第109話 幽霊
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今夜は本当に月が明るかった。
足元は石や草で不安定ながらも、いつだったか杭瀬村から帰ってきた夜よりは幾分歩きやすい。
しかし森のなかに入るほど生い茂る木々に月明かりも届かなくなり、闇の中に響く音にみんな怯えていた。
葉を踏みしめる自分の足音にさえ驚いてしまう。
木や草が風で擦れる音。
夜行性の動物や虫の音。
頭では分かっているのに…気づけば、いつの間にかしがみつくように土井先生の腕を掴んでいた。
「あ…すみません…!歩きにくいですよね?」
少し体を離すと、土井先生の温かい手が私の手を握った。
「大丈夫。離れないで。」
優しく、そして力強く頼もしい声。
はい!
もうついていきます…一生!!
なんて心の底から全力で言いたいくらいの気持ちだったけれど、口に出すほどの余裕もなくて私はただ頷いた。
「ほら、もうすぐそこだよ。」
よたよたと歩く一年は組の歩調は遅く、とても時間がかかったけれど何とか辿り着いた。
少しひらけた場所に全員整列する。
「いいか、調べる範囲には綱をはってある。その綱より外には出ないように。ここからは必ず二人一組で行動し、もし何か見つけたら大声で知らせること。」
山田先生の号令とともに、みんながあちこちに散らばった。
微かな月明かりをたよりに、いるかどうかも分からない幽霊を探すというのはなかなか難しい。
私も一緒に探そうと一歩踏み出すと。
「たまみはこっち。私の隣にいるように。」
土井先生にぐっと腕を引っ張られた。
「今日の目的は、山中の闇夜に慣れること、恐怖心を乗り越えて忍務を遂行しようとすることだ。そして…」
突然、土井先生が私を横抱きに抱えた。
「私達は生徒が怪我をしたり迷子にならないよう目を光らせるのが仕事だ。」
「えっ!?」
そのまま木の上に跳び、私を太い枝の上に降ろす。
「ここから皆の動きを見よう。山田先生はあっちの木の上から全体を見てるよ。」
指差す方に目を凝らすと、確かに山田先生が月明かりを背に皆を見下ろし立っていた。
土井先生を見ると、その目線はもうみんなを追っていて、どこに誰と誰がいるとか綱はどの辺にあるとかを教えてくれた。
「この暗闇でよくそこまで見えますねぇ。」
「まぁね。声とか動き方でもある程度分かるし。たまみも何かおかしな動きを見つけたらすぐに教えてくれるかい。」
さすがだなぁ。
忍者としても教師としても…。
すごいなぁと惚れ惚れ眺めてしまった。
月明かりに照らされた凛々しい横顔。
みんなを静かに見守る真剣な眼差し。
風になびく髪。
私が落ちないように支えてくれる力強い腕。
月夜のもと忍者で教師な土井先生の姿を見ることができるなんて。
怖いのを我慢してここまで頑張ったかいがあった…。
素敵すぎる…!
………ハッ!
だめだめ、いまみるべきは生徒の様子だった。
私は慌てて視線を下に向け、あちこちあてもないまま恐る恐る歩き回るよいこ達を眺めた。
「……ん!」
突然、土井先生が大きく手を振った。
山田先生と合図を送り合っている。
「あれだけ言ったのに綱を越えて外に出ている…。このままでは迷子になるから、ちょっと止めてくるよ。たまみはここで動かずに待ってて。」
「はい、気をつけて。」
「すぐ戻る。」
そう言うと、土井先生はシュッと闇の中に消えて行った。
一人になったとたん、何だかとてつもなく心細くなる。
夜の森は一人でいるにはあまりに暗く静かで恐かった。
不安定な木の上にいるのも一段と不安を煽ったが、かといって下に居るのも足元から蛇とか虫とか何かが来そうで恐い。
ここにいる方が安全な気がする…。
あれ、でも蛇って木にも登るんだっけ…!?
