第100話 眠れぬ夜は誰のせい
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「いや、私が連れていく。」
酔って眠りかけているたまみを抱き上げ職員室を出た。
そのまま隣の彼女の部屋に入り、布団を敷いて横たわらせる。
「まったく…無防備にも程がある…。」
私のいないところでお酒を飲まないようにと前にも言ったことがあるはずだ。
よりにもよってなぜ利吉くんと…。
静かに眠るたまみの髪をはがゆい気持ちで撫でた。
「ん…、」
長い睫毛が揺れる。
指の背で頬を撫でると、その目が少し開いて私を見つめた。
今にも寝そうな眼差し。
ゆっくりと、まるで猫がじゃれるかのように私の首に腕を回し抱きついてきた。
「…すき…」
小さく甘えた声。
誘われるがままに口づけると、微かにお酒の味がした。
「…だいすき……。」
くぅ…。
どうお説教しようかと思っていたのに、こんなの可愛すぎて怒るに怒れないじゃないか…。
もういっそこの場で抱いてしまって、利吉くんにその声を聞かせて…私の名を呼ばせ愛してると喘がせて、彼女は私のものなのだと示してやろうか…。
そんな下衆な考えすら浮かんできてしまう。
いや、いかんいかん。
それはいくらなんでも…。
第一、たまみの可愛い声を他の男に聞かせるなどもっての他だ。
そんなことを悶々と考えていると、彼女が私の髪紐をしゅるりとほどいた。
柔らかい指が私の髪をそっと引く。
「ぎゅってして……」
「っ…!」
あまりの可愛さに、もう反射的にたまみをぐっと抱きしめた。
頬に、そして首筋に口づける。
襟元をそっと広げ、ゆっくりと胸元に顔を近づけ、唇で強く吸い付いた。
「ぃ…痛……ッ」
嫌がるたまみ。
白い肌に赤い跡を無理矢理残す。
…たまみはもう私のものだ。
誰にも渡さない…。
気づけば幾つも跡をつけてしまっていた。
しまった、明日の入浴時間までに消えるだろうか……。
あとで怒られてしまいそうな気がして慌てて胸元を整え隠した。
「……もっと…」
「ん?」
「…もっと、して……?」
「…もっと跡をつけてほしい?」
「ん〜ん……ほしい…」
「!!」
艶のある声音で甘え誘う姿に思わず唾を飲み込んだ。
ここが学園であることも、すぐ隣に利吉くんが居ることも一瞬忘れて。
「……っ。」
柔らかい身体をぎゅっと抱きしめ、落ち着こうと大きく息を吐く。
「………また、酔ってないときに…ね。」
そう言ってまぶたに手を当てて目を閉じさせると、彼女はものの数秒で眠りに落ちた。
やはりお酒のせいで眠かったのだろう。
「…………」
先程ほどかれた自分の髪を束ねながら考えた。
今のたまみなら…どんな風に乱れたのだろう…。
いつもより甘えて素直におねだりとか…。
つい想像してしまい、何だかすごく残念な気持ちになってしまった。
「…もったいないことしたかも…」
いやいや、今はだめだ。
これでよかったんだ。
「…おやすみ。」
可愛い寝顔にそっと口づけし、寝冷えしないよう布団を被せ…名残惜しくもそのまま静かに障子を閉めた。
廊下に出ると、利吉くんは障子を開けたまま月を眺めていた。
「…眠ったよ。」
そう言うと、利吉くんはゆっくりこちらを振り向いた。
「すみませんでした。まさか本当に一口だけで眠ってしまうとは…。」
「もう飲ませないでくれよ。」
「あはは、そうですね。」
二度とこのようなことがないようにすごんでみせたが、利吉くんは悪びれることもなく苦笑いするだけだった。
おもむろに酒を手に持ちひらひらと振る。
「土井先生、一緒に飲みませんか。」
「…そんなもの持ち込んで。今日はどうしたんだい。」
「土井先生とお酒を酌み交わす機会もそうそうないですからね。たまにはいいでしょう?」
「…そうだなぁ。」
ふと出会った頃の利吉くんを思い出した。
あんなに小さかったのに、もう共にお酒を飲める程になっていたのだと少し懐かしいような気持ちになった。
利吉くんの横に座り、注がれたお酒を口にした。
