第98話 潮騒
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その晩、夕食を食べながらたまみに先程のことを話してみた。
「たまみ、きり丸に頼んで明日は丸一日バイトをなくしてもらったんだ。ゆっくり休むのもいいし…、それとも行きたいところとかしたいことはあるかい?」
すると彼女は目をパチパチさせ、きり丸を見た。
「バイト、いいの?」
「ずっと手伝ってもらってるし、1日ぐらいいいですよ。」
「そうなの?じゃあ…」
たまみは嬉しそうに微笑んで手元を見つめた。
「海が見たいなぁ。」
「たまみさん、ホント海好きですねー。」
「うん、綺麗な海を見てのんびりボーッとしたいな。」
のほほんと微笑むたまみ。
予想通りの答えに私も頷いて笑顔を返した。
「いいよ、じゃあ明日は三人で海に行こうか。…そうと決まれば今日は早く寝ないとな。」
たまみと目があったので、きり丸にバレないように目配せしてみせた。
彼女は一瞬きょとんとしたが、すぐにその意味を察して咳払いをした。
「そ、そうですね、明日に備えて早く寝ましょう…!」
うん、今夜はいつものお楽しみ時間はお預けだな。
ちょっと…いや結構残念ではあるが、たまみが明日元気に楽しめる方がいい。
ちらりとたまみを見ると、もう明日のことを想像しているのかニコニコしながらご飯を食べていた。
そんな様子に私も嬉しくなり、やはり1日だけでもそんな日を作ってみてよかったと思った。
翌日。
朝から支度をして早速三人で海に出かけた。
「きり丸、その大きなタライは何に使うんだ?」
「あー、気にしないでください。」
「もしかして魚でも釣って売ろうとか考えて…」
「いやぁ~、ほら、たまみさん海の生き物捕まえるの好きでしょう?せっかくだから沢山捕まえて、ついでに売れば一石二鳥かなって。」
「お前というやつは…今日はバイトは休みだと言っただろう!」
「ちょっとくらいいいじゃないですかー!ね、たまみさん?」
「んー、じゃあもし売れそうなのを捕まえられたら売ろうか。」
「はぁ、しょうがないな…。今日はあくまでも休日だからな!採集が目的ではないから勘違いしないように!」
「土井先生こそ休日なのに先生っぽいこと言わないでください~!」
「…きり丸、何か文句でもあるのか?」
「!…い、いえ~ございませーん!」
「まったく…。」
まさか、そのタライを一杯にするまで帰らないとか言うんじゃないだろうな…。
大きなタライを担ぐきり丸に一抹の不安を感じながら私はたまみが用意してくれたお弁当と水を持って歩きだした。
数刻後。
「やっと着きましたね!」
潮の匂いと波の音。
たまみは逸る気持ちを抑えきれず嬉々として歩を速めた。
きり丸も後に続き、やがて二人が子どものように小走りに駆け出した。
「こらこら、転ぶんじゃないぞー。」
日差しは暑いが連れてきてよかった。
そう微笑ましく二人の後ろ姿を眺めていると、突然二人がピタリと止まった。
「…半助さん、あれ、何が落ちてるんでしょう?」
「ん?」
たまみが指さす浜辺には黒っぽい塊が幾つか落ちていた。
「あれは……ワカメじゃないか?」
「ワカメ!?」
「波で浜辺にうちあがったんだろう。ワカメ拾いは春が多いはずだけど…」
「は、浜辺に小銭…もといワカメがたくさん…!!」
きり丸が目を小銭に変えて勢いよく走りだし、タライにワカメを入れ始めた。
「きりちゃんも楽しそうでよかったです。私の我が儘につきあわせちゃったかなって心配だったから…。」
たまみが苦笑しながらきり丸を眺めた。
「我が儘なんかじゃないよ。きり丸もあんなにはしゃいでるし…私もたまみとこうして海に来れて嬉しい。」
「半助さん…」
「結構歩いたし疲れてないか?先に少し休む?」
風呂敷から水筒を出し、座るのに適当な場所を探す。
「あの木陰に座ろう。あそこならきり丸も見える。」
微笑んで頷くたまみの手をとり、ザリザリと砂浜を踏みしめながら歩く。
丁度いい木陰に並んで座り、水を飲みながら二人でぼんやりと景色を眺めた。
波音が耳に心地いい。
そういえば、去年もたまみとこうして海を眺めていたな…。
あの頃はまだたまみの気持ちが分からなくて色々やきもちをやいたりしていたが…。
ん、やきもちをやかされるのは今もだな。
子どものようにはしゃいで水をかけあったのが懐かしいな…。
そんなことを思い出していると、たまみが手を伸ばして近くの木を拾った。
何をするのだろう。
すると、たまみは砂の上に絵を描いた。
…!