キョロキョロと周りを見渡してみる。
「………。」
多分、何もいないと思う。
「どうした?」
「!!!?」
耳元で突然声がして驚きのあまりバランスを崩した。
落ちそうになったところをガシッとつかまれる。
「っと。すまない、驚かせてしまった?」
「ど、土井先生…っ!急に、びっくりしました…!!」
「あはは、ごめんごめん。」
そうしてまた私は暫く土井先生の隣でみんなの様子を眺め続けた。
やがて、山田先生がみんなに集合の合図を出した。
無事に全員集まり、またぞろぞろと歩いて帰る。
雲が出てきて月が陰りがちになってきた。
それでも来たときより闇に慣れたみんなは、来るときの倍以上の速さでしっかりと歩いていた。
「しんべヱ、寝ながら歩くんじゃない!ほら起きて!」
土井先生がしんべヱくんの元へ駆け寄り、ほっぺをペチペチとたたいた。
他のみんなも目を擦りながら眠そうにしている。
それでも早く帰りたい一心で、歩みを止めることはなかった。
「…?」
ふと、視界の端で何かが動いた気がした。
虫が大の苦手である私は、動くはずのものがないところで何かが動くとすぐに気づく。
反射的に足を止めそちらに目を向けた。
「……………」
なにもない。
もしかして大きな虫が横切ったりしたのかな。
自分の腕を見てみる。
虫はついていなかった。
気のせいかな…。
そう思い直し歩こうとした瞬間、私は固まった。
「!!!」
誰も、いない…!!!!
慌てて四方をぐるりと見渡す。
辺り一面の暗闇。
木に遮られて月明かりが届かず、ほとんど先が見えない…!
耳をすます。
…みんなの足音も、声も聞こえない…!
眠たくてモクモクと歩いているから…!?
足元を見る。
下は草が生えていて、みんなの足跡も残っていない…いや足跡があったとしても暗くて見えない。
自分の足はどちらに向いていたのか。
ずっと、いま足を置いている方角に歩いていた?
それとも、よそ見をしたときに足も向きを変えてしまった?
「…どうしよぅ……。」
わからない。
道がないところを歩いていたので方向が全く分からなくなってしまった。
声を出して土井先生を呼ぼう…!
そう思い大きく息を吸ったとき。
アオーン!
どこからか、野犬かなにかの鳴き声が聞こえた。
これは…大きな声を出したら襲われてしまうのでは…。
それでも、きっと土井先生が見つけてくれる方が早いだろう。
…と、頭では思ったのに、静かすぎる暗闇に包まれ私は不安と恐怖で声が出せなくなってしまった。
ホー…ホー…ホー…
ガサガサガサ…
雲で月明かりが完全に隠れてしまった。
真っ暗になった森の中。
闇のなかで得体の知れない物音が響く。
『幽霊が出た。森の中を歩いていると白いフワフワしたものが見えて…。』
例の噂が脳裏をよぎる。
幽霊を、探しに来たはずなのに。
本当に出たらどうしよう…!
私は恐怖に身がすくんで動くことも声を出すことも出来ず、その場に固まった。
「…!?」
あ れ 。
あそこに見える白いものは…なに…!?
遠くの方に、ぼんやりと白いものが…あれは…人の顔!?
こちらを向いて…ゆらゆら揺れている……!?
鳥肌がたった。
まさか…本当に…!?
いやいやそんな、幽霊なんて…!
でも、私だって異世界から来たとかありえないような存在なんだし、幽霊だって…もしかしたら…!?!
鼓動が早くなる。
呼吸が浅くなり、息苦しくなってきた。
逃げたいのに、その場から動くことも怖くて立ち竦んだ。
びゅうっと風が吹き、木々が激しく音をたてた。
そのとき、白い光も大きく動き……
「たまみっ!!」
「!!!!!!!!?」
突然、後ろから抱きしめられた。
心臓が飛び出そうな勢いで肩が跳ね、驚きのあまり声が出なかった。
「よかった…!!大丈夫か?!」
土井先生…!!!
驚きと、とてつもない安堵感に襲われた。
助かった…!!
けれど、今みた幽霊のことを話さねばという気持ちと、それに対する恐怖はまだ残っていて言葉が上手く出てこなかった。
色んな感情がごちゃ混ぜになって混乱する。
戸惑う私に構わず、土井先生は私をきつく抱きしめた。
徐々に気持ちが落ち着いてくる。
温かく大きな手が、そっと私の頬を撫でた。
見上げると、彼の優しい目が私を心配するようにまっすぐ見つめていた。
「…ぁ………」
涙がぽろぽろとこぼれ落ちた。
恐怖しかなかった暗闇で、安堵からか何なのか、手が震えて涙が止まらなかった。
嗚咽で声も出ない。
「可哀想に…こわかったな。もう大丈夫だから…手を離して悪かった。」
しがみついて離れようとしない私を、土井先生はぎゅうっと抱きしめて撫でてくれた。
その力強い腕に、大きな胸に、言い様のない安心感を感じた。
言わなくちゃ…!
