第74話 過去
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「ど、土井先生…っ!」
あんなに会いたいと思っていたのに。
真っ暗な部屋にいる土井先生は無言でこちらを伺っていて、私も何故か動くことができなかった。
「利吉くんとこんな時間に…どこへ行ってたんだい?」
静かだけどピリッとした声…明らかに怒っている。
なんと答えようか少し迷ったその躊躇いが、月明かりに微かに照らされた土井先生の表情を曇らせた。
「……そういう、ことなのか?」
眉間に皺をよせ、低くかすれた声。
怒りとも悲しみともとれるその眼差しに、胸をしめつけられた。
言葉が、うまく出てこない。
「あ…の、これは…っ!」
「きみは…、利吉くんを……」
「ち、違うんです…!あの、家に…土井先生の家に行ってたんです…!」
「…うちで利吉くんと逢ってたのかい?」
「違っ…そうじゃなくてっ…!」
責めるような土井先生の声。
誤解されているという焦りと、
土井先生を失うかもしれないという不安と、
説明すべきなのは私でなく土井先生の方なのではという気持ちと…
色んな感情が相まって、涙がこぼれ落ちた。
「土井先生の…お嫁さんを…見に……!」
「!?」
涙を堪えてそう呟くと、土井先生の顔がこわばった。
「…誰からその話を?」
「小松田さんです…。」
「小松田くん…!」
土井先生は大きなため息をつくと、部屋の奥に進み灯りを灯した。
射し込む月明かりと小さく揺らめく炎に、土井先生の姿がはっきりと見えるようになった。
「やっぱり、お嫁さん、いたんですね…。」
すぐに否定しないところをみると、やはり噂は本当だったのか。
灯りをつけたということは、ゆっくり話そうということなのか…。
そう考えるとまた悲しくなって涙が溢れていった。
すると土井先生は慌てて両手を振った。
「あ、違う…!どこから話せば…とにかく、それは偽物なんだ…!」
「……にせもの…?」
「そう…!花房牧之介という男が、女装して私の嫁だと偽り大家さんからお金を借りたり悪さしてたんだよ…!」
「……そ、そんな話…」
にわかに信じられない。
そんなことをする人がいるなんて…。
「嘘じゃない…信じてくれ…!」
土井先生は私の肩をつかんで真っ直ぐに私を見た。
その困ったような表情に、肩を握る手の力に、嘘は感じられなかった。
「……ほんとに?」
「本当だ!…たまみがどこかから聞いて誤解することのないように、誰よりも先に伝えておきたかったのに…色々バタバタして今になってしまって…すまない。」
「私、土井先生に避けられているのかと……晩御飯も珍しく外食されてたし…」
「おかずに練り物があったから…。」
そういえば…菜っ葉の和え物のなかに、ちくわの輪切りが入っていた。
「つまみ食いしに行ったしんべヱが教えてくれたんだ…。」
「それならそうと言ってくれれば…」
「たまみが食堂のおばちゃんと一生懸命に晩御飯の準備してるとこに、ちくわが嫌だから外食してくるとか言いにくくて…。」
それは確かにそうかもしれない。
でも…。
「それに、学園長先生に急に忍務を頼まれて…」
「いつもならいってきますって声をかけてくれるのに…」
「たまみがまだ部屋に戻ってなかったから書き置きしようと思ったんだ。でも丁度その時ドクタケ忍者がこちらに忍び込もうとしているのを見つけて…尾行してそのまま学園を出て…。」
「……中々帰ってこないから…もしかしてそのお嫁さんと一緒に家で食べてるのかなとか、思って」
「そんなことあるわけないじゃないか!」
「だって…!」
安心したのか何なのか、また涙が止まらなくなって私は手で顔を覆って俯いた。
すると、温かい感触がして…土井先生が私を抱きしめてくれた。
「…心配させて悪かった……泣かないでくれ…。」
優しく頭を撫でてくれる大きな手。
いつもの温かい優しい声が、不安だった心に染みて余計に涙が溢れてきた。
「私…土井先生の気持ちを…疑ったわけじゃ、ないんです…」
「うん?」
「土井先生…昔の話、したがらないから…もしかして、前に結婚してて…戦とか病とかで亡くなったと思ってた奥さんが実は生きてて…土井先生を探し当てて、訪ねてきたのかなって…。」
「………」
