別章
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次に目が覚めたとき、そこは病院だった。
白い天井がぼやけて揺れる視界の端に、銀色の髪が見えた。
ゆっくりと目を動かすと、そこにいたのはカカシさんだった。
目が合った瞬間、彼ははっと息を呑む。それから、大きく息を吐いて張り詰めていた力が抜けたように、ベッドの横の椅子に腰を落とした。
「……もう、目覚めないかと思ったよ」
深く、重たい息を吐いてから、ぽつりと言う。
「生きていてよかった」
その言葉を聞いて、理解する。
――私、生きてるんだ。
聞きたいことはいくらでもあった。でも、カカシさんの顔を見た瞬間、その全部が喉の奥で止まった。
喉がひどく乾いていた。それでも、ようやく声を押し出す。
「……嘘をついて、ごめんなさい」
カカシさんは、それには答えなかった。
それからの日々は、曖昧だった。
聞くところによると、私を助けたのはカカシさんらしい。気がつけば、カカシさんは毎日のように見舞いに来ていた。
でも私の胸の中はいつも空っぽで、何を言われても頭に残らなかった。
あの夜から、私の心はただ空虚だった。
命に別状はないと聞いていた。だが、医者の話では、私の左手には時折麻痺が起きるらしい。
日常生活を送る分には問題ない。だが、忍びとして生きるには致命的だった。
忍びという職業に執着があったわけじゃない。でも、それは彼と唯一最後の接点だった気がして、また、気持ちが一つ沈んだ。
――なんで私、生きてるんだろう。
そうして、ただ時間だけが過ぎていった。
けれど、そんな日々にも、やがて変化が訪れる。
その日、窓の外は、真冬の白い光に満ちていた。冷えた空気が、ガラス越しにも伝わってくるような寒い日だった。
ガラリと病室が開く。入ってきたのは、毎日のように顔を合わせるナースだった。「ナマエさん、調子はどうですか」。毎日同じ言葉をかけては、私の点滴を変えていく。
だけど、その日は少しだけ違った。
「ナマエさん、怪我をされた日に着ていた服は処分しても良いでしょうか?」
彼女は、まるでそうするのが当然とでも言うようだった。あくまで手続きの一環として、機械的に尋ねただけ、そのような調子だった。
ちらりと視界の端に、その服が目に入る。彼女がなるべく私の目に入らないようにしていても、それが血で黒ずんでいることはすぐにわかった。
はいと言おうとして――あの日の前後の記憶が流れ込んできて、慌てて「いえ、」と否定する。
「……もらっても、いいですか」
「え? いえ、でも、破れていますし――」
破れていても、汚れていても。
「いいんです。もらえますか?」
彼女は戸惑うようにしながらも、逡巡した末に私に服を渡した。私がまともに口を開いたのが、その日が初めてだったからかもしれない。
手渡された服をじっと見つめる私に、ナースが遠慮がちに声をかけてきた。
「あの………大丈夫ですか?」
心配そうな様子に、私がショックを受けていないか確認していることがわかった。確かに見ていて気持ちの良いものではなかった。変わり果てたように、血はすでに黒く乾き、布は硬く固まっていた。胸のあたりは深く裂け、刃が通った跡がはっきりと残っている。
それを見た瞬間、喉の奥がきゅっと縮まった。
――これは。
私が死んだはずの服だ。
それは私にあの時の記憶を一気に引き出した。
なぜあの時、あんなことを聞いたのかはわからない。
けれど、その瞬間、胸の奥で何かが引っかかった。
その問いはいつも、後悔で終わっていたのに、その時初めて疑惑に変わった。
――なぜ、私は、生きているのか。
服を握りしめたまま、しばらく動けなかった。
「あの……聞いた話でもいいんですけど。………カカシさんが来てくれたのは、私が刺された直後だったんでしょうか。」
「………え?………いえ、その、…」
「大丈夫です、ありのままを教えてください。」
私が彼女を見ると、迷ったあと、
「…かなり血が流れたあとだったと聞いています」
「……そうですか……」
病室の戸が閉まり、いつものように一人になると、その服を見つめた。私はその服のポケットにそっと手を入れる。手が入るのが精一杯の小さなポケットの――さらに内側に、隠すようについている内ポケットに。
かさり、と音を立てて、その紙はあった。
