第5話 白布
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たまみさんが洗濯をしてくれるというのでお言葉に甘えてお願いし、仕事を進めることにした。
まだ彼女がここに来て数日ではあるが、一生懸命に色々と覚えようと頑張る姿が印象的だ。
何事も真面目に真っ直ぐ取り組む彼女の姿勢に、私自身も初心を思い出し頑張ろうという気持ちにさせられた。
最初こそ、どこかのくノ一である可能性もまだゼロではないと、念のため彼女から目を離さないようにしていた。
しかし見ればみるほどその疑いもなくなっていった…何もない廊下でつまづきそうになったり井戸の周りの泥で滑ったり落とし穴に落ちそうになったり硯をひっくり返して墨だらけにしたり…どちらかといえば危なっかしい。
そのうちに、観察するために見ているというより何だか気になるからと目線を向けている自分に気づいた。
一年は組の生徒達もすんなり彼女を受け入れ楽しそうに会話していた。
のびのびと自由に遊ぶ子ども達の前で、彼女が緊張をといて垣間見せる柔らかい優しい笑顔が愛らしいと思った。
全力で仕事に取り組み、全力で生徒達に応える姿。
異なる世界から来たという不思議な経緯がありこれからどのようになるのか分からないが、それでもそばにいる間は助けてあげたいと思った。
「……遅いな。」
洗濯をお願いして随分経つが、まだ戻ってこない。
何かあったのかと様子を見に行くと、何かが倒れるような大きな物音がした。
見ると大きな白い布の下に人が倒れているようで、まさか彼女になにかあったのかと慌ててめくった。
「大丈ぶ、か…!?」
倒れていたのは伊作だった。
が、その腕のなかにはたまみさんが居て。
二人は重なるように横たわり、伊作はしっかりと抱きしめるようにたまみさんの頭を片手に抱いていた。
すぐ私に気づいた伊作はひどく驚いた顔をした。
「ど、土井先生!違うんです、これはっ…!」
「離れなさい」
己の冷たい口調に内心驚いた。
伊作がたまみさんを起こそうとするのを、何故か快く思えず彼女の腕をこちらにぐっと引いて立たせた。
さっと周りを見て状況を把握する。
干されているたくさんの包帯…倒れた物干しと落ちている布…石………なるほど、状況は大体想像がついた。
物干しが倒れたまみさんが転んだところをかばってこうなった、というところか。
私はため息をつき、伊作の方を見た。
「伊作」
「ッはい!」
「あとは、一人で片付けられるな?」
「…はい。」
伊作に他意はなくこれは単なる事故だろう。
そう思うのに…何故だ。
先程の光景に不愉快な気持ちが先立ち、私はたまみさんの腕を引いて無言で歩きだした。
彼女がおろおろして私の表情を伺う。
「あ、の、土井先生…。すみません、私…」
たまみさんは、よく見ると砂だらけになっていた。
ハッと我に返り彼女の腕を掴んでいた手を離す。
「大丈夫ですか?」
「え?」
先程転んだ際に手首や足首を痛めたりしなかっただろうか。
彼女の背中の砂をはらってやりながら、痛そうなそぶりはないか注視した。
「怪我とか痛むところはありませんか?」
「はい、善法寺くんがかばってくれたので大丈夫でした。」
「……そうですか。」
彼女の言葉に先程の光景が思い出された。
たまみさんに怪我がないようかばってくれたなら、むしろ礼を言わねばならないくらいなのに。
何故こんなにもこう…はがゆいというかもどかしいというか…なんだろう。
理解できない己の心情を抑え込み、私はここに来た理由を説明した。
「……戻ってこないから何かあったかと心配しましたよ。」
「あ、すみません!保健委員会の洗濯のお手伝いをしてて…!」
たしかに彼女は袖口も膝も濡れている。
不慣れな洗濯を大量にするのは相当苦労したはずだ。
そして彼女は真面目だからきっと力一杯ごしごしと洗っていたにちがいない。
「たくさん洗うのは疲れたでしょう、ありがとうございます。」
小柄な彼女が全体重で洗濯する姿を想像して礼を言うと、彼女はぶんぶんと両手を振った。
「いえ、お役にたてたのなら嬉しいです。絞る力が足りなくて乾くのに時間かかっちゃうかもしれませんが…。」
「今日はいい天気で風もあるし大丈夫でしょう。」
その時、ちょうどヒュッと風が通り過ぎた。
たまみさんが顔にかかる髪を手でよけながら「そうですね」とこちらを見上げた。
ふいに交わる視線。
大きな瞳が私をじっと見つめる。
…可愛らしい、と率直に思った。
一年は組の……私の、補佐…。
半ば無意識に彼女の頬に手を伸ばす。
滑らかな肌に指が触れた瞬間、ハッと我に返って焦った。
私は何をして…!
咄嗟に彼女の頬を親指でこすり、汚れを拭ってやったかのようによそおった。
たまみさんは嫌がることもなくきょとんとした顔でじっとしていて、その警戒心のなさが逆に気になった。
さっきは私が途中で来たから何事にもならなかったが、もし私が来ていなければどうなっていた…?
