傘を忘れた日
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(……あ)
今日も、会えた。
同じ最寄り駅で、いつもの同じ時間の電車に乗るだけ。
それが彼と私の距離だった。
各停しか止まらない、駅。田舎ではないけれども、ターミナル駅ほど人がいるわけでもない。
この時間、この電車に乗るのは、せいぜい10人ほど。
その中に、私と彼がいた。
(今日も、かっこいいなぁ…)
ちょっとだけ珍しい、銀色の髪。
学生服を着ているから、同じ高校生なんだろうということはわかる。でも、年上なのか、それとも同い年なのかはわからない。名前も、通ってる学校もわからない。
初めは整ってる人もいるもんなだな、くらいだった。
好きになったきっかけははっきり覚えている。月九に出てたドラマのヒロインが恋した俳優―――その俳優に彼がどことなく似ていたからだ。
似てる、と気づいてから、好きかも、になるのは早かった。
私の初めての恋だった。
電車が来るまでのほんの数分、彼を盗み見するのは私の毎朝の楽しみになった。
ベンチに腰掛けて本を読んでいる時は、その本のタイトルが気になったし、イヤホンで音楽を聴いてる時はどのアーティストのものか気になった。
バレンタインのある日は―――友人に背中を押されて、こっそりチョコレートも、忍ばせた。それを期に思い切って話しかけようとして、それとなく、数メートルの距離まで近づいて―――それ以上、近寄る勇気が出なかった。それでも、その日はいつもより近い彼を感じ、1日幸せだった。
友人は、私もよりも前の駅で乗っていて、電車の中で待ち合わせをしている。
彼女に、片思いの彼のことを告げ、電車に乗ってからは一緒に盗み見する、近くの高校の制服を調べて、きっと〇✕高校だね、なんて言ってはしゃぐ。かっこいいね、好きなんだね、なんていう胸のときめきを共有する―――それだけで十分だった。
ある日の帰り道。
「……あれ」
改札から出て家に向かおうとしていた時、初めて気づいた。
雨が降っている。
ザアザアと止むのを待つほどでもない。だけど、気にせず歩ける小雨でも無かった。
ガサゴソとダメ元でバッグを探してみるが、折りたたみ傘はない。
ずっと待ってても、止みそうにない感じだった。
(どうしようかな…)
駅から家まで徒歩15分。
普段だったら、迷わなかった。
でも、今日は友人から借りた本をバッグに入れていた。スクールバッグの中に入れていれば、きっと大丈夫だろうけど―――それでも、何かあるといけない、その気持ちが、数分ほど駅に滞在時間を作った。
後ろから来た人が、どんどん傘を指しては遠ざかる。
同じ電車に乗った人が全員はけて、少しばかり時間が経った頃―ふと後ろから気配がして、そちらをちらりと見る。
銀髪。整った横顔。
いつも同じ電車に乗っている、彼だった。
(えっ………)
思わず驚きで目が見開く。その後に、この反応はマズイと思った。私が彼を知っていることをバレないように咄嗟に反射的に視線を外した。
彼は私と他人の分だけ距離をあけて、隣に立ち、手持ちの傘を開こうとして――ちらりと横を見た。
「もしかして――傘、無いの?」
少しだけ、自分が話しかけられたことに気づくのに時間がかかった。
「あ、は、ハイ」
「じゃあこれ、使う?」
「え!いや、そんな!」
「いいから」
そう言うと、彼は私に手に持っていたビニール傘をぐい、と押しつけてきた。一瞬だけ手が触れて―赤かったであろう顔がさらに真っ赤になる。
「え、あの…」
「それ、返さなくていいから」
「いやでも、……!」
私が全てを言い終える前に、彼は手にしていたスポーツバッグを背負い、雨の中走り出した。
ハッとする。背中が遠ざかる。
「あっ……!!あの!名前、教えて!!」
彼に届くよう、大きな声でそういうのが精一杯だった。
彼はぱっとこちらを見ると、走りながら同じように届くような声で返した
「はたけ、カカシ!」
バシャバシャと音を立てながら走り去る姿も、かっこよくて。
足も早いんだな、なんて、思った。
その日はずっと、何度も、彼の顔と名前と、手が触れた時の感覚を思い出して、顔が綻んだ。
次の日、私はいつもよりも早く起きて、丁寧に支度をした。髪もいつもよりきれいに整え、リボンの角度も正面を向くように調整した。スカートの丈も、下品にはならないギリギリの短さにした。そして、少しだけ駅に早く着くように家を出た。
彼は来なかった。
その日も、次の日も、その次の日も来なかった。
名前と、高校は分かっていた。友人の友人の友人までさかのぼって、彼のお父さんが急逝され、転校していったことを知った。
あの日にもらったビニール傘は捨てられないまま、それ以来、彼には会っていない。
