第24話 熱
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医務室に横たわるたまみさんを見ながら私は拳を握りしめた。
なぜ気づいてやれなかったのだろう。
午前中もたまみさんはいつもと変わらない様子だった。
だが私が彼女をもっとよく見て声をかけていたら、ここまで悪化しなかったかもしれない…。
思えば、彼女はこの不慣れな世界に来て、弱音をこぼすでもなく毎日懸命に勉強しながら仕事をこなしていた。
真面目で頑張り屋さんな彼女は何事もいつも全力で取り組んでいた。
その姿を眩しいと、私自身も励まされる気持ちでみていたが…彼女にとっては身体的にも精神的にも、どれだけの負荷がかかっていただろう。
一番近くにいる私が、気づいてやるべきだった。
きっと無意識に頑張りすぎてしまう彼女の癖を知っていたはずなのに……彼女の身体が悲鳴をあげる前に、私がもっと気をつけてやればよかった。
「…土井先生。」
新野先生が私の肩に手を置いた。
「少し様子を見ておきますので、また後でいらしてください。容態が悪くなければ自室で休む方が落ち着くでしょうからそのときは頼みます。」
「…わかりました……新野先生、よろしくお願いします。」
数刻後、医務室に行くと新野先生がもう自室で安静にしても大丈夫と仰ってくれたので、たまみさんを部屋に運んで布団を敷いて寝かせた。
彼女の体は熱くぐったりしていた。
額に手を当ててみる。
やはり熱い。
しんどそうな様子にいたたまれなくなった。
「…たまみさん……」
そっと彼女の手を握ると、僅かに目が開けられて虚ろな瞳が私を見た。
「無理をさせてしまいすみませんでした…。」
「土井先生は何も謝ることないですよ…私が自分の体調管理ができなかっただけです…すみません、」
「…頑張りすぎないでください……。」
ぎゅっと手を握りしめると、たまみさんは困ったように苦笑した。
「土井先生の方こそ…」
「私は大丈夫だからいいんです。」
「…でも……胃炎とか…心配です…。」
「心配なのはきみの方だ。」
私は彼女の頭をゆっくり撫でた。
「早く良くなって…。」
たまみさんは目を細めて頷いた。
「…土井先生……」
「はい?」
「…もっと…」
「?」
「もっと…撫でてください…」
「…!」
なんだその可愛いおねだりは。
こんなときなのに、そのか細く甘えた声が可愛いすぎて固まってしまった。
ハッと我にかえってヨシヨシと撫でると、たまみさんは嬉しそうに微笑んだ。
握っていた手をたまみさんがほどく。
そしてすぐ、私の指に彼女の指を絡めて繋ぎ直した。
「…土井先生の手…安心します。」
「………」
体がしんどくて気持ちも弱っているのだろうか。
なんだこの甘えん坊な雰囲気は…可愛いすぎるのだが…!!
いやいや、しかし、病人相手に何を考えて…。
「…食堂のおばちゃんがおかゆを作ってくれていると思うので貰ってきます。少し寝ていてください。」
私は努めて冷静にそう言うとたまみさんの部屋を後にした。
暫くしておかゆを持って部屋に入ると、たまみさんは目を閉じていた。
「…たまみさん、食べられますか?」
彼女は虚ろな目をあけて上半身を起こそうとしたが、力が入らないのか途中で止まってしまった。
背中に手を添えて起こしてやる。
やはり布越しにも分かるほど熱かった。
「少しでも食べて、薬を飲みましょう。」
弱々しく頷くのを見ていられなかった。
私はおかゆをひとさじすくうと、ふぅふぅと冷まして彼女の口に運んだ。
彼女は子どものように口を開けておかゆを食べたが、三口ほどで少し首をふった。
「もう食べれない?…じゃあ、この薬を飲んでください。」
薬と水を渡すと、たまみさんは暫く薬をじっと眺めたあと観念したかのように一気に薬と水を飲み干した。
私はゆっくりとたまみさんを寝かせてやり、目を閉じたのを確認すると静かに部屋を出た。
夜、隣の部屋で眠るたまみさんの容態が気になって中々寝つけなかった。
すると、微かに声が聞こえてきた。
うなされているのだろうか。
私が起き上がると、山田先生も気がついていたようで「様子を見てきてやんなさい。」と言われた。
言われるまでもなくそのつもりだった私は、彼女の部屋に行くと声をかけてから障子をあけた。
「たまみさん…?」
