第10話 仮初めでも
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学園長先生の許可を貰って、私は利吉さんと聞き込みの忍務に出た。
外の世界を知りたいというのも勿論あるし、一年は組の補佐として経験を積んでおきたいというのも確かにある。
しかし、何よりも、女装した利吉さんを見たときに、こんな綺麗な人が土井先生と夫婦役だなんて絶対嫌だと思ってしまったのだ。
たとえ仮の姿だとしても、それが本当の女性ではないとしても、嫌だった。
「今日の目的は、最近の人や物の動き、物価の変動、変わった出来事がなかったか、等を調べることです。」
「はい。」
「行商をしているという設定で、私は男性のもとで情報を聞いてくるので、たまみさんは主婦のなかに混じって色々聞き出してください。」
「わかりました。」
利吉さんはフッと笑って、そんなに緊張しなくても大丈夫ですよと言ってくれた。
「今からそんなに固くなっていたら、疲れてしまいますよ。遠足にでもきた気分で、のんびりと行きましょう。」
「そんなこと言われても…」
「あ、あとですね。」
利吉さんがパッと前に出て私を正面から見た。
「我々は夫婦です。」
「!…はい。」
「呼ぶときは『あなた』とか適当に呼んでください。本名はだめですよ、名前が知られるとよくないですから。私はたまみさんを『お前』と呼びます。敬語はお互いになしで。」
「わかりました。」
「じゃあ、今から練習で。」
利吉さんは、私の手を握って歩き出した。
「足、疲れてない?」
覗きこんできた目が本当に優しくて、私は思わず言葉に詰まってしまった。
「だ、大丈夫、です」
「…そうじゃないだろ?ほら、こっち見て。」
彼の指が私の顔をツッと彼の方に向けた。
綺麗な瞳に射ぬかれたように見つめられて動けなくなる。
「…だ、大丈夫よ、あなた。」
しどろもどろに言うと、利吉さんはフッと微笑み私の髪を撫でた。
大きな手が優しく私の髪をすいて、そっと頬に触れる。
「…そんなに恥ずかしがっていたらだめじゃないか…」
突然、肩に手を置いて耳元で色を含んだ声で囁く。
「…私達は夫婦なんだ。そんなに可愛い反応をされたら……」
利吉さんがそっと私を抱きしめる。
その腕があまりにゆっくり優しくて、拒むタイミングがないほどに自然な動きだった。
「…なッ!?な、…!!」
「たまみ…」
「名前、呼んじゃだめってさっき…!」
パニックになって胸を押し返すと、利吉さんは楽しげに微笑んでまた横並びに並んだ。
「そうそう。名前は呼んじゃだめです。…それで、緊張はとけた?」
「!」
え、私の緊張をとくためにこんな…!?
動揺しすぎて真っ赤になってこくこく頷くと、利吉さんは満足そうに目を細めて微笑んだ。
「…本当に可愛いな。」
「……!?」
それは、どういう意味ですか!?
か、からかわれている!?
真意を探ろうと見つめてみても、にこりと微笑み返されて私は言葉に困った。
もしかしてこれは、引き受けてはいけないやつだったんじゃ…!!
今更ながら土井先生の顔が思い浮かぶけれど、もうどうしようもないので、腹をくくって忍務の足手まといにならないよう頑張ろうと思った。
着いた農村は、のどかだが貧しい感じの村だった。
それでも村の人びとは明るく優しい人達で、余所者である私達をすんなり通して気さくに話しかけてくれた。
利吉さんは畑に出ている男性達のもとへ行き、私は家で機織りをしている女性達を相手に話を聞こうとした。
どうやって切り出していこうかと迷っていると、
「ねぇ、ちょっと!あんな美丈夫見たことないわ!どこで出会ったの!?」
「旦那さん、兄弟はいないの?あ、親戚でもいいわ。あんな格好いい人そうそういないし、他にも素敵な人いるなら紹介してよ!」
「すっごく優しそうで羨ましいわ~うちの亭主ったら昨日もこんなんで…」
「男ってそんなもんよね~うちのもこないだ…」
話のテンポが早い!
