桜色のバレンタイン

「……あっ、これは──」

弁解しようとすれば、夏生の手が伸び、箱を持つ僕の手を包んで……

「も、貰ったん……、だけど……」
「……へぇ。誰から?」

耳元を擽る、夏生の吐息。
何時になく意地悪い言い方と、意地悪げに身体を密着させる行為に、胸の痛みと妙な昂りが相まって……

「………はな、してっ、」

身を縮め、逃れようとすれば……それを許さないとばかりにもう一方の手が僕の肩を掴み、両方の手に力が籠もる。

「ダメ。離さない」
「……」
「……教えて、さくら」

俯き、剥き出しになった項に、迫った夏生の吐息が掛かる。

「ね、」

揺れる、視界。
足元がぐらぐらして……立ってられない。

「……」

こんな事、口にしたくない。
思い出したくもない。

だけど──
一度目に焼き付いてしまったら……もう、消去しようがなくて。


「………桐谷、さん」

少しだけ、震える声。
口にしてしまった事で、じわじわと現実味が増していく。
指先から感覚が無くなっていくのに……呼吸も、身体も、小刻みに震えて………


「───は、?」


それまで。何処か意地悪く僕に絡んでいた夏生が、突然素に戻る。

「マジで、桐谷さん……?」
「………うん」

こくんと頷けば、まだ俄に信じがたいのか、夏生の言動が止まる。

「……」

次第に緩み、離されていく手。
それに驚いて夏生を見上げれば……何処か深刻そうな表情をしていた夏生が、パッと笑顔で隠す。

「それ。要らないなら……オレにくれ!」
「……え」

いつもの……人懐っこくて、人当たりの良い夏生が、満面な笑みを浮かべながら両手を出し、チョコをせがむ。


──もしかして、夏生も……?

はにかんだ桐谷さんが、竜一を上目遣いで見る光景が思い出される。

「うん……、いいよ」

竜一に渡す筈だった、チョコレート。
複雑な心境を隠すように、笑顔を浮かべながらそう答えると、夏生の両手の平にそっと乗せた。




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