第112話 風に揺れて
お名前設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
待ちに待った夏休み。
一年は組の補習もようやく終わり、たまみときり丸の三人で家に帰ってきた。
せめて夏休みの間だけでものんびりと過ごせたら…と思うものの、予想通りきり丸のアルバイトを手伝う毎日だった。
しかし、三人で過ごす日々はとても心穏やかで楽しかった。
「あー、暑っつ…っ!!!」
勢いよく家の戸を開けて入ると、たまみが驚いてこちらを見た。
「おかえりなさい、大丈夫ですか?」
「ただいま…あ~疲れた…っ!」
汗だくの額を拭い、大きく息を吐いた。
たまみが心配そうな顔をしたので、片手を振って問題ないことを伝える。
「いや、きり丸のやつが、自分は子守りをするからと5匹も犬を押しつけていったんだ…!もう途中で犬が喧嘩するわ暴れるわ別々の方向に走り出すわ…!」
「そ、それは大変でしたね…。」
「まったく、こんなに汗だくになるとは…。」
「お疲れ様です。」
苦笑いするたまみ。
その可愛らしい声を聞いて幾分気持ちもおさまってきた。
さっきまでイライラしていた気分が不思議なほどスーッと凪いでいく。
「……ちょっと水を浴びてくる。」
炎天下で犬達に振り回され、本当に汗だくになってしまった。
ややふらつく足どりで裏の井戸の方へ向かった。
ばしゃっ
褌一丁になって井戸から水を汲み、勢いよく頭から水をかぶった。
頭や頬、背を伝う水が気持ちいい。
幾度か繰り返すと、熱くなっていた体も気持ちも落ち着いた。
「ふぅ………」
ぽたぽたと落ちる滴を手で拭うと、横から手拭いが差し出された。
「はい、どうぞ」
「ん、ありが…と……?」
たまみは何故か笑いを堪えたような妙な顔をしていた。
「?…何で笑ってるんだ?」
不思議に思って聞くと、彼女は自覚していなかったのか「ぅぇっ!?」と妙な声を出してうろたえた。
「あー!や、その、笑ってたわけじゃ…変な顔してました!?」
「?…うん。」
「あ、ち、違うんですよ、ほら、そうじゃなくて………」
「ん??」
「…あ、あはははー」
「………。」
でた。
お得意の笑ってごまかす必殺技。
このテヘッて感じの可愛らしさにほだされて何度ごまかされてしまったことか。
今回も流されてしまいそうになったが、私はひとつ咳払いをするとたまみをじっと見つめた。
少し前のめりにかがみ、たまみに顔を近づけてその愛らしい瞳を覗き込む。
彼女は大きく瞬きをして頬を染め、目を伏せた。
「えっと………」
「うん?」
短く先を促すと、たまみは持ってきた手拭いをぎゅっと握りしめた。
その表情が、仕草が、何だかいじらしいななんて思ったとき…
「半助さんが……格好よすぎて…」
「え?」
彼女の目は私の身体をじっと見つめていた。
水に濡れた身体に、熱い視線が注がれる。
「ジロジロ見たらあれかなって思ったんですけど……」
「…!」
照れたように顔を赤くして白状する彼女。
もしかして…。
さっきのは照れ笑いをごまかそうとしていたのか…?
