第102話 分かってはいても
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実技担当の教師には事務処理などさほどないと思っていた。
しかし実際に代理として仕事をしてみると、雑務や道具の確認や現地の下見など、時間をとられることが存外多いとわかった。
教科担当の土井先生は他にも教材やテストを作ったり採点をしたり、更には一年は組の生徒の相手もしながら忙しそうにしている。
「ふぅ…」
職員室で土井先生と事務仕事をするのにも飽きてきた。
…そうだ、折角の機会だ。
食堂でたまみさんが調理する音を聞きながら書類整理をしよう。
私は机の上をまとめ、食堂に向かった。
とんとんとん…
調理場から響く心地よい包丁の音。
まるで彼女が私のためにご飯を作ってくれ、自分はその傍らで仕事をしているような…そんな気分に浸りなから書類に目を通す。
うん…いいなぁ。
たまみさんが私の為だけに毎日ご飯を作ってくれたらどれだけ…などと考えてしまう。
…しかし。
「「「利吉さん!!」」」
食堂にいると生徒達がひっきりなしに質問に訪れる。
特に六年生がしつこく…いや熱心すぎて困る。
せっかくたまみさんの近くで仕事をしようと思ったのにこれでは彼女が近くにいることを感じるどころか仕事も何も進まない。
「あー、ほらわかった。じゃあ紙を1枚渡すから、ここに質問したいことをまとめて書いてきてくれるかな。」
個々に答えていては時間がいくらあってもたりない。
質問事項はまとめてもらうことにした。
「…あれ。」
いつの間にか調理場が静かになっている。
たまみさんは別の場所に移動したのかな。
気になって覗いてみると、彼女は台に白菜を並べてそっと葉をめくっていた。
「…何をしているのですか?」
「あ、利吉さん。いえ、こういう葉物野菜って虫がたくさんついてるんですよ。こうやってそーっとめくらないと、虫が腕にハネたりするので…。」
真剣な表情で一枚ずつ虫を確認しながら恐る恐る洗っているたまみさん。
「そんなことしてたらご飯の時間に間に合わないんじゃないですか。」
「そうなんですよ!だからいつもは食堂のおばちゃんがこういうのはやってくれてたりするんですけど…今日は買い出しに行ってくれてるので…。」
「…よければ私が洗いましょうか?」
「えっ!」
ぱあっと嬉しそうな顔をするたまみさん。
私はクスッと笑うと腕をまくり、白菜を手にした。
「では葉をめくって洗ったものをここに置いていきますね。」
「ありがとうございます!!やー、時間内に終わるか心配してたので助かります!!」
安堵して微笑む彼女が可愛くて、私は自分の仕事そっちのけでたまみさんの横に並んで手伝った。
こんな小さな虫がこわいだとか可愛らしいじゃないか。
しかもこうして並んでいると、なんだか夫婦のような気分になってくる。
そんな小さな幸せを噛みしめていると…。
「利吉くん、こんなところでなに油をうってるんだい。」
土井先生が怒りを抑えた顔で私の肩に手を置いた。
「急に職員室を出てどこに行ったのかと思えば…。」
「いえ、たまみさんが困っていたので手伝っていただけです。」
「そうなんです、これ本当に虫がいっぱいついてて…!」
「虫?」
土井先生は彼女から白菜を受け取りしげしげと眺めた。
「ふーん。確かに多いね。」
土井先生が台の上に白菜を置いた。
「虫ねぇ…。悪い虫がしつこくて本当に困るな。」
じろりとこちらを睨む土井先生。
悪い虫とは私のことを言っているのだろうが、あえて無視することにした。
「しょうがない。私も手伝おう。」
「いいんですか?お忙しいんじゃ…」
「たまみが困ってるのにほっておけるわけないだろ?」
「土井先生…」
「ああ、ほら手もこんなに冷たくなって…また随分荒れてるし…ちゃんと薬は塗ってるかい?」
「寝る前に塗ってるんですけどなかなか治らなくて…」
「水仕事が多いもんなぁ、かわいそうに…よし、早く終わらせよう。」
さりげなく私とたまみさんの間に割り込み、彼女の手を握ってイチャイチャしだす土井先生。
ふとたまみさんに目を移すと、彼女は嬉しそうに微笑んでいた。
…ああ。
そうだ、たまみさんはいつもこんな顔で土井先生を見ている。
教科の授業を見学しているときもそうだった。
彼女は生徒の様子に目を配りつつ、ときどき嬉しそうに土井先生の授業を眺めていたのだ。
放課後に一年は組の生徒が喧嘩していたときもそうだった。
慌てて止めに入ろうとするたまみさんを土井先生が止め、暫く様子を見ようと留まった。
すると他の生徒が仲裁に入りその場をうまくおさめた。
生徒達自身で問題を解決していくその一連の様子を、土井先生は教師らしい優しい表情で満足そうに眺めていた。
そして、たまみさんは生徒達だけではなく、そんな土井先生の横顔を嬉しそうに見つめていたのだった。
更に、誰もいない教室に佇む彼女を偶然見かけたとき。
