第7話 緑
お名前設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
ある晴れた午後、私は忍術学園にいつもの用事で来ていた。
「失礼します。父上、いらっしゃいますか。」
障子をあけると、そこには見たことのない女性がいた。
土井先生の机で筆を執っていた女性は、私に驚いた様子で丁寧にお辞儀をした。
「すみません、山田先生と土井先生は今裏山で授業中なんですが…。」
「あなたは?」
「一年は組補佐のたまみといいます。…山田先生の息子さんですか?」
一年は組補佐?
そんな話は初めて聞いた…新任の先生だろうか。
教師用の黒い忍装束を着ているし教師見習いとかそのあたりかもしれない。
「はい、山田利吉です。一年は組に補佐がついたとは知りませんでした。」
「つい最近入ったばかりなので…」
「そうですか。それならこれで、父も帰りやすくなったというわけですね。」
私は持ってきていた大きな風呂敷を下に置いた。
「補習や何やらで忙しいといって家に帰らないから、私が色々持たされるんですよ。」
「優しい息子さんをもって山田先生は幸せですねぇ。ときどき嬉しそうに利吉さんのことを話してますよ。」
「へ?…別に優しいとかじゃなくて、母がおかんむりだから仕方なくですね…」
ニコニコと笑う彼女になんだか毒気を抜かれてしまった。
「あなたはどちらからここへ?」
「えっと、私は学園長の親戚で、戦に巻き込まれたときに記憶がなくなってしまって、リハビリを兼ねてここで働かせてもらってるんです。」
「…?」
違和感を感じた。
学園長の親戚と名乗るからには怪しい人物ではないのだろうと思うが、言葉と表情の端々から嘘をついていると思った。
なぜ嘘を?
「それは大変でしたね…記憶がないのですか?」
「はい、なので山田先生と土井先生にはすごく助けていただいてます。」
そう言って困ったように目を伏せる彼女。
今の表情に嘘はない。
どういうことだろうか。
少し探ってみようと、そこから暫く彼女と他愛もない話をしてみた。
ほんわかと穏やかに笑う素直な女性、という印象。
鋭さやこちらを探るような様子もない。
なにか、事情があるようだ。
父上や土井先生はその事情を知っているのだろうか。
「あ、お茶も出さずにすみません!私ったら話に夢中で…!すぐに淹れてきます。」
「あ、お構いなく」
そのとき、彼女が立ち上がろうと屈むと黒い頭巾の上に緑色の物体が見えた。
…バッタだ。
「あの。」
「はい?」
「頭にバッタがとまってますよ。」
「えっっ!?」
彼女は慌てて頭巾を外して放り投げた。
私はすぐにバッタを捕まえて頭巾を拾った。
振り向くと、頭巾を外した勢いで髪をボサボサにした彼女が呆然としている。
その慌てっぷりに思わず笑ってしまった。
というか、何でバッタが乗っているんだ。
「ぷっ、くくくっ、虫、嫌いなんですか?」
「は、はい…。」
バッタを彼女に見えるように近づけると、涙目で警戒するように後ずさった。
面白い。
もう少し苛めてみたい気持ちが沸き上がったが、自制してバッタを外へ放した。
ふと思いつき、そのまま彼女の髪に素早く手を伸ばす。
そしてそのまま、髪紐をしゅるりとほどいて奪った。
「?」
動揺している今なら、もしくノ一であれば咄嗟に何か反応するのではないかと思ったが、何の反応も抵抗もなかった。
彼女はやはりくノ一ではなさそうだ。
「……あの…?」
「あぁ、すみません、ちょっとした冗談、で、す…」
そして驚いた。
こちらを見上げてくる彼女は、とても可愛らしい女性だった。
なぜ気づかなかったのか。
今まで間者ではないかと警戒していたうえに、頭巾を被っていたから分からなかった。
「………。」
ふんわりした長い髪に長い睫毛をぱちぱちと瞬かせ、不思議そうに見つめてくる彼女。
その無防備で愛らしい様子に、時が止まったように感じた。
「…あの……」
ガラッ
「おぉ、利吉来ていたのか。」
「!…父上。」
我にかえって彼女からサッと距離をとる。
「やぁ利吉くん、久しぶりだね。」
そう言った土井先生の表情が曇った。
その視線にハッと気づき、私は慌てて髪紐を彼女に返した。
「いえ、これはいま彼女にバッタがとまっていまして…!」
「バッタ?」
土井先生は訝しげにしていたが、彼女が「そうなんです!このへんってバッタとか虫多いんですか!?」とまた涙目で聞き始め、なんとなくごまかすことができた。
「父上、ちょっと話があるのですが。」
「…うむ。」
父は何も言わなくても部屋の外に出てくれた。
彼女の素性について何を知っているのか確認するにも、本人が居るこの場では聞きにくい。
私は部屋を出ながら、彼女を振り返って笑顔を向けた。
「ではまた来ますね。…たまみさん。」
彼女は穏やかに「はい」と笑顔を返してくれた。
これが、私と彼女の出会いだった。
「失礼します。父上、いらっしゃいますか。」
障子をあけると、そこには見たことのない女性がいた。
土井先生の机で筆を執っていた女性は、私に驚いた様子で丁寧にお辞儀をした。
「すみません、山田先生と土井先生は今裏山で授業中なんですが…。」
「あなたは?」
「一年は組補佐のたまみといいます。…山田先生の息子さんですか?」
一年は組補佐?
