第1話 不思議な侵入者
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雲ひとつない澄み渡る青空のした。
一年は組教科担当である私は、同じく一年は組実技担当の山田先生と廊下を歩いていた。
「山田先生、至急学園長先生の庵に来るようにとは…何だと思いますか。」
「うーむ、土井先生は何か心当りでも?」
「いいえ。また授業が遅れるようなことにならなければいいのですが…。」
ここ忍術学園では、しばしば学園長先生の突然の思いつきにより色々と面倒な事が起きる。
ただでさえ授業が進まず補習にも追われる我々にとっては、迷惑このうえない話だ。
突然の呼び出しに、また厄介事ではないかと内心危惧しながら庵に向かう私と山田先生。
「失礼します。」
スッと障子を開けると、学園長先生が待ってましたとばかりにこちらを見た。
「山田先生、土井先生。まぁ入りなさい。」
学園長先生はオホンと咳払いをすると、正面に正座した私と山田先生を交互に見据えた。
何事かと目で問うと、学園長先生はゆっくりと告げた。
「二人を呼んだのは他でもない。」
ピリッ、と緊張が走る。
……何か重要な話なのか。
私と山田先生は息をのんで次の言葉を待った。
「昨夜…」
「はい」
「夢でお告げがあってな。」
「………夢、ですか…?」
「うむ。ここに山田先生と土井先生を呼ぶと、面白いことが起きると巻物に書いてあったんじゃ。」
「………」
私と山田先生はあからさまに微妙な顔をした。
それは、「面白いこと」と書いて「厄介事」と読むのではなかろうか。
いや、それよりも。
夢のお告げ…とは、神職でもあるまいに何を言っているのか。
「「「…………」」」
暫くの沈黙。
障子越しに鳥のさえずりが部屋に響いた。
やがて山田先生が微妙な表情で尋ねた。
「学園長先生…」
「なんじゃ、山田先生」
「…それで、我々はいつまでここに居ればよいのでしょうか?」
「ふむ…」
学園長先生は腕を組んで暫く考えた。
「…何も起きんな。」
「では、もし何かあればまた来ますので…我々はこれで……」
山田先生が退出しようと腰を浮かす。
私も早く仕事に戻ろうと立ち上がりかけた、その瞬間。
ピカッ!!
突如、庵の天井が大きく光った。
敵襲の目眩ましかッ!?
とっさに学園長先生を庇って私と山田先生が前に立つ。
すると、その光の中から何かが勢いよく落ちてきた。
ドサッ!!
「いたっ!」
「「「!!?」」」
人間…!?
畳の上に尻餅をついてうずくまっている。
「……!?」
それは、奇妙な服装の女人だった。
学園長先生を庇いながら、私と山田先生は瞬きもせず苦無を構えて不思議な侵入者を警戒した。
「何者だ。」
山田先生が鋭く問いかけると、その女人はハッとしたようにこちらを見た。
「え、と…」
彼女は周りを見渡して、不安げな表情になった。
「………ここは…?」
呆然とするその目から敵意は感じられなかった。
齢は十八歳位。
黒く長い髪を一つに束ね、上半身は灰色の柔らかそうな布地の衣、下は薄桃色のひらひらした膝丈の布をまとっていた。
見たこともない装束だ。
南蛮の服とも異なるそれは、変わった作りをしていた。
少女はひどく戸惑った様子で、どちらかというと怯えているようだ。
やはり敵意は感じられない。
一体何者なのか…。
なぜ光のなかから…どういうことだ?