予想外の答えに何だかこちらまで恥ずかしくなってしまった。
「あ、でも!別にやらしいこと考えてニヤニヤしてたんじゃないですよ!私、その、変態とかそういうんじゃ、ないので…!」
変態って。
焦って言い訳する彼女が、まるで墓穴を掘る男のようで可笑しくて…つい笑ってしまった。
「ははは、そうかそうか。」
手拭いで頭を拭きながら彼女の頭をぽんと撫でた。
たまみは「ほんとですよ!」と言いつつ、まだ私の身体を見ている。
「『見惚れる』って、こういうことなんだなって………」
素直すぎる真っ直ぐな彼女。
こちらの方が照れてしまった。
しかしあまりにも可愛すぎて、ついいじめたくなってしまう。
彼女の手をそっと引いてみた。
「たまみ………」
そのまま、まだ熱の残る自分の胸にゆっくり当てた。
肌に直接触れる小さな手。
心臓の音が、彼女の手のひらに静かに伝わる。
「……見るだけでいいの?」
静かに耳元で囁いてみる。
たまみは予想通り真っ赤になって固まった。
何か言い返そうと口をパクパクさせているのに言葉にならない姿が、愛しいやら可笑しいやら…。
「ふっ…あははは!たまみは可愛いなぁ。」
つい声に出して笑ってしまった。
からかわれたと気づきふくれるたまみ。
そのまま思わず抱きしめようとしたとき。
…あ。
遠くにご近所さん達の生温い視線を感じた。
「…と、とりあえず家に入ろうか。」
いかん、うっかりこんなところで…しかも褌一丁のままじゃれあってしまった。
私はそそくさと彼女の背中を押し、慌てて家の中に入った。
たまみが用意してくれていた小袖に着替え、さっぱりした顔で戻る。
「冷ましたお茶、飲みますか?」
「ああ、ありがとう。」
座ってお茶を受け取ると、たまみが私の後ろに膝をついた。
濡れた髪を手拭いでぽんぽんと挟んで拭いてくれる。
されるがままに、そのままお茶をごくごくと飲む。
「とかしますね?」
優しく愛情に満ちた声音。
ごく普通のありふれた一言なのに、彼女の気持ちが伝わってくる。
そして、この馴染んだ感じのやりとりが…何だか奥さんにしてもらっているようで嬉しい。
髪に櫛を通してもらいながら、私は目を閉じて幸せをかみしめた。
やがて髪を整え終わると、たまみは私の横に正座して自分の膝をポンポンとたたいた。
「ちょっと横になります?」
「え?」
「扇ぎますよ?」
もう一度膝にポンと手を乗せニコリと微笑むたまみ。
それは、膝枕をしてくれるということか。
「い…いや、…しかし………膝が濡れてしまうよ。」
「ちょっとぐらいすぐ乾きます。…イヤですか?」
「イヤじゃないけど……」
「……気持ちよくしてあげます。」
何だか艶かしく聞こえる言葉。
たまみはうちわを少し動かし扇いでくれた。
そよ風が心地よく、微かに目を細める。
「…えっと……じゃあ、少しだけ………」
遠慮がちに彼女の膝に頭を乗せた。
ぱたぱた…
そよ風に揺れる前髪。
うちわでゆっくり扇いでくれるのがとても涼しかった。
「気持ちいですか?」
「うん…」
心地好くて微笑むと、たまみが髪をそっと撫でてくれた。
右手でうちわを動かしながら、まだ濡れている髪を乾かすように手ぐしで指を通す。
首もとも涼しくなるように、襟元を少し緩めて大きくゆっくりと扇いでくれる。
そよそよ…
ああ…なんて気持ちいいんだろう…。
すごく落ち着く……。
「…寝てしまいそうだ…」
「寝てもいいですよ。」
「こんなふうに膝枕で扇いでもらって気持ちよく昼寝とか…贅沢だな……」
本当に贅沢すぎる。
忍術学園では考えられないような、この上なく穏やかな時間だ。
「……何だかお殿様みたいだな…」
異国の文献か何かだったか。
大きなうちわで侍女に扇がせている絵を見たような気がする。
なるほどこれは気持ちいい…。
自分とたまみをそのとき見た絵に当てはめて考えてみると、何だかおかしくて笑ってしまった。
たまみもつられたのか私を見て微笑んだ。
「半助さんがお殿様なら、喜んで全身全霊でご奉仕しちゃいます。」
…ご奉仕。
たまみに言われると、よからぬことを想像してしまう…。
「…『殿』じゃないと『ご奉仕』してくれないの?」
少しいたずらっぽく聞いてみると、たまみは目を細めて私の頭を撫でた。
「ふふふ、お殿様じゃなくても、いつでもどこでも…半助さんの望むがままにご奉仕しますよ?」
甘く色を含んだ声。
思わずその可愛い顔に手を伸ばした。
触れた頬は、とても滑らかで柔らかくて…
「いつでもどこでも…何でも?」
「はい。」
「…それは嬉しいね。」
そっと首に手をかけ、ゆっくり引き寄せた。
愛おしい者を見つめる優しい眼差し。
彼女の前髪が私の頬に触れる。
後頭部に回した手に力が入り、彼女の長い睫毛がゆっくり伏せられた。
「…ん……」
優しく重なる唇。
柔らかい唇と舌の感触。
彼女の熱い吐息に…漏れる甘い声に、身体の芯からぞくりとしてしまう。
「…たまみ……」
身体を起こし、彼女の頭を支えながらゆっくり押し倒す。
今度は上下が逆になり、私が上から覆い被さって口づける。
手のひらを重ね指を絡め、首筋に優しく口づけをおとしていく。
「…ゃっ……あッ……!」
可愛い声…。
首筋が弱いたまみは、少し舐めるとすぐに感じだした。
身悶えする身体を押さえつけるようにして、更に肩口の方に口づけていく。
「ゃ…だめぇッ……!」
嫌がる彼女に逆にそそられる。
そんな素振りもお誘いの一つだというのは分かっている。
しかし、襟元から手を入れようとすると、たまみがイヤイヤと首を振った。
潤んだ瞳が、切なげに私を見つめる。
「……欲しくなっちゃうから………くれないなら…いじめるだけは、ヤです…。」
「…!」
この上なく可愛いおねだりに身も心もアツくなった。
それはつまり、最後までして欲しいということで…。
可愛すぎる…。
いっそこのまま……いや待て、いつきり丸が帰ってきてもおかしくない…!
