第10話 仮初めでも
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忍術学園へ行ったあの日、父からはたまみさんの素性について語られなかった。
ただ一言、素直でいい子なのは確かだから困っていそうなときは助けてやってくれ、とだけ言われた。
記憶喪失で日常的なことも覚えていないらしい。
どんな事情があるのか分からないが、そのような状態で忍術学園に一人身を寄せるのはどれ程心細いことだろう。
そんな不安は感じさせなかった穏やかな笑顔を思い出す。
そして、バッタに狼狽えて涙目になっている顔を思い出して口角が上がった。
「…次はいつ会えるだろうか……」
気付けば、ふとしたときに彼女のことを思い出している自分がいた。
そんなある日、巷で人気の南蛮のお菓子が売られているのが目に入った。
そういえば、雑談のなかで確かたまみさんは甘味が好きだと言っていたな。
そしてちょうど次の仕事の前に忍術学園へ行こうと思っていた。
…そうだ……!
私はそのままお菓子を購入し、足早に忍術学園へと向かった。
忍術学園へ着くと、門のそばにちょうど乱太郎、きり丸、しんべヱがいた。
たまみさんがどこにいるか聞いてみる。
「今日は文字の日だっけ?」
「それは明後日になったから、今は職員室じゃない?」
「文字の日?」
「はい、たまみさんは週に1回、図書室で借りた本を団蔵と一緒に写して文字の練習をしてるんです。」
「他にも『にんたまの友』の日っていうのもあるんですよ。」
「たまみさん、忍術について全然知らないから僕たちが教えてあげてるんです!」
「君たちが?」
「はい、すごいでしょー。」
しんべヱがエッヘンと胸を張る。
「授業の復習にもなるし、テストの点も、ほんの少ーしだけ上がったんですよ!」
「なるほど。」
一年は組補佐として色々な形で頑張っているのが伺えた。
職員室に行くと、土井先生とたまみさんがテストの採点をしていた。
「失礼します。」
「利吉さん!こんにちは。」
「やぁ、利吉くん。山田先生ならすぐ戻ると思うよ。」
「いえ、今日はたまみさんに会いに来ました。」
「私ですか?」
きょとんとするたまみさんの隣で、土井先生の眉がぴくりと動いた。
私は気づかないふりをしてたまみさんにお菓子の包みを渡した。
「美味しいと評判の南蛮のボーロです。たまみさん、甘いものがお好きなんでしょう?」
「えっ!そんな、いいんですか、頂いちゃって?」
「はい。…で、実は、おりいってお願いがありまして。」
「お願い?」
「次の仕事が、農村へのとある調査なんですけど、潜入するときに夫婦の方が聞き込みがしやすいので、少し協力してもらえないかなぁと」
「だめだ!」
話し終わる前に、土井先生に大きな声で遮られた。
「忍者でもない女性を忍務に協力させるなんて危険すぎる。」
「普通の農村への聞き込みです。危険な忍務ではありません。」
「君なら一人で十分に聞き出せるだろう。」
「夫婦として潜入した方が色々と聞きやすいんです。
…それにたまみさんは記憶がないと聞きました。忍術学園はある意味閉鎖された場所です。農村での暮らしがどのようなものか見ておくのも、社会勉強になっていいと思いますが。」
「社会勉強なら別に忍務として行く必要はない。」
案の定、土井先生は反対してきた。
もっともな意見だがこの感じ…単なる補佐として彼女を案じているだけではなさそうだ。
やはり土井先生も彼女のことを……。
たまみさんは私と土井先生が睨み合う様子を見てオロオロしている。
「あの、私、お役にたてるなら行くのは構わないのですが…」
「たまみさん…!」
やめた方がいいという土井先生の目線に、たまみさんは困ったように言葉を止め、そして思いついたように手をたたいた。
「そうだ!女装して夫婦になればよいのでは?」
「「え?」」
「山田先生、女装が好きらしいですし!あ、でも歳の差がありすぎますか…?」
父上?
なぜここで父上が?
女装?歳の差?