天井板に変化はなく、穴も何もない。
少しでも手がかりを得ようと注意深く観察していると…。
「!」
ぱちりと、目があった。
黒く大きな瞳。
それはまるで、助けを求めるように揺れていた。
「………」
気づけば、苦無を構えていた手を下げていた。
刃を向けるのは可哀想な気が…警戒の必要はなさそうな気がした。
「きみは、一体……」
話しかけようとした瞬間。
再び天井が大きく光った。
そして、一本の巻物がふわふわと降りてきた。
しゅるるる…
その巻物は空中でひとりでに開き、皆に見えるようにピタッと止まった。
「…なんと…!」
不思議に思いながらも全員がその巻物を見ると、そこには大きくこう記されていた。
~異世界を旅する者の心得~
一、元の世界にかかる記憶は、異世界においては末梢される。
一、異世界で命が尽きたとき、元の世界へ帰還する。
一、異世界に在る期間、元の世界において時間は経過しない。
「……異世界…?」
やがて暫くすると、巻物は突如青い焔に包まれ跡形もなく消え去った。
「………」
「…………」
皆一様に信じられないといった顔をしていた。
今のは一体…?
異世界…?
何だそれは……
しかし、目の前で起きた光景に、この非現実的なことが現実であると受け入れざるをえなかった。
「…学園長先生…」
山田先生が困惑しつつも学園長先生に判断をあおいだ。
学園長先生は目の前の少女をじっと見つめながら「ふーむ」と唸る。
「まぁ、あれじゃな、信じがたいことではあるが…たしかに面白いことになったのう。」
「いやいや、何を悠長な…」
困り顔の山田先生を無視して、学園長先生は異世界から来たという少女に向き直って尋ねた。
「ここは忍者を育てる学校、忍術学園じゃ。お主はなぜ、どうやってここに来た?」
「なぜ…どうやって…………?…あれっ……」
突然、少女はこめかみを押さえて眉間にシワを寄せた。
どうかしたのかと様子を伺っていると。
「…思い、出せない……?」
「なに?」
「記憶が…思い出せません。自分が何者で…どうしてこんなことになったのか………」
「ふむ…先程の巻物には確かに記憶がなくなると書いてあったな。」
「……記憶が、なくなる………」
不安げに目を伏せた彼女は、自分の手をじっと見つめた。
「気がついたらここにいて…それ以外のことは…」
「ふーむ…」
学園長先生は顎に手を当てて暫く何かを思案しているようだった。
「山田先生、土井先生」
「「はい」」
「彼女をしばらくここで雇うことにしようと思う。」
「「ええっ!?」」
「話から察するに、他に行くあてもないじゃろう。ここで働きながら色々と学べばいい。」
客人ではなく雇うとは。
働かざる者食うべからずとはいえ、思いきった即断だ。
瞬時に色々な可能性を考えた。
たしかに異世界から来たというこの不思議な少女が学園の外…一般社会で生きていけるかは疑問だ。
もし生活様式から異なるのであれば、ここでまず覚える方が安全に違いない。
記憶がないなど、悪人に捕まれば騙されてそれこそ人買いに売られてしまうかもしれない。
それに、彼女の顔つきや雰囲気。
傷のない白い手や、隙だらけの動作。
これはおそらく、忍びや間者ではない。
学園に害をなす目的で侵入してきたわけではなさそうだ。
しかし、あまりにも不可解なできごと。
いっそ手元で完全に監視できるようにしておく方が、安全といえば安全かもしれない。
「お主さえよければ、ここで働く限り衣食住に困ることはない。どうかな?」
学園長先生の目は優しかった。
…どうやら監視目的というよりも、保護目的のようだ。
「あ…ありがとうございます…!」
彼女としても、他に選択肢はないだろう。
「うむ、よろしい。では…お主、自分の名前は分かるかな?」