押さえつける手のひらにグッと力を込めた。
「………私も欲しいけど……、それは…夜まで…お預けだな…。」
家に居る間、ほぼ毎日のようにたまみを抱いているのに…どうしてこんなにも欲しくなるのだろう。
私は熱を逃がすように息を吐いた。
おでことおでこをコツンとくっつける。
「あー、さっきの話…」
「さっきの?」
「うん、私がお殿様というか……むしろ、あれだ。私の方が、姫の誘惑に堪え忍ぶ臣下というか…」
可愛い彼女の頬をつんつんとつつく。
「きみが姫で私が護衛忍者……いや、姫って柄じゃないかなぁ…」
「どーいう意味ですか?」
そんなじゃれあいを言って二人で笑い合う。
これはこれで、とても心地好い穏やかな時間。
心が触れあっているこの感じがとても嬉しい。
そうしてゆっくり過ごしていると…。
「あ、赤ん坊の声が…。」
きり丸が帰ってきたようだ。
私はサッと起き上がりたまみを起こすと、何事もなかったかのように襟元を整えた。
「きりちゃんですか?」
「そうだな。しかもこれは…」
「ただいまー!土井先生もう帰ってますか?」
赤ん坊を抱っこにおんぶしたきり丸が帰ってきた。
「いやー、ついでにもう一人面倒見るように頼まれてしまって。」
「まったく…しょうがないな。ほら、一人貸しなさい。」
「ありがとうございまーす!」
犬の散歩で5匹は多すぎると怒るつもりだったのに、たまみとイチャイチャしている間にすっかり忘れてしまっていた。
そして腕のなかには次なるバイトの赤ん坊。
「…まったく…。」
ふとたまみと目があった。
苦笑して頷き合う。
…うん、まぁいいか……。
すると、たまみが部屋の奥を指差した。
「きりちゃん、夕方納期の内職の傘ぜんぶできてるから。あとで確認しといてね。」
「ありがとうございます!さすがたまみさん、きっちり作ってくれますねー。」
「そんな感じでいい?」
「はい!こないだ扇子作りを手伝ったとき、小松田さんのお兄さんもたまみさんみたいな器用で頑張り屋な嫁が欲しいって言ってましたよ!」
「なに?」
なんだそれは。
聞き捨てならない話に片眉をぴくりと上げると、きり丸が慌てて両手と首を振った。
「みたいな人って言ってただけですから!ものの例えですよ!」
「…今度会ったら、たまみに手を出さないよう言っておかなきゃならんな…」
「土井先生、目が恐いです!」
「オギャー!オギャー!」
「ほら赤ん坊も怖がって…!」
「あ…ごめんごめん!怖くない怖くないよ~ほーらよしよし~」
連鎖的に泣き出してしまった赤ん坊達をきり丸とあやしている間、たまみは食事の用意をしながらその光景をにこやかに眺めていた。
…まったく、のんびりできるのは本当に一瞬だけだな。
そう思いつつ、しかしこうして三人でバタバタとしているのもそう悪くはない…。
そんなことを頭の片隅で考えながら、私は慣れた手つきでおしめを替えていた。
一年は組の補習もようやく終わり、たまみときり丸の三人で家に帰ってきた。
せめて夏休みの間だけでものんびりと過ごせたら…と思うものの、予想通りきり丸のアルバイトを手伝う毎日だった。
しかし、三人で過ごす日々はとても心穏やかで楽しかった。
「あー、暑っつ…っ!!!」
勢いよく家の戸を開けて入ると、たまみが驚いてこちらを見た。
「おかえりなさい、大丈夫ですか?」
「ただいま…あ~疲れた…っ!」
汗だくの額を拭い、大きく息を吐いた。
たまみが心配そうな顔をしたので、片手を振って問題ないことを伝える。
「いや、きり丸のやつが、自分は子守りをするからと5匹も犬を押しつけていったんだ…!もう途中で犬が喧嘩するわ暴れるわ別々の方向に走り出すわ…!」
「そ、それは大変でしたね…。」
「まったく、こんなに汗だくになるとは…。」
「お疲れ様です。」
苦笑いするたまみ。
その可愛らしい声を聞いて幾分気持ちもおさまってきた。
さっきまでイライラしていた気分が不思議なほどスーッと凪いでいく。
「……ちょっと水を浴びてくる。」
炎天下で犬達に振り回され、本当に汗だくになってしまった。
ややふらつく足どりで裏の井戸の方へ向かった。
ばしゃっ
褌一丁になって井戸から水を汲み、勢いよく頭から水をかぶった。
頭や頬、背を伝う水が気持ちいい。
幾度か繰り返すと、熱くなっていた体も気持ちも落ち着いた。
「ふぅ………」
ぽたぽたと落ちる滴を手で拭うと、横から手拭いが差し出された。
「はい、どうぞ」
「ん、ありが…と……?」
たまみは何故か笑いを堪えたような妙な顔をしていた。
「?…何で笑ってるんだ?」
不思議に思って聞くと、彼女は自覚していなかったのか「ぅぇっ!?」と妙な声を出してうろたえた。
「あー!や、その、笑ってたわけじゃ…変な顔してました!?」
「?…うん。」
「あ、ち、違うんですよ、ほら、そうじゃなくて………」
「ん??」
「…あ、あはははー」
「………。」
でた。
お得意の笑ってごまかす必殺技。
このテヘッて感じの可愛らしさにほだされて何度ごまかされてしまったことか。
今回も流されてしまいそうになったが、私はひとつ咳払いをするとたまみをじっと見つめた。
少し前のめりにかがみ、たまみに顔を近づけてその愛らしい瞳を覗き込む。
彼女は大きく瞬きをして頬を染め、目を伏せた。
「えっと………」
「うん?」
短く先を促すと、たまみは持ってきた手拭いをぎゅっと握りしめた。
その表情が、仕草が、何だかいじらしいななんて思ったとき…
「半助さんが……格好よすぎて…」
「え?」
彼女の目は私の身体をじっと見つめていた。
水に濡れた身体に、熱い視線が注がれる。
「ジロジロ見たらあれかなって思ったんですけど……」
「…!」
照れたように顔を赤くして白状する彼女。
もしかして…。
さっきのは照れ笑いをごまかそうとしていたのか…?