私は冷たく冷えきった指を宙に向けた。
先程の白いものがあった方角を指差す。
「あ…あれ……」
「ん?」
土井先生は暗闇の先に目を凝らして固まった。
足元は石や草で不安定ながらも、いつだったか杭瀬村から帰ってきた夜よりは幾分歩きやすい。
しかし森のなかに入るほど生い茂る木々に月明かりも届かなくなり、闇の中に響く音にみんな怯えていた。
葉を踏みしめる自分の足音にさえ驚いてしまう。
木や草が風で擦れる音。
夜行性の動物や虫の音。
頭では分かっているのに…気づけば、いつの間にかしがみつくように土井先生の腕を掴んでいた。
「あ…すみません…!歩きにくいですよね?」
少し体を離すと、土井先生の温かい手が私の手を握った。
「大丈夫。離れないで。」
優しく、そして力強く頼もしい声。
はい!
もうついていきます…一生!!
なんて心の底から全力で言いたいくらいの気持ちだったけれど、口に出すほどの余裕もなくて私はただ頷いた。
「ほら、もうすぐそこだよ。」
よたよたと歩く一年は組の歩調は遅く、とても時間がかかったけれど何とか辿り着いた。
少しひらけた場所に全員整列する。
「いいか、調べる範囲には綱をはってある。その綱より外には出ないように。ここからは必ず二人一組で行動し、もし何か見つけたら大声で知らせること。」
山田先生の号令とともに、みんながあちこちに散らばった。
微かな月明かりをたよりに、いるかどうかも分からない幽霊を探すというのはなかなか難しい。
私も一緒に探そうと一歩踏み出すと。
「たまみはこっち。私の隣にいるように。」
土井先生にぐっと腕を引っ張られた。
「今日の目的は、山中の闇夜に慣れること、恐怖心を乗り越えて忍務を遂行しようとすることだ。そして…」
突然、土井先生が私を横抱きに抱えた。
「私達は生徒が怪我をしたり迷子にならないよう目を光らせるのが仕事だ。」
「えっ!?」
そのまま木の上に跳び、私を太い枝の上に降ろす。
「ここから皆の動きを見よう。山田先生はあっちの木の上から全体を見てるよ。」
指差す方に目を凝らすと、確かに山田先生が月明かりを背に皆を見下ろし立っていた。
土井先生を見ると、その目線はもうみんなを追っていて、どこに誰と誰がいるとか綱はどの辺にあるとかを教えてくれた。
「この暗闇でよくそこまで見えますねぇ。」
「まぁね。声とか動き方でもある程度分かるし。たまみも何かおかしな動きを見つけたらすぐに教えてくれるかい。」
さすがだなぁ。
忍者としても教師としても…。
すごいなぁと惚れ惚れ眺めてしまった。
月明かりに照らされた凛々しい横顔。
みんなを静かに見守る真剣な眼差し。
風になびく髪。
私が落ちないように支えてくれる力強い腕。
月夜のもと忍者で教師な土井先生の姿を見ることができるなんて。
怖いのを我慢してここまで頑張ったかいがあった…。
素敵すぎる…!
………ハッ!
だめだめ、いまみるべきは生徒の様子だった。
私は慌てて視線を下に向け、あちこちあてもないまま恐る恐る歩き回るよいこ達を眺めた。
「……ん!」
突然、土井先生が大きく手を振った。
山田先生と合図を送り合っている。
「あれだけ言ったのに綱を越えて外に出ている…。このままでは迷子になるから、ちょっと止めてくるよ。たまみはここで動かずに待ってて。」
「はい、気をつけて。」
「すぐ戻る。」
そう言うと、土井先生はシュッと闇の中に消えて行った。
一人になったとたん、何だかとてつもなく心細くなる。
夜の森は一人でいるにはあまりに暗く静かで恐かった。
不安定な木の上にいるのも一段と不安を煽ったが、かといって下に居るのも足元から蛇とか虫とか何かが来そうで恐い。
ここにいる方が安全な気がする…。
あれ、でも蛇って木にも登るんだっけ…!?
