第96話 大事なもの
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まさか、きり丸がたまみに櫛を贈っていたとは…。
そういえば次屋三之助がアルバイトを終えて戻ったとき、乱太郎きり丸しんべヱの三人が手伝ってくれたと報告してきていた。
しかしまさか、あのドケチのきり丸がバイト代としてもらった櫛をたまみにあげるだなんて…!!
幼い子どもが家族をなくし自分一人で生きる為にはお金が必要で…そうして自分の命よりも金儲けを優先するようになってしまったあの子が、もらった金品を自分のものとして貯金するよりも他者に贈ろうと考えたとは…!!
もともときり丸は思いやりのある子だと私は知っていた。
しかし銭が絡むと抑えがきかないところがあると思っていたのに…いつの間にか成長していたのだなと感動した。
…それに。
もしかするときり丸はたまみを母のように慕っているようにも感じられた。
それは私がいつか願った家族のかたち……。
やきもちをやいて誰が贈り主か調べようとしていたことが恥ずかしくなった。
無防備なたまみの安全にも関わることだから間違っていたとは思わないが…きり丸の純粋な気持ちを傷つけるようなことにならなくてよかった。
「土井先生!」
職員室の障子が勢いよく開けられ、そこには緊張した面持ちのきり丸が立っていた。
「あの、お話が…!」
「どうしたきり丸?」
「実は、たまみさんの櫛なんですけど…」
「ああ、もういいんだ。」
「えっ?」
「気にすることはないと思い直した。」
「は…はあ…?」
「…誰がたまみに贈ったにせよ、彼女の気持ちは…その、あれだ。まぁ、…大丈夫ということだ。」
我ながらしどろもどろに曖昧な説明をすると、きり丸は怪訝そうに首を傾げた。
「…なぁんだ、それなら最初から誰に貰ったかとか気なしなきゃいいのに。」
「…きり丸、いい機会だから覚えておきなさい。女性に櫛を贈ると、求婚の意味をもつときがあるんだ。」
「えっ、きゅ…!?」
「苦も死もともに、という語呂からな。だから誰が贈ったのか気になったのだが……まぁ、たまみも櫛にそういう意味があることを知らないようだし、今回はもういいんだ。」
きり丸は驚いて固まっていた。
やはり知らなかったんだな。
私はその頭の上にぽんと手を置いて笑った。
「あと何年後か…きり丸も大きくなってそんな相手を見つけたら、真っ先に私に言うんだぞ?」
「な、なんで土井先生に言わなきゃいけないんですか…!?」
「え?だって、嬉しいじゃないか。」
「嬉しい?」
「きり丸が、銭より大切なものを見つけられたら私も嬉しい。」
「…!」
先程たまみが言っていた言葉に重なるようにそう言うと、きり丸は顔を赤くして目をそらした。
「そ、そうだとしても…土井先生には言いませんから!」
「そうか?」
はははと笑うと、きり丸は「〜ッ、失礼します!」と勢いよく障子を閉めて走り去っていった。
「あの…土井先生…?」
今しがた閉められた障子が遠慮がちに開けられ、たまみが少し顔を覗かせた。
「今、きりちゃんが来てました…?」
「ああ、来てたよ。」
「あの…、何か怒って出ていきました…?」
たまみは心配そうにおずおずと私と廊下の向こうを見比べた。
私は手招きをして彼女を部屋に入れた。
「いや、大丈夫だよ。…きり丸がその櫛について何か話そうとしたんだけど、もういいって言ったんだ。」
たまみが驚いて私の目を見つめた。
「ついでに、櫛は求婚するときに贈ることがあるとも教えたんだけど…」
「…求婚?」
たまみはぽかんとして目をぱちぱちさせた。
私は頷いて彼女の頭を撫で苦笑した。
「うん、だから誰が贈ったのか気になってしまった。」
「…!!」
驚く彼女をぎゅっと抱き寄せ優しく伝える。
「でも、もういい。たまみの気持ちは分かっているし、きみの言葉を信じるよ。」
「半助さん…」
本当は贈り主がきり丸だと知ったからとは言わない。
たまみは嘘が上手くないから、いつか私が知っているときり丸に言ってしまいそうだ。
それはきっと、きり丸の本意ではない。
「…じゃあきりちゃんは、何で走って出ていったんですか?」
たまみが不思議そうに尋ねた。
「ああ、あれは…。」
私は彼女の髪を撫でながら答えた。
「きり丸もいつか銭より大事におもう人ができたら、私も嬉しいから教えてくれと言ったんだ。そしたら私には言わないと走って出ていったんだよ。」
「…そうだったんですか…。じゃあ怒ってたんじゃなくて恥ずかしかったんですね。」
「まぁそうかな?」
たまみはやっと安心したようにクスクスと笑った。
私は改めてたまみの櫛を見た。
少し控えめな可愛らしい花の柄。
ふと蝉の音が外から聞こえてきた。
もう夏休みがそこまで来ている。
またあの長屋で三人で過ごす日が楽しみだな…。
私は微笑みながら、少し気の早い蝉の鳴き声に耳を傾けた。
そういえば次屋三之助がアルバイトを終えて戻ったとき、乱太郎きり丸しんべヱの三人が手伝ってくれたと報告してきていた。
しかしまさか、あのドケチのきり丸がバイト代としてもらった櫛をたまみにあげるだなんて…!!