予想外の答えに何だかこちらまで恥ずかしくなってしまった。
「あ、でも!別にやらしいこと考えてニヤニヤしてたんじゃないですよ!私、その、変態とかそういうんじゃ、ないので…!」
変態って。
焦って言い訳する彼女が、まるで墓穴を掘る男のようで可笑しくて…つい笑ってしまった。
「ははは、そうかそうか。」
手拭いで頭を拭きながら彼女の頭をぽんと撫でた。
たまみは「ほんとですよ!」と言いつつ、まだ私の身体を見ている。
「『見惚れる』って、こういうことなんだなって………」
素直すぎる真っ直ぐな彼女。
こちらの方が照れてしまった。
しかしあまりにも可愛すぎて、ついいじめたくなってしまう。
彼女の手をそっと引いてみた。
「たまみ………」
そのまま、まだ熱の残る自分の胸にゆっくり当てた。
肌に直接触れる小さな手。
心臓の音が、彼女の手のひらに静かに伝わる。
「……見るだけでいいの?」
静かに耳元で囁いてみる。
たまみは予想通り真っ赤になって固まった。
何か言い返そうと口をパクパクさせているのに言葉にならない姿が、愛しいやら可笑しいやら…。
「ふっ…あははは!たまみは可愛いなぁ。」
つい声に出して笑ってしまった。
からかわれたと気づきふくれるたまみ。
そのまま思わず抱きしめようとしたとき。
…あ。
遠くにご近所さん達の生温い視線を感じた。
「…と、とりあえず家に入ろうか。」
いかん、うっかりこんなところで…しかも褌一丁のままじゃれあってしまった。
私はそそくさと彼女の背中を押し、慌てて家の中に入った。
たまみが用意してくれていた小袖に着替え、さっぱりした顔で戻る。
「冷ましたお茶、飲みますか?」
「ああ、ありがとう。」
座ってお茶を受け取ると、たまみが私の後ろに膝をついた。
濡れた髪を手拭いでぽんぽんと挟んで拭いてくれる。
されるがままに、そのままお茶をごくごくと飲む。
「とかしますね?」
優しく愛情に満ちた声音。
ごく普通のありふれた一言なのに、彼女の気持ちが伝わってくる。
そして、この馴染んだ感じのやりとりが…何だか奥さんにしてもらっているようで嬉しい。
髪に櫛を通してもらいながら、私は目を閉じて幸せをかみしめた。
やがて髪を整え終わると、たまみは私の横に正座して自分の膝をポンポンとたたいた。
「ちょっと横になります?」
「え?」
「扇ぎますよ?」
もう一度膝にポンと手を乗せニコリと微笑むたまみ。
それは、膝枕をしてくれるということか。
「い…いや、…しかし………膝が濡れてしまうよ。」
「ちょっとぐらいすぐ乾きます。…イヤですか?」
「イヤじゃないけど……」
「……気持ちよくしてあげます。」
何だか艶かしく聞こえる言葉。
たまみはうちわを少し動かし扇いでくれた。
そよ風が心地よく、微かに目を細める。
「…えっと……じゃあ、少しだけ………」
遠慮がちに彼女の膝に頭を乗せた。
ぱたぱた…
そよ風に揺れる前髪。
