第108話 たけのこ
お名前設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「うわぁーっ!すごくいい匂いがする!!」
どぶ掃除を終えたみんなが手足を洗い、次々と家の中に入ってきた。
しんべヱくんがクンクンと嬉しそうな顔をしながらこちらへやって来る。
「ぬかを入れて茹でて、ちゃんとあく抜きしたから苦くないよ。みんなで食べやすいように、たけのこご飯のおにぎりにしたから。あと柔らかい姫皮はお吸い物にしたよ。」
「美味しそう~」
「みんなよく手を洗った?」
「「「「「はーい!」」」」」」
「じゃあ順番に渡すから、ちょっと待ってね。」
お椀が足りないので汁物は順番によそうことにして、先におにぎりを配っていく。
みんな楽しそうにならんで座り、おにぎりを嬉しそうに頬張っていた。
「たまみ、一人で任せてごめん。大丈夫かい?」
土井先生が家に入るなり申し訳なさそうに私の背中を擦った。
「痛くない?」
「ちょっと痛いけど大丈夫です。」
「またあとで揉んであげるよ。」
「ありがとうございます。」
優しいなぁ。
無理して重いものをここまで運んだから、本当は肩と背中と腰が結構痛かった。
それでも、ちゃんとご近所さんにたけのこを配ってご挨拶できたし、みんなもこうして笑顔で美味しいと食べてくれてよかった。
まさかここでこんな大人数に振る舞うことになるとは思っていなかったけれど、食堂のおばちゃんに調理法をきっちり聞いておいてよかった。
「おっ、いい匂いじゃないか。」
山田先生も家に入り、たけのこのお吸い物をひょいと覗き込んだ。
「うちの周りでもたけのこが生える場所があってな。今頃母さんが…」
「山田先生、お家に帰られた方がいいのでは…」
「そ、それはそうなのだが…そうだ、また手紙でも書いて出そうかな。」
これは絶対書かない感じだ…。
などと話していると、隣のおばちゃんが大きなお鍋を持って大家さんと入ってきた。
「あら、いい香りね。私も煮物を作ったからみんなで食べましょう。」
「ありがとうございます!わぁ、すごい美味しそう…!」
根菜を甘辛く炊いた煮物がとても美味しそうに湯気をたてていた。
大家さんはみんなが食べている姿をにこにこと眺めて頷いた。
「たけのこご飯のおにぎりか。春らしくていいな。」
「大家さんに頂いたお米のおかげでたくさん作れました、ありがとうございます!!」
「いやいや、私もたけのこご飯が食べたかったし、皆で食べる方が美味しいだろう。」
「お吸い物も作ったのね。たまみさんも、これだけお料理ができるならいつお嫁さんになっても大丈夫ね。ねぇ半助?」
隣のおばちゃんが突然にこやかにそんなことを言った。
意味ありげな視線を土井先生に送る。
それまでにこやかにうんうんと頷いていた土井先生が、ぴたりと固まった。
「そ、そうですね…。…いい、お嫁さんになると…思います…。」
赤くなりながらもにょもにょとそう言う土井先生。
「やぁねぇ!誰のとは言ってないのに、何であんたが赤くなってんの!」
隣のおばちゃんがにやにやしながら土井先生の背中をバシバシ叩いた。
「そ、そうですね…」と更に赤くなって苦笑する土井先生。
その様子を一年は組のみんなが無言でじーっと見ている。
土井先生がオホンと咳払いをした。
「…なんだ、お前達。何か言いたいことでもあるのか?」
「いいえ。僕達も、たまみさんはいいお嫁さんになると思います。」
庄左ヱ門くんが真っ直ぐに土井先生を見上げながら答えた。
「ただ、いつなのかなぁと思いまして。」
ド直球な質問にその場の空気が固まった。
そ、それは、私も聞きたい…けど……!
全員が土井先生をじっと見つめた。
隣のおばちゃんなんか「よく聞いた!」みたいにガッツポーズしながら目を輝かせている。
「え…いや、それは……」
たじろぐ土井先生。
すると。
「すみませーん、父上は居ますか?」
利吉さんが玄関からひょっこり顔を出した。
一同の視線が利吉さんに向けられる。
「あれ、今日は随分大勢集まってますね…。ん?みんなこっちを見てどうしたんですか?」
利吉さん!