何をしているのかと思えば、たまみさんは土井先生の書いた黒板の文字をじっと見つめ、それをそっと指でなぞったりしていた。
本人に対してだけでなく、書いた文字にまで心を寄せるなんて…。
胸が、痛んだ。
彼女の気持ちは知っているし、忍術学園に長く居ればこんな姿を目にすることも容易に予想できていたはずだ。
むしろ、もしかすると…こういう彼女を見て自分の気持ちに整理ができるようになるかもしれないと…心のどこかで思っていたのかもしれない。
しかし、結局は…人の心とは理屈でどうにかなるものではないのだと思い知らされただけだった。
「…土井先生、勝負しましょう。」
「へ?」
このまま大人しく引き下がるのも癪に障る。
「どちらが多く白菜をきれいに洗えるか。虫が一匹でも残っていたら減点で。」
「野菜洗いの競争かい?」
「はい。」
「私は構わないけど…」
「では、勝った方にはたまみさんから…」
ちらりとたまみさんを見ると、彼女は私の言葉の続きを求められているのを察して継ぎ足した。
「じゃあ勝った方には後で甘酒をご馳走します。さっき美味しいのが届いたんですけど、少しなら飲んでもいいって言われてるので。」
「では、勝った方がたまみさんと甘酒を飲む権利を得るということで。」
「私は飲まないですよ?」
「もし私が勝てば是非ご一緒に。」
たまみさんが困ったように土井先生を見ると、土井先生はため息をついて白菜をくるくると回した。
「やれやれ…わかったわかった。要は利吉くんに負けなければいいんだろ?その勝負受けてたとう。」
「ではいきますよ…!」
こうして、土井先生と私は無言で素早く白菜を洗っていった。
どんどん積み上がる白菜にたまみさんが驚きの声をあげる。
「「これで終わりだっ…!!」」
最後の白菜を洗い終わり、私と土井先生が同時に息を吐いた。
たまみさんが数を数えながら驚く。
「同じです…!」
「「え?」」
「引き分け…です!」
驚いて私も数えてみると、確かに私と土井先生の洗った白菜の数は同じだった。
「じゃあ、今夜はみんなで甘酒を飲みましょう。あんなに困ってた白菜がこんなすぐに下準備できるなんて…ホントありがとうございますっ!!」
嬉しそうに笑うたまみさん。
不本意な結果ではあったが、まぁ彼女を笑顔にできただけよかったということにしておくか…。
「土井先生、次は勝たせてもらいますよ…!」
「負けないよ。」
「たまみさん、では夜を楽しみにしています。」
そうして私は彼女ににこりと笑いかけると、そのまま食堂をあとにした。
しかし実際に代理として仕事をしてみると、雑務や道具の確認や現地の下見など、時間をとられることが存外多いとわかった。
教科担当の土井先生は他にも教材やテストを作ったり採点をしたり、更には一年は組の生徒の相手もしながら忙しそうにしている。
「ふぅ…」
職員室で土井先生と事務仕事をするのにも飽きてきた。
…そうだ、折角の機会だ。
食堂でたまみさんが調理する音を聞きながら書類整理をしよう。
私は机の上をまとめ、食堂に向かった。
とんとんとん…
調理場から響く心地よい包丁の音。
まるで彼女が私のためにご飯を作ってくれ、自分はその傍らで仕事をしているような…そんな気分に浸りなから書類に目を通す。
うん…いいなぁ。
たまみさんが私の為だけに毎日ご飯を作ってくれたらどれだけ…などと考えてしまう。
…しかし。
「「「利吉さん!!」」」
食堂にいると生徒達がひっきりなしに質問に訪れる。
特に六年生がしつこく…いや熱心すぎて困る。
せっかくたまみさんの近くで仕事をしようと思ったのにこれでは彼女が近くにいることを感じるどころか仕事も何も進まない。
「あー、ほらわかった。じゃあ紙を1枚渡すから、ここに質問したいことをまとめて書いてきてくれるかな。」
個々に答えていては時間がいくらあってもたりない。
質問事項はまとめてもらうことにした。
「…あれ。」
いつの間にか調理場が静かになっている。
たまみさんは別の場所に移動したのかな。
気になって覗いてみると、彼女は台に白菜を並べてそっと葉をめくっていた。
「…何をしているのですか?」
「あ、利吉さん。いえ、こういう葉物野菜って虫がたくさんついてるんですよ。こうやってそーっとめくらないと、虫が腕にハネたりするので…。」
真剣な表情で一枚ずつ虫を確認しながら恐る恐る洗っているたまみさん。
「そんなことしてたらご飯の時間に間に合わないんじゃないですか。」
「そうなんですよ!だからいつもは食堂のおばちゃんがこういうのはやってくれてたりするんですけど…今日は買い出しに行ってくれてるので…。」
「…よければ私が洗いましょうか?」
「えっ!」
ぱあっと嬉しそうな顔をするたまみさん。
私はクスッと笑うと腕をまくり、白菜を手にした。
「では葉をめくって洗ったものをここに置いていきますね。」