ついていくのに必死だった。
そして、話の方向を変えて必要な情報を聞き出そうとするも、少しするとまた利吉さんの話に戻る。
…忍者が格好よすぎるのは世を忍ぶには苦労しそうだなと苦笑した。
暫くして利吉さんと合流することができた。
変に疑われることがないよう、あまり長居せずに引き上げる。
村を出て少しすると、聞き出した内容を逐一利吉さんに伝えた。
「すごいですね、思ったより具体的にたくさん聞き出してくれて助かりました。」
「おば様方のお喋りパワーがすごかったからですよ!でもみんな利吉さんのこと素敵な旦那さんだってすぐに話がそれちゃうから、話を戻すのがホントに大変で!」
「ははは、そんなに?」
「もうホント、利吉さんが格好よすぎるから」
「たまみさんは、どう思いますか?」
利吉さんが急に真顔で聞いてくるから驚いて固まった。
なんて返したらいいのかと迷っていたら、利吉さんがまた私の手を握って歩き出した。
「私は、あなたにとってだけ格好よく映っていたらそれでいい。」
「…!」
「今日は、仮初めでもあなたと夫婦になれて嬉しかったです。」
「あの、…私…!」
そのとき、利吉さんの人差し指が私の唇に触れて、言葉を遮った。
「私をもっと知ってください。私も、もっとあなたを知りたい。」
利吉さんはゆっくり微笑んで、握った手に力をいれた。
私は何と返してよいか分からず、手をほどくこともできず、そのまま歩き出した。
学園の前まで来ると、利吉さんは名残惜しそうにゆっくり手を離した。
「たまみさん、今日は本当にありがとうございました。」
「いえ、こちらこそ、貴重な経験でした。」
「…さっき話したこと、私は本気ですから。」
突然、利吉さんは私を強く抱き締めた。
びっくりして固まっていると、頬に柔らかい感触。
口付けされていた。
「また、近いうちに会いに来ます。考えておいてください。」
耳元で囁く甘い声にぞくりとした。
ゆっくりと離れると、利吉さんは爽やかに手をふって走り去っていった。
外の世界を知りたいというのも勿論あるし、一年は組の補佐として経験を積んでおきたいというのも確かにある。
しかし、何よりも、女装した利吉さんを見たときに、こんな綺麗な人が土井先生と夫婦役だなんて絶対嫌だと思ってしまったのだ。
たとえ仮の姿だとしても、それが本当の女性ではないとしても、嫌だった。
「今日の目的は、最近の人や物の動き、物価の変動、変わった出来事がなかったか、等を調べることです。」
「はい。」
「行商をしているという設定で、私は男性のもとで情報を聞いてくるので、たまみさんは主婦のなかに混じって色々聞き出してください。」
「わかりました。」
利吉さんはフッと笑って、そんなに緊張しなくても大丈夫ですよと言ってくれた。
「今からそんなに固くなっていたら、疲れてしまいますよ。遠足にでもきた気分で、のんびりと行きましょう。」
「そんなこと言われても…」
「あ、あとですね。」
利吉さんがパッと前に出て私を正面から見た。
「我々は夫婦です。」
「!…はい。」
「呼ぶときは『あなた』とか適当に呼んでください。本名はだめですよ、名前が知られるとよくないですから。私はたまみさんを『お前』と呼びます。敬語はお互いになしで。」
「わかりました。」
「じゃあ、今から練習で。」
利吉さんは、私の手を握って歩き出した。
「足、疲れてない?」
覗きこんできた目が本当に優しくて、私は思わず言葉に詰まってしまった。
「だ、大丈夫、です」
「…そうじゃないだろ?ほら、こっち見て。」
彼の指が私の顔をツッと彼の方に向けた。
綺麗な瞳に射ぬかれたように見つめられて動けなくなる。
「…だ、大丈夫よ、あなた。」
しどろもどろに言うと、利吉さんはフッと微笑み私の髪を撫でた。
大きな手が優しく私の髪をすいて、そっと頬に触れる。
「…そんなに恥ずかしがっていたらだめじゃないか…」
突然、肩に手を置いて耳元で色を含んだ声で囁く。
「…私達は夫婦なんだ。そんなに可愛い反応をされたら……」
利吉さんがそっと私を抱きしめる。
その腕があまりにゆっくり優しくて、拒むタイミングがないほどに自然な動きだった。
「…なッ!?な、…!!」
「たまみ…」
「名前、呼んじゃだめってさっき…!」
パニックになって胸を押し返すと、利吉さんは楽しげに微笑んでまた横並びに並んだ。
「そうそう。名前は呼んじゃだめです。…それで、緊張はとけた?」
「!」
え、私の緊張をとくためにこんな…!?
