第111話 私だけを見つめて
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何とか無事に町まで来れた。
私は自分に大丈夫だと言い聞かせ、ドキドキしながら町を歩いた。
最近は物騒なこともなかったし、もうこの世界に来て結構経つし、子どもじゃないんだし……いつまでも一人で外出できないなんてだめだ。
みんな忙しいんだから、おつかいぐらい一人でしなければ。
土井先生…半助さんは私に一人で出歩かないよう言っていたけれど、いつまでもそんなことを言っていたら何も出来ない。
一人でも大丈夫でしたと後から報告すれば、今後一人で出歩いても問題ないと思ってくれるはず。
今日は火薬の授業がたくさんあるから、きっと夕方まで私がいなくても気づかない。
…というか、夜まで気づかないかも…。
ううん、それどころか全く気づかないかも。
最近は忙しすぎて私に構う時間などないから。
昨夜だって来てくれなかったし…。
そういえばいつからか交換日記も返ってこない。
でもまぁ、そもそも日記もおやすみの挨拶も当然のことではないのだから…、それがなくなったからと責めることはできない。
私は深いため息をついた。
忙しい人だというのは分かっているけど。
でも、それは仕方ないとしても。
『山本シナ先生が一番お綺麗ですから…』
忘れようとしても消えないあの声。
私以外の女性にキレイだとか言わないでほしい…。
それは社交辞令?
それとも本気でそう思って…?
「…半助さん……」
社交辞令だとしてもそんな言葉を他の女性に言わないでほしいと思うのは心が狭いのだろうか。
私だけを見てほしいなんて…我が儘すぎるのだろうか。
昨夜、この心のモヤモヤを紙に書いて気持ちの整理をしようとしてみた。
けれど結局は何も書けないまま…眠ってしまった。
ただ寂しさと切なさで涙が頬を伝うだけで。
「…半助さん……」
愛しい名を呼んでみる。
学園のなかでは、うっかり半助さんと呼んでしまわぬよう頭のなかでもきちんと『土井先生』と思考するようにしている。
私の『半助さん』となるのは、基本的には夜と長期休暇の間だけ…。
「…半助さん……会いたいなぁ…」
今朝会ったばかりだけれど、あれはみんなの土井先生。
『土井先生』としての彼ももちろん大好きなんだけど。
うん、好きすぎる位好きなんだけど…。
でも、そうではなくて、いま私が逢いたいのは……。
ふと、今朝の黒板の件を思い出した。
は組のみんなが急に笑いだしたから何かと思って黒板をみると、そこには私の名前が書かれていて。
どういう意味かと驚いて見つめてしまった。
一瞬、何かの暗号的な意図のあるものかと思ったけれど、土井先生の慌てっぷりから察するにあれは本当に書き間違えたみたいで。
嬉しかった。
『土井先生』の心のなかに私がそんなに…無意識に名前を書いてもらえるほどに在るのかなと。
「…せんせ……」
好き。
こうして離れてみると尚更そう思う。
今は授業をしている頃かな…。
そんなことを考えていると、あっという間に目的地のお饅頭屋さんに着いた。
学園長先生に頼まれた品を注文する。
おつりはお駄賃としてお饅頭を食べておいでと仰ってくれたので、自分の分も頼んで長椅子に腰かけた。
ここのお饅頭はとても美味しいので、一口頬張ると自然と顔がほころんだ。
美味しいお饅頭とお茶に癒されて、ちょっと元気が出てきた気がした。
「ごちそうさまでした。」
お勘定を払うとき、ふと半助さんの家の家賃のことを思い出した。
お家賃、ちゃんと払ってるかな…?
