第111話 私だけを見つめて
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最近、半端じゃなく忙しい。
それもこれも全学年に火薬知識を向上させよなどという学園長先生の指示のせいだ。
「はー、疲れた…」
夜、資料を作りながらふと隣を見ると山田先生がもう眠っていた。
しまった、もうそんな時間だったか…!
集中しすぎて隣の部屋のたまみにおやすみを言いに行くのを忘れていた。
ここ数日はゆっくり話す暇もなくて、寝る前の挨拶ぐらいしかできていなかったが、それすらも忘れてしまっていたとは…。
もう寝てるだろうか。
寝ていたとしても一目会いたくて、そっと天井裏からたまみのもとへ降り立った。
たまみはやはりもう眠ってしまっていて、布団のなかに丸まっていた。
よく見るとその腕のなかには私のぬいぐるみが抱き締められている。
「…たまみ………」
寂しかったのだろうか。
申し訳ない気持ちで彼女の髪をそっと撫でた。
すやすやと眠る可愛らしい寝顔をぼんやりと眺める。
もうここで眠ってしまおうか…このぬいぐるみを外して私が代わりにここへ…。
よほど疲れているからか、そんな考えが頭をよぎる。
…いやいや、だめだ。
私は眠るたまみの頬に口づけて頭を撫でた。
そして名残惜しくも部屋に戻ろうとしたとき。
月明かりで照らし出された机の上。
そこには白い紙が一枚置かれていた。
…何だろう。
何となく気になって手に取ってみた。
が、そこには何も書かれていなかった。
机上には硯と筆もある。
一度溶かされた墨が乾いていて、何かを書こうとしていたようだ。
「…?」
月明かりに透かしてみた。
それはまだ新しい紙のようであったが、ところどころふやけたような箇所があって…
「……これは…」
水滴が落ちて乾いたような跡。
「……涙…?」
…まさか…泣いていたのか……?
後ろを振り返り彼女を見た。
たまみは深く眠っている。
何故泣いて…?
何かあったのか…?
それとも、私がここに来るのが遅かったから…?
私に何か書き置きをしようとして書かずに眠ったのか…?
「…………。」
一瞬、たまみを起こして何があったのか尋ねようと思った。
しかしあまりにぐっすり眠っているので、起こすのがためらわれた。
「たまみ……」
起きている間にきちんと聞くことができていれば…。
私としても精一杯しているつもりだが、最近忙しすぎてたまみに構ってやることもできていない気がする。
…明日、ちゃんと話そう。
私は大きく息を吐くと紙を元に戻し、職員室に戻り仕事を続けた。
翌朝。
食堂で見かけたたまみは普段通りに見えた。
しかしどことなく…いつもより目線を外すのが早い気がして…。
昨夜のことを話そう。
しかし、そう思い口を開きかけた瞬間、食堂のおばちゃんがたまみを呼びタイミングを逃してしまった。
そして一年は組の教科の授業中。
いつもは私のことを熱い視線でじっと見つめてくれているのだが…今日はわざと私から目をそらして元気がないように見えた。
やはり昨夜部屋に行くのが遅かったことを怒っているのだろうか…おそらく私が来なかったと思っているだろう。
「~なので、如響忍とはその土地の…」
カッ、カッ…
いつものようにチョークで黒板に書いていくと、後ろから生徒達の笑い声が聞こえてきた。
「こら、授業中に何を笑ってるんだ?」
手を止めて振り返ると、きり丸が苦笑しながら黒板を指差した。
「だって、土井先生、それ…」
「ん?一体何がおかしぃ………」
!!!
黒板を見ると、文章の途中で書き間違えている箇所があって…
あろうことか、 たまみ と書いていた。
ザザッッ!!!
慌てて消すと生徒達が大笑いした。
「土井先生、いくらたまみさんのことが好きでも授業中に考えてちゃだめですよー!」
「うっ…、うるさいっ!!た、ただ書き間違えただけだ!!!」
真っ赤になって怒ると、逆にまた大笑いされてしまった。
く、くそぅっ…!!
恥ずかしすぎる…っ!!
松千代先生ではないが隠れてしまいたかった。
しかし、ちらりとたまみを見ると彼女もまた生徒と一緒に笑っていて…その表情は何だか嬉しそうだった。
あれ…機嫌なおったかも…?
などと期待したのも束の間。
授業終了後すぐに他学年の先生と予定調整の打ち合わせに呼び出された。
もともとの授業計画を変更して各組に火薬の授業を数回ずつ入れ込んだので、調整が難しかった。
ランチの時間が終わりそうになり、急いで食堂に駆け込む。
今日の午後も授業があと三回あるので、早く食べて用意をしなくては…。
「あらっ、土井先生?たまみちゃんと一緒に行かなかったの?」
食堂のおばちゃんが驚いてこちらを見た。
私は何のことか分からず、しかし嫌な予感がした。
「たまみさん?いえ、いま打ち合わせが終わったところで何も聞いていませんが…」
「あら、そうなの。じゃあ誰か他の人と行ったのかしら。」
「おつかいですか?」
「ええ、学園長先生がお饅頭を買ってきてくれって。食堂の仕事はもう大分片付いたからたまみちゃんが行ってくれたんだけど…。」
「………ちょっと確認してきます。」
私は踵を返して食堂を出た。
誰と出たんだ…?
