第100話 眠れぬ夜は誰のせい
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その夜。
色々考えていたら長くお湯に浸かりすぎてしまった。
湯上がりに廊下で虫の声を聴きながら涼んでいると、利吉さんと土井先生が向こうから歩いてきた。
二人は湯上がりの夜着姿。
…ん?
二人の後ろで曲がり角からひょこっと数人の顔が覗いた。
誰だろうと目を凝らすと、パッと隠れられてしまった。
でも、微かに黄色い声が聞こえてきて…これは、利吉さんの後ろをくのたまの誰かがつけているのではと思った。
「利吉くん、いい加減に追い返したら。」
「面倒…いえ、私が構うと喜んで余計に人数が増えていくので…。ここは先輩教師として土井先生が…。」
「…はぁ、まったく…何で私が……って、あれ、たまみ何してるんだい?」
「あ、ちょっと涼んでました…。」
「もう遅いから部屋に戻った方がいい。利吉くんも部屋に入って。あの子達は私が帰らせておくから。」
「ありがとうございます。」
「まったく…何で私が…。いいかい、二人もちゃんと部屋に戻るように。私もすぐ戻るから。」
そう言いながら土井先生が生徒を追い返しにいった。
私も自室に入ろうとしたとき、パッと障子にかけた手を押さえられた。
「たまみさん。少しだけ、一緒に飲みませんか。」
「え?」
利吉さんが悪戯っぽく微笑んだ。
「実はちょっとだけお酒を持って来たんです。」
「そ、そんなもの持ち込んだら…!」
「生徒ではありませんし、少しくらいいいでしょう。」
利吉さんがスッと空を見上げた。
「今夜は月がよく見えます。…たまみさんと月見酒を飲む機会なんてなかなかなさそうですし…。」
利吉さんが職員室の障子を開けて私を中に促した。
「や、でも…土井先生も部屋に戻れって…」
「自室に、とは言わなかったでしょう?」
そ、それは屁理屈では。
「ほら、こうして開けておけば月も見えるし…問題ないでしょう?」
戸惑う私の背中をさりげなく押して、利吉さんは障子の近くに座った。
「ね?」
少し強引に、けれどどこか甘えているような笑顔。
…何か、あったのかな。
なんとなく、普段と違う雰囲気を感じた。
何か話したいことでもあるのかと、断りきれずに私は利吉さんの隣に座った。
開けられたままの障子からは月明かりが差し込み、利吉さんの顔を照らす。
いつだったか、彼にはとても月が似合うと思ったことが思い出された。
「…利吉さんはお酒が好きなんですか?」
利吉さんは荷物から取り出したお酒をトンと畳に置いた。
私がそれを手に取ると、利吉さんがお猪口を持った。
「たしなむ程度です。」
そう言って微笑む利吉さんのお猪口にお酒を注いだ。
「たまみさんは?」
「あ、私は飲むと寝てしまうのでやめときます。」
「隣の部屋でしょう?寝てしまっても運んでさしあげますよ。」
「いやいや、そんなご迷惑をかけるわけには…」
「体調が悪くなるのですか?」
「いえ、ただ眠くなるだけです。」
「眠いだけ?」
「はい。」
「じゃあ一口だけどうですか?」
利吉さんがもう一つあったお猪口を私に差し出した。
いくら隣ですぐに運べるといっても、酔っ払ったら土井先生に怒られてしまいそう…。
私が遠慮しようとすると、利吉さんがそっと私の手をとった。
「たまみさんと…あなたと、一緒にこうして月を見ながら飲むことも…これが最初で最後かもしれません。」
最初で最後…?
