本章
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任務明けの夜、いつもの顔ぶれで軽く杯を傾けていた時。
「珍しいじゃねーか、お前がああいうタイプを選ぶのは」
ナマエに対して向けた言葉である。アスマは煙をくゆらせながら、からかうように笑った。
それに続いて紅が肩をすくめる。
「やっと本気で身を落ち着ける気になった?」
「別に……そういう関係じゃないんだけど」
そう返すと、二人は揃って胡乱な視線を向けた。
「じゃあ、なに?」
「好きでもねぇ女の家に、あんな頻度で通ってるってか?」
「……」
言葉に詰まり、カカシは視線を逸らした。
だが、その沈黙が肯定と受け取られたのだろう。二人は声を上げて囃し立てた。
「もう、うるさいな。ちょっと黙っててよ」
面倒になって投げやりにそう言う。
――本当に、そんなんじゃない。
俺は、心配してるだけだ。
カカシは、内心でそう言い聞かせた。
今にも、イタチを追って里を抜けそうな彼女が、その道が茨だと知っていながら、それでも躊躇なく踏み込んでしまいそうな彼女が、心配なだけだ。
無事にイタチと落ち合えるなら、まだ、いい。
だが、それより先に捕まり、汚名を着せられる可能性だってある。以前、俺にたやすく見つかったように。
それを放っておけないのは、単に木の葉の一忍としての責任――それ以外に何がある。
紅がふと表情を改め、真っ直ぐにこちらを見た。
「……好きなら、ちゃんと伝えなさいよ。それでなくたって、あの子、今は相当きつい状況なんだから」
「ハイハイ」
味方になるってそう言うことよ、と付け足す紅の言葉を、軽く聞き流そうとして――ふと頭によぎる。
――そういえば。
ナマエと、誰かが誰かを好きだとか、付き合っているだとか、そういう色恋めいた話をしたことはなかった。
自分たち以外の他人を話題にしたとしても、どうしてもその話題には彼女の恋人――イタチの名が浮かぶ。
だから、意図的に避けてきた気もした。
彼女と何度か顔を合わせるうちに、ひとつ、はっきりしたことがある。
ナマエは、ひたすらに優しい。
それも、体裁を気にして装っている優しさではない。
彼女は、自分を傷つける相手のことを一度も悪く言わなかった。話題にさえ出さなかった。
今日あった些細な出来事や、感じたことを、ほんの少しだけ笑えるような形にしてぽつりぽつりと語る。
その話を聞きながら、カカシは思う。
――俺とは、まるで違う。
目には目を。やられたらやり返す。相手が不幸になろうが知ったこっちゃない――そう考える方がずっと楽なところで、彼女はその相手を庇う言葉を選ぶようだった。
残酷なほど、優しい。
だがその優しさが、自分自身を削っていることに、彼女だけが気づいていない。
ならば誰かが、彼女の痛みに気づいてやらないといけない。
そう気づいた時、胸の奥がひりついた。
――なぜ俺が、ここまで。
過去に何度も、理由のわからない苛立ちが、胸をかすめた。だが、それを振り払おうとする気持ちも、いつの間にか湧かなくなっていた。
ふと、初めて訪れた日に見た、困惑した彼女の表情を思い出す。
引き返す理由を少しずつ失っていった、あの日のことを。
――案外、普通の子を選ぶんだな。
かつて自分自身が呟いた、その言葉が脳裏をよぎる。
彼女が持つ、繊細で壊れ物のような優しさと危うさ。
側から見れば、まるで普通と形容されるその彼女の魅力に気づいたのはいつだったか。
イタチが彼女に惚れたのも、きっと、同じ理由だったんじゃないか。
そして――自分もまた、同じ場所を見て、同じように思うだろうと、いや思い始めているのだろうと。
そんな考えが浮かんだこと自体を、まだ認められずにいた。
*****
「……どうしたの、その頬」
三日ぶりに訪ねたナマエの家で、彼女の顔を見てカカシは思わず足を止めた。
ナマエの頬は、はっきりとわかるほど赤く腫れ上がっていた。
「……任務で」
任務でつけた怪我としては不自然だったが、カカシはそれ以上追及はしなかった。
「女の子なんだから、ちゃんと冷やしておかないとだめだよ」
「……気にする恋人が、そばにいるわけでもないので」
「…どうしてそんな言い方するの」
