第2話 髪紐
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突然の出来事。
これは現実なのか、夢なのか。
何がなんだか分からない。
違う世界ってどういうこと?
思い出そうとしても、自分の名前以外には何も分からない。
けれど、心戸惑う暇もなく目の前で今後の話が進んでいく。
何故こうなったのか考える余裕もなかった。
私はとりあえず、今どうすべきか、これからどうしたらよいかに意識を集中させることにした。
「異世界から来たということは皆には伏せておこう。」
学園長と名乗ったお爺さんはそう言った。
なんでも、ここは忍者の学校だから下手なことを言うとあらぬ疑いの目を向けられて大変なことになるんだとか…。
あらぬ疑いって何だろう。
おかしいと思われそうな言動は慎まなくては…といっても、何が『おかしい』のかもよく分からない。
そもそも、忍者とは…漠然としたイメージはあるけれど、どんなことをしているのだろう。
色んな疑問が脳裏をかすめるけれど、どこから質問すればいいのかすら分からなかった。
半ば呆然と様子を伺う私の目の前で、男性3人は粛々と話を進めていく。
その落ち着いた対応に仄かな安心感を抱くとともに、このような突然の出来事への対処には慣れているのかなと感じた。
そうしてとりあえず、私は『学園長先生の遠縁の親戚で戦に巻き込まれた際に記憶をなくし、そのリハビリのために忍術学園に来た』ということになった。
半分は真実。
これなら、私が誰に何を質問しても変に思われないだろうとのことだった。
「何かあれば山田先生と土井先生にすぐ言いなさい。…おっと、そういえば2人の挨拶がまだじゃったな。」
促されて視線を移すと、黒い服の男性2人のうち年輩の人と目が合った。
「1年は組、実技担当教師の山田伝蔵だ。」
「あ、よ、よろしくお願いします…!」
眼光の鋭い渋い男性。
厳しそうな先生だと思って丁寧にお辞儀すると、「そんなに畏まらなくてもいい。」と笑ってくれて少し安心した。
続いて隣の若い男性が挨拶してくれた。
「同じく1年は組、教科担当の土井半助です。困ったことがあれば何でも言ってください。」
優しい声音。
爽やかな笑顔。
不安だった気持ちが、その優しい眼差しに不思議と落ち着いていくのを感じた。
「ありがとうございます。よろしくお願いします…!」
私も精一杯の笑顔で挨拶をすると、にこりと頷き返してくれた。
優しそうな先生…。
それが彼に対する最初の印象だった。
「まずは学園内を案内せんとな。しかし、その格好では目立つのう。山田先生、女装用の小袖を貸してやってくれんか。」
「わかりました。」
山田先生が瞬時に着物を持ってきて渡してくれた。
…今、女装用と聞こえたような。
いやまさか、こんな渋い…硬派に見える方にそういう趣味があるなんて…。
女装用じゃなくて、女性用と言ったのかな。
すると、そんな私の心を読んだかのようにオホンと咳払いして説明してくれた。
「…忍務で必要なときに女装することがあるのだ。」
「そ、そうなんですか。」
…色々疑問はあったけれど、今は状況把握に専念しようと思い、そこはそのまま納得することにした。
渡された紺色の着物に着替えるため、他の3人は障子の外に出てくれた。
どのように着るのかは何となくだがわかった。
全ての記憶が無くなっているわけではないらしい。
けれど背の低い私には丈が長過ぎて、腰紐で調整するもごわごわしてしまう。
「…こんな感じかなぁ。」
長く待たせるのもよくないと思い、適当に揃えてよしとした。
スッと障子を開けて「着替え終わりました」と言うと、3人がこちらを見た。
「ちょっと大きすぎたようじゃな。」
皆、少し苦笑いを浮かべている。
やっぱり変だったのかな…。
「あの、着方はこれであってますか…?」
おずおずと聞くと、土井先生がスッと私の背後に見に来てくれた。
後ろに立ってかがみ、帯に手を当てて背中や腰回りの布を引っ張って直してくれた。
「これで大丈夫ですよ。」
「……ありがとうございます。」
なんだろう、何だかものすごく気恥ずかしい…!
