別章
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ある女の話をする。
女は幼い頃に両親を失った。
しばらくして、唯一の家族だった妹も事故で亡くす。
やがて恋人も失う。
女の人生は失ったものばかりだった。
死を望んだ時があった。
死よりも辛い夜があった。
それから三年が過ぎた。彼女は生きている。
*****
「あっ」
水を注ごうと持ち上げたグラスが、左手からつるりと滑り落ちる。
こんなこともあろうかと、女は割れないグラスを使っている。
客だった男――男と言うよりも、少年という方が正しいか。年端もいかぬ十かそこらの少年だ――は無言でそのグラスを拾って女に渡した。
「ありがとう」
その様子を見ていた、店の反対側の席の少年が怒鳴る。
「サスケーー!!お前、なんか言えってばよ!感じ悪いぞ!」
「黙れウスラトンカチ」
二人は店の両端の席に座っている。と言っても、カウンターしかない小さなお店だ。離れて座っていても、どちらからも相手の様子はよくわかる。
(そうか、サスケって言うのか・・・)
女は、初めてその少年の名前を知る。
三年前、女は忍びを辞めた。
もともと女の性に合っていなかった。それに、もう金を稼ぐ必要もなかった。
代わりに、小さな食堂を始める。カウンターしかない、小さな店だ。
店には忍びがよく来た。一人身の男が多かった。その中には、女の恋人――はたけカカシもいた。
女は、彼らから、ほんの少しだけ余分に金をとった。
夕方になると、女は店の外を見る。
帰る場所のなさそうな子供を見つけ、声をかける。子供はすぐには近づかないが、やがて静かに店の中へ入る。
女は子供に一食、食べさせる。
それから、とりとめもない話をする。
名前も、生い立ちも聞かない。
相手が話すまで、何も聞かない。
ただ共に時を過ごす。
女は子供から金を取らない。
「なぁ、ねぇちゃん。これ、どう思う?」
少年が差し出してきたのは、少し歪んだクナイだった。
「あれ。刃先、曲がっちゃってるね。これじゃ、刺さらないんじゃない?」
「あれ、やっぱり?」
「そんなのことも分かんねぇのか」
「うるせーってば!」
女はそのクナイを受け取って、軽く指でなぞる。
「……でも研ぎ直せば、まだ使えるよ」
「え、ほんとに!?」
「うん。やってみる?」
「あまりコイツを甘やかすな」
「だー!お前には関係ねーだろ!」
女は二人を見て、少しだけ笑った。
どうやら常連の二人は顔見知りで、仲がいいらしい。
彼らを見ては妹を思い出した。
それだけではない。
今の女には、帰る場所がある。――家に帰れば、恋人がいる。
――幸せだと思った。
こんなふうに思える日が来るなんて、三年前には想像もしていなかった。
だが時折、女はその光景を遠くから見ているような気持ちになる。
いつか失ってしまうかもしれない。
そんな思いが、胸の奥に浮かぶことがある。
女はこれまでに、あまりにも多くのものを失ってきた。手の中にあると思ったものほど、先に消えていった。
それでも、いや――だからこそ、女は知っている。
人は、支えなしでは生きられないということを。
女にとって、それは時に「手紙」という形を持った。
――妹と仲良くしてね。誕生日おめでとう。ずっと大好きよ。
辛いとき、女はそれらを読み返した。
何度も。
何度も。
それが、たった一言であっても。
――三ヶ月後の今日、木ノ葉の森のあの場所で待っている。
手紙は人を支えることを、女は知っている。
――だから。
もし、この先を失う日が来たとしても。
そのとき、残るものがあるように、女は手紙を書くことを思いつく。
恋人と祝言をあげる前日だということが女の背中を押す。
もし自分が先に旅立っても、愛する恋人――いや、夫となる人の支えになるように。
彼女は机に向かう。筆を取り、紙を広げる。
カカシさんへ。
書き出してから、手を止める。
少し考え、書き直す。
"あなた"へ。
それからゆっくりと、言葉を重ねていく。
「何書いてるの?手紙?」
突然後ろからかかった声に女はひどく驚く。女は、恋人――銀髪で覆面の彼だ――の帰宅に気づかなかった。
女は慌てて紙を伏せた。
「俺には見せられないの?」
女がうなずくと、男は問い詰める。
「結婚前に隠し事ってどうなの」
しばらくの押し問答の後、ついに女は観念して、ゆっくりと手紙を差し出す。
*****
――あなたへ。
これはあなたに宛てて書く、最初で最後の手紙です。
改めてこんな風に書くと照れてしまいますね。でも、これを読む時、私はあなたの前にいないでしょう。だから、最後にどうしても伝えたい事があって、筆を執りました。
これから書くことは、あなたが知らない私のことです。
あなたをいつからか好きにだったのか、正確には分かりません。でも、自分の恋心を明確に自覚した日を覚えています。
それは、私が初めてあなたに怒った、あの日です。