「ありがとうございます!!やー、時間内に終わるか心配してたので助かります!!」
安堵して微笑む彼女が可愛くて、私は自分の仕事そっちのけでたまみさんの横に並んで手伝った。
こんな小さな虫がこわいだとか可愛らしいじゃないか。
しかもこうして並んでいると、なんだか夫婦のような気分になってくる。
そんな小さな幸せを噛みしめていると…。
「利吉くん、こんなところでなに油をうってるんだい。」
土井先生が怒りを抑えた顔で私の肩に手を置いた。
「急に職員室を出てどこに行ったのかと思えば…。」
「いえ、たまみさんが困っていたので手伝っていただけです。」
「そうなんです、これ本当に虫がいっぱいついてて…!」
「虫?」
土井先生は彼女から白菜を受け取りしげしげと眺めた。
「ふーん。確かに多いね。」
土井先生が台の上に白菜を置いた。
「虫ねぇ…。悪い虫がしつこくて本当に困るな。」
じろりとこちらを睨む土井先生。
悪い虫とは私のことを言っているのだろうが、あえて無視することにした。
「しょうがない。私も手伝おう。」
「いいんですか?お忙しいんじゃ…」
「たまみが困ってるのにほっておけるわけないだろ?」
「土井先生…」
「ああ、ほら手もこんなに冷たくなって…また随分荒れてるし…ちゃんと薬は塗ってるかい?」
「寝る前に塗ってるんですけどなかなか治らなくて…」
「水仕事が多いもんなぁ、かわいそうに…よし、早く終わらせよう。」
さりげなく私とたまみさんの間に割り込み、彼女の手を握ってイチャイチャしだす土井先生。
ふとたまみさんに目を移すと、彼女は嬉しそうに微笑んでいた。
…ああ。
そうだ、たまみさんはいつもこんな顔で土井先生を見ている。
教科の授業を見学しているときもそうだった。
彼女は生徒の様子に目を配りつつ、ときどき嬉しそうに土井先生の授業を眺めていたのだ。
放課後に一年は組の生徒が喧嘩していたときもそうだった。
慌てて止めに入ろうとするたまみさんを土井先生が止め、暫く様子を見ようと留まった。
すると他の生徒が仲裁に入りその場をうまくおさめた。
生徒達自身で問題を解決していくその一連の様子を、土井先生は教師らしい優しい表情で満足そうに眺めていた。
そして、たまみさんは生徒達だけではなく、そんな土井先生の横顔を嬉しそうに見つめていたのだった。
更に、誰もいない教室に佇む彼女を偶然見かけたとき。
何をしているのかと思えば、たまみさんは土井先生の書いた黒板の文字をじっと見つめ、それをそっと指でなぞったりしていた。
本人に対してだけでなく、書いた文字にまで心を寄せるなんて…。
胸が、痛んだ。
彼女の気持ちは知っているし、忍術学園に長く居ればこんな姿を目にすることも容易に予想できていたはずだ。
むしろ、もしかすると…こういう彼女を見て自分の気持ちに整理ができるようになるかもしれないと…心のどこかで思っていたのかもしれない。
しかし、結局は…人の心とは理屈でどうにかなるものではないのだと思い知らされただけだった。
「…土井先生、勝負しましょう。」
「へ?」
このまま大人しく引き下がるのも癪に障る。
「どちらが多く白菜をきれいに洗えるか。虫が一匹でも残っていたら減点で。」
「野菜洗いの競争かい?」
「はい。」
「私は構わないけど…」
「では、勝った方にはたまみさんから…」
ちらりとたまみさんを見ると、彼女は私の言葉の続きを求められているのを察して継ぎ足した。
「じゃあ勝った方には後で甘酒をご馳走します。さっき美味しいのが届いたんですけど、少しなら飲んでもいいって言われてるので。」
「では、勝った方がたまみさんと甘酒を飲む権利を得るということで。」
「私は飲まないですよ?」
「もし私が勝てば是非ご一緒に。」
たまみさんが困ったように土井先生を見ると、土井先生はため息をついて白菜をくるくると回した。
「やれやれ…わかったわかった。要は利吉くんに負けなければいいんだろ?その勝負受けてたとう。」
「ではいきますよ…!」
こうして、土井先生と私は無言で素早く白菜を洗っていった。
どんどん積み上がる白菜にたまみさんが驚きの声をあげる。
「「これで終わりだっ…!!」」
最後の白菜を洗い終わり、私と土井先生が同時に息を吐いた。
たまみさんが数を数えながら驚く。
「同じです…!」
「「え?」」
「引き分け…です!」
驚いて私も数えてみると、確かに私と土井先生の洗った白菜の数は同じだった。
「じゃあ、今夜はみんなで甘酒を飲みましょう。あんなに困ってた白菜がこんなすぐに下準備できるなんて…ホントありがとうございますっ!!」
嬉しそうに笑うたまみさん。
不本意な結果ではあったが、まぁ彼女を笑顔にできただけよかったということにしておくか…。
「土井先生、次は勝たせてもらいますよ…!」
「負けないよ。」
「たまみさん、では夜を楽しみにしています。」
そうして私は彼女ににこりと笑いかけると、そのまま食堂をあとにした。