また暫く帰れそうにないから、ちょっと足を伸ばして大家さんにご挨拶だけでもしておこうかな。
家賃滞納で長屋を引き払うなんて話がまた出たら大変だ。
私が代わりに支払いに行きたいけれど、さすがに大きなお金を持って歩くのは恐かった。
空を見上げてみる。
今日は昨日の雨が嘘のように青く澄んだ晴天。
少し寄り道するくらいの時間はあるかな…。
私は半助さんの家に向かって歩きだした。
長屋の前にたどり着いた。
隣のおばちゃんと大家さんに挨拶しようと思ったけれど、二人とも出ているようで留守だった。
仕方ないから少しだけ掃除して帰ろうかな…。
「……あ」
家の戸に手をかけた瞬間、思い出した。
鍵を持ってない…!
いつも半助さんと来ていたからあまり意識していなかったけれど、家の鍵を持ってきていなかった…!
ここまで来てショックなことに、ご挨拶も出来なければ家にも入れない…。
自分の間抜けさにシュンとすると同時に、何となく閉め出されてしまったような気がしてちょっとショックだった。
しかしどうしようもないので諦めて帰ろうと足を踏み出した。
その、瞬間。
ダンッ!
顔のすぐ横の壁に手が伸びてきて。
びくりと驚き見上げた先には…
「………!?」
息をきらせ
肩を上下させる
青空のような小袖を着た半助さんが。
苦々しい顔で私を見ていた。
「え…!?」
どうして。
なんで、ここに…!?
あまりの驚きに声が出なかった。
こんなに息荒く取り乱す姿は初めて見たかもしれない。
いったい何事…!?
当惑して見つめ返すと、ぐいっと腕を引かれた。
半助さんは戸に手をかけて一瞬止まり、私と同じく鍵を持っていなかったのか戸の端を触って無理矢理戸を開け、私を中に押し込んだ。
何が起きたのかよく分からずぽかんとしていると、彼が私の両肩を強くつかんだ。
「…ケガは?」
「いえ…?大丈夫です。」
「…誰にも、何もされなかった??」
「?…はい、何もなかったです。」
「っ……よかった……!」
突然、ぎゅうっと抱きしめられた。
きつく胸に抱かれ、事態がよく飲み込めないまま胸が高鳴る。
「どうして一人で出たんだ!?」
怒った口調。
見上げると、半助さんは眉間にシワを寄せて私を見つめていた。
「え…いや、だって…、ずっとお忙しそうですし、おつかいぐらいで他の先生に同行をお願いするのも…」
「何かあったらどうするんだ!」
「大丈夫ですよ。最近は何もなかったじゃないですか。」
すると半助さんは大きく深いため息をついて私を再びきつく抱きしめた。
「何もなかったのではなくて……何もないように、私がしていたんだ。」
「え…?」
「気づいてないだろうけど、近づこうとする蛇やら野犬やらガラの悪そうな男共を排除したり…たまに変な忍者がうろついていたりするから避けるようにしたり…転ばないよう足場のいいところへ誘導したり…実は色々あったんだよ。」
「!!」
全く気づいていなかった。
驚きの事実に彼の目を見つめたが、その瞳は私を心配して揺れていた。
「だから……!」
大きな手が、私の髪をそっと撫でた。
「きみに何かあったら…私は……」
悲しげに伏せられた目に、胸が痛んだ。
そんなに、心配してくれていたなんて。
あの半助さんが、息を切らせ肩を揺らすほど急いで追いかけてくれたなんて。
よく見ると足元はかなり泥がはねている。
私の行き先など知らなかったはずなのに、なりふり構わず探してくれたんだ…。
申し訳なさと同時に嬉しさが込み上げる。
しかも、今日だけでなく、今までもずっと守ってきてくれていたなんて…。
「…すみません、私、全然気づいてなくて…。」
「いや、私が気づかせないようにしていたから。たまみを変に恐がらせたくなくて…。」