あともう少しだけ待ってほしかった…!
いやでもこんなところで聞くのも…!
複雑な心境のなか、土井先生はどこかホッとしたように利吉さんに話しかけた。
「いや、なんでもないよ。山田先生ならそこにいらっしゃるけどどうかしたのかい?」
「洗濯物を届けに行ったらここに居ると聞いたので。父上…、休日も家に帰らず仕事ばかりしていると思っていたのに…。母上には、父上は土井先生宅で楽しく団らんしていたと伝えておきま」
「まてまて!ほら、お前もたけのこご飯一緒に食べないか?」
「子どもじゃあるまいし、そんなもので誤魔化されませんよ。」
「そう固いことを言うな。たまみくんが作ってくれたんだ、ほらここに座って、な?」
山田先生が無理矢理利吉さんを座らせ、私に有無を言わせぬ目線をよこした。
私は苦笑しながらおにぎりを渡した。
「はい、利吉さんもどうぞ。」
「あ、どうも…。」
利吉さんが受け取ると、山田先生がニヤリと笑った。
「これでお前も共犯だ。」
「なっ、何を言ってるんですか!?だいたい父上は…!」
またしてもぎゃあぎゃあと喧嘩を始める二人。
そしてそれを見慣れた風景として苦笑しながら眺める私達。
「僕、お腹いっぱいになったら眠くなってきちゃった~。」
「僕もー。結構重労働だったもんね。」
「私も何だか眠くなってきたかも…。」
みんながうとうとしだした。
土井先生は優しく微笑みながら隣にいたきりちゃんの頭をぽんと撫でた。
「みんな手伝ってくれてありがとう。疲れたろうから、少し休みなさい。」
その優しい声に、私まで寝ちゃおうかななんて気になってしまった。
よいこ達ははぁいと返事すると、しんべヱくんを筆頭に次々と眠りに落ちていった。
すると、言い争いをしていた山田先生と利吉さんも、みんなを起こさないようにと喧嘩する声をひそめた。
気持ち良さそうに昼寝する子ども達を眺め、山田先生はのびをした。
「やれやれ、わしも少し腰が痛む…みんなが起きるまで横にならせてもらおうかな。」
「父上、話しはまだ終わっていませんよ。」
「またあとでな。とりあえず、少し休もう。」
そう言うと山田先生は横になり目を閉じた。
利吉さんはまだ不服そうな顔をしていたけれど、みんなの昼寝の邪魔になるからと言葉を飲み込んでくれたようだった。
「ふふふ」
「?隣のおばちゃん、どうしたんですか?」
隣のおばちゃんが部屋を見渡してにこやかに笑った。
土井先生が不思議そうに尋ねる。
「ほら、いつもはこの家に誰もいないでしょ。なのに突然、大家族が住みだしたみたいでおかしくて。」
「だいかぞく?」
ということは…。
山田先生がお父さんで、土井先生と利吉さんがその息子で、一年は組のみんなは…その弟か子どもという設定?
「こんな可愛い子ども達と素敵なお父さんがいたら、毎日楽しい大家族になりそうですね。」
私がそう言うと、利吉さんが突然私の前にずいっと寄った。
「たまみさん。私と一緒になれば、こんな父でよければ義父ということになりますよ。」
「え?」
利吉さんが私の手を握ろうと手を伸ばす。
バシッ
刹那、土井先生がその手を払いのけ私の前に割り込んだ。
「利吉くん!きみというやつはまた…!!」
にらみ合う土井先生と利吉さん。
そしてそれをドキドキした何とも言えない顔で見守る隣のおばちゃんと大家さん。
「隣のおばちゃん、これはどういうことだ。まさか半助にライバルが…!?」
「そうみたいですね。これはちょっとご近所さん達にも報告しなければ…。」
報告って何ですかー!?
