真冬だ。
たまみは寒がりだし、すぐに風邪をひいてしまうのに…。
なぜこんな深夜に布団にくるまって外に…?
理由を求めて彼女の瞳をじっと見つめた。
すると、彼女は一瞬私をじっと見つめ返したあと、小さく呟いた。
「なんとなく…」
「?」
「……なんとなく、月を見たかったんです……」
月?
なぜ月を…?
そう疑問に思ったとき、微笑むたまみの瞳が悲しげに揺れた。
なぜ、そんな顔を……
そう言いかけてハッとした。
「…もしかして……」
手を伸ばして触れた彼女の頬はとても冷たかった。
「もしかして…隣の部屋で、私が何か言ってたかい…?起こしてしまった…?」
私のせいで起こしてしまったのか。
それで心配して、待っていてくれたのか。
「…いいえ、何となく目が覚めて…」
長い睫毛が伏せられ、一瞬だけ目線がそらされた。
「月を…見たかったんです。」
彼女は微かに困った顔で優しく微笑んだ。
柔らかく優しい声音。
私をじっと見つめる瞳。
…これは………
私は己が拳をぐっと握りしめた。
これは…私を心配してくれている。
どうして気づかれてしまったのだろう。
まさか本当に私が何か寝言を言っていたのか。
いや、それなら山田先生が起きるはず…彼は確かに眠っていた。
一体なぜ…。
すると、たまみがそっと私の手を握った。
冷たく冷えきった小さな手。
「思ったより寒くて冷えてしまいました…。一緒に寝て、温めてくれますか?」
確かに彼女はすっかり冷えきっていて、とてもこのまま一人で寝かせることはできない気がした。
…でもこれは…私を、元気づけようとしてくれている…?
きっとそうだ。
でもそれを、励まそうとしていることを悟られまいとしていて…。
そのいじらしさに、胸を打たれた。
そしてたまみはそれ以上の質問を遮るかのように私にぎゅっと抱きついた。
「…だめ、ですか?」
「……………。」
私は彼女の冷たくなった頭をなで、目を閉じ息を吐いた。
「……まったく…しょうがないな……。」
わざといつも通りを装い、そんな言葉を返してみる。
私の心中を知ってか知らずか、たまみは眉をハの字にして微かに目を細めた。
私はたまみを敷布団に寝かせると、その隣に横たわって腕の中に閉じ込めるように抱きしめた。
「…半助さん、あったかい……」
たまみが嬉しそうに甘く微笑んだ。
そして、温めてあげるといいつつ、気づけば私の方が彼女の温もりを噛みしめていて…。
柔らかく温かい、いい匂いのする彼女の身体をぎゅうっときつくきつく腕の中に抱きしめた。
長く艶やかな髪。
冷えた髪先を指に絡め口づけする。
「…ね、半助さん」
「ん…?」
「私も…温めてあげます。」
不意に彼女が私の腕のなかでモソモソと動き、身体を上方にずらした。
どうするのかとじっとしていると、彼女は私の頭をぎゅうっと胸に抱きしめて額に口づけた。
「だいすき…」
優しく慈しむような響き。
愛らしい囁き声とともに私の頭を優しく撫でる小さな手。
何だかこそばゆいような…少し照れるような…微妙な気持ちにかられた。
…自分はいま、どんな顔をしているのか…
しかしその手をほどくことなどできなくて。
私はその柔らかく温かい胸に顔を埋め、されるがままにその心地好さに身をゆだねた。
「私もだ…」
心配してくれてありがとうと気持ちを込めて。
私はたまみの胸にそっと口づけた。
……気持ちが不思議なほど凪いでいく。
胸のなかがぽかぽかと温かくなり、甘い喜びに満たされていく。
「…寒くないですか?」
「うん……」
彼女の背中に腕を回し、ぴたりと身体を重ねた。
たまみの愛情と慈しみを肌で感じながら、静かに目を閉じる。
ああ…そうだ。
私の進む道を照らし光で導いてくれるのは、あの純粋で底抜けに明るく優しい一年は組の生徒達で…。
私を癒し支え背中を押してくれるのは、いつも私の傍で愛情を注いでくれるたまみで…。
私は今、なんと温かい道を歩んでいるのだろう……。
たまみの心臓の音を聞きながら、私は穏やかな気持ちで眠りについた…。