そう言うと、再びきつく抱きしめられた。
「…とにかく、無事でよかった…!」
息が苦しいほどの抱擁に、何故か涙がこぼれそうになった。
「…ごめ、なさぃ……」
私はしがみつくように彼の背に腕を回した。
私は自分に大丈夫だと言い聞かせ、ドキドキしながら町を歩いた。
最近は物騒なこともなかったし、もうこの世界に来て結構経つし、子どもじゃないんだし……いつまでも一人で外出できないなんてだめだ。
みんな忙しいんだから、おつかいぐらい一人でしなければ。
土井先生…半助さんは私に一人で出歩かないよう言っていたけれど、いつまでもそんなことを言っていたら何も出来ない。
一人でも大丈夫でしたと後から報告すれば、今後一人で出歩いても問題ないと思ってくれるはず。
今日は火薬の授業がたくさんあるから、きっと夕方まで私がいなくても気づかない。
…というか、夜まで気づかないかも…。
ううん、それどころか全く気づかないかも。
最近は忙しすぎて私に構う時間などないから。
昨夜だって来てくれなかったし…。
そういえばいつからか交換日記も返ってこない。
でもまぁ、そもそも日記もおやすみの挨拶も当然のことではないのだから…、それがなくなったからと責めることはできない。
私は深いため息をついた。
忙しい人だというのは分かっているけど。
でも、それは仕方ないとしても。
『山本シナ先生が一番お綺麗ですから…』
忘れようとしても消えないあの声。
私以外の女性にキレイだとか言わないでほしい…。
それは社交辞令?
それとも本気でそう思って…?
「…半助さん……」
社交辞令だとしてもそんな言葉を他の女性に言わないでほしいと思うのは心が狭いのだろうか。
私だけを見てほしいなんて…我が儘すぎるのだろうか。
昨夜、この心のモヤモヤを紙に書いて気持ちの整理をしようとしてみた。
けれど結局は何も書けないまま…眠ってしまった。
ただ寂しさと切なさで涙が頬を伝うだけで。
「…半助さん……」
愛しい名を呼んでみる。
学園のなかでは、うっかり半助さんと呼んでしまわぬよう頭のなかでもきちんと『土井先生』と思考するようにしている。
私の『半助さん』となるのは、基本的には夜と長期休暇の間だけ…。
「…半助さん……会いたいなぁ…」
今朝会ったばかりだけれど、あれはみんなの土井先生。
『土井先生』としての彼ももちろん大好きなんだけど。
うん、好きすぎる位好きなんだけど…。
でも、そうではなくて、いま私が逢いたいのは……。
ふと、今朝の黒板の件を思い出した。
は組のみんなが急に笑いだしたから何かと思って黒板をみると、そこには私の名前が書かれていて。
どういう意味かと驚いて見つめてしまった。
一瞬、何かの暗号的な意図のあるものかと思ったけれど、土井先生の慌てっぷりから察するにあれは本当に書き間違えたみたいで。
嬉しかった。
『土井先生』の心のなかに私がそんなに…無意識に名前を書いてもらえるほどに在るのかなと。
「…せんせ……」
好き。
こうして離れてみると尚更そう思う。
今は授業をしている頃かな…。
そんなことを考えていると、あっという間に目的地のお饅頭屋さんに着いた。
学園長先生に頼まれた品を注文する。
おつりはお駄賃としてお饅頭を食べておいでと仰ってくれたので、自分の分も頼んで長椅子に腰かけた。
ここのお饅頭はとても美味しいので、一口頬張ると自然と顔がほころんだ。
美味しいお饅頭とお茶に癒されて、ちょっと元気が出てきた気がした。
「ごちそうさまでした。」
お勘定を払うとき、ふと半助さんの家の家賃のことを思い出した。
お家賃、ちゃんと払ってるかな…?