もうすぐ午後の授業が始まるから生徒ではないだろう。
他にあいている先生…?
「小松田くん、出門表を見せてくれ。」
「土井先生、恐い顔してどうしたんですか?」
「たまみさんはもう出たかい?」
「あ、はい。ちょっと前に…」
「誰と?」
出門表を受け取るとサッと目を通した。
「一人でしたよ。」
「一人!?」
「はい。土井先生は忙しいからって。僕が一緒に行きましょうかって聞いたんですけど、僕にも仕事があるでしょうって…。」
「どうして一人でそのまま行かせたんだっ!?」
「ええっ!?『子どもじゃないし大丈夫』って言ってましたよ?」
「子どもじゃないから危ないんじゃないか!!」
ついキツい口調になってしまった。
ビックリする小松田くんの手から筆を奪い取り、出門表にサインを殴り書く。
「2年い組と5年い組、6年は組に、私は急用ができたから午後の授業を自習にすると伝えてくれ。職員室に先生が居たら先生にも。」
「ええぇぇっ!?」
驚く小松田くんを無視して出門表を返す。
即座に小袖に着替えると、私は門をあける時間も惜しくて塀を飛び越えた。
町に向かう道を全速力で駆け抜ける。
「……たまみ…っ!!」
焦る気持ちを落ち着かせ、彼女の姿を探した。
「くっ……!」
…私は何をしている。
これでは完全な職務放棄だ。
あんなに予定を調整して組んだのに。
「たまみ…っ!!」
しかし
たとえ後で謗られることがあったとしても、
「無事でいてくれ…!」
ただ、ただ……たまみの身が心配だった。
子どもじゃないから?
そんなことは分かっている。
それでも、一年は組の生徒と同じぐらい…むしろある意味それ以上に事件に巻き込まれてきた今までの経験が、私の脳裏に警鐘を鳴らしている。
何かあってからでは遅いのだ…!
昨日の雨で地面がぬかるみ足元に泥がはねる。
しかしそんなことには目もくれずひたすら走り続けた。
ただひたすらに、たまみの無事だけを思いながら。
それもこれも全学年に火薬知識を向上させよなどという学園長先生の指示のせいだ。
「はー、疲れた…」
夜、資料を作りながらふと隣を見ると山田先生がもう眠っていた。
しまった、もうそんな時間だったか…!
集中しすぎて隣の部屋のたまみにおやすみを言いに行くのを忘れていた。
ここ数日はゆっくり話す暇もなくて、寝る前の挨拶ぐらいしかできていなかったが、それすらも忘れてしまっていたとは…。
もう寝てるだろうか。
寝ていたとしても一目会いたくて、そっと天井裏からたまみのもとへ降り立った。
たまみはやはりもう眠ってしまっていて、布団のなかに丸まっていた。
よく見るとその腕のなかには私のぬいぐるみが抱き締められている。
「…たまみ………」
寂しかったのだろうか。
申し訳ない気持ちで彼女の髪をそっと撫でた。
すやすやと眠る可愛らしい寝顔をぼんやりと眺める。
もうここで眠ってしまおうか…このぬいぐるみを外して私が代わりにここへ…。
よほど疲れているからか、そんな考えが頭をよぎる。
…いやいや、だめだ。
私は眠るたまみの頬に口づけて頭を撫でた。
そして名残惜しくも部屋に戻ろうとしたとき。
月明かりで照らし出された机の上。
そこには白い紙が一枚置かれていた。
…何だろう。
何となく気になって手に取ってみた。
が、そこには何も書かれていなかった。
机上には硯と筆もある。
一度溶かされた墨が乾いていて、何かを書こうとしていたようだ。
「…?」
月明かりに透かしてみた。
それはまだ新しい紙のようであったが、ところどころふやけたような箇所があって…
「……これは…」
水滴が落ちて乾いたような跡。
「……涙…?」
…まさか…泣いていたのか……?
後ろを振り返り彼女を見た。
たまみは深く眠っている。
何故泣いて…?
何かあったのか…?
それとも、私がここに来るのが遅かったから…?
私に何か書き置きをしようとして書かずに眠ったのか…?