ま、まさか…
「もしかして…女装した父上と行けと?」
「んー、やっぱり難しいですかね。」
のほほんとした顔でとんでもないことを言う。
何をどうしたらそんな答えが。
土井先生は肩を震わせて笑いを堪えていた。
「女装した父と行くなら1人で行きます。」
「じゃあ1人で行きなさい。」
「えと、では土井先生が女装してとか…?」
「しません!」
「んー、じゃあ利吉さんが女装して土井先生と行くとか。」
…彼女は天然なのか。
夫婦の方がと言ったのは私だが、話が妙な方向になってきた。
たまみさんは大真面目な顔で顎に手を当てて真剣に考えていて、土井先生はそれを苦笑いしながら眺めている。
なるほど…確かに一生懸命に何か考えている様子は可愛らしい…その答えが突拍子もないことだとしても見ていて飽きないというか面白い。
すると突然、たまみさんが私の顔をじっと見て言った。
「利吉さんって綺麗な顔されてますよね。女装、見てみたいです…!」
「はい…?」
ずいぶん予想と離れた答えが出てきた。
すぐに断ったものの、たまみさんは「プロの忍者の変装が見てみたいです!後学のためにも!」と目をキラキラさせてお願いしてきた。
何だか、そんなに可愛くお願いされたら断るのも可哀想な気がしてくる。
「…1回だけですよ。」
私はしぶしぶ、サッと女装してみた。
たまみさんは驚いて、「すごい綺麗!」と繰り返していた。
そして、彼女は何を思ったのかハッとして土井先生と私を交互に見て沈黙した。
どうしたのだろう?
「…私、やっぱり、行きます!」
「たまみさん!?」
土井先生が驚いて彼女の腕を掴みかけた。
だがその手は途中で止まりぐっと拳が握られた。
…なるほど、その程度の距離感、か。
「だって土井先生はお忙しいし、私も一年は組の補佐をしている身として、実際に忍務に出てみた方が分かることもあるのかなと。外の社会を知っておくのも、必要かなと思いますし…。」
「しかし…」
「…足手まといにはならないですか?」
たまみさんが不安気に私の目を見て尋ねた。
「私がついているので大丈夫です。」
なぜ急に行く気になったのか気になったが、私はとびきりの笑顔でそう即答した。
ただ一言、素直でいい子なのは確かだから困っていそうなときは助けてやってくれ、とだけ言われた。
記憶喪失で日常的なことも覚えていないらしい。
どんな事情があるのか分からないが、そのような状態で忍術学園に一人身を寄せるのはどれ程心細いことだろう。
そんな不安は感じさせなかった穏やかな笑顔を思い出す。
そして、バッタに狼狽えて涙目になっている顔を思い出して口角が上がった。
「…次はいつ会えるだろうか……」
気付けば、ふとしたときに彼女のことを思い出している自分がいた。
そんなある日、巷で人気の南蛮のお菓子が売られているのが目に入った。
そういえば、雑談のなかで確かたまみさんは甘味が好きだと言っていたな。
そしてちょうど次の仕事の前に忍術学園へ行こうと思っていた。
…そうだ……!
