第94話 誰が為に花は咲く
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煙硝蔵で火薬の在庫を数えていると、人の話し声が聞こえてきた。
「…でね、利吉さんがさっきたまみさんと…」
!!
盗み聞きをするつもりはなかったが、たまみという名前に耳が反応してしまった。
話しているのはくノ一教室の生徒数人のようだ。
「利吉さんがたまみさんに桔梗の花束を渡して、耳元で何か囁いてたの!その後、遠くて断片的にしか聞こえなかったんだけど『そろそろ白黒はっきりしてほしい』とか言ってて…!」
「白黒はっきりって…土井先生を選ぶか利吉さんを選ぶかってこと!?」
「それでそれで!?」
「そしたらたまみさんがね!『どちらがいいか分からない』『両方好き』とか言ってたの!」
「ええーっ!!それってつまり、土井先生と利吉さんの両方好きってこと!?」
「しかもさぁ、桔梗ってあれじゃない…?」
「花言葉?」
「そう!確か『永遠の愛』だった気がする!」
「なにそれ求婚!?」
「で、で!?最終的には!?」
「よく聞こえなかったんだけど、利吉さんは機嫌よさそうに食堂を離れたわ。」
「それは…いい返事を貰えたってこと!?」
「そうかもしれないわね…。」
「でもでも、たまみさんって土井先生とお付き合いしてるんじゃないの?」
「多分そうだと思うんだけどねー。」
「相手があの利吉さんだもんね…心移りしても仕方ないかも…。」
「そういえばさっき、山田先生と利吉さんが言い争ってたんだけど、それってもしかして山田先生が利吉さんに注意してたとか!?」
「そりゃあ息子が自分の同僚の彼女を奪ったとか気まずいよねー。」
「どんな障害があっても乗り越えて奪うとか…そんなに愛されてみたいわ…!」
徐々に遠ざかっていく声。
あまりの衝撃に、暫く体が動かなかった。
な、な、なんだって…
たまみが、利吉くんと…!?
いやいや、噂話など好き勝手に話が進むもの。
本人に直接確かめなくては…。
どこまで火薬の在庫を数えていたのかも忘れてしまい、正確に数え直す余裕もなく…私はそのまま静かに煙硝蔵の扉を閉めた。
職員室に戻ると、たまみが授業の資料を作っていた。
「あ、土井先生。ちょうどよかった、ここなんですけどね…。」
日中、職員室では名前で呼ばないようにと約束しているにも関わらず、土井先生と呼ばれたことに妙な距離感を感じてしまった。
彼女の言っている言葉が、頭に入ってこない。
「…土井先生?」
不思議そうに私をみる彼女。
頭巾の下からちらりと見える色。
これは…
「…たまみ、これどうしたの?」
しゅるりと彼女の頭巾をほどくと、髪に一輪の桔梗が挿さっていた。
「え…?」
キョトンとする彼女に、その花を取って見せてみる。
「あ、これ…さっき利吉さんが…」
「…利吉くんが?」
噂は本当だったのか?
じっとたまみの瞳を見据えると、彼女は少し目をそらして答えた。
「いえ、その…食堂に飾ってくださいと桔梗の花束をくれたんですけど、…髪に挿されていたのは…気づきませんでした…。」
「…へぇ。」
彼女の髪紐に手を伸ばす。
自然と近くなる距離。
その耳元で囁いた。
「こんな至近距離で…花に気づかないほど、何かに気をとられていたの?」
利吉くんなら気づかれず花を挿すことなど造作もないだろう。
しかし、先程聞いた噂話が私の不安を掻き立てた。
たまみの瞳を覗き込むと、それは微かに揺れていて…。
「何か、利吉くんに言われた?」
「えーっと、その…」
明らかに動揺している。
彼女の手首を掴み、その視線を私に戻させた。
「…もう、離さないって…言ったよね?」
たまみの肩に手を置き、その場に押し倒した。
驚き見開かれる目に優しく口づける。
「私と利吉くんと…両方好きだって…?」
「えっ!?」
「いっそ…、たまみがもう迷うことのないように…」
たまみの両手に手を重ねて押さえ込む。
戸惑う彼女の顔に胸が痛み、焦燥感が募った。
「私以外に嫁げないように…してしまおうか…?」