優しい父と母とともに、ただ散歩をしている自分。
大きな手に包まれた、自分の小さな手。
ぼんやりと感じた。
ああ、これは夢なのだ…。
遠い日の記憶。
もう戻ることはない懐かしい時間…
私は何かを伝えようと口を開いた。
だがそれは言葉になることはなく、ただサクサクと草を踏みしめる音が聞こえるだけで……
「…っ!」
不意に目が覚めた。
ここは…そうだ、いつもの職員室だ。
山田先生も普通に眠っている。
自分の動悸が激しく感じられ、胸を掴んだ。
なぜ、こんな夢を…
私は自分の机の上に置かれた文を見た。
ああ、そうだ。
きっとこれのせいで…。
私は机上の文をじっと見つめた。
それは、今日届けられた礼状だった。
以前たまたま戦に巻き込まれた子どもを保護して近くの寺に連れていったのだが、その親が生き残っていて無事に子どもと再会できたらしい。
寺の住職には、何か困ったことがあれば頼ってほしいと私の所在を明かしていた。
だからこうしてここに手紙が届いたのだろう。
そこには、子を保護して守ってくれたことへの礼と無事に村の再建が進んでいることの報告、そして子どもが元気いっぱいに書きなぐった絵が同封されていた。
手紙を見た瞬間、涙がこぼれそうになった。
純粋に嬉しかった。
このような事例はきっと少ない…身よりのない子どもを私は多く見てきた。
だが、この親子は無事に再会できた。
それが自分のことのように嬉しくて…自分が助けたことで救われた家族があることがとても誇らしく嬉しかった。
しかし同時に。
その嬉しさとともに脳裏をよぎった自分の過去の記憶。
忘れることなどできない、あまりにも強烈に刻まれた…大切な家族の命や全てを奪われた悲しみ、恐怖、孤独、飢え、絶望…
だめだ。
私は思考を意識的に止めた。
大きく息を吐き、目を閉じる。
…落ち着け…ただ少し、思い出しただけだ……。
私は忍術学園で教師をするなかで、自然と前に進むことが…いつしか心から笑うことができるようになっていた。
毎日が忙しく、目の前のことを進めるだけで精一杯で、過去を振り返る余裕もなくて。
自分は過去を過去として受け止めることができたのだと…そう思っていた…いや、そう思っている。
記憶として思い出すことはあっても、感情までそこにひきずられないようになったと…。
「…………」
私は自分の手のひらをじっと見つめた。
……夢で見たあの頃とは違う、大きな手。
「…懐かしい、な……」
大丈夫だ。
懐かしい夢を見て、少し感傷的になっただけだ。
父と母の在りし日を…温かい記憶を、その夢を、こんな感情で汚したくはない…。
「……………」
とりあえず、水でも飲みに行こう。
私は山田先生を起こさないように気配を消して静かに部屋を出た。
食堂で水を飲み、ついでに学園内をふらりと見回りして職員室に戻ろうとすると…
「!…たまみ?」
なんと、微かな月明かりの下、廊下にたまみが座っていた。
雪が降ってもおかしくないほど寒いのに、廊下で布団にくるまってじっとしている。
彼女は私に気づくと静かに片手を振った。
なんだ、どうしたんだ?!
何事かと慌てて駆け寄ると、立ち上がろうとした彼女がよろめいて私に倒れかかった。
「具合が悪いのか!?」
「あ、足が…痺れました……!」
「ええっ!?」
どういうことだ。
よく分からないが、触れた布団も髪も冷たく冷えきっている。
足が痺れるほど、この冷たい廊下に座っていたのか!?
私は急いで布団ごと彼女を抱えあげ、部屋のなかに入った。
「こんなに冷えて…!風邪をひいたらどうするんだ!」
「あはは、すみません…」
たまみは曖昧に謝った。
その笑い方は知っている。
何かをごまかそうとするときの癖だ。
「どうして廊下に座ってたんだ?」
これまでにも廊下で月を眺めていることはあったが、今は真冬だ。
たまみは寒がりだし、すぐに風邪をひいてしまうのに…。
なぜこんな深夜に布団にくるまって外に…?