「…今日は1日どうだった?山田先生の気持ちが分かったかい?」
利吉くんはふっと目を細めた。
「…そうですねぇ。あの一年は組の生徒達をずっと相手にするのは大変だろうと思っていましたが…予想通りというかそれ以上でした。」
「ははは、それにきみの場合は他の生徒…上級生やらくノ一教室の生徒達の相手もあるから余計に大変だっただろう。」
「ええ、まあ。報告書や計画書やら雑務も多いですね。それに補習も。」
「補習がなくなればもう少し余裕も出てくると思うんだけどねぇ。」
「実は、父上が休日に帰れない原因を解決してくるよう母上から言われていたのですが…。」
「一筋縄ではいかないだろう。」
「そうですね。これはなかなか手強い…。」
「それが目的で仕事を調整してここに来たのかい?」
「まぁ、私自身も父上の仕事に興味がありましたから。…それに………。」
利吉くんはそこで言葉を止めた。
その目線がたまみの部屋に向けられる。
私はお猪口のお酒を飲み干してトンと置いた。
「たまみには手を出すなよ。」
「何も言ってないじゃないですか。」
「目は口ほどに物を言うからね。」
「たまみさんの嫌がることはしませんよ。」
「そうじゃなくて…」
すると突然、利吉くんは私の言葉を遮って一枚の紙を私に渡した。
「…!?」
「念のため土井先生も持っていてください。学園長先生にも同じものをお渡ししています。」
「…利吉くん、これは……!!!」
その紙には、タソガレドキ城の見取り図や兵糧、配置等が詳細に書かれていた。
「タソガレドキ城に何度か潜入し、例の巻物を探してみたのですが見つかりませんでした。そのついでに、調べた場所の記録にもなるよう見取り図を作ったので渡しておきます。何かの際には役に立つことがあるかもしれません。」
「利吉くん、一人でそんな危険を…!捕まったらただではすまないぞ!」
「…正直、危ない場面もありましたが大丈夫です。あともう少し、まだそこに載っていない場所を探してみようと思います。」
「…そこが危険だと判断したから、我々に先にこれを渡しておこうと思ったんじゃないのかい?」
じっと見つめると、利吉くんは静かに月を見上げた。
「…初めてなのです。」
目を伏せ、言葉を探すようにゆっくりと話す。
「この身を危険に晒してでも、何かを守りたいと思ったのは…。」
ザッと風が吹き込み、彼の酒の水面が波打った。
「…たまみさんの涙を見たときに思いました。突然現れたというのは未だに信じがたい話ではありますが……何かに怯えるのではなく、心迷いながら過ごすのではなく…安心して心穏やかに居てほしいと。」
「それは私だって同じ気持ちだ。でもきみが危険な目に遭うのをたまみは望まない。」
「分かっています。だから彼女には決して言わないでください。ただ私が勝手に動いているだけです。」
「きみが一人でそんな危険を犯すことはない…!」
「土井先生は忙しいでしょうし…他にも守るべきものや捨てられないものがあるでしょう。…私の方が身軽で動きやすいです。」
「身軽?!利吉くんに何かあればご両親が悲しむじゃないか!」
「………」
「利吉くん、家族の死ほど悲しいものはない。自分を大事にしてくれ…!私だって幼い頃から知っているきみに何かあれば…!」
「…忍の道を選んだからには危険はいつも隣り合わせです。…もともと戦忍だったあなたが、そんな言葉を言うのですか。」
「だからだ。」
私は利吉くんの肩をぐっと握ってこちらを向かせた。
鋭い眼差しが私を突き返す。
「利吉くん、まさか、これが最後になるかもしれないと、そう思ってこの酒を持ってきたんじゃないだろうね…?」
「………。」
利吉くんは何も云わなかった。
それが答えか。
「利吉くん」
私は真っ直ぐに彼の目を見た。
「きみなら、これ以上は危険だという線引きが分かるだろう。絶対、それ以上は踏み込まないと約束してくれ…!」
「土井先生…」
「約束、してくれ。」
「………」