――三ヶ月後の今日、木ノ葉の森のあの場所で待っている
端の方だけが血を吸って、固くなっていたが、それは初めてみたときと何一つ文面は変わらずにそこにあった。
彼から呼び出しの手紙を受け取ってから会えるまで、実際には半年の時間があった。
彼が無計画であの場にいたとはとても思えない。相手の動きも、逃げ道も、予想外の時の動きも、すべてを想定して動く人だった。
なのに私は生きている。
――変だ。これって、とても、変。
どくりと心臓が鳴る。彼が私をやり損なった、だなんて――そんなこと、あり得ない。
直前になって、情が残った?手元が狂った?イタチは、そういう人じゃない。直前で迷うくらいなら、最初から刃は振るわない。
彼にとって想定外だったはずのカカシさんですら、駆けつけたのは私が刺された直後ではなかった。
ならば、私を殺すなんて、それこそ赤子の手をひねるように簡単だったはずだ。なのに。
そう思った瞬間、胸の奥がざわついた。
――もしかして。
イタチは、私を殺す気はなかった。
最初から 、私を殺すつもりなんてなかった。
そうとしか、考えられなかった。
そんなはずはない。
そんなはずはない、私を殺す気がなかったなんて、そんなことあるわけないと思うのに。身体がまるで心臓で埋まってしまったように、鼓動が鳴り止まない。
それなのに、どう考えても殺す気がなかったとしか思えなかった。
――だって、私は生きている 。
イタチが何のためにそんなことをしたのかは分からない。
でも、それでも。
きっと、私のためである事だけは薄っすらとわかった。
ふと、あの日の記憶が脳裏をよぎる。
「……生まれ変わったら、次こそ一緒にいられるかな?」
「来世があるなら、今度は――俺のいない場所で生きろ」
拒絶するような言い方だったのに、――その答えは、まるで違って聞こえた。
あの問いは、イタチにとってきっと予想外だった。だから、答えるまでに長い時間があった。私に何をどう伝えるべきか、考えた。――イタチは、私が生き返るのを知っていた のだから。
――生きろ。
あれは、俺がいなくても、生きろと、そういう意味ではないのか。
もしかしたら彼は、「イタチだけを理由に生きていた私」を殺したかったんじゃないだろうか。
そうして、もう一度、生き直させたかった。
都合の良い、解釈だろうか。
そうなのかもしれない。
でも、そうじゃないかもしれない。
――三ヶ月後の今日、――待っている
掌にある、彼からの手紙。彼は、この手紙を書いた時から、こうなることを知っていたのだ。
彼の書いた文字が涙で滲む。手紙を握る手に力が入り、くしゃりと音が鳴った。
……私は、
捨てられたんじゃない。
視界が滲んだ。
気づいたときには涙が頬を伝っていた。
止めようとしても、止まらなかった。
私はその日初めて、ベッドで声を押し殺して泣いた。
なにに対して泣いたのか、言葉にできなかった。だがそれはただ、別れの涙だった。
どれくらいそうしていたのか、わからない。
気づいた時には涙はいつの間にか止まっていた。胸の奥はまだじんと熱かったけれど、さっきまで感覚のなかった指先に、ほんの少しだけ、温度が戻ってきていた。
病室は静まり返っていた。その時―― ガラリと、扉が開いた。
顔を上げると、そこに立っていたのはカカシさんだった。
私の顔を見れば、泣いていたことは一目瞭然だったと思うのに、彼はそのことに触れなかった。
ただ、いつものようにベッドのそばまで来て、静かに椅子に腰を下ろす。いつものように、「調子はどう?」と告げる。
――もしかして、泣き止むのを待っていてくれたんだろうか。
そう思ったとき、ふと胸の奥で何かがほどけた。
……ずっと、この人から目を逸らしていた気がする。
でも逃げ続けるのは、もう、今日で終わりだ。
*****
「カカシさん」
いつものように病室にきたカカシさんに声をかけると、彼は驚いたように目を見開いた。
私から彼に声をかけたのは、入院して以来、この日が初めてだった。
「私、やりたいことがあるんです。」
あの日、イタチの行動に初めて気づいた日から、いろんなことを考えた。
そして私は決めたのだ。
私みたいな――どこかで死にたいと、薄っすら感じている人を、助けられないかと。
あの頃、居場所のなかった私みたいな子供を。
私の生きる理由は、ずっとあの人だった。