そんな話は初めて聞いた…新任の先生だろうか。
教師用の黒い忍装束を着ているし教師見習いとかそのあたりかもしれない。
「はい、山田利吉です。一年は組に補佐がついたとは知りませんでした。」
「つい最近入ったばかりなので…」
「そうですか。それならこれで、父も帰りやすくなったというわけですね。」
私は持ってきていた大きな風呂敷を下に置いた。
「補習や何やらで忙しいといって家に帰らないから、私が色々持たされるんですよ。」
「優しい息子さんをもって山田先生は幸せですねぇ。ときどき嬉しそうに利吉さんのことを話してますよ。」
「へ?…別に優しいとかじゃなくて、母がおかんむりだから仕方なくですね…」
ニコニコと笑う彼女になんだか毒気を抜かれてしまった。
「あなたはどちらからここへ?」
「えっと、私は学園長の親戚で、戦に巻き込まれたときに記憶がなくなってしまって、リハビリを兼ねてここで働かせてもらってるんです。」
「…?」
違和感を感じた。
学園長の親戚と名乗るからには怪しい人物ではないのだろうと思うが、言葉と表情の端々から嘘をついていると思った。
なぜ嘘を?
「それは大変でしたね…記憶がないのですか?」
「はい、なので山田先生と土井先生にはすごく助けていただいてます。」
そう言って困ったように目を伏せる彼女。
今の表情に嘘はない。
どういうことだろうか。
少し探ってみようと、そこから暫く彼女と他愛もない話をしてみた。
ほんわかと穏やかに笑う素直な女性、という印象。
鋭さやこちらを探るような様子もない。
なにか、事情があるようだ。
父上や土井先生はその事情を知っているのだろうか。
「あ、お茶も出さずにすみません!私ったら話に夢中で…!すぐに淹れてきます。」
「あ、お構いなく」
そのとき、彼女が立ち上がろうと屈むと黒い頭巾の上に緑色の物体が見えた。
…バッタだ。
「あの。」
「はい?」
「頭にバッタがとまってますよ。」
「えっっ!?」
彼女は慌てて頭巾を外して放り投げた。
私はすぐにバッタを捕まえて頭巾を拾った。
振り向くと、頭巾を外した勢いで髪をボサボサにした彼女が呆然としている。
その慌てっぷりに思わず笑ってしまった。
というか、何でバッタが乗っているんだ。
「ぷっ、くくくっ、虫、嫌いなんですか?」
「は、はい…。」
バッタを彼女に見えるように近づけると、涙目で警戒するように後ずさった。
面白い。
もう少し苛めてみたい気持ちが沸き上がったが、自制してバッタを外へ放した。
ふと思いつき、そのまま彼女の髪に素早く手を伸ばす。
そしてそのまま、髪紐をしゅるりとほどいて奪った。
「?」
動揺している今なら、もしくノ一であれば咄嗟に何か反応するのではないかと思ったが、何の反応も抵抗もなかった。
彼女はやはりくノ一ではなさそうだ。
「……あの…?」
「あぁ、すみません、ちょっとした冗談、で、す…」
そして驚いた。
こちらを見上げてくる彼女は、とても可愛らしい女性だった。
なぜ気づかなかったのか。
今まで間者ではないかと警戒していたうえに、頭巾を被っていたから分からなかった。
「………。」
ふんわりした長い髪に長い睫毛をぱちぱちと瞬かせ、不思議そうに見つめてくる彼女。
その無防備で愛らしい様子に、時が止まったように感じた。
「…あの……」
ガラッ
「おぉ、利吉来ていたのか。」
「!…父上。」
我にかえって彼女からサッと距離をとる。
「やぁ利吉くん、久しぶりだね。」
そう言った土井先生の表情が曇った。
その視線にハッと気づき、私は慌てて髪紐を彼女に返した。
「いえ、これはいま彼女にバッタがとまっていまして…!」
「バッタ?」
土井先生は訝しげにしていたが、彼女が「そうなんです!このへんってバッタとか虫多いんですか!?」とまた涙目で聞き始め、なんとなくごまかすことができた。
「父上、ちょっと話があるのですが。」
「…うむ。」
父は何も言わなくても部屋の外に出てくれた。
彼女の素性について何を知っているのか確認するにも、本人が居るこの場では聞きにくい。
私は部屋を出ながら、彼女を振り返って笑顔を向けた。
「ではまた来ますね。…たまみさん。」
彼女は穏やかに「はい」と笑顔を返してくれた。
これが、私と彼女の出会いだった。