いつものように、あなたは病室に来て。いつものように、何気ない顔で言いました。
「君のそばに居させてほしい。ずっと一緒にいると約束する」
――その言葉を、私は受け流せませんでした。
ずっと一緒になんか、いられるわけがない。
そう言った私に、あなたは少しだけ驚きましたね。でも、すぐに否定はしなかった。
少しだけ視線を外して、考えるように黙ってから、あなたは言いました。
「……そうかもしれない。でも、」
「君が今まで無くしてきた人達も、きっと――"最後まで君と一緒に在ろう"と願ったはずだ」
「それは、俺も同じだよ」
あの時、私は初めて思ったのです。
――失ったことで、共にあった時間まで消えたわけではないのだと。
それより少し前、あなたが初めてお見舞いに来てくれた時。
あなたは「どうして家の鍵が家に置いたままなの」と聞きましたね。
本当はあの事件があった――あなたに助けられた日、私は死ぬつもりだったのです。 たとえ、彼に殺されることがなかったとしても。
それでも、助かった。
彼は私を殺す気なんてなかったから。
前を向かなければと思いました。でも、心はなかなか追いつかなかった。
あの日までの私は、失くしたものばかりを数えていました。
でもあなたはあの病室で、――残っているものがあることを教えてくれた。
あなたは覚えていないかもしれません。でも、あの言葉があったからこそ――私はこの先も生きる意味があると、そう思えたのです。
あなたは時々、寂しそうな顔をしますね。理由は分かりませんし、聞いていいのかも分かりません。
もしかしたら、忘れられない人がいたりとか。そんな安直なことではなく、私には理解できない何かを、ずっと抱えているのかもしれません。
でも、それでも、あなたは私のそばにいることを選んでくれました。
こんな風に言うと、あなたにとって負担かもしれませんが私は――あなたと出会えて、あなたと過ごせて、幸せでした。
だから、私がいなくなった後も、あなたには幸せでいて欲しいと願っています。
あなたが生きていてくれれば、私の人生に何の後悔もありません。離ればなれになっても、私はあなたが好きです。あなたの心に少しでも私がいたなら、それは何よりの幸せです。
彼がこれを読み終えるまで――あと少し。
Fin.
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20260320 完結しました。読了ありがとうございました。
女は幼い頃に両親を失った。
しばらくして、唯一の家族だった妹も事故で亡くす。
やがて恋人も失う。
女の人生は失ったものばかりだった。
死を望んだ時があった。
死よりも辛い夜があった。
それから三年が過ぎた。彼女は生きている。
*****
「あっ」
水を注ごうと持ち上げたグラスが、左手からつるりと滑り落ちる。
こんなこともあろうかと、女は割れないグラスを使っている。
客だった男――男と言うよりも、少年という方が正しいか。年端もいかぬ十かそこらの少年だ――は無言でそのグラスを拾って女に渡した。
「ありがとう」
その様子を見ていた、店の反対側の席の少年が怒鳴る。
「サスケーー!!お前、なんか言えってばよ!感じ悪いぞ!」
「黙れウスラトンカチ」
二人は店の両端の席に座っている。と言っても、カウンターしかない小さなお店だ。離れて座っていても、どちらからも相手の様子はよくわかる。
(そうか、サスケって言うのか・・・)
女は、初めてその少年の名前を知る。
三年前、女は忍びを辞めた。
もともと女の性に合っていなかった。それに、もう金を稼ぐ必要もなかった。
代わりに、小さな食堂を始める。カウンターしかない、小さな店だ。
店には忍びがよく来た。一人身の男が多かった。その中には、女の恋人――はたけカカシもいた。
女は、彼らから、ほんの少しだけ余分に金をとった。
夕方になると、女は店の外を見る。
帰る場所のなさそうな子供を見つけ、声をかける。子供はすぐには近づかないが、やがて静かに店の中へ入る。
女は子供に一食、食べさせる。
それから、とりとめもない話をする。
名前も、生い立ちも聞かない。
相手が話すまで、何も聞かない。
ただ共に時を過ごす。
女は子供から金を取らない。
「なぁ、ねぇちゃん。これ、どう思う?」
少年が差し出してきたのは、少し歪んだクナイだった。
「あれ。刃先、曲がっちゃってるね。これじゃ、刺さらないんじゃない?」
「あれ、やっぱり?」
「そんなのことも分かんねぇのか」
「うるせーってば!」
女はそのクナイを受け取って、軽く指でなぞる。
「……でも研ぎ直せば、まだ使えるよ」
「え、ほんとに!?」
「うん。やってみる?」
「あまりコイツを甘やかすな」
「だー!お前には関係ねーだろ!」
女は二人を見て、少しだけ笑った。
どうやら常連の二人は顔見知りで、仲がいいらしい。
彼らを見ては妹を思い出した。