おもむろにたまみの首筋に口づけ、強く吸いついた。
痛みに彼女の体が強ばったが、構うことなくそのまま赤い痣を幾つも残した。
「ど、どい、せんせ…!?」
抵抗はされなかった。
私の言っている意味は伝わっているのか…そのうえで抵抗していないのだろうか…。
不安が拭いきれず、彼女の目をもう一度覗き込んだ。
「…それでも、いい?」
たまみは戸惑いながら首を横に振った。
「!」
どこかで縦に頷くことを期待していた。
心が、軋む音がした。
彼女は当惑した顔で私の表情を伺っている。
やはり、たまみの気持ちは…
唇の端を噛み締めた。
ぐっと目を閉じる。
考えがまとまらず、次の言葉を探す…と、重ねていた彼女の手が私の指をきゅっと握りしめた。
反射的に視線を戻すと、たまみは目をそらして小さく呟いた。
「あの、今、ここでというのは…」
「…!」
それは、私の知っているいじらしい彼女の表情で…。
「…今ここで…でなければ、いいのかい?」
恥じらいながらコクリと頷くたまみ。
冷えていた心臓が、熱を持ち早鐘をうち始めた。
「え…ほんとに…?」
「………はい。」
「…えっと、本当に…どういう意味か…分かってる?」
「分かってると…思いますけど…。」
自ら願ったことなのに、スッと受け入れられてしまい、逆にこちらが驚いてしまった。
たまみは怪訝そうな顔をして私を見つめている。
「私はその…ずっと…いつでも……。というか、土井先生、何かあったんですか?何だか変ですよ?」
「…いや…。実は……さっき…」
ドカーンッ
説明しようとしかけたとき、障子をなぎ倒し何かが部屋に飛び込んできた。
咄嗟に頭を下げて避けると、それは私の頭上を掠めて壁に激突した。
「チッ、外したか!」
廊下には山田先生が立っていた。
何事かと思ったとき、山田先生がこちらに気づき険しい顔をした。
「半助、お前というやつは昼間っから…!」
「へっ!?」
山田先生の言葉に下をみると、確かに私はたまみを押し倒していて。
しかも、先程の飛来物を避けたために彼女の胸の上に顔を埋めるような体勢になっていて…。
「あっ、や、これはですね!いま何かが飛んできたので避けようと咄嗟に…!!」
それより前からこの体勢だったことは隠してもっともらしく言い訳すると、山田先生は疑うような眼差しでこちらを睨みつつ床に落ちた風呂敷を拾った。
あれは…いつもの洗濯物か?
たまみは座り直すと山田先生に頭を下げた。
「山田先生、桔梗の花束ありがとうございます。食堂のおばちゃんも喜んでいましたよ。」
「そうか。伝子さんから乱太郎達に勉強のご褒美としてやろうと思ったんだが、あいつらすぐに居眠りしていてな…。ちょうど利吉が通りかかったから、食堂のおばちゃんにお礼がてら渡して来いと言ったんだ…余計な親心かもしれんがな。」
なに…!?
利吉くんからの求婚の花束ではなかったのか…!?
「そんな私の親心も知らず、洗濯物のひとつやふたつ持って帰るのを拒むとは…絶対取っ捕まえて渡してやる…!」
山田先生が風呂敷を持って音もなく姿を消した。
後には、壊れた障子と私とたまみ。
「……利吉くんに、求婚されたんじゃないの?」
思いきって聞いてみると、たまみはポカンと驚いた顔をした。
「求婚…?」
「…白黒はっきりさせてほしい、というのは?」
「白黒?…ああ、職員会議で出すお饅頭を注文するのに、白餡と黒餡の数をそろそろはっきりさせてほしいと言われましたけど…そのことですか?」
白餡と黒餡!?
「じゃあ…どちらがいいかよく分からない、両方好き、というのは?」
「?…えーと…、もしかして…『松千代先生が白餡と黒餡どちらがいいか分からない』と言ったことですか…?あとは、『私は白餡も黒餡も両方好きなので余った方を食べようかな』と…。」
「………!」
な、なんということだ。
完全に勘違いではないか。
しまった…嫉妬にかられて曖昧な情報のまま思い込んでしまった。
そして思い返すと、自分はとんでもないことを言っていたのではないか…!?