「もしそうなら、私、身を引いた方が、いいのかなって、思って…!」
「…たまみ……」
土井先生は私の頬を伝う涙を親指で拭い、冷たくなった頬に優しく口づけした。
そして、私の頭をゆっくり胸に抱き寄せた。
「…後にも先にも…嫁にしたいと思うのは、きみだけだ…。」
「…!」
耳元で囁かれたその言葉に、涙が止まった。
「だから…たまみが心配するようなことは何もないよ。」
「土井先生…」
「…いつものように…呼んでくれるかい…?」
「…半助さん……」
「たまみ……」
大きな手が頬を包み、優しく唇が重ねられた。
彼の背にそっと手を回すと、そのまま苦しいくらいきつく抱きしめられた。
「…きみが、利吉くんを選んでしまったのかと思った…。」
「えっ?」
「小松田君から、二人が出ていったと聞いて…忍のくせに動揺が隠せなかった…。」
「すみません…もし家にお嫁さんがいるなら…半助さんをちゃんと幸せにしてくれるような女性なのか、自分の目で確かめたかったんです…。」
「私を幸せにできるのはたまみだけだ…。」
半助さんの低い声が耳元で響く。
「きみを失ってしまうのかと……こわかった……」
かすれた声でそう呟くと、更にきつく抱きしめられた。
私はその背を撫でて、ゆっくりと囁いた。
「私が好きなのは、半助さんだけです…。」
「…たまみ……」
じっと私を見つめる彼の真剣な瞳。
私はまっすぐに見つめ返して彼の頬を撫でた。
「私は半助さんのものです…。」
「たまみ…」
気持ちを確かめるように何度も優しく口づけを交わしながら、さっきまで冷えきっていた心が甘く熱く満たされていくのを感じた。
徐々に息が乱れ、目の前の彼のことしか感じられなくなってくる。
「!」
すると突然、半助さんが廊下の方を見て口許に指を当てた。
誰かが来たのかと身構えると、彼はゆっくり部屋の奥に進み灯りを吹き消した。
そのまま暫くじっとしていると、やがて半助さんがふーっと息を吐いた。
「見廻りの先生が近くに来ていたんだ。灯りの消し忘れだと思われたら面倒だったから…。」
「そうだったんですか…全然分かりませんでした。」
「…少し、外で話さないかい?」
頷くと、半助さんは外の様子を伺ったあと私を抱きかかえて、いつもの屋根の上へと跳んだ。
あんなに会いたいと思っていたのに。
真っ暗な部屋にいる土井先生は無言でこちらを伺っていて、私も何故か動くことができなかった。
「利吉くんとこんな時間に…どこへ行ってたんだい?」
静かだけどピリッとした声…明らかに怒っている。
なんと答えようか少し迷ったその躊躇いが、月明かりに微かに照らされた土井先生の表情を曇らせた。
「……そういう、ことなのか?」
眉間に皺をよせ、低くかすれた声。
怒りとも悲しみともとれるその眼差しに、胸をしめつけられた。
言葉が、うまく出てこない。
「あ…の、これは…っ!」
「きみは…、利吉くんを……」
「ち、違うんです…!あの、家に…土井先生の家に行ってたんです…!」
「…うちで利吉くんと逢ってたのかい?」
「違っ…そうじゃなくてっ…!」
責めるような土井先生の声。
誤解されているという焦りと、
土井先生を失うかもしれないという不安と、
説明すべきなのは私でなく土井先生の方なのではという気持ちと…
色んな感情が相まって、涙がこぼれ落ちた。
「土井先生の…お嫁さんを…見に……!」
「!?」
涙を堪えてそう呟くと、土井先生の顔がこわばった。
「…誰からその話を?」
「小松田さんです…。」
「小松田くん…!」
土井先生は大きなため息をつくと、部屋の奥に進み灯りを灯した。
射し込む月明かりと小さく揺らめく炎に、土井先生の姿がはっきりと見えるようになった。
「やっぱり、お嫁さん、いたんですね…。」
すぐに否定しないところをみると、やはり噂は本当だったのか。
灯りをつけたということは、ゆっくり話そうということなのか…。
そう考えるとまた悲しくなって涙が溢れていった。
すると土井先生は慌てて両手を振った。
「あ、違う…!どこから話せば…とにかく、それは偽物なんだ…!」
「……にせもの…?」
「そう…!花房牧之介という男が、女装して私の嫁だと偽り大家さんからお金を借りたり悪さしてたんだよ…!」
「……そ、そんな話…」
にわかに信じられない。
そんなことをする人がいるなんて…。
