第16話 おかえりなさい
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7日目。
授業が終わったあと、きり丸くんに教材運びをお願いして、職員室まで一緒に来てもらった。
「ここでいいですか?」
「うん、ありがとう。…きり丸くん……」
私はしゃがんで彼と目線を合わせてじっと見つめた。
きり丸くんの目の下にはクマがある。
…土井先生が心配で、眠れないのだろう。
「…いま、利吉さんが土井先生を探しに行ってくれてるから。」
「利吉さんが…?」
「うん。だから、土井先生は大丈夫だから…きり丸くんはちゃんと眠って体調を…」
そう言いかけたとき、きり丸くんはバッと私を見て怒った。
「っ何で…!なんで、大丈夫とか、そんなこと分かるんですか!?」
その声は震えていた。
「俺、土井先生が…いなくなったら…どうしようって…!」
きり丸くんは目にいっぱい涙を溜めて泣くのを堪えていた。
まるで自分の心のうちを見ているようだった。
私も泣きそうになりながら、それでもここは自分がしっかりせねばときり丸くんを抱きしめた。
「…一緒に、土井先生を信じよう。帰ってきたときにそんな顔してたら、土井先生びっくりしてまた胃が痛くなっちゃうでしょう。利吉さんが探しに行ってくれてるから…もう少し待とう。」
ぎゅっと抱きしめると、きり丸くんは私の装束を掴んで肩を震わせて泣いた。
その小さな背中を撫でて、私はいつか土井先生がしてくれていたように、「大丈夫」と繰り返しながらきり丸くんの頭を撫で続けた…。
その夜。
布団の中で考えていた。
「そんなに危ない忍務じゃないから心配しないで」
土井先生を見送ったあのとき。
その言葉をそのまま信じて笑顔で見送った。
「そこは、ちょうど近くで激しい戦があった場所です。何らかの形で巻き込まれた可能性も…。」
利吉さんの言葉が浮かんだ。
土井先生が強いことは知っている。
けれど、あちらこちらで戦が起こるなか、どこでどう巻き込まれるかなんて分からない。
授業や外出から学園に戻ってきたときに「おかえりなさい」といつも言っていたけれど、毎回「おかえりなさい」と言えるのは、決して当たり前のことではなかったのだ…。
私は、どうしてあのとき、もっと色々話さなかったのだろう。
あのとき、言っておくべきことがあったのでは…。
…いや、違う、そうじゃない。
土井先生は、無事に帰ってくる。
そう、だから、あのときどうしていたらとか、そんなのは違うから…。
涙を袖で拭い寝返りをうち、布団を抱きしめる。
「土井先生……」
何度呟いただろう。
どうか、この祈りが土井先生に届いて無事でありますように…!
すると雲が月を隠したのか、部屋を微かに照らす月明かりが僅かにかげった。
そのとき。
「…たまみさん?」
幻聴かと思った。
「…起きてますか?」
「!!!……ッ、どいせんせ…っ!?」
勢いよくあけた障子の先に。
月明かりの逆光にうつる、長身のシルエット。
土井先生!!!
「ど、い…せんせっ!!」
私は土井先生に思いきり抱きついた。
幻でも夢でもない、本物の土井先生だ…!!
