第80話 核心
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「君は何で一年は組の補佐をしてるの?」
そんなことを聞かれたのは久しぶりで、咄嗟に言葉が出てこなかった。
先程まで優しい口調で話していた雑渡さんが、じっと観察するように私を見ているように感じた。
「え、と…その……」
私が一年は組の補佐になったとき、学園のみんなには、戦に巻き込まれて記憶がなくなったからだと説明していた。
そして今も同様に説明しようとしかけて、私はハッと口をつぐんだ。
記憶がないことにつけこみ悪用しようとする輩もいるかもしれないから、部外者にはやたらと話さない方がよいと言われたのだ。
何と答えるべきか迷っていると、雑渡さんが首を傾げた。
「何か言えない理由でも?」
「………」
肯定ともとれてしまう沈黙に、雑渡さんが腕を組んだ。
「じゃあ質問を変えようか…。たまみちゃん、きみ一体どこから来たの?」
「……なんでそんなことを聞くんですか。」
「もし殿が本当に城に迎えるなら素性を調べておく必要があるからね。少し調べさせてもらった。」
雑渡さんはお汁粉をストローで吸いながら目を閉じた。
「うちの情報網はなかなかのものだと思ってるんだけど、それでも君の情報が全くつかめないんだよ…何一つ。」
「…………」
「よほど秘密裏に育てられた訳ありのお姫様か…それとも外国にでも居たのかな?」
何かを答えればすぐにボロが出てしまいそうで、私は沈黙して目をそらした。
「しかしこうして話してみると、やはり姫とかそういう感じじゃあないんだよねぇ。」
「………。」
それはつまり、気品がないとか動きが粗雑ということですか。
何か行儀の悪いことをしていたかと振り返ってみる。
確かに洗練された言動などできないけど…はっきり言われると少し複雑な気がした。
「しかし、異国の雰囲気も感じられない…。言葉に癖もないし、外国で育ったわけでもなさそうだ。」
「………」
雑渡さんは話しながら私の反応をひとつひとつ確かめているような気がした。
これはもしかして尋問されているのだろうか。
私は何も答えてはいないけれど、ずっとひた隠しにしてきた自分の素性が少しずつ暴かれていく感じがして恐くなった。
「…ああそうか。たまみちゃん…記憶がないんだっけ?」
「!」
「保健委員会の子達がそう言ってたよ。」
にやりと笑う雑渡さん。
そういえば、保健委員の子たちと仲がいい…というか保健室に度々侵入していると聞いたことがある…。
「生活に関するような記憶すらなくて、一年は組の補佐をしながら一緒に色々学んでいると聞いたけど…?」
雑渡さんは私の揺れる瞳をじっと見た。
そこまで知っているなら、今までの質問はわざと揺さぶりをかけていたということ?
…何を、どこまで知っているのだろう…。
「しかし、君が単に記憶をなくした少女なら、うちの情報網に何かしら過去に関することがひっかかるはずなんだよ。それがどうしても見つからない…不思議な話だと思わないか。」
「…そう言われても、私もどこでどう過ごしてきたのか分からないので…。」
「ふむ…。」
雑渡さんがじっと黙って私を見つめた。
何だろうと思い次の言葉を待っていると。
「その言葉は真実のようだね。…記憶がないのはどうやら本当だったか。」
雑渡さんの目が微かに細められた。
「記憶も身寄りもなく…ここまで大変だったろう。」
静かに響いたその言葉が、不意に胸に刺さった。
何気ない、当たり障りのない普通の一言のはずなのに。
今まで苦労してきた細かいことや不安な気持ちが…あまり考えないようにしてきた細かなことが、その瞬間甦ってきて…視界が涙で滲んでしまった。
雑渡さんは静かに私を見たあと、ぽつりと言った。
「…あの巻物。」
「え……?」
「殿がどこからか入手してきたあの巻物。君はあれを知ってるね?」
前にタソガレドキの出城に連れていかれたとき、置かれていた巻物を思い出した。
それは、私がこの世界に来たときに見た巻物と同じもの。
「記憶がないこととあの巻物、何か関係があるのかな?」
目線で答えてしまわないように、膝の上で握りしめた手をじっと見つめた。
「あの巻物の文字は誰も読めなかったのだが…君なら読めるのかな。」
「………」
「しかし少しだけ読み解ける箇所もあってね。もし…あの巻物に、記憶を取り戻して家に帰る方法が記されていると言ったら?」
「!!?」
一瞬、血が逆流した。
全身を衝撃が駆け抜ける。
記憶を取り戻して帰る方法…!?