「だって……」
とげのある言い方だった。
ナマエは俯いた。どうやら、彼女なりに虫の居所が悪いようだった。
どこか苛立ちを孕んだ沈黙に、カカシは一歩近づき、そっと肩に手を置いた。
だがその手が、はっきりと払われる。
「………ナマエ?」
違和感に声を掛けると、ナマエの瞳が、今にも零れそうな涙を湛えていた。
泣くまいと、必死に堪えているようだった。
「もう、ここには来ないでください」
「……どうして」
「………あなたのことを好きな人がいるんです」
彼女たちが傷つくから、とナマエは言った。
その言葉を聞いた瞬間、彼女の頬の傷がどのような理由でできたのかをなんとなく察した。
嫌われたわけじゃない。
ただ彼女は、自分よりも先に誰かの気持ちを守ろうとしたのだ。
――また、そうやって一人で決めるのか。
ナマエから突き放されるような壁を感じた
時、カカシは強烈に己の感情を自覚した。
ああそうか、そうだったのかと小さく息を吐く。
ナマエの正面に立って一歩近づくと、ナマエが少しだけ怯んだように見えた。
「俺が、どうして何度もここに来ると思う?」
ナマエは口を開きかけ、また閉じた。口にするのを躊躇っているように見えた。
その話題に触れていいものかしばらく迷うように視線を彷徨わせ、だが意を決したように答える。
「……私が、里抜けしないように」
「それも、あるけどね」
――それだけなら、ここまで踏み込む理由にはならない。
彼女の頬、払われた手、「来ないで」と言った声。
それでもここまで来て、手を伸ばして、引き返せなくなっているのは何故か。
カカシはそれを考えようとして、考えるのをやめた。
「好きなんだと思う、君のこと」
ナマエが、小さく息を呑む音がした。
口にしたあとで、曖昧な表現になってしまったことを後悔したが、今さら言い直すこともできなかった。
沈黙が落ちる。
二人とも、何を言えばいいのかわからないまま、時間だけが過ぎた。
先に口を開いたのは、ナマエだった。
「………私なんかじゃなくて……カカシさんには、幸せになって欲しいです」
カカシは答えなかった。
「そうじゃなくて、君と幸せになりたいんだ」と言うのは簡単だったが、それは今の彼女を何ひとつ救わない言葉だと、わかってしまった。
カカシは――二人の間で絶対に避けることはできないはずなのに――今までに一度もでたことのない名前を咄嗟に口にした。自分が傷つく答えしか返ってこないと、わかっていながら。
「それはイタチが好きだから?」
「…………!」
「それとも、彼への気持ちはもう1mmもない?」
「………」
「ごめん、狡い聞き方をした」
口にした瞬間、失敗したとわかった。
自分の言葉が、彼女の中にある何かを土足で踏みにじった気がして、カカシは目を伏せる。
こんな聞き方をするつもりじゃなかった。
こんな言葉で、彼女を追い詰めるつもりもなかった。
まだ、ナマエはイタチに気持ちがあるのだと思った。
いや、気持ちがあるどころか、それは以前から少しも減っていないのかもしれない。
カカシは首元に手を当て、少しだけ首を傾げため息を吐いた。
ナマエの気持ちが理解できないわけではない。
だが、それでも――自分なら、そんな道は選ばないと思った。
――時間が、解決してくれるんだろうか。
そんなことを、ぼんやり考える。
「周りが何を言おうと、俺は関係ないよ」
一呼吸おいて、続けた。
「……また、会ってくれる?」
ナマエは、苦しそうに眉を寄せた。
すでに瞳に溜まっていた涙がこぼれ落ちそうになるのを堪えているようだった。
わずかな空白の間、彼女は迷っているように見えた。それでも最後には小さく、こくりと頷く。
「明日は、任務?」
「………はい」
「そっか。じゃあ、明後日、また来るね」
帰り支度を整え、玄関に向かった背中に、「あの……」とか細い声がかかった。
振り返ると、一瞬、ナマエは言うべきか迷ったように視線を伏せてから、何か言いたげに唇を噛み、飲み込もうとして、けれど結局、口を開いた。
「カカシさんは…明日、任務ですか……?」
「そうだけど。そんなにかからないと思うけどね」
「…そうですか……」
カカシはその質問の意図を聞こうとして立ち止まったが、それ以上踏み込まずに扉を出た。
