第88話 気がつけば
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「すみません、今度のお休みに町のお掃除にご一緒するって言ってたのに、行けなくなってしまいました…!」
実技の授業から職員室に戻ると、突然たまみが謝ってきた。
「それは別に構わないけど、どうしたんだい?」
「食堂のおばちゃんがお料理教室を開くことになって、そのお手伝いをお願いされちゃったんです。すみません、食堂のおばちゃんに頼まれたらお断りできなくて…!」
「気にしなくていいよ。掃除はもともと一人で行くつもりだったんだし。」
「すみません!この次は必ず私も行きますから…」
申し訳なさそうに謝るたまみの頭をぽんと撫でた。
「ほんとに大丈夫だから。食堂のおばちゃんにはいつもお世話になってるし、できることは手伝わないとね。」
しゅんと頷く彼女を私は笑顔で諭した。
次の休み。
補習が終わったあと、今日はきり丸もバイトがあり一人で家に向かった。
きり丸のやつ、わざと今日バイトを入れたな…。
しかし、私もたまには掃除を手伝わないとまた隣のおばちゃんに怒られるしな…。
「………?」
なぜか家までの距離がいつもより長く感じた。
疲れているのだろうか。
確かに今日の補習も散々な授業だったしなぁ…。
全くあいつらときたら…。
思わずため息がこぼれる。
そんなことを考えながらとぼとぼと歩いていると、長屋の前に着いたとき隣のおばちゃんに声をかけられた。
「半助!今日は忘れずに来てくれたのね。」
「ええ、まぁ。いつも仕事で来れずにすみません。」
「あら、たまみさんときり丸は?」
「二人ともちょっと用事で来れなくて。その分私がやりますよ。」
隣のおばちゃんが眉間にしわを寄せて声を落とした。
「半助、あんた…」
「はい?」
「たまみさんにフラれたの?」
「はぁ!?」
「こないだ来たときにね、私、たまみさんに言っちゃったのよ。」
「な…何をですか?」
「あんたが家に若い女性を出入りさせてるって。」
若い女性?
出入り…って、ああ、北石くんのことか。
「それは誤解です!別に出入りさせていたわけではありませんし、たまみもそれは分かってくれています。」
「そうなの?それならいいんだけど…。ほら、前は掃除の日のときたまみさんも来てくれてたから、もしかしてあれから何かあったのかなって心配になっちゃって。」
「は、ははは…大丈夫です。今日はたまたま彼女に用事ができただけですから。」
「ならいいわ。じゃあ今日はしっかり手伝ってもらうわよ!」
隣のおばちゃんの想像力には参ったものだ…。
これがまた大家さんやご近所さん達の間で変な噂として広まったりすると困るのだが、何とかそれは免れたようでよかった…。
約一刻後、町の掃除も終わり家に戻った。
今日はぽかぽかと春の暖かい陽気な一日だったが、水はまだ冷たく水拭きやら色々していると少し冷えてしまった。
お茶でも飲んで温まってから学園に戻ろうと囲炉裏に火をおこす。
シュンシュンシュン…
湯を沸かす音が静かな部屋に響く。
外からは子ども達が遊ぶ声がした。
何気なく周りを見渡してみる。
いつもと変わらない殺風景な部屋。
しかし、今はやけに広く感じた。
…この家はこんなにも広かっただろうか。
お茶をいれようと湯飲みに手を伸ばす。
「…あ……」
つい二人分を手にとってしまった。
今ここに居るのは私だけなのに…。
湯飲みに刻まれている小さな花柄を指でなぞる。
私のものよりも少し小さな湯飲み。
「…お湯も沢山沸かしすぎてしまったな。」
気を取り直し、胡座をかいて熱いお茶をゆっくり飲む。
…何だか味気ない。
「………」
無意識に、目線がかまどの方に向いてしまった。
…いるはずがないのに。
私は無意識に、たまみの姿を探していた。
大きく息をついて目を閉じる。
そうか…
最近ずっと、家に帰るときにはたまみも一緒に来てくれていたから。
彼女が傍にいることが、彼女の居るこの家が、当たり前になってしまっていたのか…。
きり丸がうちに来るようになってからも、長期休暇以外はこの家に一人で立ち寄ることも珍しくなかったのに…むしろそれが普通だったはずなのに。
いつの間にか、たまみが傍に居ることを当然のように思ってしまっている自分に気がついた。
あまり物を持っていない彼女は、休みの間はここで過ごすものの荷物をここに置いていくことはない。
唯一、彼女がここで過ごしていた証となるのは…。
花柄のお椀と湯飲み。
初めて彼女がここで休暇を過ごすことになったとき、一緒に選んで買ったものだ。
「…懐かしいな。」
まだ半年ちょっと前のことだというのに、随分昔のように感じた。
窓の外を見る。
いい天気だ。
「…どうしてるかな……」
今朝一緒にいたばかりなのに、急にたまみの顔が見たくなった。
私はお茶を一気に飲み干すと、すぐに家を出た。
