第70話 おすそわけ ~夏休み編④~
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父上が家に帰ってきたとき、夏休みの間たまみさんが土井先生の家に居ると聞いた。
忍術学園に残るのも不安だろうし当然そうなるだろうなと冷静に考える反面、どうしようもできない事実に胸がしめつけられた。
その痛みを忘れる為に、いつもより仕事をつめて入れたのに、忍務が終わって疲れた心に思い浮かぶのはやはり彼女の笑顔で…。
そしてまたそれを振りきるように仕事を入れては渇いた気持ちが彼女を求めてしまい…。
我ながらどうしようもないなと自嘲した。
そんなとき、仕事先からたくさんの野菜を頂いた。
あまりの量に辞退しようとしたが、ふととある考えが浮かんだ。
この野菜をたまみさんに持っていって、おすそわけと言いつつご飯を作ってもらうのはどうだろうか…。
土井先生とたまみさんが仲睦まじくしている姿を見て平静でいられるとは思わなかったし見たくもないと思っていたのに。
彼女に会う口実ができたとたん、私は野菜を頂戴して土井先生の家へと足を踏み出していた。
「すみません、土井先生はいますか?」
戸が開いていたので中を覗いてみて驚いた。
たまみさんが随分丈の短い着物を着ている。
「なっ…たまみさん…!?」
「あっ…み、見ないでください…!」
久しぶりに見た、私の心をつかんで離さない彼女は、何とも刺激的な姿だった。
背を向けてしゃがみこむことで、逆にくびれた白い腰が見えた。
驚いて固まったまま見つめていると、土井先生が慌てて彼女を隠して奥の部屋に閉じ込めた。
…腹立たしい。
おおかた、着替えがなくてきり丸の着物を着せたのだろうが。
こんな姿のたまみさんを独り占めしているなんて…なぜか土井先生に腹が立った。
「土井先生…真っ昼間からたまみさんに何をさせているんですか…。」
「ち、違う!これは、他に着るものがなくてだな…!」
「土井先生がそんな変態教師だとは知りませんでした…」
「だ、だから、そうじゃなくて…!」
…土井先生、随分と動揺するじゃないですか。
それではまるで、本当に下心があったみたいですよ…。
自然と土井先生に向ける目線が冷たくなった。
「たまみさんっ!泊まる場所がないからって無理矢理そんな格好を強いられているのではありませんかっ!?」
土井先生がそんな人ではないことくらい知っている。
しかし、何だか腹立たしくてあえて大声で言ってみた。
「今からでも遅くありません、私と一緒に…!」
「利吉くん!大声で誤解を招きそうなことを言わないでくれ!」
土井先生が焦って止めに入る。
「ではなぜたまみさんがあんな格好をしているのか納得のいく説明をしてください。」
別に説明などなくても予想はつきますが…。
何だか気に入らなくて、説明を求めてみたりした。
結局、たまみさんの口から事の経緯を聞き、やはりなと思いつつ心中でため息をついた。
土井先生は私が本気で疑っていると思ったようでふてくされている。
相変わらず忍びらしからぬ素直な人だ…。
…そういうところに彼女も惹かれたのか。
「いやぁすみません。あんまり驚いたもので…。」
笑顔で謝ってみせると土井先生も納得してくれ、私は野菜を広げながらここに来た理由を説明した。
二人とも喜んでくれたようで、お昼ご飯をご馳走してもらえることになった。
久しぶりにたまみさんの手料理が食べられるなと思ったとき、彼女が障子ごと前に倒れてきた。
「大丈夫ですか?」
「あ、すみません…!」
手を差し伸べて起こしてやると、思ったより近くて驚いた。
柔らかく温かい手…。
彼女と目が合い、にこりと微笑みかけると彼女も微笑んでくれた。
…それはほんの一瞬のことなのに、とても長く感じた。
するとすぐに土井先生が無言で間に割って入り、彼女を奥の部屋に戻すと障子をはめ直しす。
「隣のおばちゃんに着るもの借りてくるから少し待ってて。」
不機嫌そうにそう言うと出ていった。
たまみさんと二人きりになり、私は床に座って障子の向こうの彼女に話しかけた。
「…たまみさん」
「はい?」
のんびりとした返事。
忍術学園にいたときよりのんびりと安心して過ごしているように感じた。
「…………」
話したいことはたくさんあった。