彼女は苦しそうな顔をしてうなされていた。
「大丈夫ですか?」
近寄って声をかけると、たまみさんはゆっくり目を開けた。
「…ど、い…せんせ…?」
「どこか痛みますか?」
「…いえ…怖い夢を…見たんです…」
不安げに揺れる瞳。
私はたまみさんのまだ熱い手を握った。
「大丈夫。私がここにいます。」
たまみさんは頷き力なく微笑んだ。
…なんと弱々しい。
いつも元気に笑う彼女が、こんなに弱っている姿なんて見たくない。
できることなら代わってやりたい…。
「…せんせ…」
「ん?」
「何か…お話して…」
たまみさんが子どものように甘えてきた。
あぁ、もう、可愛いな…。
またしても、こんなときなのに不謹慎にもそんなことを思ってしまう。
しかし急にお話といわれても、これといって何も思いつかない。
ふと机の上に置かれたいくつかの本が目に入った。
確か、文字の練習に枕草子を写していると言っていたな…。
私は一冊の本を取った。
「お話と言われても思いつかないので…これを読むのでもいいですか?」
彼女は頷いて、
「土井先生の…声が、聞きたいです…。」
と言った。
顔に熱が集まるのを感じる。
なんて可愛らしいことを言ってくれるのか…。
私はページをめくると静かに読み始めた。
「春はあけぼの。やうやう白くなりゆく…」
たまみさんは心地よさそうに目を閉じ口許に微笑を浮かべていた。
やがて暫くすると、彼女の呼吸が深いものになり眠りについたことが分かった。
私は本を閉じて彼女の寝顔を見た。
長い睫毛。
上気した頬。
赤い唇。
少し汗ばんで髪の毛の張りついた首筋。
私は繋げたままの小さな手を強く握った。
「早く元気になって…。」
そう呟くと、私は彼女の額に口付けた。
なぜ気づいてやれなかったのだろう。
午前中もたまみさんはいつもと変わらない様子だった。
だが私が彼女をもっとよく見て声をかけていたら、ここまで悪化しなかったかもしれない…。
思えば、彼女はこの不慣れな世界に来て、弱音をこぼすでもなく毎日懸命に勉強しながら仕事をこなしていた。
真面目で頑張り屋さんな彼女は何事もいつも全力で取り組んでいた。
その姿を眩しいと、私自身も励まされる気持ちでみていたが…彼女にとっては身体的にも精神的にも、どれだけの負荷がかかっていただろう。
一番近くにいる私が、気づいてやるべきだった。
きっと無意識に頑張りすぎてしまう彼女の癖を知っていたはずなのに……彼女の身体が悲鳴をあげる前に、私がもっと気をつけてやればよかった。
「…土井先生。」
新野先生が私の肩に手を置いた。
「少し様子を見ておきますので、また後でいらしてください。容態が悪くなければ自室で休む方が落ち着くでしょうからそのときは頼みます。」
「…わかりました……新野先生、よろしくお願いします。」
数刻後、医務室に行くと新野先生がもう自室で安静にしても大丈夫と仰ってくれたので、たまみさんを部屋に運んで布団を敷いて寝かせた。
彼女の体は熱くぐったりしていた。
額に手を当ててみる。
やはり熱い。
しんどそうな様子にいたたまれなくなった。
「…たまみさん……」
そっと彼女の手を握ると、僅かに目が開けられて虚ろな瞳が私を見た。
「無理をさせてしまいすみませんでした…。」
「土井先生は何も謝ることないですよ…私が自分の体調管理ができなかっただけです…すみません、」
「…頑張りすぎないでください……。」
ぎゅっと手を握りしめると、たまみさんは困ったように苦笑した。
「土井先生の方こそ…」
「私は大丈夫だからいいんです。」
「…でも……胃炎とか…心配です…。」
「心配なのはきみの方だ。」
私は彼女の頭をゆっくり撫でた。
「早く良くなって…。」
たまみさんは目を細めて頷いた。
「…土井先生……」
「はい?」
「…もっと…」
「?」
「もっと…撫でてください…」
「…!」
なんだその可愛いおねだりは。
こんなときなのに、そのか細く甘えた声が可愛いすぎて固まってしまった。
ハッと我にかえってヨシヨシと撫でると、たまみさんは嬉しそうに微笑んだ。
握っていた手をたまみさんがほどく。
そしてすぐ、私の指に彼女の指を絡めて繋ぎ直した。
「…土井先生の手…安心します。」
「………」
体がしんどくて気持ちも弱っているのだろうか。
なんだこの甘えん坊な雰囲気は…可愛いすぎるのだが…!!
