桜色のバレンタイン

ざわざわざわざわ……

騒がしい廊下。騒がしい教室。
いつもと同じ筈なのに。いつもと違って感じるのは──今日が、甘い甘いバレンタインデーだから。





「……」

鞄の奥に忍ばせていた、小さな箱。
焦げ茶色の包装紙に桜色のリボンが飾られたそれは、何処からどう見てもそれらしく見えてしまう。

やっぱり……持って来ない方が良かったかな……

すっかり渡すタイミングを失い、気付けばあと数分で、四時間目のチャイムが鳴ろうとしていた。


「………あれ」


しん、と静まり返る教室。
ふと顔を上げれば、黒板に書かれていたのは──『実験室』の文字。
どうやら、竜一も夏生も、僕を置いてサッサと行ってしまったらしい。
慌てて教科書と筆記用具を引っ掴むと、教室を後にした。


………もう。
声くらい、掛けてよね。

移動教室なのに気付かず、ぽつんと一人教室に残っていた事に、恥ずかしさを覚える。
渡り廊下を通る頃には、遠くのざわつきも消え、本鈴までのカウントダウンが始まった事を物語る。

……あぁ、もう。間に合わない……

走ろうとして、ふと視界の端に映る人影。チラリと見れば、階段脇にある非常扉の窪みに、よく見知った背中があった。

「……」

……え、竜一?
どうしてここに……?

筆記用具と教科書をキュッと胸に抱え、じっと様子を覗いながらゆっくり近付く。
と。その奥に、隠れるようにして立つ──学年一美人と噂される、桐谷さんが。


「──で、これなんだけど」

竜一の前に差し出されたのは……華やかなリボンのついた、見るからにバレンタインのそれだと解る、小さな手提げ袋。

「宜しくね」
「……あぁ、解った」

何の抵抗もなく、受け取る竜一。


……え……


瞬間──心臓が止まる。


「てか、ごめんね。いきなり呼び止めちゃって」

照れながら笑う桐谷さんが、少しだけ顔を伏せる。一瞬、桐谷さんの視線が、僕に向いたような気がした。

「……じゃ、また後で」
「ああ」

伏せた目を竜一に向け、微笑みながら片手を振る。


「──!」

動き出す二人。
気付かれないよう、静かにその場を走り去る。



ドクン、ドクン、ドクン……


……なに、あれ……

『解った』って……何?


まさか……桐谷さんの想いに、答えたってこと……?


「……」

……やっぱり……
桐谷さんのような、綺麗で可愛い子が……いいよね……

男の僕なんかより……ずっと──


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