絵葉書 -君がくれた、この想いは…-
「………字、綺麗」
六年の秋頃。
前の席に座っていた女子が、俺のノートを覗き込んでそう呟く。
「字を綺麗に書く男の人って……私、好きなんだ」
そう言って、彼女が上目遣いをしながら俺の顔を覗き込む。
それから彼女とはよく話すようになって、成り行きで付き合う事に。
〖おめでとう〗
手紙で報告すれば、ソラは自分の事のように喜んでくれた。
人生初の彼女。可愛いし、良い匂いはするし、一緒にいて楽しかった。
しかし、成り行きで付き合ったからなのか。ソラに対して感じるような、心の繋がりは感じられなかった。
付き合って二ヶ月が経ったある日。
漫画の話から、彼女が俺の家に来る事になった。
俺の部屋に入るなり、落ち着かない様子の彼女。例の単行本を本棚から取り出し、キョロキョロと部屋の中を見回す彼女に渡す。
「……飲み物、持ってくる」
「うん」
笑顔を返す彼女を残し、階段を下りる。
冷蔵庫にあったジュースを用意しながら、いつもと違うシチュエーションに緊張感が高まっていた。
気を落ち着かせてから、二階へ。……と、目に飛び込んできたのは──引き出しの中を漁る、彼女の後ろ姿。
「………これ、何?」
振り向いた彼女が、悪びれる様子もなく封筒とノートを掲げてみせる。
不穏な空気。怪訝そうな眼。
「文通だよ」
「………へぇ。いつから?」
「確か……小三、だったかな」
「綺麗な字。きっと、美人なんでしょうね」
「……」
「ねぇ、裕輝《ひろき》くん。本当は私の事、好きでも何でもないでしょ」
「………は?」
予想外の台詞に、変な声が出てしまう。
「だってこれ、日記じゃなくて手紙を書く為のネタ帳……よね」
「……」
彼女が、パラパラとそのノートを開く。
「オザケンが、皆の前で派手にコケて爆笑したとか、山本の寝癖が芸術的で笑えたとか。……こんな、どうでもいい事まで書いてるのに──」
「……」
「──どうして私の事は、一行も書いてないの?」
バンッ。
両手で挟むようにして、閉じられるノート。彼女の鋭い視線が、俺を責めるように貫く。
「……」
理由は……とても単純なものだった。
彼女が出来たという報告をして以降、ソラからの返事が遅れるようになったから。
多分、気を悪くしたんじゃないかと……
「……もういい!」
持っていたノートを投げ付けつけ、彼女が部屋を飛び出していく。
折られて皺の入った、ソラからの手紙。
「……」
追い掛けて、引き止める事が出来ず──彼女とは、終わった。