硝子の誓い
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――関わるな
――他人と、深く関わるな
――信じるな。
そうでないと、お前は生き残れない。
この部屋は静かだった。
障子の外からは、風に揺れる竹の葉がさらさらと擦れる音だけが聞こえてくる。
薄紅の光が紙障子を染めていて、ここが“朝”だと知る。
彼女は畳の上に座り、まだ冷めない茶碗を両手で包むようにしていた。
湯気の向こうに、あの人の静かな横顔が浮かぶ。
「……あと、1年と少し」
約束の日まで、あと少し。
それだけが、時間を測る基準だった。
ぽつりと、誰に向けたとも知れない言葉が落ちた。
湯気の向こうに、何年も前の記憶が重なる。
***
「ナマエ、味噌汁冷めるわよー」
キッチンから聞こえるミコトの声。
その声に「はーい」と返事をしながら、ナマエは髪を結っていた。
幼い頃からうちは家で育てられた彼女は、静かで礼儀正しく、けれど年相応の明るさも持っていた。
イタチが任務で早朝に出たことを知らされ、少しだけ残念そうに目を伏せる。
それを横目で見ながら隣でパンをかじっていたサスケが、ナマエに声をかけた。
「兄貴の代わりに、今日の訓練、俺が相手してやってもいいけど?」
「……いいけど、それって相手になる?」
ナマエが顎を上げると、サスケがムキになって返した。口げんかを始める二人を横目に、ミコトが微笑む。
フガクは新聞をめくりながら、「朝から騒がしいな」とぼやく。
彼らと血縁関係がないことをナマエを知っていた。
だがそれでもまるで、本当の家族のようだと思っていた。
あの日、真実を知らされるまでは。
***
その日の、昼頃。
いつもの任務を言い渡されると思い、火影の執務室に向かった彼女に対し、言い渡されたのは過去にも例のない、異質な任務だった。
(下忍、か)
先ほど、なきは忍者登録書の写真を撮ったばかりだった。彼女にとって初めての登録書、そこに記載された階級は「下忍」。
任務説明後の待機室、窓際に置かれた木製の机に腰掛けながら、
彼女――苗字ナマエは手のひらの上に淡く揺れる水の玉を浮かべていた。
それは、水遁の基礎術「水玉生成」。
ごく基本のチャクラ操作にすぎないが、彼女はそれを一度も里で教わったことがない。
(……まだ少し濁ってる)
掌の上で揺れる水玉は、ほんのわずかに黒く濁っていた。
それは“吸収”の痕跡――彼女が持つ、苗字一族の血継限界の証だ。
「鏡遁・吸収結界」
チャクラ性の攻撃術を破壊し、吸収する術式。
その強大な能力を、ナマエはそれを「力」とは思っていなかった。
彼女の持つ吸収能力には副作用がある。
術を取り込む際、相手の感情や意識の断片が流れ込むのだ。
戦闘のたびにそれを処理する必要があり、その負担は小さくない。
ナマエにとってそれは使うことを避けたい力である一方で、任務では常に使用を前提とされ、彼女自身もその役割を期待されていた。
だからこそ、今回の任務にある種の違和感を抱いていた。
「……ナマエも、明日から俺の部下、か」
低い声が背後からかけられた。
振り返ると、――はたけカカシが、「よっ」と片手を上げながら彼女に近づいてきた。
「……カカシさん」
ナマエは少し驚いたように振り返った。
長い暗部生活の中でわずかな期間ではあったが、カカシと同じ任務に就いたことはなかった。もちろん、互いに顔は知っている。
「明日からよろしくお願いします。先ほど3代目から任務を賜りました」
「カカシさん、じゃなくて先生、な」
「…そうでしたね」
「そこでちょっとくらいニコリと笑うのが処世術だよ」
カカシが嗜めるようにいうと、ナマエはほんの少しだけ口角をあげた。その打てば響くような態度を横目で見つつ、カカシは少しだけ声を落とした。
「隊員はナルトとサクラと……サスケ、だ」
「はい」
「……昔の知り合いと同じ班って、面倒だろ」
その問いに、ナマエは少しだけ視線を伏せた。
“サスケ”――その名前は、彼女にとって忘れがたい響きを持っていた。
彼とは幼い頃に同じ屋根の下で過ごした。
しかし、それはほんの数年間だけの話であり、今は交流すらない。彼にとっては自分なんてもはや“他人”同様であろう。
彼女は少しだけ間を置いてから答えた。
「……いいえ。任務、ですから」
そう言って、ナマエは立ち上がった。
隊服の裾を整え、帯にクナイを差し込むと、仮面を手に取る。
その仮面は、彼女がかつて“暗部”として生きていた証だった。
「ま、下忍のフリするって言ってもサスケがいるし難しいと思うけど。その術式だけ使用しなければいいから」
その言葉にナマエが一瞬黙り込む。
ナマエがこの任務に抱いていた違和感の正体がそれだった。これまで、術式を使用することが前提に組まれていたのに、今回はそうじゃない。それどころか全くの逆――
「術式が使えなかったら……私、何をすればいいんでしょう」
二人だけの部屋の中、彼女の言葉だけが、冷たく、確かに残った。
それは一種の不安でもあった。
「…自己卑下しない。そういう冗談はそのお面つけたことない奴だけが言えるの」
カカシはナマエの持つ狐の面を指差しながら、努めて明るく返す。
しばらく黙って彼女を見つめたあと、少しだけ笑った。
「……ま、困ったら周りを頼ればいいさ。一心同体、“チーム”だからな」
その言葉に、ナマエは少しだけ目を見開いた。
(……チーム?)
その意味を考えあぐね――所属の目印のようなものだとと察し、形だけうなずく。
「……了解です、先生」
その瞬間、木の葉の中に一つの風が吹いた。
忘れられた一族の生き残りが、再び陽の当たる場所へと歩き出す。
その言葉の意味を彼女が理解するのは、もう少しだけ先のことになる――。
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20260413 加筆修正