ちらりとたまみを見ると、彼女は上目遣いに私を伺うようにじっと見つめていた。
「…えー、すまない…とんだ勘違いをしていた…。」
「私が利吉さんに求婚されて土井先生と利吉さんの両方が好きだと答えたと…思ったんですか?」
ずばり聞かれ、返す言葉もなく目線をさ迷わせると、たまみが私の袖を掴んで悲しげに俯いた。
「私の気持ちを…疑われたのですか…?」
「い、いや…違うんだ、そうじゃなくて…っ!」
俯くたまみの頭をぎゅっと抱きしめた。
大きく息を吐き、私は小さな声で呟いた。
「自分に…自信がないんだよ…。きみの心を引き留めておけるだけのものを持っているのか…。」
本人を目の前に弱音をこぼすなど情けない…。
しかし、変に誤解されるのだけは嫌だった。
「…私には、半助さんだけです。」
彼女の腕がゆっくりと私の背に回された。
私の胸に顔を埋めていたたまみが、真っ直ぐに私を見上げた。
「私は、半助さんのものだと…いつも言ってるじゃないですか…。」
「たまみ…」
ガタガタガタッッ!!
壊れた障子の隙間から、一年は組の生徒達が雪崩のように転がり入ってきた。
「お…お前たち…!!いつからそこに居たんだ…っ!?」
気まずそうに苦笑いする11人。
学級委員である庄左ヱ門が真っ先に立ち上がり説明した。
「すみません、くノ一教室の子たちから妙な噂を聞いたので確かめに来たのですが…思い過ごしのようで安心しました!」
妙な噂…。
内容は恐らく私が聞いたのと同じようなものだろう。
「俺も本当びっくりしてつい来ちゃいましたけど…何か邪魔しちゃったみたいでスミマセン。」
きり丸がニヤニヤしながら頭をかいた。
一体どこから見ていたんだ…!?
いくら余裕がなかったとはいえ生徒の気配に気づかなかった自分に対する腹立たしさと、たまみとのやり取りを聞かれていた恥ずかしさでつい怒鳴ってしまった。
「お前たち、こんなことしてる暇があるなら勉強しなさい!宿題を倍にするぞ!?」
すると生徒達は一目散に各々の部屋へと走って帰っていった。
…皆、満面の笑みで。
「こらっ、廊下を走るんじゃない!!」
いつもの台詞で注意しながら、壊れた障子を持ち上げた。
ちらりと後ろを伺い見るとたまみと目があった。
「………とりあえず、これ、直そっか…。」
そうして何だか気まずいまま2人黙々と障子の修理をしたのだった。
「…でね、利吉さんがさっきたまみさんと…」
!!
盗み聞きをするつもりはなかったが、たまみという名前に耳が反応してしまった。
話しているのはくノ一教室の生徒数人のようだ。
「利吉さんがたまみさんに桔梗の花束を渡して、耳元で何か囁いてたの!その後、遠くて断片的にしか聞こえなかったんだけど『そろそろ白黒はっきりしてほしい』とか言ってて…!」
「白黒はっきりって…土井先生を選ぶか利吉さんを選ぶかってこと!?」
「それでそれで!?」
「そしたらたまみさんがね!『どちらがいいか分からない』『両方好き』とか言ってたの!」
「ええーっ!!それってつまり、土井先生と利吉さんの両方好きってこと!?」
「しかもさぁ、桔梗ってあれじゃない…?」
「花言葉?」
「そう!確か『永遠の愛』だった気がする!」
「なにそれ求婚!?」
「で、で!?最終的には!?」
「よく聞こえなかったんだけど、利吉さんは機嫌よさそうに食堂を離れたわ。」
「それは…いい返事を貰えたってこと!?」
「そうかもしれないわね…。」
「でもでも、たまみさんって土井先生とお付き合いしてるんじゃないの?」
「多分そうだと思うんだけどねー。」
「相手があの利吉さんだもんね…心移りしても仕方ないかも…。」
「そういえばさっき、山田先生と利吉さんが言い争ってたんだけど、それってもしかして山田先生が利吉さんに注意してたとか!?」
「そりゃあ息子が自分の同僚の彼女を奪ったとか気まずいよねー。」
「どんな障害があっても乗り越えて奪うとか…そんなに愛されてみたいわ…!」
徐々に遠ざかっていく声。
あまりの衝撃に、暫く体が動かなかった。
な、な、なんだって…
たまみが、利吉くんと…!?