食堂のおばちゃんとお料理教室をすると言っていたお寺はここからそう遠くない。
ちょっと様子を見に行ってみよう。
私は足早に会場へ向かった。
実技の授業から職員室に戻ると、突然たまみが謝ってきた。
「それは別に構わないけど、どうしたんだい?」
「食堂のおばちゃんがお料理教室を開くことになって、そのお手伝いをお願いされちゃったんです。すみません、食堂のおばちゃんに頼まれたらお断りできなくて…!」
「気にしなくていいよ。掃除はもともと一人で行くつもりだったんだし。」
「すみません!この次は必ず私も行きますから…」
申し訳なさそうに謝るたまみの頭をぽんと撫でた。
「ほんとに大丈夫だから。食堂のおばちゃんにはいつもお世話になってるし、できることは手伝わないとね。」
しゅんと頷く彼女を私は笑顔で諭した。
次の休み。
補習が終わったあと、今日はきり丸もバイトがあり一人で家に向かった。
きり丸のやつ、わざと今日バイトを入れたな…。
しかし、私もたまには掃除を手伝わないとまた隣のおばちゃんに怒られるしな…。
「………?」
なぜか家までの距離がいつもより長く感じた。
疲れているのだろうか。
確かに今日の補習も散々な授業だったしなぁ…。
全くあいつらときたら…。
思わずため息がこぼれる。
そんなことを考えながらとぼとぼと歩いていると、長屋の前に着いたとき隣のおばちゃんに声をかけられた。
「半助!今日は忘れずに来てくれたのね。」
「ええ、まぁ。いつも仕事で来れずにすみません。」
「あら、たまみさんときり丸は?」
「二人ともちょっと用事で来れなくて。その分私がやりますよ。」
隣のおばちゃんが眉間にしわを寄せて声を落とした。
「半助、あんた…」
「はい?」
「たまみさんにフラれたの?」
「はぁ!?」
「こないだ来たときにね、私、たまみさんに言っちゃったのよ。」
「な…何をですか?」
「あんたが家に若い女性を出入りさせてるって。」
若い女性?
出入り…って、ああ、北石くんのことか。
「それは誤解です!別に出入りさせていたわけではありませんし、たまみもそれは分かってくれています。」
「そうなの?それならいいんだけど…。ほら、前は掃除の日のときたまみさんも来てくれてたから、もしかしてあれから何かあったのかなって心配になっちゃって。」
「は、ははは…大丈夫です。今日はたまたま彼女に用事ができただけですから。」
「ならいいわ。じゃあ今日はしっかり手伝ってもらうわよ!」
隣のおばちゃんの想像力には参ったものだ…。
これがまた大家さんやご近所さん達の間で変な噂として広まったりすると困るのだが、何とかそれは免れたようでよかった…。
約一刻後、町の掃除も終わり家に戻った。
今日はぽかぽかと春の暖かい陽気な一日だったが、水はまだ冷たく水拭きやら色々していると少し冷えてしまった。
お茶でも飲んで温まってから学園に戻ろうと囲炉裏に火をおこす。
シュンシュンシュン…
湯を沸かす音が静かな部屋に響く。
外からは子ども達が遊ぶ声がした。
何気なく周りを見渡してみる。
いつもと変わらない殺風景な部屋。
しかし、今はやけに広く感じた。
…この家はこんなにも広かっただろうか。
お茶をいれようと湯飲みに手を伸ばす。
「…あ……」
つい二人分を手にとってしまった。
今ここに居るのは私だけなのに…。
湯飲みに刻まれている小さな花柄を指でなぞる。
私のものよりも少し小さな湯飲み。
「…お湯も沢山沸かしすぎてしまったな。」
気を取り直し、胡座をかいて熱いお茶をゆっくり飲む。
…何だか味気ない。
「………」
無意識に、目線がかまどの方に向いてしまった。
…いるはずがないのに。
私は無意識に、たまみの姿を探していた。
大きく息をついて目を閉じる。
そうか…
最近ずっと、家に帰るときにはたまみも一緒に来てくれていたから。
彼女が傍にいることが、彼女の居るこの家が、当たり前になってしまっていたのか…。
きり丸がうちに来るようになってからも、長期休暇以外はこの家に一人で立ち寄ることも珍しくなかったのに…むしろそれが普通だったはずなのに。
いつの間にか、たまみが傍に居ることを当然のように思ってしまっている自分に気がついた。
あまり物を持っていない彼女は、休みの間はここで過ごすものの荷物をここに置いていくことはない。
唯一、彼女がここで過ごしていた証となるのは…。
花柄のお椀と湯飲み。
初めて彼女がここで休暇を過ごすことになったとき、一緒に選んで買ったものだ。
「…懐かしいな。」
まだ半年ちょっと前のことだというのに、随分昔のように感じた。
窓の外を見る。
いい天気だ。
「…どうしてるかな……」
今朝一緒にいたばかりなのに、急にたまみの顔が見たくなった。
私はお茶を一気に飲み干すと、すぐに家を出た。
食堂のおばちゃんとお料理教室をすると言っていたお寺はここからそう遠くない。
ちょっと様子を見に行ってみよう。
私は足早に会場へ向かった。