桜色のバレンタイン
「……おぃ、行くぞ」
実験室から戻って直ぐ、窓際の後ろにある自席に着く僕に、竜一が声を掛ける。
「……」
「どした?」
「………ううん。先、行ってて」
「解った」
僕の返事を聞いた竜一が、帰りがけに購買で買ったであろうパンの袋を手にし、教室から出て行く。
僕の様子を、気にする素振りもないまま。
「……」
上手く、笑えてた……?
竜一の背中を見送りながら、引き攣っていたであろう頬に手を当てる。
机の横に掛けた鞄。
弁当を出そうとして、桜色のリボンが目に止まる。
……これ、もう必要ないよね。
徐に取り出し、机の下に隠すようにして両手で持つ。
竜一と恋人になって、初めてのバレンタイン。
僕なんかが……って思いながらも、学校帰りに見掛ける『Valentine』の文字に、つい浮かれて……
一人で選ぶ間も、買う時も、凄く緊張して。それでも、竜一の喜ぶ顔が見たくて。
……だけど。
全部、僕の独り善がり……だったんだよね。
そもそも、竜一から『好き』って……言われた事ないし。キスは……したけど、『付き合おう』って言葉も無かった。
恋人だと思ってたのは、僕だけだったのかも……
「……」
廊下で見た、竜一と桐谷さんのやり取りがチラつく。
その度に、竜一に渡す筈だったバレンタインチョコの小さな箱が、溢れた涙で滲んでいく。
「……解った、って……何?」
キュッ、
小さな箱を持つ手に力が籠もる。
「竜一の、バカ……」
手の甲で涙を拭き、席を立つ。
向かったのは、掃除用ロッカーの横にあるゴミ箱。
「……」
震える、指先。
捨てようと決意し、大きく口を開けたゴミ箱の真上に、それを差し出したものの……
いざ捨てるとなると、急に怖じ気づいてしまう。
……だって。
これまでの思い出も、竜一への想いも……全て捨ててしまうようで──
「それ、捨てんの?」
「……え」
真後ろから聞こえる、声。
次いで感じたのは……生温かい吐息と温もり。
「……!」
ビクンと身体を震わせ、横を見れば……
そこにいたのは、背後から覆い被さるようにして、僕の肩口から小さな箱を見下ろす──夏生。