「えー、というわけで今日から１週間、山田先生が出張の間だけ臨時講師に来て貰うことになった。」

「「「「ええーっ！！」」」」」

私の言葉に驚き当惑する一年は組の生徒達。

「もしかして、また大木先生ですか！？」

庄左ヱ門が不安そうに手を挙げて聞いた。

「いや、今回は違う。あんなに走らされることはないだろうから安心しなさい。」

「じゃあ誰なんですかー？」

「私だ。」

教室の戸を開けて入ってきたのは。

「今日から臨時講師として実技担当を務める山田利吉だ。みんなよろしく。」

教壇で爽やかに挨拶をする利吉くん。
売れっ子現役忍者である彼の登場にどよめく生徒達。

はぁ…何故こうなった。

私は心の中で溜め息をつきながらこれからの１週間をどう乗り切るか思考を巡らせた。



今回の山田先生の出張は少しばかり遠方に行かなくてはならず、１週間程度不在になると予想された。
以前代理として来たことのある大木先生は農作業で忙しい時期らしく、代わりにと呼ばれたのはこの利吉くんだったのだ。

「利吉さん、忍者のお仕事はどうしたんですか！？」

生徒達から質問の手が次々にあがる。

「調整してきたよ。」

「山田先生がいない間、忍術学園に泊まり込みで教えてくださるんですか？」

「ああ、そのつもりだ。」

生徒達の不安そうな目が一斉に私に向けられ、次いでたまみに向けられた。
気遣わしげな目が、私と利吉くんを交互に見比べる。

…なんだそれは、どういう意味だ。

生徒達がひそひそと話す声が聞こえてくる。

「１週間も…たまみさん、大丈夫かな…。」

「利吉さんが相手じゃちょっと…」

「土井先生…かわいそう…」

すこここーん！

「おまえたち、余計な私語は慎みなさい…！」

おでこにチョークを当てられ痛がる乱太郎、きり丸、しんべヱ。
利吉くんとたまみにはひそひそと話していた内容が聞こえなかったようで不思議そうな顔をしている。

「さあ、まずは挨拶から。」

私が出席簿をかかげると、生徒達は目を見合わせ頷き一斉に姿勢を正した。

「「「「「お、お手柔らかによろしくお願いします！」」」」」」

皆が一斉に利吉くんにお辞儀をした。

お手柔らかにって…それは授業の内容についてなのか、それとも…。

「………。」

皆の表情から「土井先生がんばれ」という応援のようなものを感じた。

…余計なお世話だ。
……だが、生徒に心配される私ってどうなんだ…。

子ども達のいらぬ心遣いに溜め息をつきそうになってしまった。
しかし利吉くんはそんなことに気づいているのかいないのか、「よろしく。」と爽やかな笑顔で挨拶をしめた。

「今日は利吉くんも教科の授業を見学していくことになっているが、お前達はちゃんと授業に集中するんだぞ。」

「「「「「はーい！」」」」」」

いつも返事だけはいいんだよな…。

「えー、では昨日の続きからいくぞ。………」

そしていつも通りの授業が始まった…。




カーン。

「今日の授業はこれまで！」

「ありがとうございました！」

生徒達の後ろで聞いていた利吉くんとたまみを連れて部屋を出る。
利吉くんが私の横に並び歩く。

「さすが土井先生。とても分かりやすい説明でした。」

「いや、それがなかなかテストの点数に結びつかなくてね…。」

「それは…まぁ…はい、というか毎日あんな感じなのですか？」

「いつもあんな感じだ。」

「………お、お疲れ様です…。」

想像以上に１年は組の授業態度がひどかったのか、利吉くんはちょっと引いているようだった。

「まぁ利吉くんも１週間だけとはいえ実技を教えることになってるんだから、一緒に頑張ろう。」

「はい。土井先生、たまみさん、よろしくお願いします。」

山田先生から借りた黒い忍装束を身にまとい、にこりと微笑む利吉くん。
遠くからくノ一教室の生徒達が熱い視線を送っているのが目についた。
そして更に遠くからは六年生が隙あらば手合わせしたいと狙っているようだった。

やれやれ。
これはややこしいことになった…。

利吉くんもそれらの気配には気づいているのだろうが、完全に無視してたまみをにこにこと見ていた。
彼女は遠くの気配など気づくはずもなく、素直によろしくお願いしますと笑顔を返している。

微笑みあう二人の間に流れる穏やかな空気…。

「土井先生、どうされましたか？」

「あ、胃が痛いですか？お薬、持ってきましょうか…？」

「えっ…、あ。」

無意識に胃を押さえていた。
パッと手を離す。

「いや、大丈夫だ。…さあ、やることは山積みだしさっさと行こう。」

私は笑顔を作り二人を促した。