幼い子どもが家族をなくし自分一人で生きる為にはお金が必要で…そうして自分の命よりも金儲けを優先するようになってしまったあの子が、もらった金品を自分のものとして貯金するよりも他者に贈ろうと考えたとは…!!
もともときり丸は思いやりのある子だと私は知っていた。
しかし銭が絡むと抑えがきかないところがあると思っていたのに…いつの間にか成長していたのだなと感動した。
…それに。
もしかするときり丸はたまみを母のように慕っているようにも感じられた。
それは私がいつか願った家族のかたち……。
やきもちをやいて誰が贈り主か調べようとしていたことが恥ずかしくなった。
無防備なたまみの安全にも関わることだから間違っていたとは思わないが…きり丸の純粋な気持ちを傷つけるようなことにならなくてよかった。
「土井先生!」
職員室の障子が勢いよく開けられ、そこには緊張した面持ちのきり丸が立っていた。
「あの、お話が…!」
「どうしたきり丸?」
「実は、たまみさんの櫛なんですけど…」
「ああ、もういいんだ。」
「えっ?」
「気にすることはないと思い直した。」
「は…はあ…?」
「…誰がたまみに贈ったにせよ、彼女の気持ちは…その、あれだ。まぁ、…大丈夫ということだ。」
我ながらしどろもどろに曖昧な説明をすると、きり丸は怪訝そうに首を傾げた。
「…なぁんだ、それなら最初から誰に貰ったかとか気なしなきゃいいのに。」
「…きり丸、いい機会だから覚えておきなさい。女性に櫛を贈ると、求婚の意味をもつときがあるんだ。」
「えっ、きゅ…!?」
「苦も死もともに、という語呂からな。だから誰が贈ったのか気になったのだが……まぁ、たまみも櫛にそういう意味があることを知らないようだし、今回はもういいんだ。」
きり丸は驚いて固まっていた。
やはり知らなかったんだな。
私はその頭の上にぽんと手を置いて笑った。
「あと何年後か…きり丸も大きくなってそんな相手を見つけたら、真っ先に私に言うんだぞ?」
「な、なんで土井先生に言わなきゃいけないんですか…!?」
「え?だって、嬉しいじゃないか。」
「嬉しい?」
「きり丸が、銭より大切なものを見つけられたら私も嬉しい。」
「…!」
先程たまみが言っていた言葉に重なるようにそう言うと、きり丸は顔を赤くして目をそらした。
「そ、そうだとしても…土井先生には言いませんから!」
「そうか?」
はははと笑うと、きり丸は「〜ッ、失礼します!」と勢いよく障子を閉めて走り去っていった。
「あの…土井先生…?」
今しがた閉められた障子が遠慮がちに開けられ、たまみが少し顔を覗かせた。
「今、きりちゃんが来てました…?」
「ああ、来てたよ。」
「あの…、何か怒って出ていきました…?」
たまみは心配そうにおずおずと私と廊下の向こうを見比べた。
私は手招きをして彼女を部屋に入れた。
「いや、大丈夫だよ。…きり丸がその櫛について何か話そうとしたんだけど、もういいって言ったんだ。」
たまみが驚いて私の目を見つめた。
「ついでに、櫛は求婚するときに贈ることがあるとも教えたんだけど…」
「…求婚?」
たまみはぽかんとして目をぱちぱちさせた。
私は頷いて彼女の頭を撫で苦笑した。
「うん、だから誰が贈ったのか気になってしまった。」
「…!!」
驚く彼女をぎゅっと抱き寄せ優しく伝える。
「でも、もういい。たまみの気持ちは分かっているし、きみの言葉を信じるよ。」
「半助さん…」
本当は贈り主がきり丸だと知ったからとは言わない。
たまみは嘘が上手くないから、いつか私が知っているときり丸に言ってしまいそうだ。
それはきっと、きり丸の本意ではない。
「…じゃあきりちゃんは、何で走って出ていったんですか?」
たまみが不思議そうに尋ねた。
「ああ、あれは…。」
私は彼女の髪を撫でながら答えた。
「きり丸もいつか銭より大事におもう人ができたら、私も嬉しいから教えてくれと言ったんだ。そしたら私には言わないと走って出ていったんだよ。」
「…そうだったんですか…。じゃあ怒ってたんじゃなくて恥ずかしかったんですね。」
「まぁそうかな?」
たまみはやっと安心したようにクスクスと笑った。
私は改めてたまみの櫛を見た。
少し控えめな可愛らしい花の柄。
ふと蝉の音が外から聞こえてきた。
もう夏休みがそこまで来ている。
またあの長屋で三人で過ごす日が楽しみだな…。
私は微笑みながら、少し気の早い蝉の鳴き声に耳を傾けた。