いやいや、噂話など好き勝手に話が進むもの。
本人に直接確かめなくては…。
どこまで火薬の在庫を数えていたのかも忘れてしまい、正確に数え直す余裕もなく…私はそのまま静かに煙硝蔵の扉を閉めた。
職員室に戻ると、たまみが授業の資料を作っていた。
「あ、土井先生。ちょうどよかった、ここなんですけどね…。」
日中、職員室では名前で呼ばないようにと約束しているにも関わらず、土井先生と呼ばれたことに妙な距離感を感じてしまった。
彼女の言っている言葉が、頭に入ってこない。
「…土井先生?」
不思議そうに私をみる彼女。
頭巾の下からちらりと見える色。
これは…
「…たまみ、これどうしたの?」
しゅるりと彼女の頭巾をほどくと、髪に一輪の桔梗が挿さっていた。
「え…?」
キョトンとする彼女に、その花を取って見せてみる。
「あ、これ…さっき利吉さんが…」
「…利吉くんが?」
噂は本当だったのか?
じっとたまみの瞳を見据えると、彼女は少し目をそらして答えた。
「いえ、その…食堂に飾ってくださいと桔梗の花束をくれたんですけど、…髪に挿されていたのは…気づきませんでした…。」
「…へぇ。」
彼女の髪紐に手を伸ばす。
自然と近くなる距離。
その耳元で囁いた。
「こんな至近距離で…花に気づかないほど、何かに気をとられていたの?」
利吉くんなら気づかれず花を挿すことなど造作もないだろう。
しかし、先程聞いた噂話が私の不安を掻き立てた。
たまみの瞳を覗き込むと、それは微かに揺れていて…。
「何か、利吉くんに言われた?」
「えーっと、その…」
明らかに動揺している。
彼女の手首を掴み、その視線を私に戻させた。
「…もう、離さないって…言ったよね?」
たまみの肩に手を置き、その場に押し倒した。
驚き見開かれる目に優しく口づける。
「私と利吉くんと…両方好きだって…?」
「えっ!?」
「いっそ…、たまみがもう迷うことのないように…」
たまみの両手に手を重ねて押さえ込む。
戸惑う彼女の顔に胸が痛み、焦燥感が募った。
「私以外に嫁げないように…してしまおうか…?」
おもむろにたまみの首筋に口づけ、強く吸いついた。
痛みに彼女の体が強ばったが、構うことなくそのまま赤い痣を幾つも残した。
「ど、どい、せんせ…!?」
抵抗はされなかった。
私の言っている意味は伝わっているのか…そのうえで抵抗していないのだろうか…。
不安が拭いきれず、彼女の目をもう一度覗き込んだ。
「…それでも、いい?」
たまみは戸惑いながら首を横に振った。
「!」
どこかで縦に頷くことを期待していた。
心が、軋む音がした。
彼女は当惑した顔で私の表情を伺っている。
やはり、たまみの気持ちは…
唇の端を噛み締めた。
ぐっと目を閉じる。
考えがまとまらず、次の言葉を探す…と、重ねていた彼女の手が私の指をきゅっと握りしめた。
反射的に視線を戻すと、たまみは目をそらして小さく呟いた。
「あの、今、ここでというのは…」
「…!」
それは、私の知っているいじらしい彼女の表情で…。
「…今ここで…でなければ、いいのかい?」
恥じらいながらコクリと頷くたまみ。
冷えていた心臓が、熱を持ち早鐘をうち始めた。
「え…ほんとに…?」
「………はい。」
「…えっと、本当に…どういう意味か…分かってる?」
「分かってると…思いますけど…。」
自ら願ったことなのに、スッと受け入れられてしまい、逆にこちらが驚いてしまった。
たまみは怪訝そうな顔をして私を見つめている。
「私はその…ずっと…いつでも……。というか、土井先生、何かあったんですか?何だか変ですよ?」
「…いや…。実は……さっき…」
ドカーンッ
説明しようとしかけたとき、障子をなぎ倒し何かが部屋に飛び込んできた。
咄嗟に頭を下げて避けると、それは私の頭上を掠めて壁に激突した。
「チッ、外したか!」
廊下には山田先生が立っていた。
何事かと思ったとき、山田先生がこちらに気づき険しい顔をした。
「半助、お前というやつは昼間っから…!」
「へっ!?」
山田先生の言葉に下をみると、確かに私はたまみを押し倒していて。
しかも、先程の飛来物を避けたために彼女の胸の上に顔を埋めるような体勢になっていて…。
「あっ、や、これはですね!いま何かが飛んできたので避けようと咄嗟に…!!」
それより前からこの体勢だったことは隠してもっともらしく言い訳すると、山田先生は疑うような眼差しでこちらを睨みつつ床に落ちた風呂敷を拾った。
あれは…いつもの洗濯物か?