「名前……わたし…私の名前は…たまみ……たまみ、です…。」
かろうじて自らの名前は覚えていたようだ。
学園長先生はふむと頷きニコリと笑った。
「たまみか、いい名じゃな。これも何かの縁、ようこそ忍術学園へ。」
「!!…あ、ありがとうございます…!あの…、ご迷惑をかけてしまうと思いますが、よろしくお願いします…っ!」
彼女は畳に指をつき深々とお辞儀をした。
素直で真面目な第一印象。
…これが、私達の不思議な出会いだった。
一年は組教科担当である私は、同じく一年は組実技担当の山田先生と廊下を歩いていた。
「山田先生、至急学園長先生の庵に来るようにとは…何だと思いますか。」
「うーむ、土井先生は何か心当りでも?」
「いいえ。また授業が遅れるようなことにならなければいいのですが…。」
ここ忍術学園では、しばしば学園長先生の突然の思いつきにより色々と面倒な事が起きる。
ただでさえ授業が進まず補習にも追われる我々にとっては、迷惑このうえない話だ。
突然の呼び出しに、また厄介事ではないかと内心危惧しながら庵に向かう私と山田先生。
「失礼します。」
スッと障子を開けると、学園長先生が待ってましたとばかりにこちらを見た。
「山田先生、土井先生。まぁ入りなさい。」
学園長先生はオホンと咳払いをすると、正面に正座した私と山田先生を交互に見据えた。
何事かと目で問うと、学園長先生はゆっくりと告げた。
「二人を呼んだのは他でもない。」
ピリッ、と緊張が走る。
……何か重要な話なのか。
私と山田先生は息をのんで次の言葉を待った。
「昨夜…」
「はい」
「夢でお告げがあってな。」
「………夢、ですか…?」
「うむ。ここに山田先生と土井先生を呼ぶと、面白いことが起きると巻物に書いてあったんじゃ。」
「………」
私と山田先生はあからさまに微妙な顔をした。
それは、「面白いこと」と書いて「厄介事」と読むのではなかろうか。
いや、それよりも。
夢のお告げ…とは、神職でもあるまいに何を言っているのか。
「「「…………」」」
暫くの沈黙。
障子越しに鳥のさえずりが部屋に響いた。
やがて山田先生が微妙な表情で尋ねた。
「学園長先生…」
「なんじゃ、山田先生」
「…それで、我々はいつまでここに居ればよいのでしょうか?」
「ふむ…」
学園長先生は腕を組んで暫く考えた。
「…何も起きんな。」
「では、もし何かあればまた来ますので…我々はこれで……」
山田先生が退出しようと腰を浮かす。
私も早く仕事に戻ろうと立ち上がりかけた、その瞬間。
ピカッ!!
突如、庵の天井が大きく光った。
敵襲の目眩ましかッ!?
とっさに学園長先生を庇って私と山田先生が前に立つ。
すると、その光の中から何かが勢いよく落ちてきた。
ドサッ!!
「いたっ!」
「「「!!?」」」
人間…!?
畳の上に尻餅をついてうずくまっている。
「……!?」
それは、奇妙な服装の女人だった。
学園長先生を庇いながら、私と山田先生は瞬きもせず苦無を構えて不思議な侵入者を警戒した。
「何者だ。」
山田先生が鋭く問いかけると、その女人はハッとしたようにこちらを見た。
「え、と…」
彼女は周りを見渡して、不安げな表情になった。
「………ここは…?」
呆然とするその目から敵意は感じられなかった。
齢は十八歳位。
黒く長い髪を一つに束ね、上半身は灰色の柔らかそうな布地の衣、下は薄桃色のひらひらした膝丈の布をまとっていた。
見たこともない装束だ。
南蛮の服とも異なるそれは、変わった作りをしていた。
少女はひどく戸惑った様子で、どちらかというと怯えているようだ。
やはり敵意は感じられない。
一体何者なのか…。
なぜ光のなかから…どういうことだ?