聞きたいこともたくさんあった。
けれど、どれも言葉にはならず……私は無難な言葉を選んだ。
「…お元気そうでよかった。」
たった一言。
しかし、そこに色々な気持ちをこめた。
すると、そっと障子が開いてまた彼女が顔を覗かせた。
「…利吉さんは、お怪我とかないですか?」
「はい、大丈夫ですよ。」
「…何だかお疲れのように見えます…本当に大丈夫ですか?」
心配そうに私をじっと見る瞳。
ただ普通に気遣ってくれているだけなのに…彼女が私を見て心配してくれているということに嬉しくなった。
「最近忙しくてまともに食事もしていなかったので…確かにちょっと疲れているかもしれません。」
「ちゃんと食べなきゃだめですよ!お仕事も大事ですけど、体を壊すようなことはしないでください…!」
なぜ私が仕事をつめて引き受けたのか知らない彼女は、優しく気遣ってくれた。
「…心配してくれるのですか?」
前にも尋ねたことのある台詞。
答えは分かっていたし、それが彼女にとっては特別な意味を持つものではないということも分かってはいたけれど、彼女の口から聞きたかった。
「当たり前です!…じゃあ今日は特に体に良さそうなものを作るので、たくさん食べて栄養つけてくださいね!」
「ありがとうございます。」
…あなたが私の帰りを待っていてくれるなら、毎日ちゃんと帰って食べるんですけどね…。
私は土井先生宅の釜戸を見ながら、そこに立つ彼女を想像して目を伏せ、心の中でそう呟いた。
土井先生が隣の家から着物を借りて戻ってきた。
それに着替えたたまみさんが料理を作ってくれている間、土井先生と座って最近の出来事などを話す。
「…という訳でして……」
土井先生と話しているのに、ふと気がつけば目は彼女を追ってしまう。
当然、土井先生もそれに気づいていて微妙な顔をするが、私はそれに気づかないふりをした。
彼女は慣れた手つきで台所を使っていて、それがここに暮らしていることを感じさせた。
…毎日、土井先生に料理を作っているんだな。
ここにいる自分に何だか違和感を感じた。
やはり来るべきではなかったか…と後悔しかけたとき、勢いよく戸があいてきり丸が帰ってきた。
「あ、利吉さん!」
「やぁ、お邪魔してるよ。」
「利吉くんがたくさん野菜を持ってきてくれたんだ、きり丸もお礼を言いなさい。」
「うわっ、すごい!!これだけあればしばらく困りませんね!利吉さん、ありがとうございますっ!」
きり丸が目を銭に変えて喜んだ。
すると、ちょうどたまみさんがお鍋の煮物をお椀によそい始めた。
「はい、できましたよ~。」
すかさずきり丸がお椀を運ぼうと手を伸ばすと、土井先生がすっと先に受け取った。
「きり丸、先に手を洗ってきなさい。」
「はーい。」
「お椀、熱いので気をつけてくださいね。」
「ああ、ありがとう。」
穏やかに微笑むたまみさんと、今まで見たこともない優しい表情の土井先生。
いつも大人びた言動の多いきり丸も素直な子どものように振る舞っていて。
それは、とても自然な家族の風景に見えた。
…やはり、帰ろうか。
そう思い土間に降りたとき。
「はい、利吉さん。お口にあうといいんですけど。」
たまみさんが満面の笑みを浮かべてお椀を差し出した。
「あ……ありがとう、ございます…。」
私は無意識にお椀を受け取っていた。
じっとたまみさんを見つめると、彼女が不思議そうに小首を傾げる。
「どうかしましたか?」
「あ…、いえ…」
私は苦笑して「美味しそうだなと思いまして。」と適当なことを言ってごまかした。
…敵わないな。
それは、私がずっと心に思い描いていた彼女の笑顔だった。
私は先程まで座っていた席に戻り、彼女の美味しい料理とともに複雑な胸のうちを飲み込んだ…。
「ご馳走さまでした。とても美味しかったです…やっぱりたまみさんに調理してもらって正解でした。」
「お口にあったならよかったです。」
たまみさんが照れたように微笑む。
ああ、やっぱり可愛いなぁ…。
じっと見つめていると、たまみさんが気まずそうに「あ、お茶を…お水汲んできますね。」と席を外した。
その背中を眺めていると土井先生の何か言いたげな視線を感じた…が、あえて気づかないふりをする。
ふと目線を外すと、きり丸の食べ終わったあとの食器が目に入った。