たまみは座り直すと山田先生に頭を下げた。
「山田先生、桔梗の花束ありがとうございます。食堂のおばちゃんも喜んでいましたよ。」
「そうか。伝子さんから乱太郎達に勉強のご褒美としてやろうと思ったんだが、あいつらすぐに居眠りしていてな…。ちょうど利吉が通りかかったから、食堂のおばちゃんにお礼がてら渡して来いと言ったんだ…余計な親心かもしれんがな。」
なに…!?
利吉くんからの求婚の花束ではなかったのか…!?
「そんな私の親心も知らず、洗濯物のひとつやふたつ持って帰るのを拒むとは…絶対取っ捕まえて渡してやる…!」
山田先生が風呂敷を持って音もなく姿を消した。
後には、壊れた障子と私とたまみ。
「……利吉くんに、求婚されたんじゃないの?」
思いきって聞いてみると、たまみはポカンと驚いた顔をした。
「求婚…?」
「…白黒はっきりさせてほしい、というのは?」
「白黒?…ああ、職員会議で出すお饅頭を注文するのに、白餡と黒餡の数をそろそろはっきりさせてほしいと言われましたけど…そのことですか?」
白餡と黒餡!?
「じゃあ…どちらがいいかよく分からない、両方好き、というのは?」
「?…えーと…、もしかして…『松千代先生が白餡と黒餡どちらがいいか分からない』と言ったことですか…?あとは、『私は白餡も黒餡も両方好きなので余った方を食べようかな』と…。」
「………!」
な、なんということだ。
完全に勘違いではないか。
しまった…嫉妬にかられて曖昧な情報のまま思い込んでしまった。
そして思い返すと、自分はとんでもないことを言っていたのではないか…!?
ちらりとたまみを見ると、彼女は上目遣いに私を伺うようにじっと見つめていた。
「…えー、すまない…とんだ勘違いをしていた…。」
「私が利吉さんに求婚されて土井先生と利吉さんの両方が好きだと答えたと…思ったんですか?」
ずばり聞かれ、返す言葉もなく目線をさ迷わせると、たまみが私の袖を掴んで悲しげに俯いた。
「私の気持ちを…疑われたのですか…?」
「い、いや…違うんだ、そうじゃなくて…っ!」
俯くたまみの頭をぎゅっと抱きしめた。
大きく息を吐き、私は小さな声で呟いた。
「自分に…自信がないんだよ…。きみの心を引き留めておけるだけのものを持っているのか…。」
本人を目の前に弱音をこぼすなど情けない…。
しかし、変に誤解されるのだけは嫌だった。
「…私には、半助さんだけです。」
彼女の腕がゆっくりと私の背に回された。
私の胸に顔を埋めていたたまみが、真っ直ぐに私を見上げた。
「私は、半助さんのものだと…いつも言ってるじゃないですか…。」
「たまみ…」
ガタガタガタッッ!!
壊れた障子の隙間から、一年は組の生徒達が雪崩のように転がり入ってきた。
「お…お前たち…!!いつからそこに居たんだ…っ!?」
気まずそうに苦笑いする11人。
学級委員である庄左ヱ門が真っ先に立ち上がり説明した。
「すみません、くノ一教室の子たちから妙な噂を聞いたので確かめに来たのですが…思い過ごしのようで安心しました!」
妙な噂…。
内容は恐らく私が聞いたのと同じようなものだろう。
「俺も本当びっくりしてつい来ちゃいましたけど…何か邪魔しちゃったみたいでスミマセン。」
きり丸がニヤニヤしながら頭をかいた。
一体どこから見ていたんだ…!?
いくら余裕がなかったとはいえ生徒の気配に気づかなかった自分に対する腹立たしさと、たまみとのやり取りを聞かれていた恥ずかしさでつい怒鳴ってしまった。
「お前たち、こんなことしてる暇があるなら勉強しなさい!宿題を倍にするぞ!?」
すると生徒達は一目散に各々の部屋へと走って帰っていった。
…皆、満面の笑みで。
「こらっ、廊下を走るんじゃない!!」
いつもの台詞で注意しながら、壊れた障子を持ち上げた。
ちらりと後ろを伺い見るとたまみと目があった。
「………とりあえず、これ、直そっか…。」
そうして何だか気まずいまま2人黙々と障子の修理をしたのだった。