思わず心のなかでつっこみながら、隣のおばちゃんと大家さんの視線はさりげなくスルーした。
そして私はわざとらしくお茶っ葉の入れ物をあけた。
「あー、お茶の葉がちょうどきれてしまいました。ちょっと買ってきますね!」
私がいると余計にややこしいことになりそうだったので、ここは戦略的撤退をすることにした。
すると、すかさず土井先生が立ち上がり私の隣に並ぶ。
「私も行こう。利吉くん、留守を頼むよ。」
「なぜ私が留守番をしなければならないのですか。ここは土井先生の家なんですから、あなたが留守番で私が買い出しに行くのが筋でしょう。」
すると、土井先生は爽やかな笑顔でにこりと言った。
「利吉くんになら、安心して留守を任せられるから。」
利吉さんがぴたりと止まった。
そこには、何だかんだ喧嘩しつつも裏表のない家族のような信頼が感じられた。
「…そんなことを言って、たまみさんと私を二人きりにさせたくないだけでしょう。」
「うん、勿論それもあるけどね。」
利吉さんは不機嫌そうな顔をしながらも、まんざらでもないように目をそらした。
「…わかりました。今回だけですからね。」
土井先生はふわりと微笑み私の手をとった。
「行こうか。」
「あ、はい…!」
すると、二人のやりとりをじっと見ていた隣のおばちゃんと大家さんも立ち上がった。
「では私達もそそろ戻ろうか。」
「そうですね。たまみさん、美味しかったわよ、ご馳走さま。」
隣のおばちゃん達も帰り、家の中には眠る山田先生と子ども達と利吉さんが残った。
「あの、出てきちゃってよかったんでしょうか?」
不安になって聞いてみると、土井先生は静かに私の目を見た。
「うん。…それより……」
すると突然、ぐいっと腕を引かれた。
バランスを崩しかけたところを土井先生が支え、肩が建物の壁に当たる。
何事かと顔をあげた瞬間…
「!!!???」
土井先生が私の顔の横に手をつき、唇が重ねられた。
思考が停止して、何が起きたのか分からなくなる。
「…!?」
口づけされたのはほんの一瞬の出来事だった。
人気のない建物の間に引っ張られ、誰にも見えないようにしたうえで。
「…大家族がいいなら、頑張るから…。」
ぎゅっときつく抱きしめながら、耳元でそっと囁かれた。
頑張るって、何を…!?
え、まさか子沢山大家族的な…!??
私は真っ赤になりながらなんと返したらいいのか分からず、ただ頷いてその大きな胸に身を預けた。
どぶ掃除を終えたみんなが手足を洗い、次々と家の中に入ってきた。
しんべヱくんがクンクンと嬉しそうな顔をしながらこちらへやって来る。
「ぬかを入れて茹でて、ちゃんとあく抜きしたから苦くないよ。みんなで食べやすいように、たけのこご飯のおにぎりにしたから。あと柔らかい姫皮はお吸い物にしたよ。」
「美味しそう~」
「みんなよく手を洗った?」
「「「「「はーい!」」」」」」
「じゃあ順番に渡すから、ちょっと待ってね。」
お椀が足りないので汁物は順番によそうことにして、先におにぎりを配っていく。
みんな楽しそうにならんで座り、おにぎりを嬉しそうに頬張っていた。
「たまみ、一人で任せてごめん。大丈夫かい?」
土井先生が家に入るなり申し訳なさそうに私の背中を擦った。
「痛くない?」
「ちょっと痛いけど大丈夫です。」
「またあとで揉んであげるよ。」
「ありがとうございます。」
優しいなぁ。
無理して重いものをここまで運んだから、本当は肩と背中と腰が結構痛かった。
それでも、ちゃんとご近所さんにたけのこを配ってご挨拶できたし、みんなもこうして笑顔で美味しいと食べてくれてよかった。
まさかここでこんな大人数に振る舞うことになるとは思っていなかったけれど、食堂のおばちゃんに調理法をきっちり聞いておいてよかった。
「おっ、いい匂いじゃないか。」
山田先生も家に入り、たけのこのお吸い物をひょいと覗き込んだ。
「うちの周りでもたけのこが生える場所があってな。今頃母さんが…」
「山田先生、お家に帰られた方がいいのでは…」
「そ、それはそうなのだが…そうだ、また手紙でも書いて出そうかな。」
これは絶対書かない感じだ…。
などと話していると、隣のおばちゃんが大きなお鍋を持って大家さんと入ってきた。
「あら、いい香りね。私も煮物を作ったからみんなで食べましょう。」
「ありがとうございます!わぁ、すごい美味しそう…!」
根菜を甘辛く炊いた煮物がとても美味しそうに湯気をたてていた。
大家さんはみんなが食べている姿をにこにこと眺めて頷いた。
「たけのこご飯のおにぎりか。春らしくていいな。」