利吉くんは目をそらし静かに息を吐くと、ゆっくり頷いた。
「…そう…言われると、思っていました。」
「ならどうして…」
「………どうしてでしょうね…。」
その目はまた隣の部屋の壁を見ていた。
利吉くんのここまでの気持ちを知りつつも譲れないものであることに胸が痛む。
「それで、約束はしてくれるのかい?」
「はいはい、分かりました、約束します。」
利吉くんは少しなげやりに、しかしはっきりと約束してくれた。
「…私もあの巻物を放っておくつもりはない。だがこの件で後々狙われるようなことにならぬよう…混乱に乗じてうまく奪う方がいい。」
「混乱…戦のことですか。」
「そうだ。タソガレドキはいま戦の準備をしている。戦が始まれば城も手薄になるし、巻物を奪われたと気づいてもその優先度は低くなっているはずだ。うまくいけばそのまま忘れてくれるかもしれない。」
「…そううまくいくでしょうか。」
「わからない。だが先方に動きがあったり、時がきたら私も動くから…そのときにはきっとこの見取り図を活用させてもらうよ、ありがとう。」
「私は土井先生のためにしているんじゃありません。お礼を言われる筋合いもないですね。」
文句を言いながらこちらを嫌そうに睨む利吉くんに幼い頃の面影が重なった。
思わずその頭をわしゃわしゃと撫でると、ぱしんと腕を払われた。
「私は生徒じゃありません!」
「あ、つい。すまない。」
苦笑いして頭をかくと、利吉くんもやっと表情を緩めてくれた。
「まあこれでここに来た目的の半分程は果たしました。」
「目的の半分?」
「父の仕事を知ることと、この紙を渡すこと。」
「残りは?」
「父が帰れるように仕事を整理すること。それから…。」
利吉くんが私を見て不敵に笑った。
「あわよくばたまみさんを奪うこと…ですかね。」
「んなっ…!」
「さ、明日も早いでしょうしもう寝ますか。」
堂々とそんな宣言をしておきながら利吉くんはさっさと布団に入ってしまった。
や、やはり利吉くんは油断ならない…!
私は明日からも気を引き締めていかねばと胸に誓いながら目を閉じた…。
酔って眠りかけているたまみを抱き上げ職員室を出た。
そのまま隣の彼女の部屋に入り、布団を敷いて横たわらせる。
「まったく…無防備にも程がある…。」
私のいないところでお酒を飲まないようにと前にも言ったことがあるはずだ。
よりにもよってなぜ利吉くんと…。
静かに眠るたまみの髪をはがゆい気持ちで撫でた。
「ん…、」
長い睫毛が揺れる。
指の背で頬を撫でると、その目が少し開いて私を見つめた。
今にも寝そうな眼差し。
ゆっくりと、まるで猫がじゃれるかのように私の首に腕を回し抱きついてきた。
「…すき…」
小さく甘えた声。
誘われるがままに口づけると、微かにお酒の味がした。
「…だいすき……。」
くぅ…。
どうお説教しようかと思っていたのに、こんなの可愛すぎて怒るに怒れないじゃないか…。
もういっそこの場で抱いてしまって、利吉くんにその声を聞かせて…私の名を呼ばせ愛してると喘がせて、彼女は私のものなのだと示してやろうか…。
そんな下衆な考えすら浮かんできてしまう。
いや、いかんいかん。
それはいくらなんでも…。
第一、たまみの可愛い声を他の男に聞かせるなどもっての他だ。
そんなことを悶々と考えていると、彼女が私の髪紐をしゅるりとほどいた。
柔らかい指が私の髪をそっと引く。
「ぎゅってして……」
「っ…!」
あまりの可愛さに、もう反射的にたまみをぐっと抱きしめた。
頬に、そして首筋に口づける。
襟元をそっと広げ、ゆっくりと胸元に顔を近づけ、唇で強く吸い付いた。
「ぃ…痛……ッ」
嫌がるたまみ。
白い肌に赤い跡を無理矢理残す。
…たまみはもう私のものだ。
誰にも渡さない…。
気づけば幾つも跡をつけてしまっていた。
しまった、明日の入浴時間までに消えるだろうか……。
あとで怒られてしまいそうな気がして慌てて胸元を整え隠した。
「……もっと…」
「ん?」
「…もっと、して……?」