「…………。」
一瞬、たまみを起こして何があったのか尋ねようと思った。
しかしあまりにぐっすり眠っているので、起こすのがためらわれた。
「たまみ……」
起きている間にきちんと聞くことができていれば…。
私としても精一杯しているつもりだが、最近忙しすぎてたまみに構ってやることもできていない気がする。
…明日、ちゃんと話そう。
私は大きく息を吐くと紙を元に戻し、職員室に戻り仕事を続けた。
翌朝。
食堂で見かけたたまみは普段通りに見えた。
しかしどことなく…いつもより目線を外すのが早い気がして…。
昨夜のことを話そう。
しかし、そう思い口を開きかけた瞬間、食堂のおばちゃんがたまみを呼びタイミングを逃してしまった。
そして一年は組の教科の授業中。
いつもは私のことを熱い視線でじっと見つめてくれているのだが…今日はわざと私から目をそらして元気がないように見えた。
やはり昨夜部屋に行くのが遅かったことを怒っているのだろうか…おそらく私が来なかったと思っているだろう。
「~なので、如響忍とはその土地の…」
カッ、カッ…
いつものようにチョークで黒板に書いていくと、後ろから生徒達の笑い声が聞こえてきた。
「こら、授業中に何を笑ってるんだ?」
手を止めて振り返ると、きり丸が苦笑しながら黒板を指差した。
「だって、土井先生、それ…」
「ん?一体何がおかしぃ………」
!!!
黒板を見ると、文章の途中で書き間違えている箇所があって…
あろうことか、 たまみ と書いていた。
ザザッッ!!!
慌てて消すと生徒達が大笑いした。
「土井先生、いくらたまみさんのことが好きでも授業中に考えてちゃだめですよー!」
「うっ…、うるさいっ!!た、ただ書き間違えただけだ!!!」
真っ赤になって怒ると、逆にまた大笑いされてしまった。
く、くそぅっ…!!
恥ずかしすぎる…っ!!
松千代先生ではないが隠れてしまいたかった。
しかし、ちらりとたまみを見ると彼女もまた生徒と一緒に笑っていて…その表情は何だか嬉しそうだった。
あれ…機嫌なおったかも…?
などと期待したのも束の間。
授業終了後すぐに他学年の先生と予定調整の打ち合わせに呼び出された。
もともとの授業計画を変更して各組に火薬の授業を数回ずつ入れ込んだので、調整が難しかった。
ランチの時間が終わりそうになり、急いで食堂に駆け込む。
今日の午後も授業があと三回あるので、早く食べて用意をしなくては…。
「あらっ、土井先生?たまみちゃんと一緒に行かなかったの?」
食堂のおばちゃんが驚いてこちらを見た。
私は何のことか分からず、しかし嫌な予感がした。
「たまみさん?いえ、いま打ち合わせが終わったところで何も聞いていませんが…」
「あら、そうなの。じゃあ誰か他の人と行ったのかしら。」
「おつかいですか?」
「ええ、学園長先生がお饅頭を買ってきてくれって。食堂の仕事はもう大分片付いたからたまみちゃんが行ってくれたんだけど…。」
「………ちょっと確認してきます。」
私は踵を返して食堂を出た。
誰と出たんだ…?
もうすぐ午後の授業が始まるから生徒ではないだろう。
他にあいている先生…?
「小松田くん、出門表を見せてくれ。」
「土井先生、恐い顔してどうしたんですか?」
「たまみさんはもう出たかい?」
「あ、はい。ちょっと前に…」
「誰と?」
出門表を受け取るとサッと目を通した。
「一人でしたよ。」
「一人!?」
「はい。土井先生は忙しいからって。僕が一緒に行きましょうかって聞いたんですけど、僕にも仕事があるでしょうって…。」
「どうして一人でそのまま行かせたんだっ!?」
「ええっ!?『子どもじゃないし大丈夫』って言ってましたよ?」
「子どもじゃないから危ないんじゃないか!!」
ついキツい口調になってしまった。
ビックリする小松田くんの手から筆を奪い取り、出門表にサインを殴り書く。
「2年い組と5年い組、6年は組に、私は急用ができたから午後の授業を自習にすると伝えてくれ。職員室に先生が居たら先生にも。」
「ええぇぇっ!?」
驚く小松田くんを無視して出門表を返す。
即座に小袖に着替えると、私は門をあける時間も惜しくて塀を飛び越えた。
町に向かう道を全速力で駆け抜ける。
「……たまみ…っ!!」
焦る気持ちを落ち着かせ、彼女の姿を探した。
「くっ……!」
…私は何をしている。
これでは完全な職務放棄だ。
あんなに予定を調整して組んだのに。
「たまみ…っ!!」
しかし
たとえ後で謗られることがあったとしても、
「無事でいてくれ…!」
ただ、ただ……たまみの身が心配だった。
子どもじゃないから?
そんなことは分かっている。
それでも、一年は組の生徒と同じぐらい…むしろある意味それ以上に事件に巻き込まれてきた今までの経験が、私の脳裏に警鐘を鳴らしている。
何かあってからでは遅いのだ…!
昨日の雨で地面がぬかるみ足元に泥がはねる。
しかしそんなことには目もくれずひたすら走り続けた。
ただひたすらに、たまみの無事だけを思いながら。