理由を求めて彼女の瞳をじっと見つめた。
すると、彼女は一瞬私をじっと見つめ返したあと、小さく呟いた。
「なんとなく…」
「?」
「……なんとなく、月を見たかったんです……」
月?
なぜ月を…?
そう疑問に思ったとき、微笑むたまみの瞳が悲しげに揺れた。
なぜ、そんな顔を……
そう言いかけてハッとした。
「…もしかして……」
手を伸ばして触れた彼女の頬はとても冷たかった。
「もしかして…隣の部屋で、私が何か言ってたかい…?起こしてしまった…?」
私のせいで起こしてしまったのか。
それで心配して、待っていてくれたのか。
「…いいえ、何となく目が覚めて…」
長い睫毛が伏せられ、一瞬だけ目線がそらされた。
「月を…見たかったんです。」
彼女は微かに困った顔で優しく微笑んだ。
柔らかく優しい声音。
私をじっと見つめる瞳。
…これは………
私は己が拳をぐっと握りしめた。
これは…私を心配してくれている。
どうして気づかれてしまったのだろう。
まさか本当に私が何か寝言を言っていたのか。
いや、それなら山田先生が起きるはず…彼は確かに眠っていた。
一体なぜ…。
すると、たまみがそっと私の手を握った。
冷たく冷えきった小さな手。
「思ったより寒くて冷えてしまいました…。一緒に寝て、温めてくれますか?」
確かに彼女はすっかり冷えきっていて、とてもこのまま一人で寝かせることはできない気がした。
…でもこれは…私を、元気づけようとしてくれている…?
きっとそうだ。
でもそれを、励まそうとしていることを悟られまいとしていて…。
そのいじらしさに、胸を打たれた。
そしてたまみはそれ以上の質問を遮るかのように私にぎゅっと抱きついた。
「…だめ、ですか?」
「……………。」
私は彼女の冷たくなった頭をなで、目を閉じ息を吐いた。
「……まったく…しょうがないな……。」
わざといつも通りを装い、そんな言葉を返してみる。
私の心中を知ってか知らずか、たまみは眉をハの字にして微かに目を細めた。
私はたまみを敷布団に寝かせると、その隣に横たわって腕の中に閉じ込めるように抱きしめた。
「…半助さん、あったかい……」
たまみが嬉しそうに甘く微笑んだ。
そして、温めてあげるといいつつ、気づけば私の方が彼女の温もりを噛みしめていて…。
柔らかく温かい、いい匂いのする彼女の身体をぎゅうっときつくきつく腕の中に抱きしめた。
長く艶やかな髪。
冷えた髪先を指に絡め口づけする。
「…ね、半助さん」
「ん…?」
「私も…温めてあげます。」
不意に彼女が私の腕のなかでモソモソと動き、身体を上方にずらした。
どうするのかとじっとしていると、彼女は私の頭をぎゅうっと胸に抱きしめて額に口づけた。
「だいすき…」
優しく慈しむような響き。
愛らしい囁き声とともに私の頭を優しく撫でる小さな手。
何だかこそばゆいような…少し照れるような…微妙な気持ちにかられた。
…自分はいま、どんな顔をしているのか…
しかしその手をほどくことなどできなくて。
私はその柔らかく温かい胸に顔を埋め、されるがままにその心地好さに身をゆだねた。
「私もだ…」
心配してくれてありがとうと気持ちを込めて。
私はたまみの胸にそっと口づけた。
……気持ちが不思議なほど凪いでいく。
胸のなかがぽかぽかと温かくなり、甘い喜びに満たされていく。
「…寒くないですか?」
「うん……」
彼女の背中に腕を回し、ぴたりと身体を重ねた。
たまみの愛情と慈しみを肌で感じながら、静かに目を閉じる。
ああ…そうだ。
私の進む道を照らし光で導いてくれるのは、あの純粋で底抜けに明るく優しい一年は組の生徒達で…。
私を癒し支え背中を押してくれるのは、いつも私の傍で愛情を注いでくれるたまみで…。
私は今、なんと温かい道を歩んでいるのだろう……。
たまみの心臓の音を聞きながら、私は穏やかな気持ちで眠りについた…。