本章
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以前、彼女を森で見つけた地点。心当たりは、そこしかなかった。
時刻は、その時よりわずかに遅い。
それでも――まだ、間に合うはずだと、信じようとしていた。
念のためにと、カカシは忍犬を呼び出した。
地面に着地したパックンに、ナマエの匂いを追うよう短く指示を出す。と、「近いぞ」という声が間髪入れずに返ってきた。
やはり、いるのか――その確信は、焦燥に変わった。
――間に合え
祈りとも呪文ともつかない言葉を、声に出さずに反芻しながら、カカシは闇の中に目を凝らした。聴覚、嗅覚、皮膚感覚のすべてを研ぎ澄まし、そこに在るはずの気配を全身で感じ取ろうとする。
――いた
人影を小さく視認できるところまでカカシが近づいた時、パックから「血の匂いだ」と切迫した声が響いた。
その意味を咀嚼するよりも早く数歩踏み込んだ瞬間、湿った鉄の匂いが鼻腔を刺した。
そこでようやく、足が止まる。
カカシの眼前に広がっていたのは、彼が想定していた「恋人同士の密やかな逢瀬」などではなかった。
言葉も、触れ合う気配もなく、ただ無造作に地面へ伏した一つの身体と、それを冷ややかに見下ろす影だけがあった。
ナマエは、倒れていた。
その姿を視界に捉えた瞬間、理屈では理解しているはずなのに、それが彼女だと認識するまでに、ほんのわずかな時間が必要だった。
「ナマエっ」
叫んだのか、息が漏れただけだったのか、自分でもわからない。
身体は反射的に地面を蹴り、次の瞬間には彼女の傍らに膝をついていた。
起こすように抱えた瞬間、腕に伝わってきたのは、抗う力のない重さだった。
呼びかける声は、もはや届く先を失っていて、それでも止められず、喉の奥から零れ落ちる。
「…、ナマエっ……!」
返事はなかった。
それでも、かすかな呼吸の揺れを確かめようとした、その刹那。
「意識はありませんよ」
そう告げたイタチの声音は、状況にそぐわぬほど冷静で、感情の起伏を一切含まないものだった。
その漆黒の闇を湛えた瞳は、ナマエを見ているようでいて、実際には何も見ておらず、同時にカカシの存在も歯牙にもかけていないようだった。
「助けたいなら、急いだ方がいいでしょうね」
人ごとのように言い残し、イタチは踵を返した。
追うべきだという判断は即座に浮かんだが、腕の中にある重みが、それを許さなかった。
それでもなお、反射的に、ほとんど叫ぶようにしてカカシは声を張り上げる。
「待てっ!」
それは怒りだけから生じた言葉であり、この状況そのものが孕む、説明のつかない歪みを本能的に察知したがゆえの制止だった。
「なぜ、こんなことを……?! 彼女が――どれだけ、お前を……」
かかしの絞り出したかのような問いに、イタチは答えなかった。
ただ黙って、まるで価値の測定を終えた対象でも見るかのような視線で見下ろしていた。
その視線に、断片的な記憶が――イタチが里抜けしたあと、本来彼に向くはずの悪意にただ黙って耐えていた彼女の横顔が――脳裏をよぎる。
――彼女はあれだけ、お前のことが好きだったのに。
「……逃げるつもりか?」
そのとき、胸の奥で積み上がっていた怒りが、臨界点を越えた。
それはもはや理屈ではなく、彼女の存在そのものを否定されることへの、拒絶だった。
「お前にとって、彼女は何なんだ…!?」
その問いに応じるように、イタチはほんのわずかだけ振り返る。
一瞬だけ交わった視線は、憎悪でも、迷いでもなく、まるで何かを確かめるかのような奇妙な静けさを帯びていた。
ただ、一言。
「――何者でもありませんよ」
それが、彼女に与えられる最後の位置づけであるかのように。
