第102話 分かってはいても
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一年は組のみんなのためにお風呂の準備をしていると、小松田さんの悲鳴が聞こえた。
見に行くと、雨に濡れた廊下で小松田さんが転んでしまったようで、プリントが盛大にばらまかれている。
紙が飛ばされて濡れてはいけないと思い慌てて回収を手伝うと、1枚足りないとのことで結局一緒に探すことになり…結構時間が経ってしまった。
もうみんな授業から帰ってる頃だよね…お風呂の準備はできてたけどみんなちゃんと入れたかな。
こんな雨のなかで授業とか…風邪をひかなければいいけど…。
気になってしまい、自然とお風呂の方に足が向かった。
「あ、利吉さん。」
「!」
ちょうど利吉さんがお風呂の入り口に向かって歩いていくところだった。
彼は私と目が合うと少し気まずそうな顔になった。
「たまみさん、お湯の用意ありがとうございました。一年は組の生徒も全員、温まったと言いながらあがったところです。」
まだ泥だらけで濡れている利吉さん。
寒そうな素振りは見せないけれど、きっとすごく冷たくなっているはず…。
まさかみんなが出るまで外で待ってたのかな。
「お疲れ様です、利吉さんもゆっくり浸かって温まってくださいね。」
自室へ戻ろうと踵を返したとき。
廊下が濡れていて私は足を滑らせた。
「わっ…!」
「おっと!」
利吉さんが腕を支えてくれ、危うく転びそうなところで持ちこたえた。
「す、すみません!ありがとうございま…」
白と赤。
不意に目に入ってきたのは、七分丈の袖から見える、血の滲んだ包帯だった。
「えっ…利吉さん、怪我を…!?」
「あ、いえ、これは…」
利吉さんは曖昧に笑いながら腕を隠した。
「ちょっとしたアクシデントがありまして。大した怪我じゃありません。」
「でも、血が…!」
「大丈夫です。このくらい…」
利吉さんは平然としているけれど、結構広範囲に血が滲んでいる。
「医務室には…?」
「診てもらうほどのものでもありません。もう応急処置もしましたし。」
「でも、ちゃんと診てもらってください…!」
「…とりあえず、お風呂で泥を落としてきますので。」
利吉さんが苦笑しながら話を打ち切ろうとした。
「あ、でもその傷じゃ…片手で洗うの大変ですよね。誰か手伝えるか呼んで…」
「たまみさん。」
静かに名前を呼ばれ、ハッと利吉さんを見上げた。
じっと私を見つめる目に、何か事情があるのだと気づいた。
傷を隠して…治療を拒む理由…
「…生徒を、庇ってできた傷なのですか?」
医務室に行って、利吉さんが傷を負ったことが広まると、その子が気にやむと思って隠しているのかもしれない。
無言で私を見つめ返す利吉さん。
やっぱりそうなんだ…。
でも、そうだとしても、治療はきちんと受けなくては…。
「土井先生なら…きっと手当てもできるし誰にも話したりは…」
すると利吉さんは静かに首を横にふった。
「土井先生はいま他にも熊がいないか裏山を調べに行っているところです。」
「そ…そうなんですか…」
「それに、父上の代理として来ているのに、熊が出たくらいで怪我をしたなんて…みっともないじゃないですか。」
「そんなことないですよ!利吉さんは生徒を守ってくれたんです。みっともないなんて…!」
「しかし咄嗟のこととはいえ、父上なら怪我をすることも…」
苦々しい顔をする利吉さんの腕にそっと触れた。
止血のためにきつく巻かれた包帯は雨に濡れて冷たくなっている。
「山田先生ならどうとかじゃなくて…、利吉さんは身をていして生徒を守ってくれたんですから…だから、そんな顔をしないでください。」
「…たまみさん……」
「むしろ、一年は組の生徒の為にすみません…ありがとうございます。」
申し訳ない気持ちになり謝ると、利吉さんは少し驚いたあと表情を和らげた。
「あ、他に怪我はないですか!?この腕だけですか…!?」
見えないところにも傷があるかもしれないと慌てて利吉さんの全身を眺めると、彼は急に悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「ご自身の目で、確かめますか?」
「え?」
「確かに片手では流しにくいので…では、たまみさんにお願いしようかな。」
「えっ?」
「一年は組の貸切って札にしておけば、もう誰も入ってこないのでしょう?」
「はい、多分。」
「ではたまみさんに入浴補助をお願いします。」
「……はい?」
キョトンとして見ると、利吉さんはニコリと笑って脱衣所に入った。
「えっ…えええ!?いや、それはさすがに…!!」
「熊ぐらいで怪我をしたとか、他に知られたくないんです…。」
利吉さんが困って甘えたように私を見つめた。
雨に濡れた捨て犬のような顔…。
ちょっと作為的なものを感じたけれど……これって哀車の術ってやつなんじゃ……でもそんな風に言われてしまうと無下に断りにくくなってしまった。
「…ど、土井先生の帰りを待つのではだめですか?」
「さすがに身体が冷えてきました。」
「う…」
確かにこの寒空のなか濡れたままでは風邪をひいてしまう。
それ以上は何も言えなくなってしまい、私は覚悟を決めて袖をまくった。
「…じゃあ、見つからないようにサッと洗ってしまいましょう。」
仕方ない。
他意はないのだから堂々としよう。