「そういえば、きり丸はあっという間に食べてすぐ出ていきましたが…何を急いでいたのですか?」
「ああ、あれは午後のアルバイトの時間を気にしてたんだろう。」
土井先生がそう答えたとき、外からガラガラと車輪の音が聞こえた。
「ただいま~!土井先生、ちょっと聞いてくださいよ!」
きり丸が赤ん坊を抱えて帰ってきた。
「きり丸、もう子守りのアルバイトは控えてくれと言っただろ…。」
「いえ、これはもう既に予約もらってた分なので。ただ、それがですね!行ってみたらなんと三つ子だったんですよ…!さすがに三人いっぺんに預かるのは大変だから断ろうかなと思ったんですけど、今日は利吉さんもいるし何とかなるかなって!」
「「え?」」
何だって。
それはつまり…。
そのとき、きり丸の抱えた赤ん坊と、荷車に乗せていた赤ん坊達が一斉に泣き出した。
土井先生が慌てて一人をおんぶし、二人を両手に抱っこした。
「あ、僕はいまから犬の散歩もあるんで、子守りはお願いしますねー!」
「なにぃっ!?ちょっ、待てきり丸っ!!」
土井先生の制止もむなしく、きり丸は犬とともに勢いよく走り去っていった。
土井先生は泣きじゃくる三人の赤ん坊をおんぶに抱っこしながら途方にくれている。
そしてゆっくりと、子犬のような目で私を見た。
「利吉くぅん…」
「あーそういえば、まだやり残した仕事があったのをいま思い出しました。」
「そんなぁ〜…」
「では、ご馳走さまでした。」
私はすげなく断ると笑顔で挨拶し、井戸にいるたまみさんにも挨拶をしにいった。
そのとき、大量の洗濯物が干されているのが目に入った。
この量、きっときり丸の引き受けたアルバイトのものだな。
「たまみさん、私はそろそろ失礼します。次はまた学園でお会いしましょう。」
「え、もう行っちゃうのですか?」
「はい、ちょっと色々ありまして。」
「そうなのですか…分かりました、どうかお気をつけて。」
私の無事を祈るように微笑みかけてくれる彼女に、今度は心から微笑み返した。
…てっきり、土井先生はたまみさんと楽しい夏休みを謳歌しているのかと思ったが、あの調子では毎日バイト三昧で忍術学園にいるときと同じくらい…いやある意味それ以上に忙しいのではないか…。
「…土井先生も大変だな。」
私はくすりと笑って足取り軽く町のなかを歩いていった。
忍術学園に残るのも不安だろうし当然そうなるだろうなと冷静に考える反面、どうしようもできない事実に胸がしめつけられた。
その痛みを忘れる為に、いつもより仕事をつめて入れたのに、忍務が終わって疲れた心に思い浮かぶのはやはり彼女の笑顔で…。
そしてまたそれを振りきるように仕事を入れては渇いた気持ちが彼女を求めてしまい…。
我ながらどうしようもないなと自嘲した。
そんなとき、仕事先からたくさんの野菜を頂いた。
あまりの量に辞退しようとしたが、ふととある考えが浮かんだ。
この野菜をたまみさんに持っていって、おすそわけと言いつつご飯を作ってもらうのはどうだろうか…。
土井先生とたまみさんが仲睦まじくしている姿を見て平静でいられるとは思わなかったし見たくもないと思っていたのに。
彼女に会う口実ができたとたん、私は野菜を頂戴して土井先生の家へと足を踏み出していた。
「すみません、土井先生はいますか?」
戸が開いていたので中を覗いてみて驚いた。
たまみさんが随分丈の短い着物を着ている。
「なっ…たまみさん…!?」
「あっ…み、見ないでください…!」
久しぶりに見た、私の心をつかんで離さない彼女は、何とも刺激的な姿だった。
背を向けてしゃがみこむことで、逆にくびれた白い腰が見えた。
驚いて固まったまま見つめていると、土井先生が慌てて彼女を隠して奥の部屋に閉じ込めた。
…腹立たしい。
おおかた、着替えがなくてきり丸の着物を着せたのだろうが。
こんな姿のたまみさんを独り占めしているなんて…なぜか土井先生に腹が立った。
「土井先生…真っ昼間からたまみさんに何をさせているんですか…。」
「ち、違う!これは、他に着るものがなくてだな…!」
「土井先生がそんな変態教師だとは知りませんでした…」
「だ、だから、そうじゃなくて…!」
…土井先生、随分と動揺するじゃないですか。
それではまるで、本当に下心があったみたいですよ…。
自然と土井先生に向ける目線が冷たくなった。