少し驚いてたまみを見つめると、彼女は嬉しそうに私を見上げて笑った。
砂の上には、木の枝でハートが描かれていた。
「………」
私は彼女の手から枝を拝借し、すぐ横の砂上に絵を描いた。
それは、たまみが描いたより大きなハート。
「………。」
つられて描いてみたが、書き終えてみると何だか恥ずかしい。
「私の方が好きな気持ちが大きい」などと言葉にするのも気恥ずかしくて、私は目をそらしながら枝を返した。
「…嬉しい…!」
言わずとも気持ちは伝わったのか、たまみが私の腕に腕を絡ませ抱きついた。
思わず抱き寄せ口づけそうになり慌てて自重する。
「さ…そろそろ私達も生き物探しに行こうか?」
私は邪な気持ちを振り払って立ち上がった。
キラキラと目を輝かせるたまみに笑いながら、その手を引いて浜の方へと向かった。
途中でわらじを脱ぎ、小袖の裾を片手で持ちながらたまみがザブザブと浅瀬を歩く。
波に足をとられ転ばないよう、私は彼女の手をとり一緒に歩いた。
「冷たい…キラキラして綺麗な水ですね!」
嬉しそうに笑む彼女の瞳が海の光を反射してキラキラと輝く。
ときおり足を伝い落ちる滴が陽の光にきらりと光る。
白く細い足首が、パシャパシャと音を立てて楽しげに水を蹴り上げた。
小袖が濡れるのも厭わずに自由にはしゃぐ可愛いたまみの手を強く握る。
…こうしてたまみの手を引くのが、いつだって私でありますように。
私がそんなことを考えているなどとは露ほども知らず、たまみは時折ワカメを拾いながら浅い海を歩き続けた。
「いや〜、今日は大収穫ですねっ!」
三人で木陰に座り、たまみの作ってくれたかやくご飯のおにぎりと玉子焼きを食べる。
きり丸は山盛りのタライを見ながら嬉しそうに笑った。
「…きり丸、あんなに拾うと持って帰るのも重いだろう。大丈夫か?」
「えっ、それはもちろん土井先生が持ってくれるんじゃ…」
「最初から私をあてにするんじゃない。それにあれじゃタライの底が抜けてしまいそうだぞ?」
「そ、そんなぁ…折角集めたのに…!」
「他にもここの近所の方々がきっと採りに来るだろう。自然の恵みに感謝して、一人占めせず持てるだけにしておきなさい。」
「うぅ…、分かりました…。」
涙を流すきり丸の背中をたまみがぽんぽんとなだめた。
「うちにも少し持って帰って、お味噌汁とか酢の物にしよう。きっと美味しいよ。」
「はぁーい…。」
「そんなしょんぼりしないで!カニとか生き物はあんまりいなかったけど、ちゃんと収穫があってよかったじゃない。」
「そうですね…。」
「ほら、これも食べさせてあげるから。」
「!…い、いただきます!」
あげるという言葉に弱いきり丸が、たまみに玉子焼きを食べさせてもらって美味しそうに顔を綻ばせた。
「きり丸、食べさせてもらってよかったな。」
そう言うと、たまみが嬉しそうに私に玉子焼きを差し出した。
「ふふ、じゃあ半助さんもアーン?」
「え!?いや…」
いやいや、きり丸の目の前で…!
きり丸は面白がってこちらをニヤニヤと見ていた。
しかしたまみは純粋に嬉しそうに私に玉子焼きを差し出している。
ニコニコと満面の笑みで。
…こ、断り辛い…!