すると、土井先生はおもむろに私の髪を束ねているゴムを触った。
「これも、変えた方がいいですね…。」
「あ、はい。」
言われるがまま、すぐにそれを外す。
髪の結び跡を手ぐしでサッと直し、そのまま後ろに振り向いて土井先生を見上げた。
「!」
土井先生が少し驚いた表情で私をじっと見つめる。
「…?」
どうしたのだろう。
何か変だったかな…。
固まる土井先生をじっと見上げて次の言葉を待つ。
「………」
言葉もなく絡まる視線。
それは、ほんの一瞬のことだった。
なのに何だかとても長く感じて…。
何か言わなくてはと口を開きかけた瞬間。
しゅるっ
突然、土井先生は自身の頭巾を外し自らの髪を束ねていた紐をほどいた。
長い髪がはらりと落ちる。
それは思ったより長くて、あまり手入れをしていないのかボサボサとしていたけれど。
先程までの先生然としていた姿から、印象が変わってドキリとした。
すると、土井先生の手がおもむろにこちらに伸びてきて。
そっと私の髪に触れた。
びっくりして動かずにいると、土井先生は私の後ろに回り、ゆっくりと私の髪をひとつに結ってくれた。
優しく髪を束ねる大きな手。
微かに首に触れる指。
自分の頬に熱が集まるのを感じた。
土井先生の髪を束ねていた紐で私の髪を束ねてくれたことに気づくと、私は慌てて謝った。
「あ、あの、すみません…!土井先生の髪をくくるものがなくなるんだったら私はおろしたままでも…!」
少し焦ってそう言うと、土井先生はハッとして困ったように笑った。
「いえ、大丈夫です。自室にまだ予備の髪紐があるので…。……と、いうか…すみません、勝手にしてしまって。」
なぜか謝る土井先生。
こちらこそ申し訳ないと思いつつ、髪をおろした感じも格好いいと思った。
……ん?格好いい?
この状況でよくそんな感想が出たものだと自分に驚いた。
しかし、眉をハの字にして笑う彼の笑顔を見ると、不思議と緊張が溶けていくような気がしたのだった。
これは現実なのか、夢なのか。
何がなんだか分からない。
違う世界ってどういうこと?
思い出そうとしても、自分の名前以外には何も分からない。
けれど、心戸惑う暇もなく目の前で今後の話が進んでいく。
何故こうなったのか考える余裕もなかった。
私はとりあえず、今どうすべきか、これからどうしたらよいかに意識を集中させることにした。
「異世界から来たということは皆には伏せておこう。」
学園長と名乗ったお爺さんはそう言った。
なんでも、ここは忍者の学校だから下手なことを言うとあらぬ疑いの目を向けられて大変なことになるんだとか…。
あらぬ疑いって何だろう。
おかしいと思われそうな言動は慎まなくては…といっても、何が『おかしい』のかもよく分からない。
そもそも、忍者とは…漠然としたイメージはあるけれど、どんなことをしているのだろう。
色んな疑問が脳裏をかすめるけれど、どこから質問すればいいのかすら分からなかった。
半ば呆然と様子を伺う私の目の前で、男性3人は粛々と話を進めていく。
その落ち着いた対応に仄かな安心感を抱くとともに、このような突然の出来事への対処には慣れているのかなと感じた。
そうしてとりあえず、私は『学園長先生の遠縁の親戚で戦に巻き込まれた際に記憶をなくし、そのリハビリのために忍術学園に来た』ということになった。
半分は真実。
これなら、私が誰に何を質問しても変に思われないだろうとのことだった。
「何かあれば山田先生と土井先生にすぐ言いなさい。…おっと、そういえば2人の挨拶がまだじゃったな。」
促されて視線を移すと、黒い服の男性2人のうち年輩の人と目が合った。
「1年は組、実技担当教師の山田伝蔵だ。」
「あ、よ、よろしくお願いします…!」
眼光の鋭い渋い男性。
厳しそうな先生だと思って丁寧にお辞儀すると、「そんなに畏まらなくてもいい。」と笑ってくれて少し安心した。
続いて隣の若い男性が挨拶してくれた。