「大家さんに頂いたお米のおかげでたくさん作れました、ありがとうございます!!」
「いやいや、私もたけのこご飯が食べたかったし、皆で食べる方が美味しいだろう。」
「お吸い物も作ったのね。たまみさんも、これだけお料理ができるならいつお嫁さんになっても大丈夫ね。ねぇ半助?」
隣のおばちゃんが突然にこやかにそんなことを言った。
意味ありげな視線を土井先生に送る。
それまでにこやかにうんうんと頷いていた土井先生が、ぴたりと固まった。
「そ、そうですね…。…いい、お嫁さんになると…思います…。」
赤くなりながらもにょもにょとそう言う土井先生。
「やぁねぇ!誰のとは言ってないのに、何であんたが赤くなってんの!」
隣のおばちゃんがにやにやしながら土井先生の背中をバシバシ叩いた。
「そ、そうですね…」と更に赤くなって苦笑する土井先生。
その様子を一年は組のみんなが無言でじーっと見ている。
土井先生がオホンと咳払いをした。
「…なんだ、お前達。何か言いたいことでもあるのか?」
「いいえ。僕達も、たまみさんはいいお嫁さんになると思います。」
庄左ヱ門くんが真っ直ぐに土井先生を見上げながら答えた。
「ただ、いつなのかなぁと思いまして。」
ド直球な質問にその場の空気が固まった。
そ、それは、私も聞きたい…けど……!
全員が土井先生をじっと見つめた。
隣のおばちゃんなんか「よく聞いた!」みたいにガッツポーズしながら目を輝かせている。
「え…いや、それは……」
たじろぐ土井先生。
すると。
「すみませーん、父上は居ますか?」
利吉さんが玄関からひょっこり顔を出した。
一同の視線が利吉さんに向けられる。
「あれ、今日は随分大勢集まってますね…。ん?みんなこっちを見てどうしたんですか?」
利吉さん!
あともう少しだけ待ってほしかった…!
いやでもこんなところで聞くのも…!
複雑な心境のなか、土井先生はどこかホッとしたように利吉さんに話しかけた。
「いや、なんでもないよ。山田先生ならそこにいらっしゃるけどどうかしたのかい?」
「洗濯物を届けに行ったらここに居ると聞いたので。父上…、休日も家に帰らず仕事ばかりしていると思っていたのに…。母上には、父上は土井先生宅で楽しく団らんしていたと伝えておきま」
「まてまて!ほら、お前もたけのこご飯一緒に食べないか?」
「子どもじゃあるまいし、そんなもので誤魔化されませんよ。」
「そう固いことを言うな。たまみくんが作ってくれたんだ、ほらここに座って、な?」
山田先生が無理矢理利吉さんを座らせ、私に有無を言わせぬ目線をよこした。
私は苦笑しながらおにぎりを渡した。
「はい、利吉さんもどうぞ。」
「あ、どうも…。」
利吉さんが受け取ると、山田先生がニヤリと笑った。
「これでお前も共犯だ。」
「なっ、何を言ってるんですか!?だいたい父上は…!」
またしてもぎゃあぎゃあと喧嘩を始める二人。
そしてそれを見慣れた風景として苦笑しながら眺める私達。
「僕、お腹いっぱいになったら眠くなってきちゃった~。」
「僕もー。結構重労働だったもんね。」
「私も何だか眠くなってきたかも…。」
みんながうとうとしだした。
土井先生は優しく微笑みながら隣にいたきりちゃんの頭をぽんと撫でた。
「みんな手伝ってくれてありがとう。疲れたろうから、少し休みなさい。」
その優しい声に、私まで寝ちゃおうかななんて気になってしまった。
よいこ達ははぁいと返事すると、しんべヱくんを筆頭に次々と眠りに落ちていった。
すると、言い争いをしていた山田先生と利吉さんも、みんなを起こさないようにと喧嘩する声をひそめた。
気持ち良さそうに昼寝する子ども達を眺め、山田先生はのびをした。
「やれやれ、わしも少し腰が痛む…みんなが起きるまで横にならせてもらおうかな。」
「父上、話しはまだ終わっていませんよ。」
「またあとでな。とりあえず、少し休もう。」
そう言うと山田先生は横になり目を閉じた。
利吉さんはまだ不服そうな顔をしていたけれど、みんなの昼寝の邪魔になるからと言葉を飲み込んでくれたようだった。
「ふふふ」
「?隣のおばちゃん、どうしたんですか?」
隣のおばちゃんが部屋を見渡してにこやかに笑った。
土井先生が不思議そうに尋ねる。
「ほら、いつもはこの家に誰もいないでしょ。なのに突然、大家族が住みだしたみたいでおかしくて。」
「だいかぞく?」
ということは…。
山田先生がお父さんで、土井先生と利吉さんがその息子で、一年は組のみんなは…その弟か子どもという設定?