「たまみさんっ!泊まる場所がないからって無理矢理そんな格好を強いられているのではありませんかっ!?」
土井先生がそんな人ではないことくらい知っている。
しかし、何だか腹立たしくてあえて大声で言ってみた。
「今からでも遅くありません、私と一緒に…!」
「利吉くん!大声で誤解を招きそうなことを言わないでくれ!」
土井先生が焦って止めに入る。
「ではなぜたまみさんがあんな格好をしているのか納得のいく説明をしてください。」
別に説明などなくても予想はつきますが…。
何だか気に入らなくて、説明を求めてみたりした。
結局、たまみさんの口から事の経緯を聞き、やはりなと思いつつ心中でため息をついた。
土井先生は私が本気で疑っていると思ったようでふてくされている。
相変わらず忍びらしからぬ素直な人だ…。
…そういうところに彼女も惹かれたのか。
「いやぁすみません。あんまり驚いたもので…。」
笑顔で謝ってみせると土井先生も納得してくれ、私は野菜を広げながらここに来た理由を説明した。
二人とも喜んでくれたようで、お昼ご飯をご馳走してもらえることになった。
久しぶりにたまみさんの手料理が食べられるなと思ったとき、彼女が障子ごと前に倒れてきた。
「大丈夫ですか?」
「あ、すみません…!」
手を差し伸べて起こしてやると、思ったより近くて驚いた。
柔らかく温かい手…。
彼女と目が合い、にこりと微笑みかけると彼女も微笑んでくれた。
…それはほんの一瞬のことなのに、とても長く感じた。
するとすぐに土井先生が無言で間に割って入り、彼女を奥の部屋に戻すと障子をはめ直しす。
「隣のおばちゃんに着るもの借りてくるから少し待ってて。」
不機嫌そうにそう言うと出ていった。
たまみさんと二人きりになり、私は床に座って障子の向こうの彼女に話しかけた。
「…たまみさん」
「はい?」
のんびりとした返事。
忍術学園にいたときよりのんびりと安心して過ごしているように感じた。
「…………」
話したいことはたくさんあった。
聞きたいこともたくさんあった。
けれど、どれも言葉にはならず……私は無難な言葉を選んだ。
「…お元気そうでよかった。」
たった一言。
しかし、そこに色々な気持ちをこめた。
すると、そっと障子が開いてまた彼女が顔を覗かせた。
「…利吉さんは、お怪我とかないですか?」
「はい、大丈夫ですよ。」
「…何だかお疲れのように見えます…本当に大丈夫ですか?」
心配そうに私をじっと見る瞳。
ただ普通に気遣ってくれているだけなのに…彼女が私を見て心配してくれているということに嬉しくなった。
「最近忙しくてまともに食事もしていなかったので…確かにちょっと疲れているかもしれません。」
「ちゃんと食べなきゃだめですよ!お仕事も大事ですけど、体を壊すようなことはしないでください…!」
なぜ私が仕事をつめて引き受けたのか知らない彼女は、優しく気遣ってくれた。
「…心配してくれるのですか?」
前にも尋ねたことのある台詞。
答えは分かっていたし、それが彼女にとっては特別な意味を持つものではないということも分かってはいたけれど、彼女の口から聞きたかった。
「当たり前です!…じゃあ今日は特に体に良さそうなものを作るので、たくさん食べて栄養つけてくださいね!」
「ありがとうございます。」
…あなたが私の帰りを待っていてくれるなら、毎日ちゃんと帰って食べるんですけどね…。
私は土井先生宅の釜戸を見ながら、そこに立つ彼女を想像して目を伏せ、心の中でそう呟いた。
土井先生が隣の家から着物を借りて戻ってきた。
それに着替えたたまみさんが料理を作ってくれている間、土井先生と座って最近の出来事などを話す。
「…という訳でして……」
土井先生と話しているのに、ふと気がつけば目は彼女を追ってしまう。
当然、土井先生もそれに気づいていて微妙な顔をするが、私はそれに気づかないふりをした。
彼女は慣れた手つきで台所を使っていて、それがここに暮らしていることを感じさせた。
…毎日、土井先生に料理を作っているんだな。
ここにいる自分に何だか違和感を感じた。
やはり来るべきではなかったか…と後悔しかけたとき、勢いよく戸があいてきり丸が帰ってきた。
「あ、利吉さん!」
「やぁ、お邪魔してるよ。」
「利吉くんがたくさん野菜を持ってきてくれたんだ、きり丸もお礼を言いなさい。」