思わずバッと雑渡さんを見上げた。
震える唇で言葉にならない声を出そうとした。
「う…うそ……!」
「知りたい?」
「…!」
「家族が君の帰りを待っているかもしれない。…知りたくないはずはないよね…?」
…ずっと、考えていた。
もしも、帰る機会を得てしまったとき。
もしも、記憶が戻ったとき。
私はどうしたらよいのか…。
記憶が戻れば…知ってしまえば、今までのようにここで過ごしていくことは…土井先生と共に居ることは出来なくなるのではないか…。
帰らざるをえなくなってしまうのではないか…。
それは、私が一番心迷っていたことだった。
ここに残りたい気持ちと、真実を…自分の過去を知りたい…知るべきだという気持ち。
その相反する二つの間で心はずっと揺れていた。
しかしこれまでは何をどうすることも出来なくてただ毎日を過ごしていくだけだったけれど。
ここにきて選択する余地がでてきてしまった…?!
…いや、そもそも。
私は、帰るべきなのだろう。
私はこの世界の人間ではないのだから。
ここにいるべき人間ではないのだから…。
「…たまみちゃん?」
静かな部屋に雑渡さんの声が響いた。
「なぜ泣くんだ?」
「え?」
言われて、手の甲に落ちた涙に気付き、自分が涙を流していることに気がついた。
帰りたくない…否、みんなと、土井先生と離れたくない…その気持ちが、別離への恐怖が、涙となって流れ落ちた。
「うーん、別に泣かせるつもりはなかったんだけどねぇ。これじゃあおじさんが悪いことをしたみたいじゃないか。」
雑渡さんが困ったように私の頭を撫でようとしたとき。
「触るな!!」
どこからか飛んできた手裏剣を雑渡さんが即座に苦無ではじき、それと同時に私は抱え上げられた。
驚いて見上げたその先には。
「り、利吉さん…!?」
「つかまって!」
利吉さんは私を抱えて煙玉を投げ、障子を蹴破ると正面を突破した。
店の中を勢いよく駆け抜け幾つも手裏剣が飛んでくる。
利吉さんはそれらを全てかわしながら驚く程の速さで走り続けた。
そんなことを聞かれたのは久しぶりで、咄嗟に言葉が出てこなかった。
先程まで優しい口調で話していた雑渡さんが、じっと観察するように私を見ているように感じた。
「え、と…その……」
私が一年は組の補佐になったとき、学園のみんなには、戦に巻き込まれて記憶がなくなったからだと説明していた。
そして今も同様に説明しようとしかけて、私はハッと口をつぐんだ。
記憶がないことにつけこみ悪用しようとする輩もいるかもしれないから、部外者にはやたらと話さない方がよいと言われたのだ。
何と答えるべきか迷っていると、雑渡さんが首を傾げた。
「何か言えない理由でも?」
「………」
肯定ともとれてしまう沈黙に、雑渡さんが腕を組んだ。
「じゃあ質問を変えようか…。たまみちゃん、きみ一体どこから来たの?」
「……なんでそんなことを聞くんですか。」
「もし殿が本当に城に迎えるなら素性を調べておく必要があるからね。少し調べさせてもらった。」
雑渡さんはお汁粉をストローで吸いながら目を閉じた。
「うちの情報網はなかなかのものだと思ってるんだけど、それでも君の情報が全くつかめないんだよ…何一つ。」
「…………」
「よほど秘密裏に育てられた訳ありのお姫様か…それとも外国にでも居たのかな?」
何かを答えればすぐにボロが出てしまいそうで、私は沈黙して目をそらした。
「しかしこうして話してみると、やはり姫とかそういう感じじゃあないんだよねぇ。」
「………。」
それはつまり、気品がないとか動きが粗雑ということですか。
何か行儀の悪いことをしていたかと振り返ってみる。
確かに洗練された言動などできないけど…はっきり言われると少し複雑な気がした。
「しかし、異国の雰囲気も感じられない…。言葉に癖もないし、外国で育ったわけでもなさそうだ。」
「………」
雑渡さんは話しながら私の反応をひとつひとつ確かめているような気がした。
これはもしかして尋問されているのだろうか。
私は何も答えてはいないけれど、ずっとひた隠しにしてきた自分の素性が少しずつ暴かれていく感じがして恐くなった。
「…ああそうか。たまみちゃん…記憶がないんだっけ?」
「!」
「保健委員会の子達がそう言ってたよ。」
にやりと笑う雑渡さん。
そういえば、保健委員の子たちと仲がいい…というか保健室に度々侵入していると聞いたことがある…。
「生活に関するような記憶すらなくて、一年は組の補佐をしながら一緒に色々学んでいると聞いたけど…?」
雑渡さんは私の揺れる瞳をじっと見た。
そこまで知っているなら、今までの質問はわざと揺さぶりをかけていたということ?