今日も、会えた。
同じ最寄り駅で、いつもの同じ時間の電車に乗るだけ。
それが彼と私の距離だった。
各停しか止まらない、駅。田舎ではないけれども、ターミナル駅ほど人がいるわけでもない。
この時間、この電車に乗るのは、せいぜい10人ほど。
その中に、私と彼がいた。
(今日も、かっこいいなぁ…)
ちょっとだけ珍しい、銀色の髪。
学生服を着ているから、同じ高校生なんだろうということはわかる。でも、年上なのか、それとも同い年なのかはわからない。名前も、通ってる学校もわからない。
初めは整ってる人もいるもんなだな、くらいだった。
好きになったきっかけははっきり覚えている。月九に出てたドラマのヒロインが恋した俳優―――その俳優に彼がどことなく似ていたからだ。
似てる、と気づいてから、好きかも、になるのは早かった。
私の初めての恋だった。
電車が来るまでのほんの数分、彼を盗み見するのは私の毎朝の楽しみになった。
ベンチに腰掛けて本を読んでいる時は、その本のタイトルが気になったし、イヤホンで音楽を聴いてる時はどのアーティストのものか気になった。
バレンタインのある日は―――友人に背中を押されて、こっそりチョコレートも、忍ばせた。それを期に思い切って話しかけようとして、それとなく、数メートルの距離まで近づいて―――それ以上、近寄る勇気が出なかった。それでも、その日はいつもより近い彼を感じ、1日幸せだった。
友人は、私もよりも前の駅で乗っていて、電車の中で待ち合わせをしている。
彼女に、片思いの彼のことを告げ、電車に乗ってからは一緒に盗み見する、近くの高校の制服を調べて、きっと〇✕高校だね、なんて言ってはしゃぐ。かっこいいね、好きなんだね、なんていう胸のときめきを共有する―――それだけで十分だった。
ある日の帰り道。
「……あれ」
改札から出て家に向かおうとしていた時、初めて気づいた。
雨が降っている。
ザアザアと止むのを待つほどでもない。だけど、気にせず歩ける小雨でも無かった。
ガサゴソとダメ元でバッグを探してみるが、折りたたみ傘はない。
ずっと待ってても、止みそうにない感じだった。
(どうしようかな…)
駅から家まで徒歩15分。
普段だったら、迷わなかった。
でも、今日は友人から借りた本をバッグに入れていた。スクールバッグの中に入れていれば、きっと大丈夫だろうけど―――それでも、何かあるといけない、その気持ちが、数分ほど駅に滞在時間を作った。
後ろから来た人が、どんどん傘を指しては遠ざかる。
同じ電車に乗った人が全員はけて、少しばかり時間が経った頃―ふと後ろから気配がして、そちらをちらりと見る。
銀髪。整った横顔。
いつも同じ電車に乗っている、彼だった。
(えっ………)
思わず驚きで目が見開く。その後に、この反応はマズイと思った。私が彼を知っていることをバレないように咄嗟に反射的に視線を外した。
彼は私と他人の分だけ距離をあけて、隣に立ち、手持ちの傘を開こうとして――ちらりと横を見た。
「もしかして――傘、無いの?」
少しだけ、自分が話しかけられたことに気づくのに時間がかかった。
「あ、は、ハイ」
「じゃあこれ、使う?」
「え!いや、そんな!」
「いいから」
そう言うと、彼は私に手に持っていたビニール傘をぐい、と押しつけてきた。一瞬だけ手が触れて―赤かったであろう顔がさらに真っ赤になる。
「え、あの…」
「それ、返さなくていいから」
「いやでも、……!」
私が全てを言い終える前に、彼は手にしていたスポーツバッグを背負い、雨の中走り出した。
ハッとする。背中が遠ざかる。
「あっ……!!あの!名前、教えて!!」
彼に届くよう、大きな声でそういうのが精一杯だった。
彼はぱっとこちらを見ると、走りながら同じように届くような声で返した
「はたけ、カカシ!」
バシャバシャと音を立てながら走り去る姿も、かっこよくて。
足も早いんだな、なんて、思った。
その日はずっと、何度も、彼の顔と名前と、手が触れた時の感覚を思い出して、顔が綻んだ。
次の日、私はいつもよりも早く起きて、丁寧に支度をした。髪もいつもよりきれいに整え、リボンの角度も正面を向くように調整した。スカートの丈も、下品にはならないギリギリの短さにした。そして、少しだけ駅に早く着くように家を出た。
彼は来なかった。
その日も、次の日も、その次の日も来なかった。
名前と、高校は分かっていた。友人の友人の友人までさかのぼって、彼のお父さんが急逝され、転校していったことを知った。
あの日にもらったビニール傘は捨てられないまま、それ以来、彼には会っていない。
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