「…もっと跡をつけてほしい?」
「ん〜ん……ほしい…」
「!!」
艶のある声音で甘え誘う姿に思わず唾を飲み込んだ。
ここが学園であることも、すぐ隣に利吉くんが居ることも一瞬忘れて。
「……っ。」
柔らかい身体をぎゅっと抱きしめ、落ち着こうと大きく息を吐く。
「………また、酔ってないときに…ね。」
そう言ってまぶたに手を当てて目を閉じさせると、彼女はものの数秒で眠りに落ちた。
やはりお酒のせいで眠かったのだろう。
「…………」
先程ほどかれた自分の髪を束ねながら考えた。
今のたまみなら…どんな風に乱れたのだろう…。
いつもより甘えて素直におねだりとか…。
つい想像してしまい、何だかすごく残念な気持ちになってしまった。
「…もったいないことしたかも…」
いやいや、今はだめだ。
これでよかったんだ。
「…おやすみ。」
可愛い寝顔にそっと口づけし、寝冷えしないよう布団を被せ…名残惜しくもそのまま静かに障子を閉めた。
廊下に出ると、利吉くんは障子を開けたまま月を眺めていた。
「…眠ったよ。」
そう言うと、利吉くんはゆっくりこちらを振り向いた。
「すみませんでした。まさか本当に一口だけで眠ってしまうとは…。」
「もう飲ませないでくれよ。」
「あはは、そうですね。」
二度とこのようなことがないようにすごんでみせたが、利吉くんは悪びれることもなく苦笑いするだけだった。
おもむろに酒を手に持ちひらひらと振る。
「土井先生、一緒に飲みませんか。」
「…そんなもの持ち込んで。今日はどうしたんだい。」
「土井先生とお酒を酌み交わす機会もそうそうないですからね。たまにはいいでしょう?」
「…そうだなぁ。」
ふと出会った頃の利吉くんを思い出した。
あんなに小さかったのに、もう共にお酒を飲める程になっていたのだと少し懐かしいような気持ちになった。
利吉くんの横に座り、注がれたお酒を口にした。
「…今日は1日どうだった?山田先生の気持ちが分かったかい?」
利吉くんはふっと目を細めた。
「…そうですねぇ。あの一年は組の生徒達をずっと相手にするのは大変だろうと思っていましたが…予想通りというかそれ以上でした。」
「ははは、それにきみの場合は他の生徒…上級生やらくノ一教室の生徒達の相手もあるから余計に大変だっただろう。」
「ええ、まあ。報告書や計画書やら雑務も多いですね。それに補習も。」
「補習がなくなればもう少し余裕も出てくると思うんだけどねぇ。」
「実は、父上が休日に帰れない原因を解決してくるよう母上から言われていたのですが…。」
「一筋縄ではいかないだろう。」
「そうですね。これはなかなか手強い…。」
「それが目的で仕事を調整してここに来たのかい?」
「まぁ、私自身も父上の仕事に興味がありましたから。…それに………。」
利吉くんはそこで言葉を止めた。
その目線がたまみの部屋に向けられる。
私はお猪口のお酒を飲み干してトンと置いた。
「たまみには手を出すなよ。」
「何も言ってないじゃないですか。」
「目は口ほどに物を言うからね。」
「たまみさんの嫌がることはしませんよ。」
「そうじゃなくて…」
すると突然、利吉くんは私の言葉を遮って一枚の紙を私に渡した。
「…!?」
「念のため土井先生も持っていてください。学園長先生にも同じものをお渡ししています。」
「…利吉くん、これは……!!!」
その紙には、タソガレドキ城の見取り図や兵糧、配置等が詳細に書かれていた。
「タソガレドキ城に何度か潜入し、例の巻物を探してみたのですが見つかりませんでした。そのついでに、調べた場所の記録にもなるよう見取り図を作ったので渡しておきます。何かの際には役に立つことがあるかもしれません。」
「利吉くん、一人でそんな危険を…!捕まったらただではすまないぞ!」
「…正直、危ない場面もありましたが大丈夫です。あともう少し、まだそこに載っていない場所を探してみようと思います。」