「…あ、あそこに大きなカニがいるぞ。」
「えっ、どこっすか!?早く捕まえなきゃ…!」
きり丸がよそ見をした隙をつき、私はたまみの手首をそっと掴んだ。
少し驚く彼女にニッと笑いかけて口を開ける。
そのままたまみの腕を引き、差し出されている玉子焼きを一口でパクリと頬張った。
「ん…美味しい。」
程よい甘味のある玉子焼き。
浜辺で食べるからか、食べさせてもらったからか、学園で食べるより美味しく感じた。
「よかった。」
たまみは嬉しそうに少し頬を染めた。
…可愛い。
そんな短いやりとりを楽しんでいると、目を小銭にしたきり丸が走りかけた。
グッとその腕を掴み止める。
「すまん、見間違えた。ワカメだった。」
「えー!?紛らわしいこと言わないでくださいよ!」
迷惑そうに怒るきり丸。
きり丸の目をそらす為にちょっと嘘をついたことに気づいていないようだ。
「それよりほら、おにぎり食べないなら私が貰うぞ?」
「ダメです!」
きり丸が大きな口におにぎりを頬張った。
波の音を聞きながら、三人でお昼ごはんを食べて穏やかな時間が過ぎる。
楽しそうな二人を眺めながら、私もまた同じように笑っていた。
「たまみ、きり丸に頼んで明日は丸一日バイトをなくしてもらったんだ。ゆっくり休むのもいいし…、それとも行きたいところとかしたいことはあるかい?」
すると彼女は目をパチパチさせ、きり丸を見た。
「バイト、いいの?」
「ずっと手伝ってもらってるし、1日ぐらいいいですよ。」
「そうなの?じゃあ…」
たまみは嬉しそうに微笑んで手元を見つめた。
「海が見たいなぁ。」
「たまみさん、ホント海好きですねー。」
「うん、綺麗な海を見てのんびりボーッとしたいな。」
のほほんと微笑むたまみ。
予想通りの答えに私も頷いて笑顔を返した。
「いいよ、じゃあ明日は三人で海に行こうか。…そうと決まれば今日は早く寝ないとな。」
たまみと目があったので、きり丸にバレないように目配せしてみせた。
彼女は一瞬きょとんとしたが、すぐにその意味を察して咳払いをした。
「そ、そうですね、明日に備えて早く寝ましょう…!」
うん、今夜はいつものお楽しみ時間はお預けだな。
ちょっと…いや結構残念ではあるが、たまみが明日元気に楽しめる方がいい。
ちらりとたまみを見ると、もう明日のことを想像しているのかニコニコしながらご飯を食べていた。
そんな様子に私も嬉しくなり、やはり1日だけでもそんな日を作ってみてよかったと思った。
翌日。
朝から支度をして早速三人で海に出かけた。
「きり丸、その大きなタライは何に使うんだ?」
「あー、気にしないでください。」
「もしかして魚でも釣って売ろうとか考えて…」
「いやぁ~、ほら、たまみさん海の生き物捕まえるの好きでしょう?せっかくだから沢山捕まえて、ついでに売れば一石二鳥かなって。」
「お前というやつは…今日はバイトは休みだと言っただろう!」
「ちょっとくらいいいじゃないですかー!ね、たまみさん?」
「んー、じゃあもし売れそうなのを捕まえられたら売ろうか。」
「はぁ、しょうがないな…。今日はあくまでも休日だからな!採集が目的ではないから勘違いしないように!」
「土井先生こそ休日なのに先生っぽいこと言わないでください~!」
「…きり丸、何か文句でもあるのか?」
「!…い、いえ~ございませーん!」
「まったく…。」
まさか、そのタライを一杯にするまで帰らないとか言うんじゃないだろうな…。
大きなタライを担ぐきり丸に一抹の不安を感じながら私はたまみが用意してくれたお弁当と水を持って歩きだした。
数刻後。
「やっと着きましたね!」
潮の匂いと波の音。
たまみは逸る気持ちを抑えきれず嬉々として歩を速めた。
きり丸も後に続き、やがて二人が子どものように小走りに駆け出した。
「こらこら、転ぶんじゃないぞー。」
日差しは暑いが連れてきてよかった。
そう微笑ましく二人の後ろ姿を眺めていると、突然二人がピタリと止まった。
「…半助さん、あれ、何が落ちてるんでしょう?」
「ん?」
たまみが指さす浜辺には黒っぽい塊が幾つか落ちていた。
「あれは……ワカメじゃないか?」
「ワカメ!?」
「波で浜辺にうちあがったんだろう。ワカメ拾いは春が多いはずだけど…」
「は、浜辺に小銭…もといワカメがたくさん…!!」
きり丸が目を小銭に変えて勢いよく走りだし、タライにワカメを入れ始めた。
「きりちゃんも楽しそうでよかったです。私の我が儘につきあわせちゃったかなって心配だったから…。」
たまみが苦笑しながらきり丸を眺めた。
「我が儘なんかじゃないよ。きり丸もあんなにはしゃいでるし…私もたまみとこうして海に来れて嬉しい。」
「半助さん…」
「結構歩いたし疲れてないか?先に少し休む?」
風呂敷から水筒を出し、座るのに適当な場所を探す。
「あの木陰に座ろう。あそこならきり丸も見える。」
微笑んで頷くたまみの手をとり、ザリザリと砂浜を踏みしめながら歩く。
丁度いい木陰に並んで座り、水を飲みながら二人でぼんやりと景色を眺めた。
波音が耳に心地いい。
そういえば、去年もたまみとこうして海を眺めていたな…。
あの頃はまだたまみの気持ちが分からなくて色々やきもちをやいたりしていたが…。
ん、やきもちをやかされるのは今もだな。
子どものようにはしゃいで水をかけあったのが懐かしいな…。
そんなことを思い出していると、たまみが手を伸ばして近くの木を拾った。
何をするのだろう。
すると、たまみは砂の上に絵を描いた。
…!