だけど、私はそれを変えていかないといけない――あの人が望んだ、生まれ変わった私として。
――生きろ、ナマエ。
そんな声が、聞こえた気がした。
白い天井がぼやけて揺れる視界の端に、銀色の髪が見えた。
ゆっくりと目を動かすと、そこにいたのはカカシさんだった。
目が合った瞬間、彼ははっと息を呑む。それから、大きく息を吐いて張り詰めていた力が抜けたように、ベッドの横の椅子に腰を落とした。
「……もう、目覚めないかと思ったよ」
深く、重たい息を吐いてから、ぽつりと言う。
「生きていてよかった」
その言葉を聞いて、理解する。
――私、生きてるんだ。
聞きたいことはいくらでもあった。でも、カカシさんの顔を見た瞬間、その全部が喉の奥で止まった。
喉がひどく乾いていた。それでも、ようやく声を押し出す。
「……嘘をついて、ごめんなさい」
カカシさんは、それには答えなかった。
それからの日々は、曖昧だった。
聞くところによると、私を助けたのはカカシさんらしい。気がつけば、カカシさんは毎日のように見舞いに来ていた。
でも私の胸の中はいつも空っぽで、何を言われても頭に残らなかった。
あの夜から、私の心はただ空虚だった。
命に別状はないと聞いていた。だが、医者の話では、私の左手には時折麻痺が起きるらしい。
日常生活を送る分には問題ない。だが、忍びとして生きるには致命的だった。
忍びという職業に執着があったわけじゃない。でも、それは彼と唯一最後の接点だった気がして、また、気持ちが一つ沈んだ。
――なんで私、生きてるんだろう。
そうして、ただ時間だけが過ぎていった。
けれど、そんな日々にも、やがて変化が訪れる。
その日、窓の外は、真冬の白い光に満ちていた。冷えた空気が、ガラス越しにも伝わってくるような寒い日だった。
ガラリと病室が開く。入ってきたのは、毎日のように顔を合わせるナースだった。「ナマエさん、調子はどうですか」。毎日同じ言葉をかけては、私の点滴を変えていく。
だけど、その日は少しだけ違った。
「ナマエさん、怪我をされた日に着ていた服は処分しても良いでしょうか?」
彼女は、まるでそうするのが当然とでも言うようだった。あくまで手続きの一環として、機械的に尋ねただけ、そのような調子だった。
ちらりと視界の端に、その服が目に入る。彼女がなるべく私の目に入らないようにしていても、それが血で黒ずんでいることはすぐにわかった。
はいと言おうとして――あの日の前後の記憶が流れ込んできて、慌てて「いえ、」と否定する。
「……もらっても、いいですか」
「え? いえ、でも、破れていますし――」
破れていても、汚れていても。
「いいんです。もらえますか?」
彼女は戸惑うようにしながらも、逡巡した末に私に服を渡した。私がまともに口を開いたのが、その日が初めてだったからかもしれない。
手渡された服をじっと見つめる私に、ナースが遠慮がちに声をかけてきた。
「あの………大丈夫ですか?」
心配そうな様子に、私がショックを受けていないか確認していることがわかった。確かに見ていて気持ちの良いものではなかった。変わり果てたように、血はすでに黒く乾き、布は硬く固まっていた。胸のあたりは深く裂け、刃が通った跡がはっきりと残っている。
それを見た瞬間、喉の奥がきゅっと縮まった。
――これは。
私が死んだはずの服だ。
それは私にあの時の記憶を一気に引き出した。
なぜあの時、あんなことを聞いたのかはわからない。
けれど、その瞬間、胸の奥で何かが引っかかった。
その問いはいつも、後悔で終わっていたのに、その時初めて疑惑に変わった。
――なぜ、私は、生きているのか。
服を握りしめたまま、しばらく動けなかった。
「あの……聞いた話でもいいんですけど。………カカシさんが来てくれたのは、私が刺された直後だったんでしょうか。」
「………え?………いえ、その、…」
「大丈夫です、ありのままを教えてください。」
私が彼女を見ると、迷ったあと、
「…かなり血が流れたあとだったと聞いています」
「……そうですか……」
病室の戸が閉まり、いつものように一人になると、その服を見つめた。私はその服のポケットにそっと手を入れる。手が入るのが精一杯の小さなポケットの――さらに内側に、隠すようについている内ポケットに。
かさり、と音を立てて、その紙はあった。
――三ヶ月後の今日、木ノ葉の森のあの場所で待っている