うちわでゆっくり扇いでくれるのがとても涼しかった。
「気持ちいですか?」
「うん…」
心地好くて微笑むと、たまみが髪をそっと撫でてくれた。
右手でうちわを動かしながら、まだ濡れている髪を乾かすように手ぐしで指を通す。
首もとも涼しくなるように、襟元を少し緩めて大きくゆっくりと扇いでくれる。
そよそよ…
ああ…なんて気持ちいいんだろう…。
すごく落ち着く……。
「…寝てしまいそうだ…」
「寝てもいいですよ。」
「こんなふうに膝枕で扇いでもらって気持ちよく昼寝とか…贅沢だな……」
本当に贅沢すぎる。
忍術学園では考えられないような、この上なく穏やかな時間だ。
「……何だかお殿様みたいだな…」
異国の文献か何かだったか。
大きなうちわで侍女に扇がせている絵を見たような気がする。
なるほどこれは気持ちいい…。
自分とたまみをそのとき見た絵に当てはめて考えてみると、何だかおかしくて笑ってしまった。
たまみもつられたのか私を見て微笑んだ。
「半助さんがお殿様なら、喜んで全身全霊でご奉仕しちゃいます。」
…ご奉仕。
たまみに言われると、よからぬことを想像してしまう…。
「…『殿』じゃないと『ご奉仕』してくれないの?」
少しいたずらっぽく聞いてみると、たまみは目を細めて私の頭を撫でた。
「ふふふ、お殿様じゃなくても、いつでもどこでも…半助さんの望むがままにご奉仕しますよ?」
甘く色を含んだ声。
思わずその可愛い顔に手を伸ばした。
触れた頬は、とても滑らかで柔らかくて…
「いつでもどこでも…何でも?」
「はい。」
「…それは嬉しいね。」
そっと首に手をかけ、ゆっくり引き寄せた。
愛おしい者を見つめる優しい眼差し。
彼女の前髪が私の頬に触れる。
後頭部に回した手に力が入り、彼女の長い睫毛がゆっくり伏せられた。
「…ん……」
優しく重なる唇。
柔らかい唇と舌の感触。
彼女の熱い吐息に…漏れる甘い声に、身体の芯からぞくりとしてしまう。
「…たまみ……」
身体を起こし、彼女の頭を支えながらゆっくり押し倒す。
今度は上下が逆になり、私が上から覆い被さって口づける。
手のひらを重ね指を絡め、首筋に優しく口づけをおとしていく。
「…ゃっ……あッ……!」
可愛い声…。
首筋が弱いたまみは、少し舐めるとすぐに感じだした。
身悶えする身体を押さえつけるようにして、更に肩口の方に口づけていく。
「ゃ…だめぇッ……!」
嫌がる彼女に逆にそそられる。
そんな素振りもお誘いの一つだというのは分かっている。
しかし、襟元から手を入れようとすると、たまみがイヤイヤと首を振った。
潤んだ瞳が、切なげに私を見つめる。
「……欲しくなっちゃうから………くれないなら…いじめるだけは、ヤです…。」
「…!」
この上なく可愛いおねだりに身も心もアツくなった。
それはつまり、最後までして欲しいということで…。
可愛すぎる…。
いっそこのまま……いや待て、いつきり丸が帰ってきてもおかしくない…!