虚をつかれたカカシがその意味を完全に理解する前に、イタチの姿は完全に消えた。
時刻は、その時よりわずかに遅い。
それでも――まだ、間に合うはずだと、信じようとしていた。
念のためにと、カカシは忍犬を呼び出した。
地面に着地したパックンに、ナマエの匂いを追うよう短く指示を出す。と、「近いぞ」という声が間髪入れずに返ってきた。
やはり、いるのか――その確信は、焦燥に変わった。
――間に合え
祈りとも呪文ともつかない言葉を、声に出さずに反芻しながら、カカシは闇の中に目を凝らした。聴覚、嗅覚、皮膚感覚のすべてを研ぎ澄まし、そこに在るはずの気配を全身で感じ取ろうとする。
――いた
人影を小さく視認できるところまでカカシが近づいた時、パックから「血の匂いだ」と切迫した声が響いた。
その意味を咀嚼するよりも早く数歩踏み込んだ瞬間、湿った鉄の匂いが鼻腔を刺した。
そこでようやく、足が止まる。
カカシの眼前に広がっていたのは、彼が想定していた「恋人同士の密やかな逢瀬」などではなかった。
言葉も、触れ合う気配もなく、ただ無造作に地面へ伏した一つの身体と、それを冷ややかに見下ろす影だけがあった。
ナマエは、倒れていた。
その姿を視界に捉えた瞬間、理屈では理解しているはずなのに、それが彼女だと認識するまでに、ほんのわずかな時間が必要だった。
「ナマエっ」
叫んだのか、息が漏れただけだったのか、自分でもわからない。
身体は反射的に地面を蹴り、次の瞬間には彼女の傍らに膝をついていた。
起こすように抱えた瞬間、腕に伝わってきたのは、抗う力のない重さだった。
呼びかける声は、もはや届く先を失っていて、それでも止められず、喉の奥から零れ落ちる。
「…、ナマエっ……!」
返事はなかった。
それでも、かすかな呼吸の揺れを確かめようとした、その刹那。
「意識はありませんよ」
そう告げたイタチの声音は、状況にそぐわぬほど冷静で、感情の起伏を一切含まないものだった。
その漆黒の闇を湛えた瞳は、ナマエを見ているようでいて、実際には何も見ておらず、同時にカカシの存在も歯牙にもかけていないようだった。
「助けたいなら、急いだ方がいいでしょうね」
人ごとのように言い残し、イタチは踵を返した。
追うべきだという判断は即座に浮かんだが、腕の中にある重みが、それを許さなかった。
それでもなお、反射的に、ほとんど叫ぶようにしてカカシは声を張り上げる。
「待てっ!」
それは怒りだけから生じた言葉であり、この状況そのものが孕む、説明のつかない歪みを本能的に察知したがゆえの制止だった。
「なぜ、こんなことを……?! 彼女が――どれだけ、お前を……」
かかしの絞り出したかのような問いに、イタチは答えなかった。
ただ黙って、まるで価値の測定を終えた対象でも見るかのような視線で見下ろしていた。
その視線に、断片的な記憶が――イタチが里抜けしたあと、本来彼に向くはずの悪意にただ黙って耐えていた彼女の横顔が――脳裏をよぎる。
――彼女はあれだけ、お前のことが好きだったのに。
「……逃げるつもりか?」
そのとき、胸の奥で積み上がっていた怒りが、臨界点を越えた。
それはもはや理屈ではなく、彼女の存在そのものを否定されることへの、拒絶だった。
「お前にとって、彼女は何なんだ…!?」
その問いに応じるように、イタチはほんのわずかだけ振り返る。
一瞬だけ交わった視線は、憎悪でも、迷いでもなく、まるで何かを確かめるかのような奇妙な静けさを帯びていた。
ただ、一言。
「――何者でもありませんよ」
それが、彼女に与えられる最後の位置づけであるかのように。
虚をつかれたカカシがその意味を完全に理解する前に、イタチの姿は完全に消えた。