「………どういう意味ですか?」
縁起でもないような言葉に真意を探ろうと表情を探った。
けれど、利吉さんの瞳は何も語らず…静かに月光を映しているだけだった。
「なかなか、ないでしょう?こうして二人で飲むことなんて。」
利吉さんは月を見上げ呟いた。
「忍務中、姿を隠すには月明かりは邪魔なのですが…これからは、たまみさんと酌み交わした月見酒を思い出して頑張ろうと思います。」
私をじっと見つめる瞳。
その表情は真剣だった。
「…最後、とか、言わないでください。」
私はお猪口を受け取り、利吉さんの前に差し出した。
「利吉さんがいつも無事に忍務を終えることを祈って…一口だけ、飲みますね。」
利吉さんが優しい表情でほんの少しだけお酒を注いでくれた。
二人微笑みあい、お猪口を軽くコツンと当てて静かに言った。
「利吉さんのご無事を祈って。」
「…たまみさんが幸せであることを祈って。」
言葉とともに少し口に含んだお酒は辛かった。
利吉さんが一気にお猪口を飲み干す。
「…たまみさん……」
ふわり、と抱きしめられた。
突然のことに驚いて固まっていると、耳元で利吉さんの声が響いた。
「…できれば、あなたの幸せが私とともにあればよかったのですが…。」
「利吉さん…」
「私がもしここの教師で…たまみさんとずっと一緒に居たなら、土井先生ではなく私を選んでくれた可能性も…あるのでしょうか。」
真っ直ぐな眼差しが私を捕らえた。
否定しようとするも、その目を見ると咄嗟に言葉が出なかった。
「…転職しようかな。」
利吉さんがポツリと呟いた。
思わず彼が忍術学園の教師になったら…と想像してしまった。
「利吉さんがここの先生だったら…」
「はい」
「山田先生と毎日喧嘩になるんじゃないですか?洗濯物をどうするかとかいつ帰るかとか。」
親子喧嘩の様子を思い浮かべクスクス笑うと、利吉さんも「そこ?」と言って笑い出した。
「じゃあ父上には隠居して貰って、私がその穴を埋めましょう。母上も喜ぶし、私もたまみさんと一緒に居られるし…」
利吉さんが真剣な表情で私を覗き込む。
端整な顔が月明かりに照らされて、男性なのに美しいと思ってしまった。
…離れなくては。
咄嗟に、後ろに退こうと腕をのばす。
「…あ、れ…?」
一瞬目眩がして体勢を崩した。
「……ぁ…」
「大丈夫ですか!?」
気づけば利吉さんの腕のなかにいた。
倒れる寸前に利吉さんが受け止めてくれたようだ。
あれ…なんだか気持ちいい…。
ふわふわして、温かい胸のなかでこのまま眠ってしまいたい衝動に襲われた。
「ねむい…」
「え?」
「ねむい、です…」
「……寝ても、いいですよ。」
見上げると、利吉さんはにこりと微笑み私の頭を撫でた。
「このまま、寝ますか。」
「そ…れは……」
だめだ…。
そう思いつつ、突然襲われた眠気に思考が回らなくなってくる。
「何もしないので安心していいですよ。」
「………もどら…なきゃ…。」
「では部屋まで送りましょう。」
利吉さんが私を抱きかかえようとしたとき、部屋が暗くなった。
「…?」
見ると、廊下に土井先生が立っていた。
「…何をした?」
逆行で顔が見えない。
でも、その声はとても低かった。
「酒を飲ませたのか?」
怒ってる…?
「ほんの一口ですが、眠くて倒れてしまったようで…部屋に運んできます。」
すると、ぐいっと体が反転した。
「いや、私が連れていく。」
一瞬のうちに、私は土井先生の腕のなかに抱きかかえられていた。
色々考えていたら長くお湯に浸かりすぎてしまった。
湯上がりに廊下で虫の声を聴きながら涼んでいると、利吉さんと土井先生が向こうから歩いてきた。
二人は湯上がりの夜着姿。
…ん?
二人の後ろで曲がり角からひょこっと数人の顔が覗いた。
誰だろうと目を凝らすと、パッと隠れられてしまった。
でも、微かに黄色い声が聞こえてきて…これは、利吉さんの後ろをくのたまの誰かがつけているのではと思った。
「利吉くん、いい加減に追い返したら。」
「面倒…いえ、私が構うと喜んで余計に人数が増えていくので…。ここは先輩教師として土井先生が…。」
「…はぁ、まったく…何で私が……って、あれ、たまみ何してるんだい?」
「あ、ちょっと涼んでました…。」
「もう遅いから部屋に戻った方がいい。利吉くんも部屋に入って。あの子達は私が帰らせておくから。」
「ありがとうございます。」
「まったく…何で私が…。いいかい、二人もちゃんと部屋に戻るように。私もすぐ戻るから。」
そう言いながら土井先生が生徒を追い返しにいった。
私も自室に入ろうとしたとき、パッと障子にかけた手を押さえられた。
「たまみさん。少しだけ、一緒に飲みませんか。」
「え?」
利吉さんが悪戯っぽく微笑んだ。
「実はちょっとだけお酒を持って来たんです。」
「そ、そんなもの持ち込んだら…!」
「生徒ではありませんし、少しくらいいいでしょう。」
利吉さんがスッと空を見上げた。
「今夜は月がよく見えます。…たまみさんと月見酒を飲む機会なんてなかなかなさそうですし…。」
利吉さんが職員室の障子を開けて私を中に促した。
「や、でも…土井先生も部屋に戻れって…」
「自室に、とは言わなかったでしょう?」
そ、それは屁理屈では。
「ほら、こうして開けておけば月も見えるし…問題ないでしょう?」
戸惑う私の背中をさりげなく押して、利吉さんは障子の近くに座った。
「ね?」
少し強引に、けれどどこか甘えているような笑顔。
…何か、あったのかな。
なんとなく、普段と違う雰囲気を感じた。
何か話したいことでもあるのかと、断りきれずに私は利吉さんの隣に座った。
開けられたままの障子からは月明かりが差し込み、利吉さんの顔を照らす。
いつだったか、彼にはとても月が似合うと思ったことが思い出された。
「…利吉さんはお酒が好きなんですか?」
利吉さんは荷物から取り出したお酒をトンと畳に置いた。
私がそれを手に取ると、利吉さんがお猪口を持った。
「たしなむ程度です。」
そう言って微笑む利吉さんのお猪口にお酒を注いだ。
「たまみさんは?」
「あ、私は飲むと寝てしまうのでやめときます。」
「隣の部屋でしょう?寝てしまっても運んでさしあげますよ。」
「いやいや、そんなご迷惑をかけるわけには…」
「体調が悪くなるのですか?」
「いえ、ただ眠くなるだけです。」
「眠いだけ?」
「はい。」
「じゃあ一口だけどうですか?」
利吉さんがもう一つあったお猪口を私に差し出した。
いくら隣ですぐに運べるといっても、酔っ払ったら土井先生に怒られてしまいそう…。
私が遠慮しようとすると、利吉さんがそっと私の手をとった。
「たまみさんと…あなたと、一緒にこうして月を見ながら飲むことも…これが最初で最後かもしれません。」
最初で最後…?