目の前で一羽のカラスが飛び立つ。
背中越しに、なぜか嫌な予感だけが残った。
「珍しいじゃねーか、お前がああいうタイプを選ぶのは」
ナマエに対して向けた言葉である。アスマは煙をくゆらせながら、からかうように笑った。
それに続いて紅が肩をすくめる。
「やっと本気で身を落ち着ける気になった?」
「別に……そういう関係じゃないんだけど」
そう返すと、二人は揃って胡乱な視線を向けた。
「じゃあ、なに?」
「好きでもねぇ女の家に、あんな頻度で通ってるってか?」
「……」
言葉に詰まり、カカシは視線を逸らした。
だが、その沈黙が肯定と受け取られたのだろう。二人は声を上げて囃し立てた。
「もう、うるさいな。ちょっと黙っててよ」
面倒になって投げやりにそう言う。
――本当に、そんなんじゃない。
俺は、心配してるだけだ。
カカシは、内心でそう言い聞かせた。
今にも、イタチを追って里を抜けそうな彼女が、その道が茨だと知っていながら、それでも躊躇なく踏み込んでしまいそうな彼女が、心配なだけだ。
無事にイタチと落ち合えるなら、まだ、いい。
だが、それより先に捕まり、汚名を着せられる可能性だってある。以前、俺にたやすく見つかったように。
それを放っておけないのは、単に木の葉の一忍としての責任――それ以外に何がある。
紅がふと表情を改め、真っ直ぐにこちらを見た。
「……好きなら、ちゃんと伝えなさいよ。それでなくたって、あの子、今は相当きつい状況なんだから」
「ハイハイ」
味方になるってそう言うことよ、と付け足す紅の言葉を、軽く聞き流そうとして――ふと頭によぎる。
――そういえば。
ナマエと、誰かが誰かを好きだとか、付き合っているだとか、そういう色恋めいた話をしたことはなかった。
自分たち以外の他人を話題にしたとしても、どうしてもその話題には彼女の恋人――イタチの名が浮かぶ。
だから、意図的に避けてきた気もした。
彼女と何度か顔を合わせるうちに、ひとつ、はっきりしたことがある。
ナマエは、ひたすらに優しい。
それも、体裁を気にして装っている優しさではない。
彼女は、自分を傷つける相手のことを一度も悪く言わなかった。話題にさえ出さなかった。
今日あった些細な出来事や、感じたことを、ほんの少しだけ笑えるような形にしてぽつりぽつりと語る。
その話を聞きながら、カカシは思う。
――俺とは、まるで違う。
目には目を。やられたらやり返す。相手が不幸になろうが知ったこっちゃない――そう考える方がずっと楽なところで、彼女はその相手を庇う言葉を選ぶようだった。
残酷なほど、優しい。
だがその優しさが、自分自身を削っていることに、彼女だけが気づいていない。
ならば誰かが、彼女の痛みに気づいてやらないといけない。
そう気づいた時、胸の奥がひりついた。
――なぜ俺が、ここまで。
過去に何度も、理由のわからない苛立ちが、胸をかすめた。だが、それを振り払おうとする気持ちも、いつの間にか湧かなくなっていた。
ふと、初めて訪れた日に見た、困惑した彼女の表情を思い出す。
引き返す理由を少しずつ失っていった、あの日のことを。
――案外、普通の子を選ぶんだな。
かつて自分自身が呟いた、その言葉が脳裏をよぎる。
彼女が持つ、繊細で壊れ物のような優しさと危うさ。
側から見れば、まるで普通と形容されるその彼女の魅力に気づいたのはいつだったか。
イタチが彼女に惚れたのも、きっと、同じ理由だったんじゃないか。
そして――自分もまた、同じ場所を見て、同じように思うだろうと、いや思い始めているのだろうと。
そんな考えが浮かんだこと自体を、まだ認められずにいた。
*****
「……どうしたの、その頬」
三日ぶりに訪ねたナマエの家で、彼女の顔を見てカカシは思わず足を止めた。
ナマエの頬は、はっきりとわかるほど赤く腫れ上がっていた。
「……任務で」
任務でつけた怪我としては不自然だったが、カカシはそれ以上追及はしなかった。
「女の子なんだから、ちゃんと冷やしておかないとだめだよ」
「……気にする恋人が、そばにいるわけでもないので」
「…どうしてそんな言い方するの」
「だって……」
とげのある言い方だった。
ナマエは俯いた。どうやら、彼女なりに虫の居所が悪いようだった。