それだけではない。
今の女には、帰る場所がある。――家に帰れば、恋人がいる。
――幸せだと思った。
こんなふうに思える日が来るなんて、三年前には想像もしていなかった。
だが時折、女はその光景を遠くから見ているような気持ちになる。
いつか失ってしまうかもしれない。
そんな思いが、胸の奥に浮かぶことがある。
女はこれまでに、あまりにも多くのものを失ってきた。手の中にあると思ったものほど、先に消えていった。
それでも、いや――だからこそ、女は知っている。
人は、支えなしでは生きられないということを。
女にとって、それは時に「手紙」という形を持った。
――妹と仲良くしてね。誕生日おめでとう。ずっと大好きよ。
辛いとき、女はそれらを読み返した。
何度も。
何度も。
それが、たった一言であっても。
――三ヶ月後の今日、木ノ葉の森のあの場所で待っている。
手紙は人を支えることを、女は知っている。
――だから。
もし、この先を失う日が来たとしても。
そのとき、残るものがあるように、女は手紙を書くことを思いつく。
恋人と祝言をあげる前日だということが女の背中を押す。
もし自分が先に旅立っても、愛する恋人――いや、夫となる人の支えになるように。
彼女は机に向かう。筆を取り、紙を広げる。
カカシさんへ。
書き出してから、手を止める。
少し考え、書き直す。
"あなた"へ。
それからゆっくりと、言葉を重ねていく。
「何書いてるの?手紙?」
突然後ろからかかった声に女はひどく驚く。女は、恋人――銀髪で覆面の彼だ――の帰宅に気づかなかった。
女は慌てて紙を伏せた。
「俺には見せられないの?」
女がうなずくと、男は問い詰める。
「結婚前に隠し事ってどうなの」
しばらくの押し問答の後、ついに女は観念して、ゆっくりと手紙を差し出す。
*****
――あなたへ。
これはあなたに宛てて書く、最初で最後の手紙です。
改めてこんな風に書くと照れてしまいますね。でも、これを読む時、私はあなたの前にいないでしょう。だから、最後にどうしても伝えたい事があって、筆を執りました。
これから書くことは、あなたが知らない私のことです。
あなたをいつからか好きにだったのか、正確には分かりません。でも、自分の恋心を明確に自覚した日を覚えています。
それは、私が初めてあなたに怒った、あの日です。
いつものように、あなたは病室に来て。いつものように、何気ない顔で言いました。
「君のそばに居させてほしい。ずっと一緒にいると約束する」
――その言葉を、私は受け流せませんでした。
ずっと一緒になんか、いられるわけがない。
そう言った私に、あなたは少しだけ驚きましたね。でも、すぐに否定はしなかった。
少しだけ視線を外して、考えるように黙ってから、あなたは言いました。
「……そうかもしれない。でも、」
「君が今まで無くしてきた人達も、きっと――"最後まで君と一緒に在ろう"と願ったはずだ」
「それは、俺も同じだよ」
あの時、私は初めて思ったのです。
――失ったことで、共にあった時間まで消えたわけではないのだと。
それより少し前、あなたが初めてお見舞いに来てくれた時。
あなたは「どうして家の鍵が家に置いたままなの」と聞きましたね。
本当はあの事件があった――あなたに助けられた日、私は死ぬつもりだったのです。 たとえ、彼に殺されることがなかったとしても。
それでも、助かった。
彼は私を殺す気なんてなかったから。
前を向かなければと思いました。でも、心はなかなか追いつかなかった。
あの日までの私は、失くしたものばかりを数えていました。
でもあなたはあの病室で、――残っているものがあることを教えてくれた。
あなたは覚えていないかもしれません。でも、あの言葉があったからこそ――私はこの先も生きる意味があると、そう思えたのです。
あなたは時々、寂しそうな顔をしますね。理由は分かりませんし、聞いていいのかも分かりません。
もしかしたら、忘れられない人がいたりとか。そんな安直なことではなく、私には理解できない何かを、ずっと抱えているのかもしれません。
でも、それでも、あなたは私のそばにいることを選んでくれました。
こんな風に言うと、あなたにとって負担かもしれませんが私は――あなたと出会えて、あなたと過ごせて、幸せでした。
だから、私がいなくなった後も、あなたには幸せでいて欲しいと願っています。
あなたが生きていてくれれば、私の人生に何の後悔もありません。離ればなれになっても、私はあなたが好きです。あなたの心に少しでも私がいたなら、それは何よりの幸せです。
あなたの妻、はたけナマエより
封筒表題:遺書
封筒表題:遺書
彼がこれを読み終えるまで――あと少し。
Fin.
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20260320 完結しました。読了ありがとうございました。