「………どういう意味ですか?」
縁起でもないような言葉に真意を探ろうと表情を探った。
けれど、利吉さんの瞳は何も語らず…静かに月光を映しているだけだった。
「なかなか、ないでしょう?こうして二人で飲むことなんて。」
利吉さんは月を見上げ呟いた。
「忍務中、姿を隠すには月明かりは邪魔なのですが…これからは、たまみさんと酌み交わした月見酒を思い出して頑張ろうと思います。」
私をじっと見つめる瞳。
その表情は真剣だった。
「…最後、とか、言わないでください。」
私はお猪口を受け取り、利吉さんの前に差し出した。
「利吉さんがいつも無事に忍務を終えることを祈って…一口だけ、飲みますね。」
利吉さんが優しい表情でほんの少しだけお酒を注いでくれた。
二人微笑みあい、お猪口を軽くコツンと当てて静かに言った。
「利吉さんのご無事を祈って。」
「…たまみさんが幸せであることを祈って。」
言葉とともに少し口に含んだお酒は辛かった。
利吉さんが一気にお猪口を飲み干す。
「…たまみさん……」
ふわり、と抱きしめられた。
突然のことに驚いて固まっていると、耳元で利吉さんの声が響いた。
「…できれば、あなたの幸せが私とともにあればよかったのですが…。」
「利吉さん…」
「私がもしここの教師で…たまみさんとずっと一緒に居たなら、土井先生ではなく私を選んでくれた可能性も…あるのでしょうか。」
真っ直ぐな眼差しが私を捕らえた。
否定しようとするも、その目を見ると咄嗟に言葉が出なかった。
「…転職しようかな。」
利吉さんがポツリと呟いた。
思わず彼が忍術学園の教師になったら…と想像してしまった。
「利吉さんがここの先生だったら…」
「はい」
「山田先生と毎日喧嘩になるんじゃないですか?洗濯物をどうするかとかいつ帰るかとか。」
親子喧嘩の様子を思い浮かべクスクス笑うと、利吉さんも「そこ?」と言って笑い出した。
「じゃあ父上には隠居して貰って、私がその穴を埋めましょう。母上も喜ぶし、私もたまみさんと一緒に居られるし…」
利吉さんが真剣な表情で私を覗き込む。
端整な顔が月明かりに照らされて、男性なのに美しいと思ってしまった。
…離れなくては。
咄嗟に、後ろに退こうと腕をのばす。
「…あ、れ…?」
一瞬目眩がして体勢を崩した。
「……ぁ…」
「大丈夫ですか!?」
気づけば利吉さんの腕のなかにいた。
倒れる寸前に利吉さんが受け止めてくれたようだ。
あれ…なんだか気持ちいい…。
ふわふわして、温かい胸のなかでこのまま眠ってしまいたい衝動に襲われた。
「ねむい…」
「え?」
「ねむい、です…」
「……寝ても、いいですよ。」
見上げると、利吉さんはにこりと微笑み私の頭を撫でた。
「このまま、寝ますか。」
「そ…れは……」
だめだ…。
そう思いつつ、突然襲われた眠気に思考が回らなくなってくる。
「何もしないので安心していいですよ。」
「………もどら…なきゃ…。」
「では部屋まで送りましょう。」
利吉さんが私を抱きかかえようとしたとき、部屋が暗くなった。
「…?」
見ると、廊下に土井先生が立っていた。
「…何をした?」
逆行で顔が見えない。
でも、その声はとても低かった。
「酒を飲ませたのか?」
怒ってる…?
「ほんの一口ですが、眠くて倒れてしまったようで…部屋に運んできます。」
すると、ぐいっと体が反転した。
「いや、私が連れていく。」
一瞬のうちに、私は土井先生の腕のなかに抱きかかえられていた。