…何を、どこまで知っているのだろう…。
「しかし、君が単に記憶をなくした少女なら、うちの情報網に何かしら過去に関することがひっかかるはずなんだよ。それがどうしても見つからない…不思議な話だと思わないか。」
「…そう言われても、私もどこでどう過ごしてきたのか分からないので…。」
「ふむ…。」
雑渡さんがじっと黙って私を見つめた。
何だろうと思い次の言葉を待っていると。
「その言葉は真実のようだね。…記憶がないのはどうやら本当だったか。」
雑渡さんの目が微かに細められた。
「記憶も身寄りもなく…ここまで大変だったろう。」
静かに響いたその言葉が、不意に胸に刺さった。
何気ない、当たり障りのない普通の一言のはずなのに。
今まで苦労してきた細かいことや不安な気持ちが…あまり考えないようにしてきた細かなことが、その瞬間甦ってきて…視界が涙で滲んでしまった。
雑渡さんは静かに私を見たあと、ぽつりと言った。
「…あの巻物。」
「え……?」
「殿がどこからか入手してきたあの巻物。君はあれを知ってるね?」
前にタソガレドキの出城に連れていかれたとき、置かれていた巻物を思い出した。
それは、私がこの世界に来たときに見た巻物と同じもの。
「記憶がないこととあの巻物、何か関係があるのかな?」
目線で答えてしまわないように、膝の上で握りしめた手をじっと見つめた。
「あの巻物の文字は誰も読めなかったのだが…君なら読めるのかな。」
「………」
「しかし少しだけ読み解ける箇所もあってね。もし…あの巻物に、記憶を取り戻して家に帰る方法が記されていると言ったら?」
「!!?」
一瞬、血が逆流した。
全身を衝撃が駆け抜ける。
記憶を取り戻して帰る方法…!?
思わずバッと雑渡さんを見上げた。
震える唇で言葉にならない声を出そうとした。
「う…うそ……!」
「知りたい?」
「…!」
「家族が君の帰りを待っているかもしれない。…知りたくないはずはないよね…?」
…ずっと、考えていた。
もしも、帰る機会を得てしまったとき。
もしも、記憶が戻ったとき。
私はどうしたらよいのか…。
記憶が戻れば…知ってしまえば、今までのようにここで過ごしていくことは…土井先生と共に居ることは出来なくなるのではないか…。
帰らざるをえなくなってしまうのではないか…。
それは、私が一番心迷っていたことだった。
ここに残りたい気持ちと、真実を…自分の過去を知りたい…知るべきだという気持ち。
その相反する二つの間で心はずっと揺れていた。
しかしこれまでは何をどうすることも出来なくてただ毎日を過ごしていくだけだったけれど。
ここにきて選択する余地がでてきてしまった…?!
…いや、そもそも。
私は、帰るべきなのだろう。
私はこの世界の人間ではないのだから。
ここにいるべき人間ではないのだから…。
「…たまみちゃん?」
静かな部屋に雑渡さんの声が響いた。
「なぜ泣くんだ?」
「え?」
言われて、手の甲に落ちた涙に気付き、自分が涙を流していることに気がついた。
帰りたくない…否、みんなと、土井先生と離れたくない…その気持ちが、別離への恐怖が、涙となって流れ落ちた。
「うーん、別に泣かせるつもりはなかったんだけどねぇ。これじゃあおじさんが悪いことをしたみたいじゃないか。」
雑渡さんが困ったように私の頭を撫でようとしたとき。
「触るな!!」
どこからか飛んできた手裏剣を雑渡さんが即座に苦無ではじき、それと同時に私は抱え上げられた。
驚いて見上げたその先には。
「り、利吉さん…!?」
「つかまって!」
利吉さんは私を抱えて煙玉を投げ、障子を蹴破ると正面を突破した。
店の中を勢いよく駆け抜け幾つも手裏剣が飛んでくる。
利吉さんはそれらを全てかわしながら驚く程の速さで走り続けた。