押さえつける手のひらにグッと力を込めた。
「………私も欲しいけど……、それは…夜まで…お預けだな…。」
家に居る間、ほぼ毎日のようにたまみを抱いているのに…どうしてこんなにも欲しくなるのだろう。
私は熱を逃がすように息を吐いた。
おでことおでこをコツンとくっつける。
「あー、さっきの話…」
「さっきの?」
「うん、私がお殿様というか……むしろ、あれだ。私の方が、姫の誘惑に堪え忍ぶ臣下というか…」
可愛い彼女の頬をつんつんとつつく。
「きみが姫で私が護衛忍者……いや、姫って柄じゃないかなぁ…」
「どーいう意味ですか?」
そんなじゃれあいを言って二人で笑い合う。
これはこれで、とても心地好い穏やかな時間。
心が触れあっているこの感じがとても嬉しい。
そうしてゆっくり過ごしていると…。
「あ、赤ん坊の声が…。」
きり丸が帰ってきたようだ。
私はサッと起き上がりたまみを起こすと、何事もなかったかのように襟元を整えた。
「きりちゃんですか?」
「そうだな。しかもこれは…」
「ただいまー!土井先生もう帰ってますか?」
赤ん坊を抱っこにおんぶしたきり丸が帰ってきた。
「いやー、ついでにもう一人面倒見るように頼まれてしまって。」
「まったく…しょうがないな。ほら、一人貸しなさい。」
「ありがとうございまーす!」
犬の散歩で5匹は多すぎると怒るつもりだったのに、たまみとイチャイチャしている間にすっかり忘れてしまっていた。
そして腕のなかには次なるバイトの赤ん坊。
「…まったく…。」
ふとたまみと目があった。
苦笑して頷き合う。
…うん、まぁいいか……。
すると、たまみが部屋の奥を指差した。
「きりちゃん、夕方納期の内職の傘ぜんぶできてるから。あとで確認しといてね。」
「ありがとうございます!さすがたまみさん、きっちり作ってくれますねー。」
「そんな感じでいい?」
「はい!こないだ扇子作りを手伝ったとき、小松田さんのお兄さんもたまみさんみたいな器用で頑張り屋な嫁が欲しいって言ってましたよ!」
「なに?」
なんだそれは。
聞き捨てならない話に片眉をぴくりと上げると、きり丸が慌てて両手と首を振った。
「みたいな人って言ってただけですから!ものの例えですよ!」
「…今度会ったら、たまみに手を出さないよう言っておかなきゃならんな…」
「土井先生、目が恐いです!」
「オギャー!オギャー!」
「ほら赤ん坊も怖がって…!」
「あ…ごめんごめん!怖くない怖くないよ~ほーらよしよし~」
連鎖的に泣き出してしまった赤ん坊達をきり丸とあやしている間、たまみは食事の用意をしながらその光景をにこやかに眺めていた。
…まったく、のんびりできるのは本当に一瞬だけだな。
そう思いつつ、しかしこうして三人でバタバタとしているのもそう悪くはない…。
そんなことを頭の片隅で考えながら、私は慣れた手つきでおしめを替えていた。