「すみません…遅くなりました。」
「よかっ…、よかった!!…怪我は…!?どこか何か…大丈夫ですかっ?!」
「大丈夫です。…あの、泥だらけなのでくっついたら…」
「そんなの…!」
あぁ、久しぶりに聞いた土井先生の声。
いつもの、困ったような笑顔。
帰ってきたら笑顔で迎えようと思っていたのに、涙が止まらなかった。
「…心配をかけてすみません。」
私は首を振った。
オホンッ
突然、咳払いが聞こえてそちらを向くと、利吉さんが不機嫌そうな顔で立っていた。
「土井先生、父にまず報告を。」
「ああ、すまない。」
「あのっ!私も…一緒に聞いてもいいですか?」
土井先生と利吉さんは一瞬顔を見合わせたが、土井先生は優しく頷いた。
「山田先生、ただいま戻りました。」
土井先生が障子をあけると山田先生がすぐそばに立っていて、いきなり土井先生に拳骨をくらわせた。
「私より先に女のところへ行くやつがあるか!」
「す、すみません…!学園長先生の庵からこちらへ向かう途中、たまみさんに呼ばれた気がしたのでつい…!」
「まったく…!で、怪我は?」
「大丈夫です。遅くなってしまいすみません。」
「何があった?」
山田先生は畳に座り、続いて私たちも座った。
「実は、忍務は問題なく終わったのですが、帰ろうとしたときに近くで戦がありまして。
林の中から泣き声がするから見てみると、小さな子どもが5人、洞穴の中に隠れていたんです。
聞くと、ここに隠れているよう親に言われたと言っていて。
そのとき既に戦禍は村にまで到達していて、そこも見つかるのは時間の問題でした。
そのままでは殺されるか売られるかするだろうと思い別の場所に連れていったのですが…、そのあと落ち着いてからその子達の親を探したり、親が見つからない子どもの引き取り先を…少し離れたお寺まで預けに行ったりしていたら日が経ってしまいました。」
土井先生は手元を見ながら苦し気に話した。
「…半助。」
「はい。」
「お前が心優しいことは分かっているし、その子ども達を捨て置けなかったのも当然だ。私もその場にいたら同じようにしただろう。」
「……」
「だがな、分かっているとは思うが、お前には、お前の帰りを待ってる人間がたくさんいる。…あまり、心配をかけるんじゃない。」
「…すみません…。」
山田先生は土井先生の肩にポンと手を置くと優しい目をして「疲れただろう、もういいから早く風呂に入って寝なさい。」と声を和らげた。
私は涙で冷たく濡れた袖をまくって土井先生を見た。
「あの、土井先生も利吉さんもお腹すいてないですか?私、食堂で何か作ってきましょうか…?」
「たまみさんも眠たいでしょう。明日の朝でいいですよ。」
「いえ、大丈夫です!目が覚めました!」
「そうですか…。では、お願いします。」
「わかりました!食堂にいてますので、後で来てください!…あ、あとですね。」
「…きり丸、ですか?」
「!…そうです。まだ起きてるかもしれないから、行ってあげてください。」
土井先生は優しく頷き、私は意気揚々と食堂へ向かった。
授業が終わったあと、きり丸くんに教材運びをお願いして、職員室まで一緒に来てもらった。
「ここでいいですか?」
「うん、ありがとう。…きり丸くん……」
私はしゃがんで彼と目線を合わせてじっと見つめた。
きり丸くんの目の下にはクマがある。
…土井先生が心配で、眠れないのだろう。
「…いま、利吉さんが土井先生を探しに行ってくれてるから。」
「利吉さんが…?」
「うん。だから、土井先生は大丈夫だから…きり丸くんはちゃんと眠って体調を…」
そう言いかけたとき、きり丸くんはバッと私を見て怒った。
「っ何で…!なんで、大丈夫とか、そんなこと分かるんですか!?」
その声は震えていた。
「俺、土井先生が…いなくなったら…どうしようって…!」
きり丸くんは目にいっぱい涙を溜めて泣くのを堪えていた。
まるで自分の心のうちを見ているようだった。
私も泣きそうになりながら、それでもここは自分がしっかりせねばときり丸くんを抱きしめた。
「…一緒に、土井先生を信じよう。帰ってきたときにそんな顔してたら、土井先生びっくりしてまた胃が痛くなっちゃうでしょう。利吉さんが探しに行ってくれてるから…もう少し待とう。」
ぎゅっと抱きしめると、きり丸くんは私の装束を掴んで肩を震わせて泣いた。
その小さな背中を撫でて、私はいつか土井先生がしてくれていたように、「大丈夫」と繰り返しながらきり丸くんの頭を撫で続けた…。
その夜。
布団の中で考えていた。
「そんなに危ない忍務じゃないから心配しないで」
土井先生を見送ったあのとき。
その言葉をそのまま信じて笑顔で見送った。
「そこは、ちょうど近くで激しい戦があった場所です。何らかの形で巻き込まれた可能性も…。」
利吉さんの言葉が浮かんだ。
土井先生が強いことは知っている。
けれど、あちらこちらで戦が起こるなか、どこでどう巻き込まれるかなんて分からない。
授業や外出から学園に戻ってきたときに「おかえりなさい」といつも言っていたけれど、毎回「おかえりなさい」と言えるのは、決して当たり前のことではなかったのだ…。
私は、どうしてあのとき、もっと色々話さなかったのだろう。
あのとき、言っておくべきことがあったのでは…。
…いや、違う、そうじゃない。
土井先生は、無事に帰ってくる。
そう、だから、あのときどうしていたらとか、そんなのは違うから…。
涙を袖で拭い寝返りをうち、布団を抱きしめる。
「土井先生……」
何度呟いただろう。
どうか、この祈りが土井先生に届いて無事でありますように…!