動揺しすぎて真っ赤になってこくこく頷くと、利吉さんは満足そうに目を細めて微笑んだ。
「…本当に可愛いな。」
「……!?」
それは、どういう意味ですか!?
か、からかわれている!?
真意を探ろうと見つめてみても、にこりと微笑み返されて私は言葉に困った。
もしかしてこれは、引き受けてはいけないやつだったんじゃ…!!
今更ながら土井先生の顔が思い浮かぶけれど、もうどうしようもないので、腹をくくって忍務の足手まといにならないよう頑張ろうと思った。
着いた農村は、のどかだが貧しい感じの村だった。
それでも村の人びとは明るく優しい人達で、余所者である私達をすんなり通して気さくに話しかけてくれた。
利吉さんは畑に出ている男性達のもとへ行き、私は家で機織りをしている女性達を相手に話を聞こうとした。
どうやって切り出していこうかと迷っていると、
「ねぇ、ちょっと!あんな美丈夫見たことないわ!どこで出会ったの!?」
「旦那さん、兄弟はいないの?あ、親戚でもいいわ。あんな格好いい人そうそういないし、他にも素敵な人いるなら紹介してよ!」
「すっごく優しそうで羨ましいわ~うちの亭主ったら昨日もこんなんで…」
「男ってそんなもんよね~うちのもこないだ…」
話のテンポが早い!
ついていくのに必死だった。
そして、話の方向を変えて必要な情報を聞き出そうとするも、少しするとまた利吉さんの話に戻る。
…忍者が格好よすぎるのは世を忍ぶには苦労しそうだなと苦笑した。
暫くして利吉さんと合流することができた。
変に疑われることがないよう、あまり長居せずに引き上げる。
村を出て少しすると、聞き出した内容を逐一利吉さんに伝えた。
「すごいですね、思ったより具体的にたくさん聞き出してくれて助かりました。」
「おば様方のお喋りパワーがすごかったからですよ!でもみんな利吉さんのこと素敵な旦那さんだってすぐに話がそれちゃうから、話を戻すのがホントに大変で!」
「ははは、そんなに?」
「もうホント、利吉さんが格好よすぎるから」
「たまみさんは、どう思いますか?」
利吉さんが急に真顔で聞いてくるから驚いて固まった。
なんて返したらいいのかと迷っていたら、利吉さんがまた私の手を握って歩き出した。
「私は、あなたにとってだけ格好よく映っていたらそれでいい。」
「…!」
「今日は、仮初めでもあなたと夫婦になれて嬉しかったです。」
「あの、…私…!」
そのとき、利吉さんの人差し指が私の唇に触れて、言葉を遮った。
「私をもっと知ってください。私も、もっとあなたを知りたい。」
利吉さんはゆっくり微笑んで、握った手に力をいれた。
私は何と返してよいか分からず、手をほどくこともできず、そのまま歩き出した。
学園の前まで来ると、利吉さんは名残惜しそうにゆっくり手を離した。
「たまみさん、今日は本当にありがとうございました。」
「いえ、こちらこそ、貴重な経験でした。」
「…さっき話したこと、私は本気ですから。」
突然、利吉さんは私を強く抱き締めた。
びっくりして固まっていると、頬に柔らかい感触。
口付けされていた。
「また、近いうちに会いに来ます。考えておいてください。」
耳元で囁く甘い声にぞくりとした。
ゆっくりと離れると、利吉さんは爽やかに手をふって走り去っていった。