「同じく1年は組、教科担当の土井半助です。困ったことがあれば何でも言ってください。」
優しい声音。
爽やかな笑顔。
不安だった気持ちが、その優しい眼差しに不思議と落ち着いていくのを感じた。
「ありがとうございます。よろしくお願いします…!」
私も精一杯の笑顔で挨拶をすると、にこりと頷き返してくれた。
優しそうな先生…。
それが彼に対する最初の印象だった。
「まずは学園内を案内せんとな。しかし、その格好では目立つのう。山田先生、女装用の小袖を貸してやってくれんか。」
「わかりました。」
山田先生が瞬時に着物を持ってきて渡してくれた。
…今、女装用と聞こえたような。
いやまさか、こんな渋い…硬派に見える方にそういう趣味があるなんて…。
女装用じゃなくて、女性用と言ったのかな。
すると、そんな私の心を読んだかのようにオホンと咳払いして説明してくれた。
「…忍務で必要なときに女装することがあるのだ。」
「そ、そうなんですか。」
…色々疑問はあったけれど、今は状況把握に専念しようと思い、そこはそのまま納得することにした。
渡された紺色の着物に着替えるため、他の3人は障子の外に出てくれた。
どのように着るのかは何となくだがわかった。
全ての記憶が無くなっているわけではないらしい。
けれど背の低い私には丈が長過ぎて、腰紐で調整するもごわごわしてしまう。
「…こんな感じかなぁ。」
長く待たせるのもよくないと思い、適当に揃えてよしとした。
スッと障子を開けて「着替え終わりました」と言うと、3人がこちらを見た。
「ちょっと大きすぎたようじゃな。」
皆、少し苦笑いを浮かべている。
やっぱり変だったのかな…。
「あの、着方はこれであってますか…?」
おずおずと聞くと、土井先生がスッと私の背後に見に来てくれた。
後ろに立ってかがみ、帯に手を当てて背中や腰回りの布を引っ張って直してくれた。
「これで大丈夫ですよ。」
「……ありがとうございます。」
なんだろう、何だかものすごく気恥ずかしい…!
すると、土井先生はおもむろに私の髪を束ねているゴムを触った。
「これも、変えた方がいいですね…。」
「あ、はい。」
言われるがまま、すぐにそれを外す。
髪の結び跡を手ぐしでサッと直し、そのまま後ろに振り向いて土井先生を見上げた。
「!」
土井先生が少し驚いた表情で私をじっと見つめる。
「…?」
どうしたのだろう。
何か変だったかな…。
固まる土井先生をじっと見上げて次の言葉を待つ。
「………」
言葉もなく絡まる視線。
それは、ほんの一瞬のことだった。
なのに何だかとても長く感じて…。
何か言わなくてはと口を開きかけた瞬間。
しゅるっ
突然、土井先生は自身の頭巾を外し自らの髪を束ねていた紐をほどいた。
長い髪がはらりと落ちる。
それは思ったより長くて、あまり手入れをしていないのかボサボサとしていたけれど。
先程までの先生然としていた姿から、印象が変わってドキリとした。
すると、土井先生の手がおもむろにこちらに伸びてきて。
そっと私の髪に触れた。
びっくりして動かずにいると、土井先生は私の後ろに回り、ゆっくりと私の髪をひとつに結ってくれた。
優しく髪を束ねる大きな手。
微かに首に触れる指。
自分の頬に熱が集まるのを感じた。
土井先生の髪を束ねていた紐で私の髪を束ねてくれたことに気づくと、私は慌てて謝った。
「あ、あの、すみません…!土井先生の髪をくくるものがなくなるんだったら私はおろしたままでも…!」
少し焦ってそう言うと、土井先生はハッとして困ったように笑った。
「いえ、大丈夫です。自室にまだ予備の髪紐があるので…。……と、いうか…すみません、勝手にしてしまって。」
なぜか謝る土井先生。
こちらこそ申し訳ないと思いつつ、髪をおろした感じも格好いいと思った。
……ん?格好いい?
この状況でよくそんな感想が出たものだと自分に驚いた。
しかし、眉をハの字にして笑う彼の笑顔を見ると、不思議と緊張が溶けていくような気がしたのだった。