天井板に変化はなく、穴も何もない。
少しでも手がかりを得ようと注意深く観察していると…。
「!」
ぱちりと、目があった。
黒く大きな瞳。
それはまるで、助けを求めるように揺れていた。
「………」
気づけば、苦無を構えていた手を下げていた。
刃を向けるのは可哀想な気が…警戒の必要はなさそうな気がした。
「きみは、一体……」
話しかけようとした瞬間。
再び天井が大きく光った。
そして、一本の巻物がふわふわと降りてきた。
しゅるるる…
その巻物は空中でひとりでに開き、皆に見えるようにピタッと止まった。
「…なんと…!」
不思議に思いながらも全員がその巻物を見ると、そこには大きくこう記されていた。
~異世界を旅する者の心得~
一、元の世界にかかる記憶は、異世界においては末梢される。
一、異世界で命が尽きたとき、元の世界へ帰還する。
一、異世界に在る期間、元の世界において時間は経過しない。
「……異世界…?」
やがて暫くすると、巻物は突如青い焔に包まれ跡形もなく消え去った。
「………」
「…………」
皆一様に信じられないといった顔をしていた。
今のは一体…?
異世界…?
何だそれは……
しかし、目の前で起きた光景に、この非現実的なことが現実であると受け入れざるをえなかった。
「…学園長先生…」
山田先生が困惑しつつも学園長先生に判断をあおいだ。
学園長先生は目の前の少女をじっと見つめながら「ふーむ」と唸る。
「まぁ、あれじゃな、信じがたいことではあるが…たしかに面白いことになったのう。」
「いやいや、何を悠長な…」
困り顔の山田先生を無視して、学園長先生は異世界から来たという少女に向き直って尋ねた。
「ここは忍者を育てる学校、忍術学園じゃ。お主はなぜ、どうやってここに来た?」
「なぜ…どうやって…………?…あれっ……」
突然、少女はこめかみを押さえて眉間にシワを寄せた。
どうかしたのかと様子を伺っていると。
「…思い、出せない……?」
「なに?」
「記憶が…思い出せません。自分が何者で…どうしてこんなことになったのか………」
「ふむ…先程の巻物には確かに記憶がなくなると書いてあったな。」
「……記憶が、なくなる………」
不安げに目を伏せた彼女は、自分の手をじっと見つめた。
「気がついたらここにいて…それ以外のことは…」
「ふーむ…」
学園長先生は顎に手を当てて暫く何かを思案しているようだった。
「山田先生、土井先生」
「「はい」」
「彼女をしばらくここで雇うことにしようと思う。」
「「ええっ!?」」
「話から察するに、他に行くあてもないじゃろう。ここで働きながら色々と学べばいい。」
客人ではなく雇うとは。
働かざる者食うべからずとはいえ、思いきった即断だ。
瞬時に色々な可能性を考えた。
たしかに異世界から来たというこの不思議な少女が学園の外…一般社会で生きていけるかは疑問だ。
もし生活様式から異なるのであれば、ここでまず覚える方が安全に違いない。
記憶がないなど、悪人に捕まれば騙されてそれこそ人買いに売られてしまうかもしれない。
それに、彼女の顔つきや雰囲気。
傷のない白い手や、隙だらけの動作。
これはおそらく、忍びや間者ではない。
学園に害をなす目的で侵入してきたわけではなさそうだ。
しかし、あまりにも不可解なできごと。
いっそ手元で完全に監視できるようにしておく方が、安全といえば安全かもしれない。
「お主さえよければ、ここで働く限り衣食住に困ることはない。どうかな?」
学園長先生の目は優しかった。
…どうやら監視目的というよりも、保護目的のようだ。
「あ…ありがとうございます…!」
彼女としても、他に選択肢はないだろう。
「うむ、よろしい。では…お主、自分の名前は分かるかな?」
「名前……わたし…私の名前は…たまみ……たまみ、です…。」
かろうじて自らの名前は覚えていたようだ。
学園長先生はふむと頷きニコリと笑った。
「たまみか、いい名じゃな。これも何かの縁、ようこそ忍術学園へ。」
「!!…あ、ありがとうございます…!あの…、ご迷惑をかけてしまうと思いますが、よろしくお願いします…っ!」
彼女は畳に指をつき深々とお辞儀をした。
素直で真面目な第一印象。
…これが、私達の不思議な出会いだった。
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