端の方だけが血を吸って、固くなっていたが、それは初めてみたときと何一つ文面は変わらずにそこにあった。
彼から呼び出しの手紙を受け取ってから会えるまで、実際には半年の時間があった。
彼が無計画であの場にいたとはとても思えない。相手の動きも、逃げ道も、予想外の時の動きも、すべてを想定して動く人だった。
なのに私は生きている。
――変だ。これって、とても、変。
どくりと心臓が鳴る。彼が私をやり損なった、だなんて――そんなこと、あり得ない。
直前になって、情が残った?手元が狂った?イタチは、そういう人じゃない。直前で迷うくらいなら、最初から刃は振るわない。
彼にとって想定外だったはずのカカシさんですら、駆けつけたのは私が刺された直後ではなかった。
ならば、私を殺すなんて、それこそ赤子の手をひねるように簡単だったはずだ。なのに。
そう思った瞬間、胸の奥がざわついた。
――もしかして。
イタチは、私を殺す気はなかった。
そうとしか、考えられなかった。
そんなはずはない。
そんなはずはない、私を殺す気がなかったなんて、そんなことあるわけないと思うのに。身体がまるで心臓で埋まってしまったように、鼓動が鳴り止まない。
それなのに、どう考えても殺す気がなかったとしか思えなかった。
――だって、私は
イタチが何のためにそんなことをしたのかは分からない。
でも、それでも。
きっと、私のためである事だけは薄っすらとわかった。
ふと、あの日の記憶が脳裏をよぎる。
「……生まれ変わったら、次こそ一緒にいられるかな?」
「来世があるなら、今度は――俺のいない場所で生きろ」
拒絶するような言い方だったのに、――その答えは、まるで違って聞こえた。
あの問いは、イタチにとってきっと予想外だった。だから、答えるまでに長い時間があった。私に何をどう伝えるべきか、考えた。――イタチは、
――生きろ。
あれは、俺がいなくても、生きろと、そういう意味ではないのか。
もしかしたら彼は、「イタチだけを理由に生きていた私」を殺したかったんじゃないだろうか。
そうして、もう一度、生き直させたかった。
都合の良い、解釈だろうか。
そうなのかもしれない。
でも、そうじゃないかもしれない。
――三ヶ月後の今日、――待っている
掌にある、彼からの手紙。彼は、この手紙を書いた時から、こうなることを知っていたのだ。
彼の書いた文字が涙で滲む。手紙を握る手に力が入り、くしゃりと音が鳴った。
……私は、
捨てられたんじゃない。
視界が滲んだ。
気づいたときには涙が頬を伝っていた。
止めようとしても、止まらなかった。
私はその日初めて、ベッドで声を押し殺して泣いた。
なにに対して泣いたのか、言葉にできなかった。だがそれはただ、別れの涙だった。
どれくらいそうしていたのか、わからない。
気づいた時には涙はいつの間にか止まっていた。胸の奥はまだじんと熱かったけれど、さっきまで感覚のなかった指先に、ほんの少しだけ、温度が戻ってきていた。
病室は静まり返っていた。その時―― ガラリと、扉が開いた。
顔を上げると、そこに立っていたのはカカシさんだった。
私の顔を見れば、泣いていたことは一目瞭然だったと思うのに、彼はそのことに触れなかった。
ただ、いつものようにベッドのそばまで来て、静かに椅子に腰を下ろす。いつものように、「調子はどう?」と告げる。
――もしかして、泣き止むのを待っていてくれたんだろうか。
そう思ったとき、ふと胸の奥で何かがほどけた。
……ずっと、この人から目を逸らしていた気がする。
でも逃げ続けるのは、もう、今日で終わりだ。
*****
「カカシさん」
いつものように病室にきたカカシさんに声をかけると、彼は驚いたように目を見開いた。
私から彼に声をかけたのは、入院して以来、この日が初めてだった。
「私、やりたいことがあるんです。」
あの日、イタチの行動に初めて気づいた日から、いろんなことを考えた。
そして私は決めたのだ。
私みたいな――どこかで死にたいと、薄っすら感じている人を、助けられないかと。
あの頃、居場所のなかった私みたいな子供を。
私の生きる理由は、ずっとあの人だった。
だけど、私はそれを変えていかないといけない――あの人が望んだ、生まれ変わった私として。
――生きろ、ナマエ。
そんな声が、聞こえた気がした。