本章
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イタチが里を抜けた。
彼の家族である、うちは一族を――ただ一人で、皆殺しにして。
その噂は、火が乾いた草を舐めるように、瞬く間に木ノ葉の里中へと広がっていった。
噂が噂として明確に形を持ちはじめた頃、「温厚」「冷静」「将来嘱望」と語られていた彼への評価もまた、一転した。
――あいつ、何考えてるかわからなかったよな。
――前から、やりそうな気はしてたんだ。
人々は、そう口々に話した。
中には、「あいつはそういう奴だと、最初からわかっていた」と、まるでこの惨事を予見していたかのように語る者さえいた。
イタチがあまりにも優秀だった分だけ、胸の奥に沈められていた嫉妬や劣等感が、今になって一斉に浮かび上がってきたようにも見えた。
(……ま、そんなもんだよね)
上忍待機所の隅。
壁に背を預け、はたけカカシはひとり内心そう独りごちる。
膝の上に広げた本のページをぱらりとめくりながら、視線は落としたまま、周囲のざわめきにだけ静かに耳を傾けていた。
――俺はそんな奴には、見えなかったけどねぇ。
ぼんやりとそう思いながらいつもの愛読書に目を落としていると、不意に甲高い笑い声が響いた。反射的に視線を上げる。
「あ〜、よかった。あんなサイコパスと付き合ってなくて」
「ね。ほんと、怖い〜」
声の方を見ると、くのいちが三人、肩を寄せ合うように立っていた。そして距離にして、ほんの数歩、そのすぐ脇にはナマエ。
ナマエに聞こえないはずがないその距離で、三人はあくまで“三人だけの会話”を装い、言葉を投げ合っている。その話題がナマエに聞かせるための侮蔑であることは、一目でわかった。
ナマエ。
うちはイタチの恋人。
……いや、もう「元」と言うべきか。
彼は彼女を残し、里を抜けてしまったのだから。
「あんなのの恋人にならなくて、本当によかったよね」
笑い合う彼女たちの声が、軽やかに弾む。そのすぐそばで、ナマエは何も言わなかった。視線を伏せ、指先をきゅっと握りしめているだけだった。
これまでのイタチは、里一番の出世頭だった。実力も、人格も、申し分ない。その上、誰に対しても分け隔てなく接する男だったから、彼の周囲には常に人が集まっていた。
――私でも、いけるかもしれない。
そんな淡い期待を抱いた女性は、一人や二人ではなかった。
好意も、誘いも、途切れることなく彼に向けられていた中で、ある日突然、ナマエとイタチは付き合い始めた。
取り立てて目立つわけでもない。
派手さもなければ、武勇伝があるわけでもない。
ごく、ありふれた――そう評されがちな彼女が、選ばれた。
正直なところ、カカシも不思議に思った。
もっと美人で、もっと優秀で、もっと野心的な女性はいくらでもいた。
――普通の人を選ぶんだな。
それが、そのときの率直な感想だった。
だが、しばらくして彼女がイタチに選ばれた理由がうっすらわかった。
イタチの恋人であるというだけで、ナマエは同性から相当な嫌がらせを受けた。
陰で囁かれ、無視され、時には言葉の刃を向けられる。
まるで、それが自分の役目であるかのように、静かに受け止めているように見えた。
――意外に、強いんだな。
それを見て、へぇ、とカカシは感心した。そんな彼女を見ていられないと、間に入ろうとする異性の姿も、これまで何度か目にしてきた。
だが、誰かが声を上げれば上げるほど、今度は標的が増えるだけだということも、経験則として知っていた。
だからこれまでは、ひとまず静観することにしていた。
だが、今は違う。彼女の味方は里のどこにもいない。
カカシは本をめくる手を止め、膝に頬杖をついたまま、ゆっくりと視線を上げた。
「あのさ」
独り言のような、たいした力もこもっていない声だった。
それでも空気が一瞬張りつめ、くのいちたちは、一斉に動きを止めた。
「付き合わなかったんじゃなくて、付き合えなかったんでしょ」
彼女らは睨むように振り返った。その先に、上忍であるはたけカカシの姿を認めた瞬間、視線が泳いだ。
何か言い返そうとして、結局尻込みしたのだろう。
彼女たちは互いに顔を見合わせ、気まずそうに視線を逸らすと、足早にその場を離れていった。
カカシは横目でそれを確認すると、視線をナマエに戻した。
「ちょっとは言い返しなよ。見てるこっちが憂鬱になる」
だがナマエは、それについてコメントすることなく、ただ「助けて頂いてありがとうございます」と頭を下げた。
それを見ているうちに、なぜかカカシの方に言いようのない鬱憤が溜まった。理不尽に向けられた言葉よりも、それを受け止めてしまう彼女の在り方が気に障ったのだ。
「……なんかあるでしょ。彼と私は関係ない、とか。こそこそ言う方が卑怯だ、とかさ」
だがそれでも、彼女は曖昧に微笑むだけで、何も言わなかった。
ただ、沈黙を選んだ。
その表情を見たとき、カカシの中に、ふと一つの考えが浮かんだ。
――もしかして、まだイタチが好きなのか。
表立って彼を庇うことはできない。
罪を否定することも、擁護することもできない。
それでも、彼を貶める言葉を口にしないことが、彼女の内心を雄弁に語っているように思えた。
ーーバカだね。
カカシはため息を一つ付くと、パタンと読んでいた本を閉じた。