少し驚いてたまみを見つめると、彼女は嬉しそうに私を見上げて笑った。
砂の上には、木の枝でハートが描かれていた。
「………」
私は彼女の手から枝を拝借し、すぐ横の砂上に絵を描いた。
それは、たまみが描いたより大きなハート。
「………。」
つられて描いてみたが、書き終えてみると何だか恥ずかしい。
「私の方が好きな気持ちが大きい」などと言葉にするのも気恥ずかしくて、私は目をそらしながら枝を返した。
「…嬉しい…!」
言わずとも気持ちは伝わったのか、たまみが私の腕に腕を絡ませ抱きついた。
思わず抱き寄せ口づけそうになり慌てて自重する。
「さ…そろそろ私達も生き物探しに行こうか?」
私は邪な気持ちを振り払って立ち上がった。
キラキラと目を輝かせるたまみに笑いながら、その手を引いて浜の方へと向かった。
途中でわらじを脱ぎ、小袖の裾を片手で持ちながらたまみがザブザブと浅瀬を歩く。
波に足をとられ転ばないよう、私は彼女の手をとり一緒に歩いた。
「冷たい…キラキラして綺麗な水ですね!」
嬉しそうに笑む彼女の瞳が海の光を反射してキラキラと輝く。
ときおり足を伝い落ちる滴が陽の光にきらりと光る。
白く細い足首が、パシャパシャと音を立てて楽しげに水を蹴り上げた。
小袖が濡れるのも厭わずに自由にはしゃぐ可愛いたまみの手を強く握る。
…こうしてたまみの手を引くのが、いつだって私でありますように。
私がそんなことを考えているなどとは露ほども知らず、たまみは時折ワカメを拾いながら浅い海を歩き続けた。
「いや〜、今日は大収穫ですねっ!」
三人で木陰に座り、たまみの作ってくれたかやくご飯のおにぎりと玉子焼きを食べる。
きり丸は山盛りのタライを見ながら嬉しそうに笑った。
「…きり丸、あんなに拾うと持って帰るのも重いだろう。大丈夫か?」
「えっ、それはもちろん土井先生が持ってくれるんじゃ…」
「最初から私をあてにするんじゃない。それにあれじゃタライの底が抜けてしまいそうだぞ?」
「そ、そんなぁ…折角集めたのに…!」
「他にもここの近所の方々がきっと採りに来るだろう。自然の恵みに感謝して、一人占めせず持てるだけにしておきなさい。」
「うぅ…、分かりました…。」
涙を流すきり丸の背中をたまみがぽんぽんとなだめた。
「うちにも少し持って帰って、お味噌汁とか酢の物にしよう。きっと美味しいよ。」
「はぁーい…。」
「そんなしょんぼりしないで!カニとか生き物はあんまりいなかったけど、ちゃんと収穫があってよかったじゃない。」
「そうですね…。」
「ほら、これも食べさせてあげるから。」
「!…い、いただきます!」
あげるという言葉に弱いきり丸が、たまみに玉子焼きを食べさせてもらって美味しそうに顔を綻ばせた。
「きり丸、食べさせてもらってよかったな。」
そう言うと、たまみが嬉しそうに私に玉子焼きを差し出した。
「ふふ、じゃあ半助さんもアーン?」
「え!?いや…」
いやいや、きり丸の目の前で…!
きり丸は面白がってこちらをニヤニヤと見ていた。
しかしたまみは純粋に嬉しそうに私に玉子焼きを差し出している。
ニコニコと満面の笑みで。
…こ、断り辛い…!
「…あ、あそこに大きなカニがいるぞ。」
「えっ、どこっすか!?早く捕まえなきゃ…!」
きり丸がよそ見をした隙をつき、私はたまみの手首をそっと掴んだ。
少し驚く彼女にニッと笑いかけて口を開ける。
そのままたまみの腕を引き、差し出されている玉子焼きを一口でパクリと頬張った。
「ん…美味しい。」
程よい甘味のある玉子焼き。
浜辺で食べるからか、食べさせてもらったからか、学園で食べるより美味しく感じた。
「よかった。」
たまみは嬉しそうに少し頬を染めた。
…可愛い。
そんな短いやりとりを楽しんでいると、目を小銭にしたきり丸が走りかけた。
グッとその腕を掴み止める。
「すまん、見間違えた。ワカメだった。」
「えー!?紛らわしいこと言わないでくださいよ!」
迷惑そうに怒るきり丸。
きり丸の目をそらす為にちょっと嘘をついたことに気づいていないようだ。
「それよりほら、おにぎり食べないなら私が貰うぞ?」
「ダメです!」
きり丸が大きな口におにぎりを頬張った。
波の音を聞きながら、三人でお昼ごはんを食べて穏やかな時間が過ぎる。
楽しそうな二人を眺めながら、私もまた同じように笑っていた。