第96話 大事なもの
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あの日、俺はいつものように乱太郎としんべヱと一緒に町を歩いていた。
すると偶然、次屋三之助先輩が職業体験として櫛屋でアルバイトをしているのを見かけた。
安売りをしている櫛の前には人だかりができ、ひょんなことから俺は乱太郎としんべヱと先輩を手伝うことになった。
「今日は手伝ってくれてありがとうな。思ったよりお客さんが多くて一人じゃ大変だったよ。」
日が暮れ始めると、次屋先輩はにこりと笑い店じまいの準備を始めた。
「店のおじさんが、お前達にもお礼をって…」
「バイト代貰えるんですかっ!?」
頼まれてもいないのに成り行きで手伝ってしまい、俺はタダ働きになるのではないかとドキドキしていた。
しかし店主はちゃんと見てくれていたようで、俺は目を銭に変えて先輩の答えを待った。
「う、うん…お金じゃないんだけど、残った櫛の中からどれでも好きなやつを持って帰っていいって。」
「「「ありがとうございます!」」」
なぁんだ。
銭が貰えるわけではないのか。
でもまぁ、貰った櫛を売って銭にすればいいだけの話。
ちょっと手間が増えるだけと思っておくか。
俺は乱太郎としんべヱと並んで、どの櫛を貰うか迷った。
「僕はねぇ、これにしようかな。おしげちゃんにあげよう!」
「じゃあ私はこれにしようかな。」
二人が櫛を一つ手に取る。
俺は一番高く売れそうな、蝶の描かれた少し派手めな櫛を取ろうとした。
「母ちゃんにあげたら喜ぶかな!」
櫛に手が触れる瞬間、乱太郎の言葉に俺は止まった。
その言葉に、俺は、たまみさんが櫛を貰って喜ぶ姿を想像した。
…いや、ドケチの俺が人に物をあげるなんて。
これを売らなくては、俺の大嫌いなタダ働きになってしまう。
そもそも、俺から櫛を貰ってもたまみさんが喜ぶかどうか…。
「……………。」
俺は、高く売れそうな派手な蝶の櫛を手に取った。
…たまみさん、虫が苦手だったよな。
スッとその櫛を元に戻す。
代わりにその横にある控え目な花の模様の櫛を手に取った。
…そういえば、俺、着物作って貰ったり色々してもらってるのに何もお礼したことなかったな…。
俺は櫛を上に持ち上げ眺めた。
…こういうの、好きかな…。
もしこれを渡せば…喜んでくれるかな…。
「きり丸、それにするか?」
次屋先輩が他の櫛を片付けようとして俺に聞いた。
「あ………はい、これに…します。」
俺はその櫛をぎゅっと握りしめた。
この俺が、ドケチのなかのドケチの俺が、誰かに物をあげるなんてあり得ない。
そうだ、あり得ない。
バイト代のかわりにきっちり売らなくては…!
「きり丸はその櫛どうするの?」
しんべヱが何気なく聞いてくる。
すると隣の乱太郎が笑いながら答えた。
「きりちゃんのことだからまたこれを売ってお金にしようとか考えてるんでしょ?」
「あ、当たり前だ!そうしないとタダ働きになっちまうからな。」
反射的にそう言った。
でも、たまみさんの喜ぶ顔を想像すると……。
俺はその櫛を落とさないよう懐にしまいこんだ。
乱太郎が嬉しそうに言った『母ちゃんにあげたら喜ぶかな!』という言葉が、何故か頭から離れなかった。
その日の夕方。
俺はたまみさんの部屋の前をうろうろしていた。
渡そうかどうしようか…部屋の前まできて迷っていると、障子がスッと開いた。
驚いて固まっていると、中からたまみさんが出てきた。
「ん?きりちゃんどうしたの?」
「……あ………」
俺は下を向いて言葉につまった。
たまみさんは少し待っていたけれど、暫くすると俺の背中を優しく押した。
「入る?」
「……うん」
二人で部屋に入るとたまみさんが障子を閉めた。
優しい手が俺の頭を撫でる。
「…どうしたの?」
たまみさんは膝をつき俺の顔を覗き込んだ。
俺はぎゅっと拳を握った。
「あの…」
「?」
「これ……!」
俺は覚悟を決めて懐から櫛を取り出した。
たまみさんに差し出すと、目を丸くして驚かれた。
「…わたしに?」
「………」
やっぱり変だったかな。
俺が物をあげるなんて変に思われたよな。
第一、本当の家族でもなんでもないのに…。
そう思ったとたん胸が痛くなった。