「…そこが危険だと判断したから、我々に先にこれを渡しておこうと思ったんじゃないのかい?」
じっと見つめると、利吉くんは静かに月を見上げた。
「…初めてなのです。」
目を伏せ、言葉を探すようにゆっくりと話す。
「この身を危険に晒してでも、何かを守りたいと思ったのは…。」
ザッと風が吹き込み、彼の酒の水面が波打った。
「…たまみさんの涙を見たときに思いました。突然現れたというのは未だに信じがたい話ではありますが……何かに怯えるのではなく、心迷いながら過ごすのではなく…安心して心穏やかに居てほしいと。」
「それは私だって同じ気持ちだ。でもきみが危険な目に遭うのをたまみは望まない。」
「分かっています。だから彼女には決して言わないでください。ただ私が勝手に動いているだけです。」
「きみが一人でそんな危険を犯すことはない…!」
「土井先生は忙しいでしょうし…他にも守るべきものや捨てられないものがあるでしょう。…私の方が身軽で動きやすいです。」
「身軽?!利吉くんに何かあればご両親が悲しむじゃないか!」
「………」
「利吉くん、家族の死ほど悲しいものはない。自分を大事にしてくれ…!私だって幼い頃から知っているきみに何かあれば…!」
「…忍の道を選んだからには危険はいつも隣り合わせです。…もともと戦忍だったあなたが、そんな言葉を言うのですか。」
「だからだ。」
私は利吉くんの肩をぐっと握ってこちらを向かせた。
鋭い眼差しが私を突き返す。
「利吉くん、まさか、これが最後になるかもしれないと、そう思ってこの酒を持ってきたんじゃないだろうね…?」
「………。」
利吉くんは何も云わなかった。
それが答えか。
「利吉くん」
私は真っ直ぐに彼の目を見た。
「きみなら、これ以上は危険だという線引きが分かるだろう。絶対、それ以上は踏み込まないと約束してくれ…!」
「土井先生…」
「約束、してくれ。」
「………」
利吉くんは目をそらし静かに息を吐くと、ゆっくり頷いた。
「…そう…言われると、思っていました。」
「ならどうして…」
「………どうしてでしょうね…。」
その目はまた隣の部屋の壁を見ていた。
利吉くんのここまでの気持ちを知りつつも譲れないものであることに胸が痛む。
「それで、約束はしてくれるのかい?」
「はいはい、分かりました、約束します。」
利吉くんは少しなげやりに、しかしはっきりと約束してくれた。
「…私もあの巻物を放っておくつもりはない。だがこの件で後々狙われるようなことにならぬよう…混乱に乗じてうまく奪う方がいい。」
「混乱…戦のことですか。」
「そうだ。タソガレドキはいま戦の準備をしている。戦が始まれば城も手薄になるし、巻物を奪われたと気づいてもその優先度は低くなっているはずだ。うまくいけばそのまま忘れてくれるかもしれない。」
「…そううまくいくでしょうか。」
「わからない。だが先方に動きがあったり、時がきたら私も動くから…そのときにはきっとこの見取り図を活用させてもらうよ、ありがとう。」
「私は土井先生のためにしているんじゃありません。お礼を言われる筋合いもないですね。」
文句を言いながらこちらを嫌そうに睨む利吉くんに幼い頃の面影が重なった。
思わずその頭をわしゃわしゃと撫でると、ぱしんと腕を払われた。
「私は生徒じゃありません!」
「あ、つい。すまない。」
苦笑いして頭をかくと、利吉くんもやっと表情を緩めてくれた。
「まあこれでここに来た目的の半分程は果たしました。」
「目的の半分?」
「父の仕事を知ることと、この紙を渡すこと。」
「残りは?」
「父が帰れるように仕事を整理すること。それから…。」
利吉くんが私を見て不敵に笑った。
「あわよくばたまみさんを奪うこと…ですかね。」
「んなっ…!」
「さ、明日も早いでしょうしもう寝ますか。」
堂々とそんな宣言をしておきながら利吉くんはさっさと布団に入ってしまった。
や、やはり利吉くんは油断ならない…!
私は明日からも気を引き締めていかねばと胸に誓いながら目を閉じた…。