「うわっ、すごい!!これだけあればしばらく困りませんね!利吉さん、ありがとうございますっ!」
きり丸が目を銭に変えて喜んだ。
すると、ちょうどたまみさんがお鍋の煮物をお椀によそい始めた。
「はい、できましたよ~。」
すかさずきり丸がお椀を運ぼうと手を伸ばすと、土井先生がすっと先に受け取った。
「きり丸、先に手を洗ってきなさい。」
「はーい。」
「お椀、熱いので気をつけてくださいね。」
「ああ、ありがとう。」
穏やかに微笑むたまみさんと、今まで見たこともない優しい表情の土井先生。
いつも大人びた言動の多いきり丸も素直な子どものように振る舞っていて。
それは、とても自然な家族の風景に見えた。
…やはり、帰ろうか。
そう思い土間に降りたとき。
「はい、利吉さん。お口にあうといいんですけど。」
たまみさんが満面の笑みを浮かべてお椀を差し出した。
「あ……ありがとう、ございます…。」
私は無意識にお椀を受け取っていた。
じっとたまみさんを見つめると、彼女が不思議そうに小首を傾げる。
「どうかしましたか?」
「あ…、いえ…」
私は苦笑して「美味しそうだなと思いまして。」と適当なことを言ってごまかした。
…敵わないな。
それは、私がずっと心に思い描いていた彼女の笑顔だった。
私は先程まで座っていた席に戻り、彼女の美味しい料理とともに複雑な胸のうちを飲み込んだ…。
「ご馳走さまでした。とても美味しかったです…やっぱりたまみさんに調理してもらって正解でした。」
「お口にあったならよかったです。」
たまみさんが照れたように微笑む。
ああ、やっぱり可愛いなぁ…。
じっと見つめていると、たまみさんが気まずそうに「あ、お茶を…お水汲んできますね。」と席を外した。
その背中を眺めていると土井先生の何か言いたげな視線を感じた…が、あえて気づかないふりをする。
ふと目線を外すと、きり丸の食べ終わったあとの食器が目に入った。
「そういえば、きり丸はあっという間に食べてすぐ出ていきましたが…何を急いでいたのですか?」
「ああ、あれは午後のアルバイトの時間を気にしてたんだろう。」
土井先生がそう答えたとき、外からガラガラと車輪の音が聞こえた。
「ただいま~!土井先生、ちょっと聞いてくださいよ!」
きり丸が赤ん坊を抱えて帰ってきた。
「きり丸、もう子守りのアルバイトは控えてくれと言っただろ…。」
「いえ、これはもう既に予約もらってた分なので。ただ、それがですね!行ってみたらなんと三つ子だったんですよ…!さすがに三人いっぺんに預かるのは大変だから断ろうかなと思ったんですけど、今日は利吉さんもいるし何とかなるかなって!」
「「え?」」
何だって。
それはつまり…。
そのとき、きり丸の抱えた赤ん坊と、荷車に乗せていた赤ん坊達が一斉に泣き出した。
土井先生が慌てて一人をおんぶし、二人を両手に抱っこした。
「あ、僕はいまから犬の散歩もあるんで、子守りはお願いしますねー!」
「なにぃっ!?ちょっ、待てきり丸っ!!」
土井先生の制止もむなしく、きり丸は犬とともに勢いよく走り去っていった。
土井先生は泣きじゃくる三人の赤ん坊をおんぶに抱っこしながら途方にくれている。
そしてゆっくりと、子犬のような目で私を見た。
「利吉くぅん…」
「あーそういえば、まだやり残した仕事があったのをいま思い出しました。」
「そんなぁ〜…」
「では、ご馳走さまでした。」
私はすげなく断ると笑顔で挨拶し、井戸にいるたまみさんにも挨拶をしにいった。
そのとき、大量の洗濯物が干されているのが目に入った。
この量、きっときり丸の引き受けたアルバイトのものだな。
「たまみさん、私はそろそろ失礼します。次はまた学園でお会いしましょう。」
「え、もう行っちゃうのですか?」
「はい、ちょっと色々ありまして。」
「そうなのですか…分かりました、どうかお気をつけて。」
私の無事を祈るように微笑みかけてくれる彼女に、今度は心から微笑み返した。
…てっきり、土井先生はたまみさんと楽しい夏休みを謳歌しているのかと思ったが、あの調子では毎日バイト三昧で忍術学園にいるときと同じくらい…いやある意味それ以上に忙しいのではないか…。
「…土井先生も大変だな。」
私はくすりと笑って足取り軽く町のなかを歩いていった。