理由は分からなかった。
でも、その瞬間。
櫛を差し出した手に温かい感触がした。
「ありがとう…!大事に、するね…。」
たまみさんが俺の手を両手で包み込んだ。
温かく柔らかい手。
ためらいながら顔をあげると、たまみさんは涙目になって喜んでいた。
「……!」
その顔に、何故か俺まで泣きそうになった。
何で、櫛なんかでそこまで喜ぶのか。
何で、俺までこんな…。
「嬉しい…ありがとう。」
たまみさんが俺を抱きしめた。
俺は暫く突っ立ったままじっとしていた。
『母ちゃんにあげたら喜ぶかな!』
乱太郎の言葉を思い出した。
あのときの眩しい笑顔。
…そうか。
喜んでもらうって…こういうことなのか。
…売らなくてよかった。
俺はこの気持ちがなんなのか、何でちょっと泣きそうなのか…たまみさんがこんなに喜んでいるのか分からなかった。
それでも、これでよかったのだと…。
銭を儲けるよりも嬉しい気持ちになることがあるのだと、俺はぼんやりと考えた。
「…さっそく半助さんにも見せてこようかな。」
たまみさんが嬉しそうに笑った。
でも俺は慌てて止めた。
「や、やめてください…!俺から貰ったってことは、その、誰にも言わないでくれませんか…!」
「えー、何で?」
「な、何ででもです…!!」
ドケチの俺がまさか人に物をあげたとか広まったら恥ずかしすぎる…!
「約束ですよ!」
「ふふ…分かった、約束ね。」
たまみさんは微笑んで嬉しそうに櫛を眺めた。
「可愛いね。」と呟いた一言が、櫛に対して言っているはずなのに、何だか俺に言われているような気がして…。
気恥ずかしくなった俺は、早々に部屋を出た。
嬉しいような、気恥ずかしいような…。
この胸に広がる気持ちが何なのかよく分からないまま、俺は部屋に戻った。
すると偶然、次屋三之助先輩が職業体験として櫛屋でアルバイトをしているのを見かけた。
安売りをしている櫛の前には人だかりができ、ひょんなことから俺は乱太郎としんべヱと先輩を手伝うことになった。
「今日は手伝ってくれてありがとうな。思ったよりお客さんが多くて一人じゃ大変だったよ。」
日が暮れ始めると、次屋先輩はにこりと笑い店じまいの準備を始めた。
「店のおじさんが、お前達にもお礼をって…」
「バイト代貰えるんですかっ!?」
頼まれてもいないのに成り行きで手伝ってしまい、俺はタダ働きになるのではないかとドキドキしていた。
しかし店主はちゃんと見てくれていたようで、俺は目を銭に変えて先輩の答えを待った。
「う、うん…お金じゃないんだけど、残った櫛の中からどれでも好きなやつを持って帰っていいって。」
「「「ありがとうございます!」」」
なぁんだ。
銭が貰えるわけではないのか。
でもまぁ、貰った櫛を売って銭にすればいいだけの話。
ちょっと手間が増えるだけと思っておくか。
俺は乱太郎としんべヱと並んで、どの櫛を貰うか迷った。
「僕はねぇ、これにしようかな。おしげちゃんにあげよう!」
「じゃあ私はこれにしようかな。」
二人が櫛を一つ手に取る。
俺は一番高く売れそうな、蝶の描かれた少し派手めな櫛を取ろうとした。
「母ちゃんにあげたら喜ぶかな!」
櫛に手が触れる瞬間、乱太郎の言葉に俺は止まった。
その言葉に、俺は、たまみさんが櫛を貰って喜ぶ姿を想像した。
…いや、ドケチの俺が人に物をあげるなんて。
これを売らなくては、俺の大嫌いなタダ働きになってしまう。
そもそも、俺から櫛を貰ってもたまみさんが喜ぶかどうか…。
「……………。」
俺は、高く売れそうな派手な蝶の櫛を手に取った。
…たまみさん、虫が苦手だったよな。
スッとその櫛を元に戻す。
代わりにその横にある控え目な花の模様の櫛を手に取った。
…そういえば、俺、着物作って貰ったり色々してもらってるのに何もお礼したことなかったな…。
俺は櫛を上に持ち上げ眺めた。
…こういうの、好きかな…。
もしこれを渡せば…喜んでくれるかな…。
「きり丸、それにするか?」
次屋先輩が他の櫛を片付けようとして俺に聞いた。
「あ………はい、これに…します。」
俺はその櫛をぎゅっと握りしめた。
この俺が、ドケチのなかのドケチの俺が、誰かに物をあげるなんてあり得ない。
そうだ、あり得ない。
バイト代のかわりにきっちり売らなくては…!