いやいや、しかし、病人相手に何を考えて…。
「…食堂のおばちゃんがおかゆを作ってくれていると思うので貰ってきます。少し寝ていてください。」
私は努めて冷静にそう言うとたまみさんの部屋を後にした。
暫くしておかゆを持って部屋に入ると、たまみさんは目を閉じていた。
「…たまみさん、食べられますか?」
彼女は虚ろな目をあけて上半身を起こそうとしたが、力が入らないのか途中で止まってしまった。
背中に手を添えて起こしてやる。
やはり布越しにも分かるほど熱かった。
「少しでも食べて、薬を飲みましょう。」
弱々しく頷くのを見ていられなかった。
私はおかゆをひとさじすくうと、ふぅふぅと冷まして彼女の口に運んだ。
彼女は子どものように口を開けておかゆを食べたが、三口ほどで少し首をふった。
「もう食べれない?…じゃあ、この薬を飲んでください。」
薬と水を渡すと、たまみさんは暫く薬をじっと眺めたあと観念したかのように一気に薬と水を飲み干した。
私はゆっくりとたまみさんを寝かせてやり、目を閉じたのを確認すると静かに部屋を出た。
夜、隣の部屋で眠るたまみさんの容態が気になって中々寝つけなかった。
すると、微かに声が聞こえてきた。
うなされているのだろうか。
私が起き上がると、山田先生も気がついていたようで「様子を見てきてやんなさい。」と言われた。
言われるまでもなくそのつもりだった私は、彼女の部屋に行くと声をかけてから障子をあけた。
「たまみさん…?」
彼女は苦しそうな顔をしてうなされていた。
「大丈夫ですか?」
近寄って声をかけると、たまみさんはゆっくり目を開けた。
「…ど、い…せんせ…?」
「どこか痛みますか?」
「…いえ…怖い夢を…見たんです…」
不安げに揺れる瞳。
私はたまみさんのまだ熱い手を握った。
「大丈夫。私がここにいます。」
たまみさんは頷き力なく微笑んだ。
…なんと弱々しい。
いつも元気に笑う彼女が、こんなに弱っている姿なんて見たくない。
できることなら代わってやりたい…。
「…せんせ…」
「ん?」
「何か…お話して…」
たまみさんが子どものように甘えてきた。
あぁ、もう、可愛いな…。
またしても、こんなときなのに不謹慎にもそんなことを思ってしまう。
しかし急にお話といわれても、これといって何も思いつかない。
ふと机の上に置かれたいくつかの本が目に入った。
確か、文字の練習に枕草子を写していると言っていたな…。
私は一冊の本を取った。
「お話と言われても思いつかないので…これを読むのでもいいですか?」
彼女は頷いて、
「土井先生の…声が、聞きたいです…。」
と言った。
顔に熱が集まるのを感じる。
なんて可愛らしいことを言ってくれるのか…。
私はページをめくると静かに読み始めた。
「春はあけぼの。やうやう白くなりゆく…」
たまみさんは心地よさそうに目を閉じ口許に微笑を浮かべていた。
やがて暫くすると、彼女の呼吸が深いものになり眠りについたことが分かった。
私は本を閉じて彼女の寝顔を見た。
長い睫毛。
上気した頬。
赤い唇。
少し汗ばんで髪の毛の張りついた首筋。
私は繋げたままの小さな手を強く握った。
「早く元気になって…。」
そう呟くと、私は彼女の額に口付けた。