また暫く帰れそうにないから、ちょっと足を伸ばして大家さんにご挨拶だけでもしておこうかな。
家賃滞納で長屋を引き払うなんて話がまた出たら大変だ。
私が代わりに支払いに行きたいけれど、さすがに大きなお金を持って歩くのは恐かった。
空を見上げてみる。
今日は昨日の雨が嘘のように青く澄んだ晴天。
少し寄り道するくらいの時間はあるかな…。
私は半助さんの家に向かって歩きだした。
長屋の前にたどり着いた。
隣のおばちゃんと大家さんに挨拶しようと思ったけれど、二人とも出ているようで留守だった。
仕方ないから少しだけ掃除して帰ろうかな…。
「……あ」
家の戸に手をかけた瞬間、思い出した。
鍵を持ってない…!
いつも半助さんと来ていたからあまり意識していなかったけれど、家の鍵を持ってきていなかった…!
ここまで来てショックなことに、ご挨拶も出来なければ家にも入れない…。
自分の間抜けさにシュンとすると同時に、何となく閉め出されてしまったような気がしてちょっとショックだった。
しかしどうしようもないので諦めて帰ろうと足を踏み出した。
その、瞬間。
ダンッ!
顔のすぐ横の壁に手が伸びてきて。
びくりと驚き見上げた先には…
「………!?」
息をきらせ
肩を上下させる
青空のような小袖を着た半助さんが。
苦々しい顔で私を見ていた。
「え…!?」
どうして。
なんで、ここに…!?
あまりの驚きに声が出なかった。
こんなに息荒く取り乱す姿は初めて見たかもしれない。
いったい何事…!?
当惑して見つめ返すと、ぐいっと腕を引かれた。
半助さんは戸に手をかけて一瞬止まり、私と同じく鍵を持っていなかったのか戸の端を触って無理矢理戸を開け、私を中に押し込んだ。
何が起きたのかよく分からずぽかんとしていると、彼が私の両肩を強くつかんだ。
「…ケガは?」
「いえ…?大丈夫です。」
「…誰にも、何もされなかった??」
「?…はい、何もなかったです。」
「っ……よかった……!」
突然、ぎゅうっと抱きしめられた。
きつく胸に抱かれ、事態がよく飲み込めないまま胸が高鳴る。
「どうして一人で出たんだ!?」
怒った口調。
見上げると、半助さんは眉間にシワを寄せて私を見つめていた。
「え…いや、だって…、ずっとお忙しそうですし、おつかいぐらいで他の先生に同行をお願いするのも…」
「何かあったらどうするんだ!」
「大丈夫ですよ。最近は何もなかったじゃないですか。」
すると半助さんは大きく深いため息をついて私を再びきつく抱きしめた。
「何もなかったのではなくて……何もないように、私がしていたんだ。」
「え…?」
「気づいてないだろうけど、近づこうとする蛇やら野犬やらガラの悪そうな男共を排除したり…たまに変な忍者がうろついていたりするから避けるようにしたり…転ばないよう足場のいいところへ誘導したり…実は色々あったんだよ。」
「!!」
全く気づいていなかった。
驚きの事実に彼の目を見つめたが、その瞳は私を心配して揺れていた。
「だから……!」
大きな手が、私の髪をそっと撫でた。
「きみに何かあったら…私は……」
悲しげに伏せられた目に、胸が痛んだ。
そんなに、心配してくれていたなんて。
あの半助さんが、息を切らせ肩を揺らすほど急いで追いかけてくれたなんて。
よく見ると足元はかなり泥がはねている。
私の行き先など知らなかったはずなのに、なりふり構わず探してくれたんだ…。
申し訳なさと同時に嬉しさが込み上げる。
しかも、今日だけでなく、今までもずっと守ってきてくれていたなんて…。
「…すみません、私、全然気づいてなくて…。」
「いや、私が気づかせないようにしていたから。たまみを変に恐がらせたくなくて…。」
そう言うと、再びきつく抱きしめられた。
「…とにかく、無事でよかった…!」
息が苦しいほどの抱擁に、何故か涙がこぼれそうになった。
「…ごめ、なさぃ……」
私はしがみつくように彼の背に腕を回した。