すると雲が月を隠したのか、部屋を微かに照らす月明かりが僅かにかげった。
そのとき。
「…たまみさん?」
幻聴かと思った。
「…起きてますか?」
「!!!……ッ、どいせんせ…っ!?」
勢いよくあけた障子の先に。
月明かりの逆光にうつる、長身のシルエット。
土井先生!!!
「ど、い…せんせっ!!」
私は土井先生に思いきり抱きついた。
幻でも夢でもない、本物の土井先生だ…!!
「すみません…遅くなりました。」
「よかっ…、よかった!!…怪我は…!?どこか何か…大丈夫ですかっ?!」
「大丈夫です。…あの、泥だらけなのでくっついたら…」
「そんなの…!」
あぁ、久しぶりに聞いた土井先生の声。
いつもの、困ったような笑顔。
帰ってきたら笑顔で迎えようと思っていたのに、涙が止まらなかった。
「…心配をかけてすみません。」
私は首を振った。
オホンッ
突然、咳払いが聞こえてそちらを向くと、利吉さんが不機嫌そうな顔で立っていた。
「土井先生、父にまず報告を。」
「ああ、すまない。」
「あのっ!私も…一緒に聞いてもいいですか?」
土井先生と利吉さんは一瞬顔を見合わせたが、土井先生は優しく頷いた。
「山田先生、ただいま戻りました。」
土井先生が障子をあけると山田先生がすぐそばに立っていて、いきなり土井先生に拳骨をくらわせた。
「私より先に女のところへ行くやつがあるか!」
「す、すみません…!学園長先生の庵からこちらへ向かう途中、たまみさんに呼ばれた気がしたのでつい…!」
「まったく…!で、怪我は?」
「大丈夫です。遅くなってしまいすみません。」
「何があった?」
山田先生は畳に座り、続いて私たちも座った。
「実は、忍務は問題なく終わったのですが、帰ろうとしたときに近くで戦がありまして。
林の中から泣き声がするから見てみると、小さな子どもが5人、洞穴の中に隠れていたんです。
聞くと、ここに隠れているよう親に言われたと言っていて。
そのとき既に戦禍は村にまで到達していて、そこも見つかるのは時間の問題でした。
そのままでは殺されるか売られるかするだろうと思い別の場所に連れていったのですが…、そのあと落ち着いてからその子達の親を探したり、親が見つからない子どもの引き取り先を…少し離れたお寺まで預けに行ったりしていたら日が経ってしまいました。」
土井先生は手元を見ながら苦し気に話した。
「…半助。」
「はい。」
「お前が心優しいことは分かっているし、その子ども達を捨て置けなかったのも当然だ。私もその場にいたら同じようにしただろう。」
「……」
「だがな、分かっているとは思うが、お前には、お前の帰りを待ってる人間がたくさんいる。…あまり、心配をかけるんじゃない。」
「…すみません…。」
山田先生は土井先生の肩にポンと手を置くと優しい目をして「疲れただろう、もういいから早く風呂に入って寝なさい。」と声を和らげた。
私は涙で冷たく濡れた袖をまくって土井先生を見た。
「あの、土井先生も利吉さんもお腹すいてないですか?私、食堂で何か作ってきましょうか…?」
「たまみさんも眠たいでしょう。明日の朝でいいですよ。」
「いえ、大丈夫です!目が覚めました!」
「そうですか…。では、お願いします。」
「わかりました!食堂にいてますので、後で来てください!…あ、あとですね。」
「…きり丸、ですか?」
「!…そうです。まだ起きてるかもしれないから、行ってあげてください。」
土井先生は優しく頷き、私は意気揚々と食堂へ向かった。