「きり丸はその櫛どうするの?」
しんべヱが何気なく聞いてくる。
すると隣の乱太郎が笑いながら答えた。
「きりちゃんのことだからまたこれを売ってお金にしようとか考えてるんでしょ?」
「あ、当たり前だ!そうしないとタダ働きになっちまうからな。」
反射的にそう言った。
でも、たまみさんの喜ぶ顔を想像すると……。
俺はその櫛を落とさないよう懐にしまいこんだ。
乱太郎が嬉しそうに言った『母ちゃんにあげたら喜ぶかな!』という言葉が、何故か頭から離れなかった。
その日の夕方。
俺はたまみさんの部屋の前をうろうろしていた。
渡そうかどうしようか…部屋の前まできて迷っていると、障子がスッと開いた。
驚いて固まっていると、中からたまみさんが出てきた。
「ん?きりちゃんどうしたの?」
「……あ………」
俺は下を向いて言葉につまった。
たまみさんは少し待っていたけれど、暫くすると俺の背中を優しく押した。
「入る?」
「……うん」
二人で部屋に入るとたまみさんが障子を閉めた。
優しい手が俺の頭を撫でる。
「…どうしたの?」
たまみさんは膝をつき俺の顔を覗き込んだ。
俺はぎゅっと拳を握った。
「あの…」
「?」
「これ……!」
俺は覚悟を決めて懐から櫛を取り出した。
たまみさんに差し出すと、目を丸くして驚かれた。
「…わたしに?」
「………」
やっぱり変だったかな。
俺が物をあげるなんて変に思われたよな。
第一、本当の家族でもなんでもないのに…。
そう思ったとたん胸が痛くなった。
理由は分からなかった。
でも、その瞬間。
櫛を差し出した手に温かい感触がした。
「ありがとう…!大事に、するね…。」
たまみさんが俺の手を両手で包み込んだ。
温かく柔らかい手。
ためらいながら顔をあげると、たまみさんは涙目になって喜んでいた。
「……!」
その顔に、何故か俺まで泣きそうになった。
何で、櫛なんかでそこまで喜ぶのか。
何で、俺までこんな…。
「嬉しい…ありがとう。」
たまみさんが俺を抱きしめた。
俺は暫く突っ立ったままじっとしていた。
『母ちゃんにあげたら喜ぶかな!』
乱太郎の言葉を思い出した。
あのときの眩しい笑顔。
…そうか。
喜んでもらうって…こういうことなのか。
…売らなくてよかった。
俺はこの気持ちがなんなのか、何でちょっと泣きそうなのか…たまみさんがこんなに喜んでいるのか分からなかった。
それでも、これでよかったのだと…。
銭を儲けるよりも嬉しい気持ちになることがあるのだと、俺はぼんやりと考えた。
「…さっそく半助さんにも見せてこようかな。」
たまみさんが嬉しそうに笑った。
でも俺は慌てて止めた。
「や、やめてください…!俺から貰ったってことは、その、誰にも言わないでくれませんか…!」
「えー、何で?」
「な、何ででもです…!!」
ドケチの俺がまさか人に物をあげたとか広まったら恥ずかしすぎる…!
「約束ですよ!」
「ふふ…分かった、約束ね。」
たまみさんは微笑んで嬉しそうに櫛を眺めた。
「可愛いね。」と呟いた一言が、櫛に対して言っているはずなのに、何だか俺に言われているような気がして…。
気恥ずかしくなった俺は、早々に部屋を出た。
嬉しいような、気恥ずかしいような…。
この胸に広がる気持ちが何なのかよく分からないまま、俺は部屋に戻った。