キョロキョロと周りを見渡してみる。
「………。」
多分、何もいないと思う。
「どうした?」
「!!!?」
耳元で突然声がして驚きのあまりバランスを崩した。
落ちそうになったところをガシッとつかまれる。
「っと。すまない、驚かせてしまった?」
「ど、土井先生…っ!急に、びっくりしました…!!」
「あはは、ごめんごめん。」
そうしてまた私は暫く土井先生の隣でみんなの様子を眺め続けた。
やがて、山田先生がみんなに集合の合図を出した。
無事に全員集まり、またぞろぞろと歩いて帰る。
雲が出てきて月が陰りがちになってきた。
それでも来たときより闇に慣れたみんなは、来るときの倍以上の速さでしっかりと歩いていた。
「しんべヱ、寝ながら歩くんじゃない!ほら起きて!」
土井先生がしんべヱくんの元へ駆け寄り、ほっぺをペチペチとたたいた。
他のみんなも目を擦りながら眠そうにしている。
それでも早く帰りたい一心で、歩みを止めることはなかった。
「…?」
ふと、視界の端で何かが動いた気がした。
虫が大の苦手である私は、動くはずのものがないところで何かが動くとすぐに気づく。
反射的に足を止めそちらに目を向けた。
「……………」
なにもない。
もしかして大きな虫が横切ったりしたのかな。
自分の腕を見てみる。
虫はついていなかった。
気のせいかな…。
そう思い直し歩こうとした瞬間、私は固まった。
「!!!」
誰も、いない…!!!!
慌てて四方をぐるりと見渡す。
辺り一面の暗闇。
木に遮られて月明かりが届かず、ほとんど先が見えない…!
耳をすます。
…みんなの足音も、声も聞こえない…!
眠たくてモクモクと歩いているから…!?
足元を見る。
下は草が生えていて、みんなの足跡も残っていない…いや足跡があったとしても暗くて見えない。
自分の足はどちらに向いていたのか。
ずっと、いま足を置いている方角に歩いていた?
それとも、よそ見をしたときに足も向きを変えてしまった?
「…どうしよぅ……。」
わからない。
道がないところを歩いていたので方向が全く分からなくなってしまった。
声を出して土井先生を呼ぼう…!
そう思い大きく息を吸ったとき。
アオーン!
どこからか、野犬かなにかの鳴き声が聞こえた。
これは…大きな声を出したら襲われてしまうのでは…。
それでも、きっと土井先生が見つけてくれる方が早いだろう。
…と、頭では思ったのに、静かすぎる暗闇に包まれ私は不安と恐怖で声が出せなくなってしまった。
ホー…ホー…ホー…
ガサガサガサ…
雲で月明かりが完全に隠れてしまった。
真っ暗になった森の中。
闇のなかで得体の知れない物音が響く。
『幽霊が出た。森の中を歩いていると白いフワフワしたものが見えて…。』
例の噂が脳裏をよぎる。
幽霊を、探しに来たはずなのに。
本当に出たらどうしよう…!
私は恐怖に身がすくんで動くことも声を出すことも出来ず、その場に固まった。
「…!?」
あ れ 。
あそこに見える白いものは…なに…!?
遠くの方に、ぼんやりと白いものが…あれは…人の顔!?
こちらを向いて…ゆらゆら揺れている……!?
鳥肌がたった。
まさか…本当に…!?
いやいやそんな、幽霊なんて…!
でも、私だって異世界から来たとかありえないような存在なんだし、幽霊だって…もしかしたら…!?!
鼓動が早くなる。
呼吸が浅くなり、息苦しくなってきた。
逃げたいのに、その場から動くことも怖くて立ち竦んだ。
びゅうっと風が吹き、木々が激しく音をたてた。
そのとき、白い光も大きく動き……
「たまみっ!!」
「!!!!!!!!?」
突然、後ろから抱きしめられた。
心臓が飛び出そうな勢いで肩が跳ね、驚きのあまり声が出なかった。
「よかった…!!大丈夫か?!」
土井先生…!!!
驚きと、とてつもない安堵感に襲われた。
助かった…!!
けれど、今みた幽霊のことを話さねばという気持ちと、それに対する恐怖はまだ残っていて言葉が上手く出てこなかった。
色んな感情がごちゃ混ぜになって混乱する。
戸惑う私に構わず、土井先生は私をきつく抱きしめた。
徐々に気持ちが落ち着いてくる。
温かく大きな手が、そっと私の頬を撫でた。
見上げると、彼の優しい目が私を心配するようにまっすぐ見つめていた。
「…ぁ………」
涙がぽろぽろとこぼれ落ちた。
恐怖しかなかった暗闇で、安堵からか何なのか、手が震えて涙が止まらなかった。
嗚咽で声も出ない。
「可哀想に…こわかったな。もう大丈夫だから…手を離して悪かった。」
しがみついて離れようとしない私を、土井先生はぎゅうっと抱きしめて撫でてくれた。
その力強い腕に、大きな胸に、言い様のない安心感を感じた。
言わなくちゃ…!
私は冷たく冷えきった指を宙に向けた。
先程の白いものがあった方角を指差す。
「あ…あれ……」
「ん?」
土井先生は暗闇の先に目を凝らして固まった。