「こんな可愛い子ども達と素敵なお父さんがいたら、毎日楽しい大家族になりそうですね。」
私がそう言うと、利吉さんが突然私の前にずいっと寄った。
「たまみさん。私と一緒になれば、こんな父でよければ義父ということになりますよ。」
「え?」
利吉さんが私の手を握ろうと手を伸ばす。
バシッ
刹那、土井先生がその手を払いのけ私の前に割り込んだ。
「利吉くん!きみというやつはまた…!!」
にらみ合う土井先生と利吉さん。
そしてそれをドキドキした何とも言えない顔で見守る隣のおばちゃんと大家さん。
「隣のおばちゃん、これはどういうことだ。まさか半助にライバルが…!?」
「そうみたいですね。これはちょっとご近所さん達にも報告しなければ…。」
報告って何ですかー!?
思わず心のなかでつっこみながら、隣のおばちゃんと大家さんの視線はさりげなくスルーした。
そして私はわざとらしくお茶っ葉の入れ物をあけた。
「あー、お茶の葉がちょうどきれてしまいました。ちょっと買ってきますね!」
私がいると余計にややこしいことになりそうだったので、ここは戦略的撤退をすることにした。
すると、すかさず土井先生が立ち上がり私の隣に並ぶ。
「私も行こう。利吉くん、留守を頼むよ。」
「なぜ私が留守番をしなければならないのですか。ここは土井先生の家なんですから、あなたが留守番で私が買い出しに行くのが筋でしょう。」
すると、土井先生は爽やかな笑顔でにこりと言った。
「利吉くんになら、安心して留守を任せられるから。」
利吉さんがぴたりと止まった。
そこには、何だかんだ喧嘩しつつも裏表のない家族のような信頼が感じられた。
「…そんなことを言って、たまみさんと私を二人きりにさせたくないだけでしょう。」
「うん、勿論それもあるけどね。」
利吉さんは不機嫌そうな顔をしながらも、まんざらでもないように目をそらした。
「…わかりました。今回だけですからね。」
土井先生はふわりと微笑み私の手をとった。
「行こうか。」
「あ、はい…!」
すると、二人のやりとりをじっと見ていた隣のおばちゃんと大家さんも立ち上がった。
「では私達もそそろ戻ろうか。」
「そうですね。たまみさん、美味しかったわよ、ご馳走さま。」
隣のおばちゃん達も帰り、家の中には眠る山田先生と子ども達と利吉さんが残った。
「あの、出てきちゃってよかったんでしょうか?」
不安になって聞いてみると、土井先生は静かに私の目を見た。
「うん。…それより……」
すると突然、ぐいっと腕を引かれた。
バランスを崩しかけたところを土井先生が支え、肩が建物の壁に当たる。
何事かと顔をあげた瞬間…
「!!!???」
土井先生が私の顔の横に手をつき、唇が重ねられた。
思考が停止して、何が起きたのか分からなくなる。
「…!?」
口づけされたのはほんの一瞬の出来事だった。
人気のない建物の間に引っ張られ、誰にも見えないようにしたうえで。
「…大家族がいいなら、頑張るから…。」
ぎゅっときつく抱きしめながら、耳元でそっと囁かれた。
頑張るって、何を…!?
え、まさか子沢山大家族的な…!??
私は真っ赤になりながらなんと返したらいいのか分からず、ただ頷いてその大きな胸に身を預けた。