そう、これは医療的行為だ。
私は周囲をキョロキョロと見渡してから、利吉さんと脱衣所に入った。
見に行くと、雨に濡れた廊下で小松田さんが転んでしまったようで、プリントが盛大にばらまかれている。
紙が飛ばされて濡れてはいけないと思い慌てて回収を手伝うと、1枚足りないとのことで結局一緒に探すことになり…結構時間が経ってしまった。
もうみんな授業から帰ってる頃だよね…お風呂の準備はできてたけどみんなちゃんと入れたかな。
こんな雨のなかで授業とか…風邪をひかなければいいけど…。
気になってしまい、自然とお風呂の方に足が向かった。
「あ、利吉さん。」
「!」
ちょうど利吉さんがお風呂の入り口に向かって歩いていくところだった。
彼は私と目が合うと少し気まずそうな顔になった。
「たまみさん、お湯の用意ありがとうございました。一年は組の生徒も全員、温まったと言いながらあがったところです。」
まだ泥だらけで濡れている利吉さん。
寒そうな素振りは見せないけれど、きっとすごく冷たくなっているはず…。
まさかみんなが出るまで外で待ってたのかな。
「お疲れ様です、利吉さんもゆっくり浸かって温まってくださいね。」
自室へ戻ろうと踵を返したとき。
廊下が濡れていて私は足を滑らせた。
「わっ…!」
「おっと!」
利吉さんが腕を支えてくれ、危うく転びそうなところで持ちこたえた。
「す、すみません!ありがとうございま…」
白と赤。
不意に目に入ってきたのは、七分丈の袖から見える、血の滲んだ包帯だった。
「えっ…利吉さん、怪我を…!?」
「あ、いえ、これは…」
利吉さんは曖昧に笑いながら腕を隠した。
「ちょっとしたアクシデントがありまして。大した怪我じゃありません。」
「でも、血が…!」
「大丈夫です。このくらい…」
利吉さんは平然としているけれど、結構広範囲に血が滲んでいる。
「医務室には…?」
「診てもらうほどのものでもありません。もう応急処置もしましたし。」
「でも、ちゃんと診てもらってください…!」
「…とりあえず、お風呂で泥を落としてきますので。」
利吉さんが苦笑しながら話を打ち切ろうとした。
「あ、でもその傷じゃ…片手で洗うの大変ですよね。誰か手伝えるか呼んで…」
「たまみさん。」
静かに名前を呼ばれ、ハッと利吉さんを見上げた。
じっと私を見つめる目に、何か事情があるのだと気づいた。
傷を隠して…治療を拒む理由…
「…生徒を、庇ってできた傷なのですか?」
医務室に行って、利吉さんが傷を負ったことが広まると、その子が気にやむと思って隠しているのかもしれない。
無言で私を見つめ返す利吉さん。
やっぱりそうなんだ…。
でも、そうだとしても、治療はきちんと受けなくては…。
「土井先生なら…きっと手当てもできるし誰にも話したりは…」
すると利吉さんは静かに首を横にふった。
「土井先生はいま他にも熊がいないか裏山を調べに行っているところです。」
「そ…そうなんですか…」
「それに、父上の代理として来ているのに、熊が出たくらいで怪我をしたなんて…みっともないじゃないですか。」
「そんなことないですよ!利吉さんは生徒を守ってくれたんです。みっともないなんて…!」
「しかし咄嗟のこととはいえ、父上なら怪我をすることも…」
苦々しい顔をする利吉さんの腕にそっと触れた。
止血のためにきつく巻かれた包帯は雨に濡れて冷たくなっている。
「山田先生ならどうとかじゃなくて…、利吉さんは身をていして生徒を守ってくれたんですから…だから、そんな顔をしないでください。」
「…たまみさん……」
「むしろ、一年は組の生徒の為にすみません…ありがとうございます。」
申し訳ない気持ちになり謝ると、利吉さんは少し驚いたあと表情を和らげた。
「あ、他に怪我はないですか!?この腕だけですか…!?」
見えないところにも傷があるかもしれないと慌てて利吉さんの全身を眺めると、彼は急に悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「ご自身の目で、確かめますか?」
「え?」
「確かに片手では流しにくいので…では、たまみさんにお願いしようかな。」
「えっ?」
「一年は組の貸切って札にしておけば、もう誰も入ってこないのでしょう?」
「はい、多分。」
「ではたまみさんに入浴補助をお願いします。」
「……はい?」
キョトンとして見ると、利吉さんはニコリと笑って脱衣所に入った。
「えっ…えええ!?いや、それはさすがに…!!」
「熊ぐらいで怪我をしたとか、他に知られたくないんです…。」
利吉さんが困って甘えたように私を見つめた。
雨に濡れた捨て犬のような顔…。
ちょっと作為的なものを感じたけれど……これって哀車の術ってやつなんじゃ……でもそんな風に言われてしまうと無下に断りにくくなってしまった。
「…ど、土井先生の帰りを待つのではだめですか?」
「さすがに身体が冷えてきました。」
「う…」
確かにこの寒空のなか濡れたままでは風邪をひいてしまう。
それ以上は何も言えなくなってしまい、私は覚悟を決めて袖をまくった。
「…じゃあ、見つからないようにサッと洗ってしまいましょう。」
仕方ない。
他意はないのだから堂々としよう。
そう、これは医療的行為だ。
私は周囲をキョロキョロと見渡してから、利吉さんと脱衣所に入った。