どこか苛立ちを孕んだ沈黙に、カカシは一歩近づき、そっと肩に手を置いた。
だがその手が、はっきりと払われる。
「………ナマエ?」
違和感に声を掛けると、ナマエの瞳が、今にも零れそうな涙を湛えていた。
泣くまいと、必死に堪えているようだった。
「もう、ここには来ないでください」
「……どうして」
「………あなたのことを好きな人がいるんです」
彼女たちが傷つくから、とナマエは言った。
その言葉を聞いた瞬間、彼女の頬の傷がどのような理由でできたのかをなんとなく察した。
嫌われたわけじゃない。
ただ彼女は、自分よりも先に誰かの気持ちを守ろうとしたのだ。
――また、そうやって一人で決めるのか。
ナマエから突き放されるような壁を感じた
時、カカシは強烈に己の感情を自覚した。
ああそうか、そうだったのかと小さく息を吐く。
ナマエの正面に立って一歩近づくと、ナマエが少しだけ怯んだように見えた。
「俺が、どうして何度もここに来ると思う?」
ナマエは口を開きかけ、また閉じた。口にするのを躊躇っているように見えた。
その話題に触れていいものかしばらく迷うように視線を彷徨わせ、だが意を決したように答える。
「……私が、里抜けしないように」
「それも、あるけどね」
――それだけなら、ここまで踏み込む理由にはならない。
彼女の頬、払われた手、「来ないで」と言った声。
それでもここまで来て、手を伸ばして、引き返せなくなっているのは何故か。
カカシはそれを考えようとして、考えるのをやめた。
「好きなんだと思う、君のこと」
ナマエが、小さく息を呑む音がした。
口にしたあとで、曖昧な表現になってしまったことを後悔したが、今さら言い直すこともできなかった。
沈黙が落ちる。
二人とも、何を言えばいいのかわからないまま、時間だけが過ぎた。
先に口を開いたのは、ナマエだった。
「………私なんかじゃなくて……カカシさんには、幸せになって欲しいです」
カカシは答えなかった。
「そうじゃなくて、君と幸せになりたいんだ」と言うのは簡単だったが、それは今の彼女を何ひとつ救わない言葉だと、わかってしまった。
カカシは――二人の間で絶対に避けることはできないはずなのに――今までに一度もでたことのない名前を咄嗟に口にした。自分が傷つく答えしか返ってこないと、わかっていながら。
「それはイタチが好きだから?」
「…………!」
「それとも、彼への気持ちはもう1mmもない?」
「………」
「ごめん、狡い聞き方をした」
口にした瞬間、失敗したとわかった。
自分の言葉が、彼女の中にある何かを土足で踏みにじった気がして、カカシは目を伏せる。
こんな聞き方をするつもりじゃなかった。
こんな言葉で、彼女を追い詰めるつもりもなかった。
まだ、ナマエはイタチに気持ちがあるのだと思った。
いや、気持ちがあるどころか、それは以前から少しも減っていないのかもしれない。
カカシは首元に手を当て、少しだけ首を傾げため息を吐いた。
ナマエの気持ちが理解できないわけではない。
だが、それでも――自分なら、そんな道は選ばないと思った。
――時間が、解決してくれるんだろうか。
そんなことを、ぼんやり考える。
「周りが何を言おうと、俺は関係ないよ」
一呼吸おいて、続けた。
「……また、会ってくれる?」
ナマエは、苦しそうに眉を寄せた。
すでに瞳に溜まっていた涙がこぼれ落ちそうになるのを堪えているようだった。
わずかな空白の間、彼女は迷っているように見えた。それでも最後には小さく、こくりと頷く。
「明日は、任務?」
「………はい」
「そっか。じゃあ、明後日、また来るね」
帰り支度を整え、玄関に向かった背中に、「あの……」とか細い声がかかった。
振り返ると、一瞬、ナマエは言うべきか迷ったように視線を伏せてから、何か言いたげに唇を噛み、飲み込もうとして、けれど結局、口を開いた。
「カカシさんは…明日、任務ですか……?」
「そうだけど。そんなにかからないと思うけどね」
「…そうですか……」
カカシはその質問の意図を聞こうとして立ち止まったが、それ以上踏み込まずに扉を出た。
目の前で一羽のカラスが飛び立つ。
背中越しに、なぜか嫌な予感だけが残った。