「嘘じゃない…信じてくれ…!」
土井先生は私の肩をつかんで真っ直ぐに私を見た。
その困ったような表情に、肩を握る手の力に、嘘は感じられなかった。
「……ほんとに?」
「本当だ!…たまみがどこかから聞いて誤解することのないように、誰よりも先に伝えておきたかったのに…色々バタバタして今になってしまって…すまない。」
「私、土井先生に避けられているのかと……晩御飯も珍しく外食されてたし…」
「おかずに練り物があったから…。」
そういえば…菜っ葉の和え物のなかに、ちくわの輪切りが入っていた。
「つまみ食いしに行ったしんべヱが教えてくれたんだ…。」
「それならそうと言ってくれれば…」
「たまみが食堂のおばちゃんと一生懸命に晩御飯の準備してるとこに、ちくわが嫌だから外食してくるとか言いにくくて…。」
それは確かにそうかもしれない。
でも…。
「それに、学園長先生に急に忍務を頼まれて…」
「いつもならいってきますって声をかけてくれるのに…」
「たまみがまだ部屋に戻ってなかったから書き置きしようと思ったんだ。でも丁度その時ドクタケ忍者がこちらに忍び込もうとしているのを見つけて…尾行してそのまま学園を出て…。」
「……中々帰ってこないから…もしかしてそのお嫁さんと一緒に家で食べてるのかなとか、思って」
「そんなことあるわけないじゃないか!」
「だって…!」
安心したのか何なのか、また涙が止まらなくなって私は手で顔を覆って俯いた。
すると、温かい感触がして…土井先生が私を抱きしめてくれた。
「…心配させて悪かった……泣かないでくれ…。」
優しく頭を撫でてくれる大きな手。
いつもの温かい優しい声が、不安だった心に染みて余計に涙が溢れてきた。
「私…土井先生の気持ちを…疑ったわけじゃ、ないんです…」
「うん?」
「土井先生…昔の話、したがらないから…もしかして、前に結婚してて…戦とか病とかで亡くなったと思ってた奥さんが実は生きてて…土井先生を探し当てて、訪ねてきたのかなって…。」
「………」
「もしそうなら、私、身を引いた方が、いいのかなって、思って…!」
「…たまみ……」
土井先生は私の頬を伝う涙を親指で拭い、冷たくなった頬に優しく口づけした。
そして、私の頭をゆっくり胸に抱き寄せた。
「…後にも先にも…嫁にしたいと思うのは、きみだけだ…。」
「…!」
耳元で囁かれたその言葉に、涙が止まった。
「だから…たまみが心配するようなことは何もないよ。」
「土井先生…」
「…いつものように…呼んでくれるかい…?」
「…半助さん……」
「たまみ……」
大きな手が頬を包み、優しく唇が重ねられた。
彼の背にそっと手を回すと、そのまま苦しいくらいきつく抱きしめられた。
「…きみが、利吉くんを選んでしまったのかと思った…。」
「えっ?」
「小松田君から、二人が出ていったと聞いて…忍のくせに動揺が隠せなかった…。」
「すみません…もし家にお嫁さんがいるなら…半助さんをちゃんと幸せにしてくれるような女性なのか、自分の目で確かめたかったんです…。」
「私を幸せにできるのはたまみだけだ…。」
半助さんの低い声が耳元で響く。
「きみを失ってしまうのかと……こわかった……」
かすれた声でそう呟くと、更にきつく抱きしめられた。
私はその背を撫でて、ゆっくりと囁いた。
「私が好きなのは、半助さんだけです…。」
「…たまみ……」
じっと私を見つめる彼の真剣な瞳。
私はまっすぐに見つめ返して彼の頬を撫でた。
「私は半助さんのものです…。」
「たまみ…」
気持ちを確かめるように何度も優しく口づけを交わしながら、さっきまで冷えきっていた心が甘く熱く満たされていくのを感じた。
徐々に息が乱れ、目の前の彼のことしか感じられなくなってくる。
「!」
すると突然、半助さんが廊下の方を見て口許に指を当てた。
誰かが来たのかと身構えると、彼はゆっくり部屋の奥に進み灯りを吹き消した。
そのまま暫くじっとしていると、やがて半助さんがふーっと息を吐いた。
「見廻りの先生が近くに来ていたんだ。灯りの消し忘れだと思われたら面倒だったから…。」
「そうだったんですか…全然分かりませんでした。」
「…少し、外で話さないかい?」
頷くと、半助さんは外の様子を伺ったあと私を抱きかかえて、いつもの屋根の上へと跳んだ。