私はそのままお菓子を購入し、足早に忍術学園へと向かった。
忍術学園へ着くと、門のそばにちょうど乱太郎、きり丸、しんべヱがいた。
たまみさんがどこにいるか聞いてみる。
「今日は文字の日だっけ?」
「それは明後日になったから、今は職員室じゃない?」
「文字の日?」
「はい、たまみさんは週に1回、図書室で借りた本を団蔵と一緒に写して文字の練習をしてるんです。」
「他にも『にんたまの友』の日っていうのもあるんですよ。」
「たまみさん、忍術について全然知らないから僕たちが教えてあげてるんです!」
「君たちが?」
「はい、すごいでしょー。」
しんべヱがエッヘンと胸を張る。
「授業の復習にもなるし、テストの点も、ほんの少ーしだけ上がったんですよ!」
「なるほど。」
一年は組補佐として色々な形で頑張っているのが伺えた。
職員室に行くと、土井先生とたまみさんがテストの採点をしていた。
「失礼します。」
「利吉さん!こんにちは。」
「やぁ、利吉くん。山田先生ならすぐ戻ると思うよ。」
「いえ、今日はたまみさんに会いに来ました。」
「私ですか?」
きょとんとするたまみさんの隣で、土井先生の眉がぴくりと動いた。
私は気づかないふりをしてたまみさんにお菓子の包みを渡した。
「美味しいと評判の南蛮のボーロです。たまみさん、甘いものがお好きなんでしょう?」
「えっ!そんな、いいんですか、頂いちゃって?」
「はい。…で、実は、おりいってお願いがありまして。」
「お願い?」
「次の仕事が、農村へのとある調査なんですけど、潜入するときに夫婦の方が聞き込みがしやすいので、少し協力してもらえないかなぁと」
「だめだ!」
話し終わる前に、土井先生に大きな声で遮られた。
「忍者でもない女性を忍務に協力させるなんて危険すぎる。」
「普通の農村への聞き込みです。危険な忍務ではありません。」
「君なら一人で十分に聞き出せるだろう。」
「夫婦として潜入した方が色々と聞きやすいんです。
…それにたまみさんは記憶がないと聞きました。忍術学園はある意味閉鎖された場所です。農村での暮らしがどのようなものか見ておくのも、社会勉強になっていいと思いますが。」
「社会勉強なら別に忍務として行く必要はない。」
案の定、土井先生は反対してきた。
もっともな意見だがこの感じ…単なる補佐として彼女を案じているだけではなさそうだ。
やはり土井先生も彼女のことを……。
たまみさんは私と土井先生が睨み合う様子を見てオロオロしている。
「あの、私、お役にたてるなら行くのは構わないのですが…」
「たまみさん…!」
やめた方がいいという土井先生の目線に、たまみさんは困ったように言葉を止め、そして思いついたように手をたたいた。
「そうだ!女装して夫婦になればよいのでは?」
「「え?」」
「山田先生、女装が好きらしいですし!あ、でも歳の差がありすぎますか…?」
父上?
なぜここで父上が?
女装?歳の差?
ま、まさか…
「もしかして…女装した父上と行けと?」
「んー、やっぱり難しいですかね。」
のほほんとした顔でとんでもないことを言う。
何をどうしたらそんな答えが。
土井先生は肩を震わせて笑いを堪えていた。
「女装した父と行くなら1人で行きます。」
「じゃあ1人で行きなさい。」
「えと、では土井先生が女装してとか…?」
「しません!」
「んー、じゃあ利吉さんが女装して土井先生と行くとか。」
…彼女は天然なのか。
夫婦の方がと言ったのは私だが、話が妙な方向になってきた。
たまみさんは大真面目な顔で顎に手を当てて真剣に考えていて、土井先生はそれを苦笑いしながら眺めている。
なるほど…確かに一生懸命に何か考えている様子は可愛らしい…その答えが突拍子もないことだとしても見ていて飽きないというか面白い。
すると突然、たまみさんが私の顔をじっと見て言った。
「利吉さんって綺麗な顔されてますよね。女装、見てみたいです…!」
「はい…?」
ずいぶん予想と離れた答えが出てきた。
すぐに断ったものの、たまみさんは「プロの忍者の変装が見てみたいです!後学のためにも!」と目をキラキラさせてお願いしてきた。
何だか、そんなに可愛くお願いされたら断るのも可哀想な気がしてくる。
「…1回だけですよ。」
私はしぶしぶ、サッと女装してみた。
たまみさんは驚いて、「すごい綺麗!」と繰り返していた。
そして、彼女は何を思ったのかハッとして土井先生と私を交互に見て沈黙した。
どうしたのだろう?
「…私、やっぱり、行きます!」
「たまみさん!?」
土井先生が驚いて彼女の腕を掴みかけた。
だがその手は途中で止まりぐっと拳が握られた。
…なるほど、その程度の距離感、か。
「だって土井先生はお忙しいし、私も一年は組の補佐をしている身として、実際に忍務に出てみた方が分かることもあるのかなと。外の社会を知っておくのも、必要かなと思いますし…。」
「しかし…」
「…足手まといにはならないですか?」
たまみさんが不安気に私の目を見て尋ねた。
「私がついているので大丈夫です。」
なぜ急に行く気になったのか気になったが、私はとびきりの笑顔でそう即答した。