「……たまみさん」
「はい?」
私は一瞬だけ空を仰ぎ見た後、努めて笑顔で彼女に言った。
「…洗濯、次からは私と一緒にやりましょう。」
たまみさんは一瞬目を見開き、すぐに大きく頷くと満面の笑みで「はい!」と答えた。
その笑顔に私も何だか嬉しくなって、私は彼女と職員室に戻った。
まだ彼女がここに来て数日ではあるが、一生懸命に色々と覚えようと頑張る姿が印象的だ。
何事も真面目に真っ直ぐ取り組む彼女の姿勢に、私自身も初心を思い出し頑張ろうという気持ちにさせられた。
最初こそ、どこかのくノ一である可能性もまだゼロではないと、念のため彼女から目を離さないようにしていた。
しかし見ればみるほどその疑いもなくなっていった…何もない廊下でつまづきそうになったり井戸の周りの泥で滑ったり落とし穴に落ちそうになったり硯をひっくり返して墨だらけにしたり…どちらかといえば危なっかしい。
そのうちに、観察するために見ているというより何だか気になるからと目線を向けている自分に気づいた。
一年は組の生徒達もすんなり彼女を受け入れ楽しそうに会話していた。
のびのびと自由に遊ぶ子ども達の前で、彼女が緊張をといて垣間見せる柔らかい優しい笑顔が愛らしいと思った。
全力で仕事に取り組み、全力で生徒達に応える姿。
異なる世界から来たという不思議な経緯がありこれからどのようになるのか分からないが、それでもそばにいる間は助けてあげたいと思った。
「……遅いな。」
洗濯をお願いして随分経つが、まだ戻ってこない。
何かあったのかと様子を見に行くと、何かが倒れるような大きな物音がした。
見ると大きな白い布の下に人が倒れているようで、まさか彼女になにかあったのかと慌ててめくった。
「大丈ぶ、か…!?」
倒れていたのは伊作だった。
が、その腕のなかにはたまみさんが居て。
二人は重なるように横たわり、伊作はしっかりと抱きしめるようにたまみさんの頭を片手に抱いていた。
すぐ私に気づいた伊作はひどく驚いた顔をした。
「ど、土井先生!違うんです、これはっ…!」
「離れなさい」
己の冷たい口調に内心驚いた。
伊作がたまみさんを起こそうとするのを、何故か快く思えず彼女の腕をこちらにぐっと引いて立たせた。
さっと周りを見て状況を把握する。
干されているたくさんの包帯…倒れた物干しと落ちている布…石………なるほど、状況は大体想像がついた。
物干しが倒れたまみさんが転んだところをかばってこうなった、というところか。
私はため息をつき、伊作の方を見た。
「伊作」
「ッはい!」
「あとは、一人で片付けられるな?」
「…はい。」
伊作に他意はなくこれは単なる事故だろう。
そう思うのに…何故だ。
先程の光景に不愉快な気持ちが先立ち、私はたまみさんの腕を引いて無言で歩きだした。
彼女がおろおろして私の表情を伺う。
「あ、の、土井先生…。すみません、私…」
たまみさんは、よく見ると砂だらけになっていた。
ハッと我に返り彼女の腕を掴んでいた手を離す。
「大丈夫ですか?」
「え?」
先程転んだ際に手首や足首を痛めたりしなかっただろうか。
彼女の背中の砂をはらってやりながら、痛そうなそぶりはないか注視した。
「怪我とか痛むところはありませんか?」
「はい、善法寺くんがかばってくれたので大丈夫でした。」
「……そうですか。」
彼女の言葉に先程の光景が思い出された。
たまみさんに怪我がないようかばってくれたなら、むしろ礼を言わねばならないくらいなのに。
何故こんなにもこう…はがゆいというかもどかしいというか…なんだろう。
理解できない己の心情を抑え込み、私はここに来た理由を説明した。
「……戻ってこないから何かあったかと心配しましたよ。」
「あ、すみません!保健委員会の洗濯のお手伝いをしてて…!」
たしかに彼女は袖口も膝も濡れている。
不慣れな洗濯を大量にするのは相当苦労したはずだ。
そして彼女は真面目だからきっと力一杯ごしごしと洗っていたにちがいない。
「たくさん洗うのは疲れたでしょう、ありがとうございます。」
小柄な彼女が全体重で洗濯する姿を想像して礼を言うと、彼女はぶんぶんと両手を振った。
「いえ、お役にたてたのなら嬉しいです。絞る力が足りなくて乾くのに時間かかっちゃうかもしれませんが…。」
「今日はいい天気で風もあるし大丈夫でしょう。」
その時、ちょうどヒュッと風が通り過ぎた。
たまみさんが顔にかかる髪を手でよけながら「そうですね」とこちらを見上げた。
ふいに交わる視線。
大きな瞳が私をじっと見つめる。
…可愛らしい、と率直に思った。
一年は組の……私の、補佐…。
半ば無意識に彼女の頬に手を伸ばす。
滑らかな肌に指が触れた瞬間、ハッと我に返って焦った。
私は何をして…!
咄嗟に彼女の頬を親指でこすり、汚れを拭ってやったかのようによそおった。
たまみさんは嫌がることもなくきょとんとした顔でじっとしていて、その警戒心のなさが逆に気になった。
さっきは私が途中で来たから何事にもならなかったが、もし私が来ていなければどうなっていた…?
「……たまみさん」
「はい?」
私は一瞬だけ空を仰ぎ見た後、努めて笑顔で彼女に言った。
「…洗濯、次からは私と一緒にやりましょう。」
たまみさんは一瞬目を見開き、すぐに大きく頷くと満面の笑みで「はい!」と答えた。
その笑顔に私も何だか嬉しくなって、私は彼女と職員室に戻った。