彼の家族である、うちは一族を――ただ一人で、皆殺しにして。
その噂は、火が乾いた草を舐めるように、瞬く間に木ノ葉の里中へと広がっていった。
噂が噂として明確に形を持ちはじめた頃、「温厚」「冷静」「将来嘱望」と語られていた彼への評価もまた、一転した。
――あいつ、何考えてるかわからなかったよな。
――前から、やりそうな気はしてたんだ。
人々は、そう口々に話した。
中には、「あいつはそういう奴だと、最初からわかっていた」と、まるでこの惨事を予見していたかのように語る者さえいた。
イタチがあまりにも優秀だった分だけ、胸の奥に沈められていた嫉妬や劣等感が、今になって一斉に浮かび上がってきたようにも見えた。
(……ま、そんなもんだよね)
上忍待機所の隅。
壁に背を預け、はたけカカシはひとり内心そう独りごちる。
膝の上に広げた本のページをぱらりとめくりながら、視線は落としたまま、周囲のざわめきにだけ静かに耳を傾けていた。
――俺はそんな奴には、見えなかったけどねぇ。
ぼんやりとそう思いながらいつもの愛読書に目を落としていると、不意に甲高い笑い声が響いた。反射的に視線を上げる。
「あ〜、よかった。あんなサイコパスと付き合ってなくて」
「ね。ほんと、怖い〜」
声の方を見ると、くのいちが三人、肩を寄せ合うように立っていた。そして距離にして、ほんの数歩、そのすぐ脇にはナマエ。
ナマエに聞こえないはずがないその距離で、三人はあくまで“三人だけの会話”を装い、言葉を投げ合っている。その話題がナマエに聞かせるための侮蔑であることは、一目でわかった。
ナマエ。
うちはイタチの恋人。
……いや、もう「元」と言うべきか。
彼は彼女を残し、里を抜けてしまったのだから。
「あんなのの恋人にならなくて、本当によかったよね」
笑い合う彼女たちの声が、軽やかに弾む。そのすぐそばで、ナマエは何も言わなかった。視線を伏せ、指先をきゅっと握りしめているだけだった。
これまでのイタチは、里一番の出世頭だった。実力も、人格も、申し分ない。その上、誰に対しても分け隔てなく接する男だったから、彼の周囲には常に人が集まっていた。
――私でも、いけるかもしれない。
そんな淡い期待を抱いた女性は、一人や二人ではなかった。
好意も、誘いも、途切れることなく彼に向けられていた中で、ある日突然、ナマエとイタチは付き合い始めた。
取り立てて目立つわけでもない。
派手さもなければ、武勇伝があるわけでもない。
ごく、ありふれた――そう評されがちな彼女が、選ばれた。
正直なところ、カカシも不思議に思った。
もっと美人で、もっと優秀で、もっと野心的な女性はいくらでもいた。
――普通の人を選ぶんだな。
それが、そのときの率直な感想だった。
だが、しばらくして彼女がイタチに選ばれた理由がうっすらわかった。
イタチの恋人であるというだけで、ナマエは同性から相当な嫌がらせを受けた。
陰で囁かれ、無視され、時には言葉の刃を向けられる。
まるで、それが自分の役目であるかのように、静かに受け止めているように見えた。
――意外に、強いんだな。
それを見て、へぇ、とカカシは感心した。そんな彼女を見ていられないと、間に入ろうとする異性の姿も、これまで何度か目にしてきた。
だが、誰かが声を上げれば上げるほど、今度は標的が増えるだけだということも、経験則として知っていた。
だからこれまでは、ひとまず静観することにしていた。
だが、今は違う。彼女の味方は里のどこにもいない。
カカシは本をめくる手を止め、膝に頬杖をついたまま、ゆっくりと視線を上げた。
「あのさ」
独り言のような、たいした力もこもっていない声だった。
それでも空気が一瞬張りつめ、くのいちたちは、一斉に動きを止めた。
「付き合わなかったんじゃなくて、付き合えなかったんでしょ」
彼女らは睨むように振り返った。その先に、上忍であるはたけカカシの姿を認めた瞬間、視線が泳いだ。
何か言い返そうとして、結局尻込みしたのだろう。
彼女たちは互いに顔を見合わせ、気まずそうに視線を逸らすと、足早にその場を離れていった。
カカシは横目でそれを確認すると、視線をナマエに戻した。
「ちょっとは言い返しなよ。見てるこっちが憂鬱になる」
だがナマエは、それについてコメントすることなく、ただ「助けて頂いてありがとうございます」と頭を下げた。
それを見ているうちに、なぜかカカシの方に言いようのない鬱憤が溜まった。理不尽に向けられた言葉よりも、それを受け止めてしまう彼女の在り方が気に障ったのだ。
「……なんかあるでしょ。彼と私は関係ない、とか。こそこそ言う方が卑怯だ、とかさ」
だがそれでも、彼女は曖昧に微笑むだけで、何も言わなかった。
ただ、沈黙を選んだ。
その表情を見たとき、カカシの中に、ふと一つの考えが浮かんだ。
――もしかして、まだイタチが好きなのか。
表立って彼を庇うことはできない。
罪を否定することも、擁護することもできない。
それでも、彼を貶める言葉を口にしないことが、彼女の内心を雄弁に語っているように思えた。
ーーバカだね。
カカシはため息を一つ付くと、パタンと読んでいた本を閉じた。
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